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崇拝型③
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そうこうしているうちに、お昼の時間はすぐにやってきて。なんだかそわそわしているような彼の方へ、少しだけ机を近づける。
彼は可愛らしいお弁当箱を机の上に乗せる。確か──曲げわっぱというやつだったか。木製の、温かみのあるお弁当箱で。その中は和食が綺麗に納まっていて、思わず魅入ってしまった。
「文月くんのお弁当すご……綺麗だな」
「え……そう、かな。昔からこんな感じで……」
「家族が作ってくれてるの?」
家庭科の教科書に載りそうなほど、お手本のようなお弁当だ。相当な手間がかかっているのだろう。見たところ、全部手作りのような気もする。聞けば、こくりと頷く。
「うん……母さんが、毎朝」
「へえ……! 優しいお母さんだね」
「……ふふ、うん。父さんも優しいし、大好きなんだ……」
ふわりと微笑む。照れが滲んでいるが──素直にそう喜ぶことができるなんて、彼の親御さんも素敵な子を持ったことだ。きっと鼻が高いだろう。
仲が良いだろう彼ら家族を想像して、弁当を頬張りながら勝手にほっこりしていると。同じように箸を進めていた文月くんが、おずおずと口を開いた。
「……あの、田山、くん。その……、ありがとう」
「え? ……なんかしたっけ?」
「お昼、誘ってくれて。嬉しかった」
口もとを緩ませると──僅かに自嘲の色を浮かべて、言葉を紡いだ。
「優しい、ね。おれみたいな暗いやつ、相手にしてくれるなんて……」
俺は。その自虐的な言い方が、なんだか──酷く気に入らなかったのだ。
何言ってんの、と思わず口から飛び出た、少しだけ低くなった声。言葉を口にすれば、え、と困惑したような声が彼からあがる。
「文月くん、いい人じゃん。俺のこと褒めてくれるし、家族想いだし……俺だって、一緒に食べてくれて嬉しいよ──ありがとうね」
なんて、今日知ったばかりの奴に説得力は無いかもしれないけれど。だけど俺は、本心からそう思っているのだ。
ぽかん、と面食らったような顔をして。しばらくの間を置いてから──彼は、「……うん」と、蚊の鳴くような声とともに頷いたのだった。
妙に気恥しい空気のまま、食事をとることになったのは言うまでもない。
***
今日はいい日だった。文月くんと仲良くなれたことに、自然と足取りが軽くなる。ふと思いつく。今日はいつもと違う道を通って帰ろう。
変えた進行方向の先は、普段の帰路よりも落ち着いていた。車通りは少なく、人の声は聞こえない。誰かの家の庭の中、野良猫が安心しきったように腹を見せて寝ている。なんだか、のどかだ。
そうして足を進めていると──ふと、目の前には一軒の店があった。『蘭月堂』と書いてあるそこは、どうやら和菓子屋のようだった。興味が湧く。何が売っているのだろう。足は、自然と吸い込まれて行った。
ウィン、と透明な自動ドアが開くと、上品な甘い匂いが鼻腔をくすぐる。カウンターで作業をしていた年配の女性が顔を上げ、いらっしゃいませと柔和な笑みで出迎えてくれた。
そこまで広いとは言えないが、整然としていて心地が良い空間だ。なにより、ショーケースの中に飾られた色とりどりの和菓子が宝石のようで美しい。
せっかくなら、なにか自分へのご褒美を買いたい。……特に何か頑張っているわけではないけど、毎日生きているだけで偉いし。そう思うことにする。
「あ、これ……」
きれい。
子どものようにショーケースを覗き込んで、呟く。花の形をしたその菓子は、並ぶ中でも一際輝いて見えた。ほんのりと赤く色づいていて、なんとも控えめな美しさと可愛らしさがある。
「ツツジの練り切りなんですよ。可愛いですよね、人気のお菓子でねぇ」
確かに──本当に、可愛い。話しかけられた気恥しさから笑って返す。あの、と控えめに声をかけて。
「これ、ください」
女性の言葉が後押しになった。それに丁度甘いものも欲しかったのだ。彼女は人当たりの良い柔らかい笑みを浮かべ、会計を済ます。
「あちらで食べていかれますか?」
「あ、はい。そうします」
「わかりました。お茶を淹れますから、ごゆっくりしていってくださいね」
奥のスペースには座敷があり、そこへと案内された。腰を落ち着け、辺りを見回して待っていれば、小皿に乗った華と湯のみが目の前に置かれた。やっぱり、綺麗だ。勿体ない気もするが、躊躇とともに切って口に運べば──くどすぎない、上品な甘さが広がった。ちょうど良い甘みと緑茶が合う。茶の温かさにほう、と一息をついて。
