最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第六章 魔工学の祖ユリウス

第二百十二話 このままかっさらおう

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「城の地下にある宇宙船は、夜、ステルス機能を使って王城を脱出。城を出てからの走行は、浮遊魔法を使って痕跡を消し、追跡をかわす。逃走ルートは私が指示しよう。端末のスピカの方は、ゲートを使ってこのままオルモード公爵邸へ連れて行く」

 シリウスの提案に、セレスティナが驚いた。

「え、でも、大騒ぎになるわ。スヴァイ王国のゲートを使用する前に、まず王城から出られないんじゃないかしら」
「アルカディア王国とスヴァイ王国を繋げている正規のゲートは使わない。ここから直接オルモード邸に行けるゲートがあるから、それを使う」
「……え?」

 セレスティナは訳が分からない。ここからゲートを繋げている? そんなものを誰がどんな目的で作ったのか……
 シリウスがさらっと説明した。

「ああ、緊急用に作った。ティナの陣痛が急に始まらないとも限らないだろう? すぐに君を連れ帰れるように、急いでゲートを作らせたんだ」

 いつの間に……

「で、でも、あの、ゲートの開通費は確か、城の建設費の四、五倍はかかる……」
「そんなもの、ティナの命に比べればはした金だ」

 シリウスに言い切られて、セレスティナは困ってしまった。

「それに、隣の部屋にはルース卿がいるわ」
「ああ、そうだな。他の医療従事者も十人常備させているぞ」

 そ、そうなの?
 考えれば考えるほど過保護すぎるような気がしてしまう。

「けれど、王城内から直接オルモード公爵邸宅内に開通って……サディアス陛下がよくお許しになったわね」
「無論、無許可だ。後できちんと痕跡を消しておく。大丈夫だ」

 大丈夫? かしら? えーっと……

「で? 俺は?」

 二人のやり取りに、グレアムが口を挟む。

「そうだな。スピカを盗んだ罪をお前にきてもらおうか」
「え」

 シリウスの宣言に、グレアムの顔が引きつった。

「そうすれば、こちらが自由に動ける。捜査の目が全部そちらに向くからな。その間にユリウス・サウザーとサラディナーサ王妹殿下との婚姻が無効であることを証明し、スピカ所有の権利は、そうだな……ユリウス・サウザーの遺言書を作成し、オルモード公爵家当主にあることにしよう。つまり私だ」
「ええぇ! 俺じゃねーの?」
「スピカのマスターは私だぞ?」

 シリウスが断言すると、グレアムがしおれた。

「そう、だけど。俺はユリウス・サウザーの子孫だぞ?」
「彼の血は受け継いでいない」
「それ、言わないでくれぇええええ!」

 グレアムが涙目で頭を抱える。
 セレスティナがグレアムを庇った。

「でも、あの……ユリウス・サウザーが選んだ後継者はミルティア・サウザーで、彼女が選んだ後継者はノア・サウザーだわ。そのノアの血を引いているのだから、グレアムさんも無関係ではないと思うの」

 グレアムがしゃしゃり出た。

「そ、そうだよ! 俺の先祖のノア・サウザーを選んだのは、あんたの選んだミルティア・サウザーで、彼女を選んだのはあんたなんだから、要はあんたが選んだってことだろ? そんでもって罪を俺に着せるって……敵を引きつけるの俺じゃん。報酬なんもなし? ひどくね?」
「……何が望みだ」

 シリウスがため息を漏らす。
 意気揚々とグレアムがのたまった。

「宇宙船の修理をする時、俺も手伝わせてくれ! 俺、魔工修理技師なんだよ。そんでもって直ったら、宇宙船に乗って空を飛んでみたい!」
「分かった、いいだろう」
「あ、それと、もし俺が捕まったら、保釈の手続きよろしく!」
「……罪をお前に着せるといったが、誰が捕まるようなへまをしろと言った。お前もこのままオルモード公爵邸に行くんだ。そこでスピカと一緒に大人しくしていろ」
「へ? あ、そうなん?」
「捕まったら拷問されるぞ」
「よろこんでオルモード公爵邸に行かせて貰います!」

 グレアムがびしっと敬礼した。
 実のところ、シリウスがグレアムをかくまうのは、拷問されるからではなくて、魅了魔法でたぶらかされ、ぺろっと真実を話されたら困るからである。


   ◇◇◇


 王城の研究室からマジックドールのスピカが盗み出されたという話は、警備担当の者を通じてサディアスの元まで届き、王城内は騒然となった。残された手がかりから、元の所有者グレアム・サウザーが王城に忍び込み、研究室から持ち出したと判断され、事はシリウスの思惑通りに進んだ。

 なにせ、グレアムがこっそり王城に忍び込んだのは事実だし、その上、研究室からスピカを連れ出したのも本当なので、偽装工作はさほど難しくなかったらしい。グレアムの侵入に協力してくれた者には気の毒だが、彼らがいてくれたお陰で信憑性はばっちりだ。

