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第1章 秘めし小火の旅立ち編
7.公園と5大英雄
しおりを挟む夕暮れが近づき、辺りが暗くなると自動的に点灯する街灯が所々ではあるが付き始め、夜の訪れを告げていた。
クロノス駅から魔法学園へ続いている長くて傾斜のキツい坂道の道端に、3人くらいまでが座れる幅のベンチが等間隔に幾つか設けてあり、そのベンチの1つに並んで腰掛けるファイとフラウの姿があった。
先ほどの魔法学園の予想を超えていた景観を目の当たりにして、どうにも落ち着かない様子のファイのために暫しの休憩をしていた。
5分ぐらい経った後に大きく、そして長い深呼吸をするとファイの顔は平静を取り戻していた。
「ファイさん、これからどうします?あと1カ所くらいだったら行けると思いますけど」
「あー……そうですね。でも俺、魔法学園以外の有名な所あんまり知らなくて」
「う~ん……じゃあ、ちょっとだけ遠いんですけど、わたしのオススメの場所に案内してもいいですか?」
「はい、お願いします」
2人は座っていたベンチをあとにして、薄暗くなってしまった黄昏時の坂道をクロノス駅の方へと向かうのであった。
王都フラッシュリアには大きく分けて4つのエリアが存在する。
ファイの下宿先の燈のランプ亭や市場街のある"市場区”、クロノス魔法学園や魔法研究所などがある”魔道区”、公園や植物園、美術館がある"自然区”、そして王国軍の本部や、訓練場、鍛冶屋等がある"軍事区”の4つである。
「……と言う感じなんですが、わかりました?」
「はい、……一応」
フラウのオススメの場所の最寄り駅に向かうために、クロノス駅に着いたと同時に来た列車に2人は急いで乗り込んだ。辺りは段々と暗くなってきているため、帰る時間を考えるとあまりゆっくりはしていられないのである。
着くまでの合間に王都の事に疎いファイのために、フラウが王都についての一般的な知識を教えていた。
「それで、これから行く場所が”自然区”にあるって事でいいんですよね?」
「はい、そうです。”自然区”にはとっても綺麗な公園とかがあって、休日によく行くんですよ」
それから列車内で、フラウ先生による王都についての授業は目的の駅に着く続き、ファイも「なるほど」と何度も頷き熱心に聞き入っていた。王都については母から少し聞いていたが、やはり住んでいないとわからない部分もあるので、ファイにとってはとても有意義な授業であった。
『次は~、”マナンティア駅”。次は、”マナンティア駅”に停まります』
「あ、ファイさん次で降りますよ」
クロノス駅からおよそ40分、駅を8個ほど通り過ぎたであろう距離にある”自然区”内の”マナンティア駅”。改札を出ると構内にも関わらず沢山の木が至る所に植えられていて、さらに中央には円柱状の柱の周りを伝うように滝が流れており、天井は透き通るようなガラス張りでそこから外の薄暗い夜の空が顔を出していた。まるで森の中に駅があるかのような”自然区”と言う名前に違わぬ様子であった。
「ここから少しだけ歩きますけど、大丈夫ですか?」
「問題ないです、いきましょう。フラウさんのオススメの場所に」
「王都に来るのに長時間馬車に乗ってきたのに、ファイさんって結構体力あるんですね」
「騎士を目指している者としては、日頃から鍛えておかないといけませんからね」
「ふふふ、そうですね♪」
などと話しているうちにある公園らしき場所に到着していた。入り口に設置されている案内板に”マナンティア公園”と目立つ立派な文字で書いてある。
「ファイさん、”5大英雄”って知ってますか?」
「はい、確か”魔族侵攻”で魔族を倒した5人の英雄達の事ですよね?」
「正解です。……って、この国の人なら誰もが知っている伝説ですよね」
「その”5大英雄”がどうしたんですか?」
「ここの”マナンティア公園”には、その”5大英雄”の雄志を模った像がいくつも置かれているんですよ」
「……英雄達の、雄志を模った像……」
15年前に起きた我が国”シャイニール王国”と魔族との戦い、その名も”魔族侵攻”。3年も続いたその戦いはあまりに激しく、そしてとても辛いものだったと言う。
しかし、その”魔族侵攻”で敵である魔族達を倒し、勝利へと導いた5人の英雄達がいた。それが”5大英雄”である。
