1000 BLADES-サウザンド=ブレイズ-

丁玖不夫

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第1章 秘めし小火の旅立ち編

10.突風少女と烏

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「のわっ!!」

「きゃっ!!」


ファイは物凄い速さで接近してきた物体と衝突し、その場に勢いよく倒れ込んでしまった。わずかだが、ぶつかる瞬間にその物体のスピードがほんの僅かだが緩まった気がしたが、それでも避けることはできなかった。


「あいてて……あれ、そんなに痛くない?」

ファイに衝突した物体、それは1人の少女であった。その少女が目を開けると、見知らぬ男の顔が近くにあった。しかし、男はどこか痛いのか目は瞑ったままでとても苦しげな表情をしていた。

少女はなぜそんなに痛みがなく、平気であったのかがようやくわかった。それは、どうやらぶつかった時に目の前の男がクッションになり衝撃が和らいだお陰であったのだ。
もちろん、そのせいで衝撃の負担が全てその男にかかり、その上倒れ込んだため更にダメージを食らってしまったのであるが。


「あ、そうだ!わたし、ぶつかって……ねぇ、キミ!だ、大丈夫!?」

「……う~~ん。いててて……なん、とか。……そっちは、怪我とかしてないですか?」

「わたしは、何でかわかんないけど平気だから……本当にごめんなさい!」


しかし、ファイにはその痛みを忘れるほどの感覚が全身を包んでいた。
滑らかな肌が見える腕、ちょっと短めのズボンからあらわになっている太ももの、毎日使っているであろうシャンプーか何かのいい香りとあまりの顔の近さに伝わってくる息遣い、そして2つの柔らかい”何か”………。


「……その、できれば……どいてくれると、助かるんだけど……」

「ーーーっ!?ごごご、ごめんなさい!!……重かったよね」

「いや、全然重くは……むしろ軽かったくらいで」

「急にホウキが言うこと聞かなくなっちゃって……、本当にごめんなさいっ!!」

「お互い怪我もなかったんだし、そんなに謝らなくても大丈夫ですよ」

「………………」

「どうしました?まさか、やっぱりどこか痛いところがあるとかじゃ!?」

「キミ、優しいんだね」

「……え」

「……キミが受け止めてくれなかったら、わたし……どこかの壁にぶつかって大怪我してたかもしれないし……ありがとう」


ファイは少女の紛れもない心からの感謝の言葉と眩しい笑顔に、嬉しさと照れくささが混ざり合ってしまったような不思議な気持ちであった。


「ここを通ってるってことは、キミもクロノス魔法学園に行くの?」

「はい、そうなんですよ。……キミもってことは」

「うん、あたしもクロノス魔法学園に用があるの。……私服ってことはもしかして、あたしの同じ新入生?」

「そう言うことになりますね」

「じゃあ、ここで会ったのも何かの縁だし、軽く自己紹介するね」


後ろを白いリボンで縛った緑色の長い髪は、まるで時折吹く風に乗って揺れる草原に咲く草花のような爽やかさが感じられる。首元にはやけに年季が入ったゴーグルのレンズが日の光を反射して輝いていた。
涼しげな袖のない黄色のシャツに、茶色い生地にギザギザ模様が入っているポンチョのような物を羽織っている。
それと藍色のかなり短めのズボンから見える足は健康的な色をしていて、とても魅力的であった。

少女が喉の調子を確かめるように何回か軽く咳払いをして、転がっていた愛用のホウキを慌てて後ろ手に持ち直し準備万端とファイの方を真っ直ぐ見つめた。


「あたしは、”ウィンディ・スカイレーサー”。ウィンって呼んでね♪」

「俺は、ファイ・フレイマーです。よろしく、ウィンディさん」

「ウィンでいいって。その代わり、あたしもファイって呼ぶからさ」

「……じゃあ、ウィン」

「うん♪あと、わたしに敬語はいらないよ。堅苦しいの苦手でさ」

「……わかった。これからよろしくね、ウィン!」

「こちらこそ、よろしくね、ファイ!」




「そう言えばファイ、実力試験ってどんな事するんだろうね~?」

「う~ん……その年の担当する試験官で試験の内容が変わるらしいからね」

「わたし、勉強は苦手だから筆記試験とかだったら嫌だなぁ……」


ファイとウィンはこれから受ける実力試験についての事などを色々話していたら、いつの間にか学園の門のところまで来ていた。

クロノス魔法学園の正面に位置し、ファイの身長の5倍くらいはあろう大きさで、そしてどんな衝撃もびくともしないであろうと容易に想像できるほどの厚さがある銀色に輝く正門が目の前に鎮座している。
その門の前には1人の先生らしき男性が立っていた。

焦げ茶色のローブを着ているがフードはかぶらずに、肩ぐらいまでの長さの深緑色の髪の毛が男性のとは思えないほどよく手入れされているのだとわかる。
右手には自然の木の枝をそのまま持ってきたかのような茶色の杖が握られており、その杖の先には緑色の小さい芽が数本生えていた。


