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第1章 秘めし小火の旅立ち編
6.少女と魔法学園
しおりを挟む燈のランプ亭の名物”燈サンドイッチ”を堪能した後、カルラが煎れてくれたコーヒーを御馳走になることにしたファイはのんびりとした午後の雰囲気の中カルラとこの街の事やトーチ村の事についてなど何気ない話を楽しんでいた。
「そういやファイ、王都の街はどうだい?ここに来る前に色々見てきたんだろ?」
「いえ、着いてすぐここに来たのであまり見てないんです。あ、魔道列車は来る途中に見ましたよ」
「ふ~ん……そうだ!じゃあ、これからちょっと見て周ってきなよ」
「え、でも……ここに来るのにも結構迷ったのに、見て周るなんて出来るかどうか……」
「ふっふっふー、それは大丈夫よ♪」
「フラウー!ちょっと来てー!」
カルラが店内の隅にある、2階へと繋がる階段に向かって大きな声で”フラウ”と言う人物であろう名を呼ぶ。
20秒くらい経った後だろうか、階段をトン、トンと軽い足音が降りてくるのが段々とハッキリ聞こえて来た。
「ふあぁぁ~……な~に?お母さん。サンドイッチのパンならまだ上の棚にあったでしょ……」
黄緑色のワンピースに所々白いフリルが付いている可愛らしい服の上に、これまたフリルが付いている白いエプロンを着ている同い年くらいの少女が階段を降りてきた。オレンジ色のミディアムヘアの髪が階段の途中にある窓から溢れる午後の優しい日差しに当たり、ファイの目にはキラキラと光って見えた。
「い、いらっしゃいませ!”燈のランプ亭”へようこそ!」
少女が慌てて階段を駆け下り、咄嗟にしては上出来なくらいの接客用であろう笑顔をファイに向けたあと、すぐさまカルラがいる厨房の方へ早歩きで向かう。
「ちょ、ちょっと、お母さん!お客さん来てるなら早く言ってよね!」
「ゴメンゴメン、てっきり気づいてるんだと思ってさ」
「上の部屋の掃除してらから、気がつかなかったのよ!」
「だからゴメンって言ってるでしょ?何もそんなに怒んなくても……」
聞こえないように小声で話しているつもりなんだろうが、ちょっと怒っているせいか声が抑えられずに聞かれてしまっているこの状況を、ファイも聞こえてないフリをするかのようにコーヒーに口をつけることしかできなかった。
「……コホン、えっと、紹介するわね。この子が”フラウ・リュミエール”、わたしの自慢の一人娘だよ♪」
「……フラウです。……よろしくお願いします」
「で、こちらがファイ。これからここに住むことになる、わたしの恩人の息子さんだよ」
「ファイ・フレイマーです。よろしくお願いします、フラウさん」
二人は軽い会釈を交わすが、フラウと言う少女の方は突然のファイとの出会いに調子が狂ってしまったのかファイの方を直視できず、ずっと目線を泳がせている。
「フラウ、アンタちょっとファイに王都の街を案内してきなよ♪」
「………っ!?……お母さん!」
「だって、ファイここに来たばかりで街のことを全然知らないんだよ?それに、魔道列車の乗り方も分からないだろうしさ」
「……お母さんが、案内してあげればいいじゃない……」
「もうすぐ、お客さんが来ちゃう時間だし、わたしはそっちの準備をしないとね」
「……はぁ、……わかった」
「さすが!わたしの自慢の可愛い娘だね♪」
カルラがフラウを思いっきり抱きしめて、さらに頭をこれでもかと言うくらい撫でる。フラウもこの展開に慣れて諦めているのか「……もう」と言いながら撫でられるのを抵抗せずにじっとしている。
仲睦まじい親子の様子に、ファイの家族である母と姉もこんな感じに仲が良く、笑い合っていたことを思い出していた。
「……えっと、いきましょ……その、ファイさん」
「……はい!案内、よろしくお願いします」
”燈のランプ亭”を出てとりあえず駅に向かう事となった二人だったが、先ほどと同じ気まずいムードなのは変わらず二人とも無言のまま、前を進むフラウのちょっと後ろをファイが近からず遠からずの距離を保ったまま夕方の街並みを歩き続けている。
「あ、あのフラウさん」
「ひゃ、ひゃいっ!?……なんですか?」
「すみません、俺なんかのために街の案内なんてやらせてしまって……」
「い、いえ……別に、わたしは……それに、わたしの方こそ、すみませんっ!……ファイさんが店に居るのを知らなくて、さっきはちょっと取り乱して……そのせいで気まずい雰囲気になっちゃって……」
フラウは向かい合ってはいるのだが決してファイの方を見ようとはせず、やはり目が泳いでしまってる。横から夕日が当たっているせいか少し頬を赤くしているようにファイには見えた。
「……それに!……階段を降りる時に……あんな変な顔……見せちゃって……」
「変な顔?何のことですか?」
「へ?……まさか、見てないんですか……?」
「えぇ、丁度あの時、階段の窓からの光で顔は……」
「本当ですかっ!?」
