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第八話 宿った心
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話を聞き終えたルシルは愕然としていた。短剣を握っていない方の手を自身の額に当てて、痛む頭で情報を整理しているように見えた。
「ティアナの件は、事故だったのか……?」
独り言のようにルシルは呟いた。しかし次の瞬間、怒気を復活させた。
「では何故夕べそう言わなかった! どうしてティアナの振りなどしたんだ!?」
もっともな疑問だ。
「私も……初めはそんな気持ちは有りませんでした。ですがルシル様のお姿を拝見した途端に、想いが溢れてしまったのです。僅かな期間だけでいい、この方の花嫁になりたいと」
「馬鹿な……ことを」
ルシルの声が震えた。罪を追及されている私よりも、彼の方がよっぽどつらそうだ。
「仇討ちでないのなら何だって俺にそこまで執着する? 四ヶ月前に一度会っただけの男だ」
「私に心をくれたからです」
間髪入れず、私は述べた。
「心だと……?」
「はい。先ほど申し上げた通り、私は魔女であったお母様の亡くなった娘、マーゴットを再現する為に魔法の力で生み出されました」
館での生活は虚しかった。ルシルが来るまではただただ時間だけが無駄に流れていく、そんな感じだった。
「私はお母様の命令さえあれば話すことも歩くこともできました。踊ることも。ですが、自分で考えて行動することができなかったのです」
「魔女の館で俺が見た時も、おまえはイスに座っていただけだったな」
「そうです。すぐ近くでお母様や下男達が首を刎ねられる光景を見ても、この身体はピクリとも動きませんでした。涙すら流れなかった」
「………………」
私は苦笑した。
「そんな私ですから、ずっとお母様から出来損ないだと罵られてきました。おまえなんかマーゴットじゃないって」
ルシルは居心地悪そうに私と目を合わせている。
「ふふふ、ルシル様だけです。私を見て悲しそうな瞳をしている、そんなことを言った人は」
「………………」
「あなたに言われた瞬間、自分がお母様を憐れんでいると気づいたんです。愛を貰えず寂しいとも。それまで解らなかった、たくさんの感情が湧き上がってきたんです」
私は両手を胸の辺りまで上げた。
「それからです。少しずつ、自分の意志で身体を動かせるようになったのは。今なんて、ふふふ、長い距離を歩くことも川で泳ぐことだって!」
私の声は弾んだが、ルシルは唇を噛んで苦しみを耐えていた。
そうよね。彼はティアナの代わりに私が屋敷に来たことで、花嫁の身に何か遭ったのだと悟った。きっとティアナの死を想像して、嘆きの一夜を過ごしたはずだ。
「……ティアナ嬢の振りをしたこと、愚かな考えだったと今は深く反省しております。あなたがすぐに偽物だと見抜いた場合、花嫁が亡くなったと誤解して悲しませるかもしれない、浮かれた私はその可能性を失念していたのです」
「は…………?」
ここでルシルが不思議そうに首を傾げた。
「場合も何も、すぐバレるに決まっているだろう。おまえの見た目は俺達とだいぶ違うのだから」
「………………?」
今度は私が不思議がる番だった。
「夕べの私の服装、そんなにおかしかったですか?」
「いや……服ではなく」
ルシルはハッとした顔で指摘した。
「まさかおまえ、自分の姿を知らないのか……?」
自分の姿。
漸く心を持てたばかりの私。言われてみれば自分の容姿について深く考えたことが無かったように思える。
お母様に「マーゴットと同じなのはその赤毛だけだね」、と揶揄されたから髪だけは意識していた。他の部分はどうなのかしら?
開けた世界が嬉しくて愛おしくて、自分ではなく外にばかり目を向けていた。
「!」
改めて見てみた自分の手。何だってこんなに骨ばっているのだろう。まるで柔らかさが無い。
全身を確認したい。いやそれよりも顔だ。私はどんな顔をしているの? ルシルが悲しいと表現した瞳は?