「まさか、貴重なマジックドールを盗み出すなんて思いませんでした!」
「思いませんでしたですむか!」

 グレアムの侵入に手を貸した商人に向かって、衛兵の一人が憤る。

「彼はお得意さんで、仕方なく……勘弁してください」

 彼の身分を偽装し、王城内に連れ込んだ行商人は平謝りだ。

「とにかく、探せ! まだ王城内にいるはずだ! 捜索を徹底させろ!」
「はっ!」

 王城内をたくさんの衛兵が行き交い、物々しい。


   ◇◇◇


「賊が忍び込みましたので、このまま部屋で待機をお願いします」

 各国から呼び寄せた貴人達の部屋を回り、シリウスの部屋にもやってきた衛兵がそう告げる。敬礼をした衛兵がドア向こうに消えると、シリウスがセレスティナに向き直った。

「ティナ、君もゲートでオルモード公爵邸に帰るんだ。夜にはもっと大騒ぎになる」
「あの、シリウス、は?」

 どうにも心配で仕方がない。

「こちらに残ってゲートの封鎖をし、宇宙船スピカの脱走を手伝う」
「だったら、私も……」
「駄目だ。今は腹の子の安全を優先して欲しい」

 そう言われれば断れない。

「バーニーに送らせよう」

 うなだれるセレスティナの額にキスをし、シリウスは医師のバーニーを呼び出す。呼び出されたバーニーは、部屋の中に存在するゲートを目にして、ぽかんと口を開けた。
 シリウスがカーテンを引っ張ると、壁があるはずのそこに、異空間へ通じる穴が空いている。間違いなくゲートだった。もちろん、国家間を繋ぐような大規模なものではない。数人の人間が通れるくらいの大きさだが、ゲートはゲートだ。開通するのに億単位の金がかかっていることは間違いない。

「……ナニコレ」
「ゲートだ」

 しれっとシリウスが言い切る。バーニーがまなじりを吊り上げた。

「そんなの、見りゃわかるよ! じゃなくて、どうして王城内で、しかも客室内にゲートが展開されているの! いろいろありえないでしょ! どこと繋がっているのこれ!」
「オルモード公爵邸だ」
「……もしかして、公爵夫人の陣痛が始まった時用に作ったなんて言わないよね?」
「もちろんそのためだ」

 シリウスがけろりと言い、バーニーが目を剥いた。

「ちょっと待って。ということは、これ、出産が終わったら潰すんだよね? ってことは、開通にかかったお金をドブに捨てるってこと?」
「失礼な奴だな。ティナの命より軽いはした金だろう」

 大真面目に言われて、バーニーが諦める。

「……ああ、はいはい、確かに命はお金じゃ買えないからね。じゃあ、セレスティナ様、行こうか?」
「あの、いろいろ迷惑を掛けて、ごめんなさい」
「いや、別に迷惑じゃないよ。僕は本当に嫌だったら、相手が国王であっても、絶対にうんって言わないから。適当な理由をつけて逃げるかなぁ」

 セレスティナと一緒にゲートを通りつつ、バーニーが笑う。

「そう、なの?」
「そそ。シリウスの我が儘だったから聞いてきいてあげただけ。なんかほうっておけないんだよね、あいつ。とにかく、オルモード公爵邸についたら診察しようか。君が安全じゃないと、あいつ気が気じゃないみたいだし」

 そう言って笑うバーニーの顔は、いつも通り温かい。


   ◇◇◇


「まだスピカは見付からないのか!」
「はっ! 申し分けございません!」

 サディアスの怒声に、兵士達が縮み上がる。

「あいつは貴重なゴーレムなんだ。毎日の天気は言い当てる! 汚染された水を浄化する! なにより、あいつがいれば若返れるんだぞ! 皺が綺麗になくなる!」

 当時のユリウスは、大火傷を負った王妃の治療のために皮膚を培養し、若返らせるという医療行為を行ってみせた。いわゆる美容整形であるが、サディアス達は詳しい原理は知らない。ただただ、美しくなった当時の王妃に驚いた記憶しかない。

 そして時は経ち、肌の衰えが見え始めたサディアスは、若返りたい一心でスピカを奪ったのである。エルフとの混血なので長寿であったが、やはり年は取る。美顔薬の効果で見た目は四十代の美中年であったが、それでは満足出来ないらしい。

「何としても取り戻せ!」

 そう兵士達を叱り付け、王の間から追い出した。目の前には豪勢な食事が並んでいるが、まったくといっていいほど手をつけていない。それをサディアスは苛立たしげに脇へ押しやり、テーブルから叩き落とす。ガシャガシャーンと皿の割れる派手な音が鳴り響き、周囲にいる侍女侍従達がびくっと体をすくませた。

「本来なら、今頃スピカを使って若返っていたというのに……」

 各国から優秀な魔工技師を集めたのだ。主人が自分であると認識させるなどわけないとほくそ笑んでいたのに、このざまである。サディアスは頬杖をつき、テーブルをトントンと苛立たしげに叩く。