これからも来よう。
舌鼓を打ちながら、心の中で密かにそう決めたのだった。
彼は可愛らしいお弁当箱を机の上に乗せる。確か──曲げわっぱというやつだったか。木製の、温かみのあるお弁当箱で。その中は和食が綺麗に納まっていて、思わず魅入ってしまった。
「文月くんのお弁当すご……綺麗だな」
「え……そう、かな。昔からこんな感じで……」
「家族が作ってくれてるの?」
家庭科の教科書に載りそうなほど、お手本のようなお弁当だ。相当な手間がかかっているのだろう。見たところ、全部手作りのような気もする。聞けば、こくりと頷く。
「うん……母さんが、毎朝」
「へえ……! 優しいお母さんだね」
「……ふふ、うん。父さんも優しいし、大好きなんだ……」
ふわりと微笑む。照れが滲んでいるが──素直にそう喜ぶことができるなんて、彼の親御さんも素敵な子を持ったことだ。きっと鼻が高いだろう。
仲が良いだろう彼ら家族を想像して、弁当を頬張りながら勝手にほっこりしていると。同じように箸を進めていた文月くんが、おずおずと口を開いた。
「……あの、田山、くん。その……、ありがとう」
「え? ……なんかしたっけ?」
「お昼、誘ってくれて。嬉しかった」
口もとを緩ませると──僅かに自嘲の色を浮かべて、言葉を紡いだ。
「優しい、ね。おれみたいな暗いやつ、相手にしてくれるなんて……」
俺は。その自虐的な言い方が、なんだか──酷く気に入らなかったのだ。
何言ってんの、と思わず口から飛び出た、少しだけ低くなった声。言葉を口にすれば、え、と困惑したような声が彼からあがる。
「文月くん、いい人じゃん。俺のこと褒めてくれるし、家族想いだし……俺だって、一緒に食べてくれて嬉しいよ──ありがとうね」
なんて、今日知ったばかりの奴に説得力は無いかもしれないけれど。だけど俺は、本心からそう思っているのだ。
ぽかん、と面食らったような顔をして。しばらくの間を置いてから──彼は、「……うん」と、蚊の鳴くような声とともに頷いたのだった。
妙に気恥しい空気のまま、食事をとることになったのは言うまでもない。
***
今日はいい日だった。文月くんと仲良くなれたことに、自然と足取りが軽くなる。ふと思いつく。今日はいつもと違う道を通って帰ろう。
変えた進行方向の先は、普段の帰路よりも落ち着いていた。車通りは少なく、人の声は聞こえない。誰かの家の庭の中、野良猫が安心しきったように腹を見せて寝ている。なんだか、のどかだ。
そうして足を進めていると──ふと、目の前には一軒の店があった。『蘭月堂』と書いてあるそこは、どうやら和菓子屋のようだった。興味が湧く。何が売っているのだろう。足は、自然と吸い込まれて行った。
ウィン、と透明な自動ドアが開くと、上品な甘い匂いが鼻腔をくすぐる。カウンターで作業をしていた年配の女性が顔を上げ、いらっしゃいませと柔和な笑みで出迎えてくれた。
そこまで広いとは言えないが、整然としていて心地が良い空間だ。なにより、ショーケースの中に飾られた色とりどりの和菓子が宝石のようで美しい。
せっかくなら、なにか自分へのご褒美を買いたい。……特に何か頑張っているわけではないけど、毎日生きているだけで偉いし。そう思うことにする。
「あ、これ……」
きれい。
子どものようにショーケースを覗き込んで、呟く。花の形をしたその菓子は、並ぶ中でも一際輝いて見えた。ほんのりと赤く色づいていて、なんとも控えめな美しさと可愛らしさがある。
「ツツジの練り切りなんですよ。可愛いですよね、人気のお菓子でねぇ」
確かに──本当に、可愛い。話しかけられた気恥しさから笑って返す。あの、と控えめに声をかけて。
「これ、ください」
女性の言葉が後押しになった。それに丁度甘いものも欲しかったのだ。彼女は人当たりの良い柔らかい笑みを浮かべ、会計を済ます。
「あちらで食べていかれますか?」
「あ、はい。そうします」
「わかりました。お茶を淹れますから、ごゆっくりしていってくださいね」
奥のスペースには座敷があり、そこへと案内された。腰を落ち着け、辺りを見回して待っていれば、小皿に乗った華と湯のみが目の前に置かれた。やっぱり、綺麗だ。勿体ない気もするが、躊躇とともに切って口に運べば──くどすぎない、上品な甘さが広がった。ちょうど良い甘みと緑茶が合う。茶の温かさにほう、と一息をついて。
これからも来よう。
舌鼓を打ちながら、心の中で密かにそう決めたのだった。
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