私は腰かけていたベッドから立ち上がった。
「よせ! 見なくていい!」
ルシルが慌てて腕を掴んで止めに来たが遅かった。私はもう見てしまったのだ。
新品のドレッサーに設置された曇りの無い鏡を。
「キャアァァァァァ────!!!!!!」
絶叫した。
何てこと、何てこと、何てこと。
認めたくない真実が映し出されていた。
そこに居たのは────人間の服を着た不格好な木製の人形だった。
「ティアナの件は、事故だったのか……?」
独り言のようにルシルは呟いた。しかし次の瞬間、怒気を復活させた。
「では何故夕べそう言わなかった! どうしてティアナの振りなどしたんだ!?」
もっともな疑問だ。
「私も……初めはそんな気持ちは有りませんでした。ですがルシル様のお姿を拝見した途端に、想いが溢れてしまったのです。僅かな期間だけでいい、この方の花嫁になりたいと」
「馬鹿な……ことを」
ルシルの声が震えた。罪を追及されている私よりも、彼の方がよっぽどつらそうだ。
「仇討ちでないのなら何だって俺にそこまで執着する? 四ヶ月前に一度会っただけの男だ」
「私に心をくれたからです」
間髪入れず、私は述べた。
「心だと……?」
「はい。先ほど申し上げた通り、私は魔女であったお母様の亡くなった娘、マーゴットを再現する為に魔法の力で生み出されました」
館での生活は虚しかった。ルシルが来るまではただただ時間だけが無駄に流れていく、そんな感じだった。
「私はお母様の命令さえあれば話すことも歩くこともできました。踊ることも。ですが、自分で考えて行動することができなかったのです」
「魔女の館で俺が見た時も、おまえはイスに座っていただけだったな」
「そうです。すぐ近くでお母様や下男達が首を刎ねられる光景を見ても、この身体はピクリとも動きませんでした。涙すら流れなかった」
「………………」
私は苦笑した。
「そんな私ですから、ずっとお母様から出来損ないだと罵られてきました。おまえなんかマーゴットじゃないって」
ルシルは居心地悪そうに私と目を合わせている。
「ふふふ、ルシル様だけです。私を見て悲しそうな瞳をしている、そんなことを言った人は」
「………………」
「あなたに言われた瞬間、自分がお母様を憐れんでいると気づいたんです。愛を貰えず寂しいとも。それまで解らなかった、たくさんの感情が湧き上がってきたんです」
私は両手を胸の辺りまで上げた。
「それからです。少しずつ、自分の意志で身体を動かせるようになったのは。今なんて、ふふふ、長い距離を歩くことも川で泳ぐことだって!」
私の声は弾んだが、ルシルは唇を噛んで苦しみを耐えていた。
そうよね。彼はティアナの代わりに私が屋敷に来たことで、花嫁の身に何か遭ったのだと悟った。きっとティアナの死を想像して、嘆きの一夜を過ごしたはずだ。
「……ティアナ嬢の振りをしたこと、愚かな考えだったと今は深く反省しております。あなたがすぐに偽物だと見抜いた場合、花嫁が亡くなったと誤解して悲しませるかもしれない、浮かれた私はその可能性を失念していたのです」
「は…………?」
ここでルシルが不思議そうに首を傾げた。
「場合も何も、すぐバレるに決まっているだろう。おまえの見た目は俺達とだいぶ違うのだから」
「………………?」
今度は私が不思議がる番だった。
「夕べの私の服装、そんなにおかしかったですか?」
「いや……服ではなく」
ルシルはハッとした顔で指摘した。
「まさかおまえ、自分の姿を知らないのか……?」
自分の姿。
漸く心を持てたばかりの私。言われてみれば自分の容姿について深く考えたことが無かったように思える。
お母様に「マーゴットと同じなのはその赤毛だけだね」、と揶揄されたから髪だけは意識していた。他の部分はどうなのかしら?
開けた世界が嬉しくて愛おしくて、自分ではなく外にばかり目を向けていた。
「!」
改めて見てみた自分の手。何だってこんなに骨ばっているのだろう。まるで柔らかさが無い。
全身を確認したい。いやそれよりも顔だ。私はどんな顔をしているの? ルシルが悲しいと表現した瞳は?
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「よせ! 見なくていい!」
ルシルが慌てて腕を掴んで止めに来たが遅かった。私はもう見てしまったのだ。
新品のドレッサーに設置された曇りの無い鏡を。
「キャアァァァァァ────!!!!!!」
絶叫した。
何てこと、何てこと、何てこと。
認めたくない真実が映し出されていた。
そこに居たのは────人間の服を着た不格好な木製の人形だった。
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