「……宰相」
「は、陛下。ここに」
「エマを呼べ。余の相手をさせる」

 宰相は言葉に詰まった。

「それが、その……」
「どうした? 早くしろ。湯浴みをさせて、いつものように余を喜ばせるように」
「……彼女は王城を出ていきました」

 意を決して宰相が言うと、サディアスは目を見開いた。

「なん、だと?」
「実家へ帰ると」
「何故引き止めなかった!」
「ひ、引き止めました。けれど、ドレスも宝石もいらない。身一つで実家へ帰ると言い張ってどうしようもなく……」
「衛兵! クローズ商会へ行き! エマを連れ戻せ!」

 宰相が慌てて止めた。

「陛下、彼女の意志はとても固くて、無理かと……ミルティア・サウザーのように、国中を旅して回るとおっしゃっていましたので、既に実家にもいないものと思われます」
「くそっ!」

 サディアスはどっかと椅子に座り直す。

「ミルティア・サウザー?」
「ユリウス・サウザーの後継者だとか……」

 サディアスがまなじりを吊り上げた。

「またあいつか! どいつもこいつも、サウザー、サウザー、サウザー! ええぃ、忌々しい! 目の上のたんこぶめ!」
「へ、陛下! 落ち着いて!」

 ふぅー、ふぅーっと息を吐き出したサディアスは、二十代という若さを保っているシリウスを思い浮かべ、歯がみした。
 どうしてあやつだけ……

 そう思えば、悔しくて仕方がない。次いで妻として紹介されたセレスティナを思い浮かべ、ふと思いつく。シリウスが彼女をやけに大事にしていた様子を思い出したのだ。溺愛、まさにそんな感じであった。にやりとサディアスが笑う。
 あいつが余の女を横取りするのなら、そうだ、逆にあいつの大事な女を奪ってやればいい。絶対吠え面かかせてやる。今に見ていろ。

「……だったら、あの女を連れてこい。エマの代わりだ」
「あの女?」
「オルモード公が初々しい新妻を連れていたではないか! あの女だ!」

 宰相は二の句が継げない。サディアスは気に入った娘がいると、相手が結婚していようが恋人がいようがお構いなしだ。だが、流石に他国の貴人の妻は不味い。国交に罅が入る。

「陛下、彼女はアルカディア王国の公爵の妻です。どうか……」
「それがどうした。たかが公爵ごときに何をびびっておる。余はスヴァイ王国の国王ぞ。かまわん。あの娘を余の前に連れてこい。存分に可愛がってやる」
「陛下!」

 サディアスが激高する。

「うるさい! 余にいちいち意見をするな! ユリウス・サウザーのものは全て余のものだ! あやつの女もな!」
「陛下、彼はユリウス・サウザーではありません!」

 散々そう言い聞かせたはずなのに、納得していないようだ。
 サディアスが唸るように言う。

「……どこかで血のつながりがあるんだろう。でなければ、あそこまで似るはずがない。余が開催した夜会で女どもの視線を集めていたことも、あれと瓜二つではないか! そうとも、ユリウスが現れた三百五十七年前も同じだった! あんな風に余が目をつけた女どもの気を引いていたぞ!」

 宰相が泡を食って止めた。

「若くて初々しい娘なら、他にもおります。陛下、何卒何卒!」
「貴様、余に逆らう……」

 激高して手にした酒杯を投げつけようとしたところで、ドォンという破壊音と地鳴りが響く。驚いたサディアスは宰相と顔を見合わせ、続いて衛兵が駆け込んできた。

「陛下、大変です! 見えない巨人に城が破壊されています!」
「なんだそれは!」

 サディアスは立ち上がり、現場へと急ぐ。
 すると衛兵の言葉通り、城の壁が壊され、庭園の木々がなぎ倒されている様子が目に映る。今も目の前でメリメリと音を立てて、城壁が突き崩されてるところであった。奇妙な現象に集まった衛兵達は全員及び腰だ。魔道師が火炎魔法を放てば、見えない壁に弾かれ、周囲に火が燃え移り、さらに悲惨な状況になる。

 何やら身に覚えのある光景だ。
 そう、三百五十四年前、ユリウス・サウザーが鉄人形のスピカを連れ、行方知れずとなった僅か数日後、これと同じ現象が起こったのだ。
 城が半壊し、お気に入りのサロンは跡形もなく崩れ去り、瓦礫の中に埋まっているはずの宇宙船はついぞ発見できなかった。

 なんらかの方法でユリウスが持ち出したのだろうと推測したが、痕跡を追えず……ようやく発見したのは、グレアム・サウザーと共にいたスピカを見つけた時であった。サウザー邸の地下に隠されていたのである。
 見えない巨人が城壁を突破すると、ふっとその存在が消える。周囲への破壊行為がなくなったのだ。

「消えた?」
「消えましたね」

 衛兵や魔道師達が口々に言う。今までの騒ぎはなんだというくらい、あっけなく騒動は鎮まった。城の瓦礫の中に埋まっているはずの宇宙船が、やはり消えていたという事実を知るのは、かなり後であったが。

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