病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)

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崇拝型①

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『怖がらなくても大丈夫……あなたが好きなだけ。私みたいな地味な人間を、見つけてくれたのはあなただけだから』


「またゲームしてんの?」

 頭上から降った声に視線を上げれば、呆れを瞳に滲ませた幼馴染──一条翔いちじょうかけるが見下ろしていた。
 スマホに映る光のない目をした美少女に、引いたような表情を浮かべている。

「うん。やっぱこれ神ゲーだわ」

 画面を向ければ、眉間のシワは深くなる。プレイしているのはスマホで遊べるゲーム、『やんでれ・ぱらだいす!』である。アホみたいなタイトルが逆に面白い。やんでれ・ぱらだいす! ──通称やんぱらは、さまざまなヤンデレの女の子たちに愛されすぎて夜も眠れないという、ヤンデレ好きにとっては至高の作品。これはメンヘラだろと一部キャラでは論争も起きているが──俺はメンヘラも許容範囲なのでアリだ。主人公の人柄も感情移入しやすく、かつ言葉巧みに相手を説得したり、周りの助けを借りたり。試行錯誤してあまたのヤンデレたちの試練を乗り越えていく様は見ていて楽しい。
 特別親しい間柄である翔にだけは勧めたのだが、考えることもせずに絶対やらないのひとことが返ってきた。せめて少しくらいは考える素振りを見せて欲しかった。

「しかもそれかよ。物好きすぎんだろ」

「別にニッチじゃないだろが」

 唇をとがらせて答えれば、納得のいかない顔で翔は前の席に座る。俺──田山直也たやまなおやとは別のクラスではあるものの、本来の席の持ち主が来るまでの短い時間を使って話に来ているのだ。ゲームをとじる。
 今日の時間割がだるいだの、課題が終わっていないだの。いつもと変わらない話に花を咲かせる。

「はよー」

「おはよ、松本」

 そうこう言っているうちに、席の主である松本が来たらしい。

「おー、はよ。わり、席どくわ」

「一条また来てんだ。お前らほんと仲良いな」

「伊達に幼なじみやってねーからな」

 ふふん、と鼻を鳴らし、口角を上げるそいつに笑う。どこが自慢できるんだ。
 翔は時計へと視線を向ける。俺もつられてそちらを見れば、もうじき朝のホームルームが始まる時間だ。自分の教室に戻ろうとした彼は、思いついたような顔をして。

「あ、そだ、直也。しばらくなんだけど、昼休みに部活のミーティングあるから飯一緒に食えないわ。マジごめん」

 申し訳なさそうに告げられたそれは、特段予想外の内容というわけでもなかった。
 翔はサッカー部の筆頭選手だ、休むこともできないだろう。思い出せば確か来月は大会だったか。それに伴い部内の選抜が近いだかで、顧問やメンバーも力を入れているようだった。何を話すか、帰宅部の俺には皆目見当もつかないが──きっと大切な話をするのだろう。

「了解。頑張れ」

「どうせ頑張るってほどのことやんねーけどな。じゃ」

 ひら、と手を振った翔に手を振り返した。足早に教室を後にする背を見送りながら、昼ごはんはスマホでもいじりながらひとりで寂しく食べようか、それとも適当な人に声をかけてみようか思案する。

 悩んでいると、前の席の松本が興奮を隠さずに勢いよく振り向いた。

「ななな、今日席替えじゃん? 田山どこ座りたい?」

 弾んだ声色。そういえば、今日は席替えの日だった。すっかり失念していた。

「あー……今日席替えなの忘れてた。まあ……一番前じゃなければどこでもいいかな」

「それは普通にみんな嫌っしょ。俺は周りに女の子いればいーかな、ここ男ばっかだからようやく席替え来て嬉しいわ」

「とか言って、また男に囲まれたら笑うわ」

「やめろよ、そういうこと言うなし!」

 良い反応に笑い声をあげていると、担任がクラスへ入り、ホームルームが始まった。手には小さな箱を持っている。くじ引きで席を決めるらしい。

「はい、じゃあ前から言ってた通り席替えしまーす。それじゃあ……廊下側の列の前から順に紙を引いて、黒板の番号のとこに名前書いてね」

 そうして、決まった俺の席は──

 窓際、後ろから二番目の席。なかなか当たりだ。一番前になった友人をからかいながら、埋まっていく空欄を見つめる。あ、と声が出そうになった。自分の隣の席に名前がとうとう書き込まれたのだ。

 文月廉ふづきれん。チョークを置いて、振り返ったその人と一瞬視線が合った、ような気がした。すぐに踵を返して、彼が席へと戻っていく。真っ黒な長い前髪は目にかかるほど。頭髪検査で引っかからないのだろうか。

 話したことの無い彼が隣か。上手くやっていけるといいな。心の中で呟いて、机を動かす準備に取り掛かった。
 ガタガタと騒がしかった教室も、段々と静かになっていき。少し遅れて、机を運んできた彼と目が合う。今度は気のせいではない。戸惑うように、彼は口を開きかけては、閉じ──

「あ……よ、よろしく、ね」

「うん、よろしく」

 多少おどおどしながらも、彼から小さな声で挨拶をしてくれた。あまり誰かと話している姿を見たことがなかったが、話すのが極度に嫌いなタイプではなくて助かった。コミュニケーションは俺自身得意な方ではないが、一回も会話しないで次の席替えが来る──なんて結果は流石に悲しい。

 ちら、と盗み見る。彼はスマホを弄ることもなく、ただ机の上に置いた手へ視線を落とし、一限が始まるのを待っていた。
 何か話題は無いかと思っている間に、予鈴がなってしまい。慌てて準備にとりかかるのだった。
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