ファイも子供の頃に母から何度も聞かされて、夢中になった物語であった。でも、なぜか”5大英雄”の話をしてくれる母は、時折悲しい顔をしていたことを今でも微かに覚えていた。
「ファイさん、まずはこの像です」
入り口から程なくして綺麗な白い大理石で作られた一体の像が、公園に来る者を歓迎するかのようにそこに立っていた。もう周囲は暗いが公園内の外灯や、像の下設置された照明により今の時間でも問題なく鑑賞することが出来た。
「”ギルバート・ガードナー”様。"白盾の守護者"って呼ばれていますよね。その盾による圧倒的な護りで王国軍に迫る敵襲を何度も退けたと言われてる絶対守護神。あと、5年前に病でお亡くなりになった王妃殿下の騎士を務められていた人なんですよ」
「この人が、"白盾の守護者"……」
全身を頑丈そうな甲冑で身に纏い、身の丈ほどの大きな盾を背負い、剣を地面に突き刺しその柄に両の手を重ねて不動の姿勢をとっている。しかし、鋭い眼光を向けるその姿は、まるで眼前の敵を威圧し、少しでも隙を見せようものなら今にでも斬りかかってくると思えるほどの迫力であった。
後ろに束ねている髪の毛や、顔のシワまで彫られていたりなど細かい所まで表現しており、この像を作った職人の技量が素人目から見てもわかるほどであった。
「ガードナー様だけ唯一、今もこの国にいらっしゃるんですよ。確か、王国軍の総司令官をしていたような……」
「それは、いつか会ってみたいですね。騎士のことについて色々聞きたいですし」
「会えるといいですね。さぁ、次行きますよ♪」
“大盾の白騎士”の像から10メートルくらい離れた場所に、両腕を前に組んで優しい表情をしている男性の像が待っていた。
ボサボサで整われていない髪に、額にはバンダナの様な布が巻かれていてその布の先端は背中の方まで伸びている。また、先ほどのギルバートの像とは対照的な動きやすい軽鎧の上に裾が踵くらいまである長いコートのような上着を着ており、英雄と言うにはあまり似合わない変わった出で立ちである。
「この方は”バーナー・レイジング”様。”炎迅隊”って言う部隊の隊長さんで、”赤風の鬼神”とか言われてたみたいですね。主に、敵陣に先陣を切って乗り込み撹乱して敵の陣形を乱したりする戦法で活躍していたそうです。この人に関してはあまり記録がないみたいで詳しくはわからないそうです」
「”赤風の鬼神”かぁ、この像からはそんな人には見えないですけどね」
「そうですよね~、わたしもそう思います。さぁ、どんどん行きますよ!」
フラウに促されるまま足を進めると、また10メートルくらい先に像が置かれている。近いてみると、今度はどうやら女の人のようだ。
綺麗な装飾が所々に施されていて豪華ではあるが、邪を一切寄せ付けない神秘的なローブに身を包んだ美しい女性で、髪は流れる川のようにしなやかに背中まで伸び、大理石のはずなのだが夜の風に揺れてなびきそうなほどの艶やかさがあった。
また、その女性は目を瞑り、両膝をついて胸の前で両手を組み神に祈りを捧げているかのような姿がとても幻想的である。
「この人が当時の名前では”マーレ・アスール様”なんですけど、前国王様の奥様になられたので、”マーレ・シャイニール”王妃殿下ということなりますね。ご結婚される前から戦場で前国王様や国王軍を得意な回復魔法で支え続け、”癒しの聖女様”って呼ばれていたそうです」
「……とても優しそうな人ですね」
「わたし、昔からマーレ王妃殿下の大ファンで、亡くなられた時はとても悲しかったんですが、いつも私たち国民の笑顔を守りたいと仰っていたマーレ王妃殿下が悲しまないように、笑顔でいようって決めたんです。だから……悲しくなんて……うぅ……」
「……あの、良かったからコレ」
持っていたハンカチを差し出すと、それを勢いよくフラウが奪い取り顔に当てて短い時間だったが思いっきり泣いているようであったが、ファイはそれをどうすることも出来ず、ただ気が済むまで泣くのを待つしかなかった。
ただ、ハンカチから漏れる小さな泣き声が彼女には届いて欲しくないとファイは願う。笑顔でいようと誓った大好きな”癒しの聖女様”には。
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