「ようこそ、クロノス魔法学園へ。事前に送付した学生証の提示をお願いします」


男性は2人から学生証を受け取ると、学生証に書かれている名前や住所などが正確かどうかを持っているリストと照合し確認しているようだ。


「ファイ・フレイマーさんと、ウィンディ・スカイレーサーさんですね。試験にはまだ時間がありますので1-3の教室で待機していてください」


ファイ達は男性から、1-3の教室への道順を教えてもらい、その教室へと向かった。

学園内の中はとても綺麗で思わず見惚れてしまうほどであった。
汚れなどが一切なく真っ白な壁がどこまでも続き、足元を見ると埃が全く溜まっている様子がない碧色の床が遥か先まで広がっていた。
壁の所々にある有名な画家が書いたであろう絵や、極彩色のステンドグラスに目を奪われながらも、向かうように言われた教室に着いたのであった。

教室の扉を開けると中にはざっと数えて50人くらいは居るだろうか、高価そうな杖を振り回して周りに自慢する者や、静かに本を読んでる者、窓の外を眺めている者など様々な人が試験の開始を待っていた。


「さぁ、見たまえこの杖を!我が家に代々伝わる由緒ある逸品なのだ!!」

「おぉ、流石は"ハイスヴァルム家"のご子息、"ヒーティス・ハイスヴァルム"様です!」

「実力試験なんて余裕だぜ!」

「ねぇ、これ終わったら遊びいかな~い?」

「………….…はぁ」


「うわぁ、結構人いるね。空いてる席は~……無さげだね」

「うん、とりあえずここ入り口じゃ邪魔になるから、あっちの壁の方に行こうか」


ファイとウィンは丁度誰も居ない壁際のスペースを見つけ、そこへと向かう。
この教室には横に長い2人掛けであろう机に2つの椅子のセットが10組ある。この事から、どうやらこのクラスでの席に座れる人数は20人なのだが、倍以上の数である50人もいれば座れる場所などありはしないのであった。

2人が空いている壁際のスペースに向かっている最中、どこからか小声で聞こえてきた。


「見ろよ、あの2人。今どき、”剣”とホウキ”だぜ?」

「時代遅れだな、とんだ田舎もんだぜ」


「………なんか、感じわる~い」

「ウィン、気にしちゃダメだよ」

「えー、だってー……」


ウィンが機嫌を悪くする気もわからないでもない。
”魔族侵攻”があった15年前は軍人や騎士でなくとも魔族との戦闘も十分あり得る状況であり、例え魔力が尽きても戦うことができる剣での魔法が主流であったらしいのだが、魔族との戦闘がない現在ではワンドや杖などが流行っているため”剣”や”ホウキ”での魔法は古いとか思われてしまっているのだ。
しかし、軍人や騎士は現在でも剣での魔法の訓練や剣術の稽古などをしているので、剣や盾などを売っている店もあるぐらいであった。


「ぜったい、さっきあたし達の事田舎もんって言った奴らよりも、実力試験で良い点とってやるんだから!」

「ははは……やる気満々だね、ウィン」



10分ほど経った頃であろうか、入り口の扉が開き先ほど門で受付をしていた男性とその後ろから青白いローブを着た1人の若い女性が教室に入ってきた。


「お待たせしました。これより、実力試験を行います」

「詳しい説明は演習場で行いますので、我らについて来てください」

「いよいよだよ、ファイ!」

「あぁ、お互い頑張ろう」


試験官の2人の後に続き、教室で待機していた者たちが次々と移動を始めた。ファイも遅れない様に教室を後にしようとした時、窓の外に嫌な気配を感じた。
窓の外に目を向けると、そこには中庭に置いてある石像の上にひっそりと佇む”黒い何か”が、怪しく光る赤い眼光でファイへを睨んでいた。


「……カラス?」

「どうしたの?早く行かないと置いてかれちゃうよ?」

「……いや、あそこにいるカラスがなんか俺の方を睨んでて……」

「……カラスなんてどこにいるの?」

「え?」


ウィンから窓の外へと視線を戻すと、確かにそこに居たカラスだと思われる”黒い何か”は姿はなかった。
まるで、先ほど見ていたのは夢か幻だったのかと思うほど何もなく消えていた。


「……あれ?」

「ほら、カラスなんてどうでも良いから、演習場へいこうよ!」

「……あぁ、うん」




クロノス魔法学園の屋根の上に1人の男の姿があった。その男は100mはある高さの窓の上にある庇に足を乗せ、屋根に背を預けて目を瞑り寝ているようであった。
すると、その男の元に1匹のカラスが近寄って来た。そのカラスは男の腕の上に降り立ち一度だけ鳴くと、リラックスしたのか片方の翼を広げ、羽繕いを始めたのである。


「……ご苦労だった、戻ってくれ」


男がそう言うと、カラスが紫色に光る球体となって男の中に吸い込まれていった。


「……こりゃ、面白くなりそうだ」


不適な笑みを浮かべると、男はまた目を瞑り静かに眠りについたのであった。





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