いきなりフラウがファイの方へと歩み寄り2人の距離が近くなる。ファイは突然のフラウの接近に驚き反射的に少し仰反るような体勢になりながらも真っ直ぐフラウの顔を見つめた。
「なんだぁ~、……はぁぁ~……良かったぁ~」
1歩後ろに下がった後、大きく息を吐き胸を撫で下ろすそのフラウの様子に、ファイは訳が分からず首を傾げることしかできなかった。
数秒の後、彼女はファイの方を向き直り、今度は目を泳がせずしっかりと目の前の人を見据える。
「……コホン。先ほどはちゃんと挨拶出来なかったので……改めまして、フラウ・リュミエールです。これからよろしくお願いしますね、ファイさん♪」
「……はい!よろしくお願いします、フラウさん」
さっきとは打って変わって双方がお互いを向き合い、それに笑顔でしっかりと握手を交わす。
彼女のその笑顔は階段を急いで降りた時に咄嗟に作った客に対してのそれとは全然違う、親しいものに向ける本当の笑顔であった。
フラウのその笑顔に心臓の鼓動が少し早くなったことに気づき、心の中に不思議で暖かい感覚を覚えたファイであった。
「ここが、ファイさんが明日からクロノス魔法学園に向かう魔道列車に乗る駅になる”マルシェール駅”です」
「おぉ……結構、人が多いですね」
「まぁ、ここが市場街に一番近い駅なので……朝はもっとすごい人なので覚悟してくださいね!」
「えぇっ!?朝はもっと人が多いいんですか!?」
「はい、それも毎日♪」
「……毎日……王都って、すごいや」
自分が住んでいた村の総人口よりも多いかもしれない人の数を目の当たりにし、さらに明日からの苦労が目に浮かび、さっき食べたサンドイッチが忘れさせてくれた疲れがどっと出た気がしてファイはその場で小さく項垂れた。
「ふふふ、さぁ、これからどこに行ってみたいですか?もう夕方なので、あまりあちこちは行けないですが」
「あぁ、じゃあ魔法学園に行ってみたいです」
「あー、そうですね。明日から通うんですから、下見しておいた方がいいですよね」
その後、フラウに切符の買い方や買った切符を改札機に通す一連の流れを教えてもらい、いよいよ魔道列車に乗り込むのであった。
「ファイさん、こっち座りましょう」
見慣れない列車内の様子にキョロキョロして落ち着かないファイを、フラウが空いている席の方へと誘う。
いつもこの時間帯の魔法学園行きの車内は人が少なく、座る席を見つけるのは難しいことではなかった。
「うわ、柔らかい。馬車の椅子とは大違いだ」
ファイは列車内の窓に沿って配置されている、柔らかいクッションが備えられた椅子に驚きを隠せないでいた。
「そんなに違うんですか?」
「そりゃもう、全然!俺が乗ってきた馬車の椅子なんてただの木だったから、長時間座っているとお尻が痛くなっちゃって……」
「ふふふ、それは大変でしたね」
『次は~、”クロノス駅”、次は~”クロノス駅”に停まります』
あれから何駅か通り過ぎた後、フラウと他愛もない話の最中に聞いたことがある名前の駅が列車内の車内アナウンスによって告げられる。
「……フラウさん、もしかして」
「はい、明日からファイさんが通うことになる”クロノス魔法学園”に一番近い駅が、次に降りる”クロノス駅”です」
「フラウさんは、魔法学園には行ったことあるんですか?」
「えぇ、わたしはクロノス魔法学園の生徒ではないんですが、出前でサンドイッチを頼む先生がいて、それを届けに」
「確かに、あのサンドイッチは病みつきになりますからね。その先生の出前までして食べたくなる気持ちはわかるかもしれないです」
「ふふふ、ファイさん、本当に”燈サンドイッチ”の虜になっちゃいましたね」
”クロノス駅”に列車が着くとファイ達は、ホームを足早に進みそのまま改札を抜け駅の出口へと向かう。これは主にファイがこれから沢山のこと知ることになるであろう学び舎であり、そして騎士になると言う自らの大いなる夢を果たすために避けては通れない”登竜門”であるその場所を、少しでも早く見たかったのだ。
フラウも、そんなファイの気持ちに気づき何も言わず目的地の魔法学園へと案内を続ける。
駅の出口を抜け、そのすぐ目の前にある長く傾斜のキツい坂道を登り切った先で、目に飛び込んできた風景に言葉を失う。正直、王都に来てから多少ではあるが、色々な物を見てきてある程度耐性がついてきたと思っていた。
しかし、そうではなかった。ファイの魔法学園の想像を、明らかに超えていた。
建物の周りを囲っているだろう真っ白な高い壁、そして学園の入り口に鎮座するとても立派な門、さらに今いる場所から辛うじて見える尖った形の複数の棟らしき屋根。
それは学園と言うにはとても壮大且つ荘厳で、魔法と言う名前が似合わないほど上品且つ煌びやかで、そうこれはまるで。
「……お城?」
「いえ、学園ですよ♪」
「……王都って、ほんとすげーや。はは」
ファイはもうただ笑うしかなかった。
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