束縛フィアンセと今日も甘いひとときを

さとう涼

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3.仲直りはベッドの上で

007

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 化粧室は披露宴の会場から少し距離がある。このフロアにはほかにも披露宴の会場があるけれど、比較的静か。わたしはふかふかの絨毯の上を歩きながら、がんばって心を落ち着かせた。
 だけど化粧室で鏡の前に立ち、思わず落胆の声がもれた。

「うわっ、これは……」

 あまりにも無様な顔だ。わたしったら、こんなひどい顔をしていたのか。でもおめでたい席で暗い顔はしちゃだめだよね。
 そう思い直し、メイクを整え、指で両方の口角をあげ、にっこりと笑顔を作る。

「うん、これでよし」

 早く戻らなきゃ。きっと真野ちゃんが心配している。
 ところが会場に戻ろうと化粧室を出たところに声が聞こえてきた。

「箱崎さん」
「えっ!? 志摩さん!?」

 思わぬ人に呼びとめられた。
 まさかこんなところで会うなんて。
 驚きすぎて、その場でぼう然としてしまった。

「ごめん、箱崎さんが会場を出ていくのが見えたから気になって、思わず追いかけてきちゃったんだよ」
「志摩さん、あの会場にいたんですか?」
「蒼汰は高校のときの同級生なんだ」
「蒼汰くんと同級生!? すごい偶然……」
「友人代表のスピーチが箱崎さんだったから、びっくりしたよ」
「わたしも驚きました」

 こんなことってあるんだ。世間って狭いな……って、いやいやそんなことより。

「あんなぐだぐだなスピーチを見られるなんて恥ずかしすぎます……」

 同じ職場の人に知られるのはきついかも。
 思わず顔を手で隠すように覆った。

「恥ずかしがることなんてないよ。友達のこと、本当に大切に思っているんだなというのが伝わってきて、すごくいいスピーチだったよ」
「……あ、ありがとうございます」

 志摩さんは、この場を取り繕うわけではなく、素直に言葉にしているように思えた。
 だけど逆に恥ずかしい。笑い飛ばしてくれたほうが、気が楽なのに。

「箱崎さんは蒼汰とも仲いいんだね」
「はい、大学時代に智花に紹介してもらったんです。みんなで飲みにいったり、ごはんを食べにいったりしてました。……蒼汰くんと同級生ということは、志摩さんはわたしより三つ上なんですね」

 航と同い年なのか。

「そうだよ。僕は知ってたけど」
「誰から聞いたんですか?」

 これまでお互いの年齢の話題になったことがないはず。

「國枝先生から。僕の歓迎会をやってもらったときに話す機会があって。そのときに元教え子だったってことも聞いたんだ」

 随分とかわいがられているねえと、ほかの人が聞いたら誤解を招くような言い方をするので、「普通です!」と否定する。志摩さんは「ごめんごめん」と楽しそうに謝った。

「言い方が悪かったね。國枝先生に信頼されているんだね。秘書としても助手としても有能だって國枝先生がおっしゃっていたから」
「國枝先生ったら……」

 その日の歓迎会にはわたしも参加していた。志摩さんと話すことはなかったので、そんな会話があったことも知らなかった。
 そういうのはよそでは言わないでほしいよ。
 わたしは特別優秀というわけではない。今の仕事が好きで、目の前のことを一生懸命やっているだけ。なにかを発見したり生み出したりする人や、数字で成績を残せる仕事をしている人と自分はやはり違うと思っている。
 でも決して卑屈になっているわけではない。自分のやってきたことは、國枝先生の研究はもちろん社会全体の歯車になっていると自負している。

「教授と秘書として、いい関係を築けているよね。将来、僕がもし教授になれたら、箱崎さんみたいな人と一緒に仕事をしたいな」
「そんな、ほめすぎですから」

 こういうのはどうも苦手だ。人にほめられるというのは慣れていなくて居心地が悪い。でも志摩さんはとてもいい人のように思う。自然体で計算とかずる賢いところもなさそうで好印象だった。
 穏やかに微笑む顔を見ていると、だんだんとリラックスしてきた。
 けれどそのときだった。和やかな空気をかき乱すように、少しきつめの声で「美織」と呼ばれた。

「航……」

 本来だったらその顔を見るだけで安心できるのに、今はその逆。無表情の顔はとんでもなく怖くて、志摩さんのことでやきもちを焼いているのは明白だった。

「もしかして心配して様子を見にきてくれたの? ごめんね、ちょっと話し込んじゃって」
「誰? 知り合い?」
「志摩と申します」

 わたしが紹介する前に、志摩さんが自ら名乗り、名刺を差し出した。それを航が無言のまま受け取っている。航は自分の名刺を志摩さんに渡すことすらしない。
 うわぁ、完全に怒ってるよ。ちょっと立ち話をしていただけなのに。
 こんなときに急に大人げなくなるのは、航の悪い癖。
 大学時代に航の男友達も交えた飲み会やバーベキューに参加したことがあったのだけれど、みんなが気を使ってわたしに話しかけてきてくれるのに、航はそれが気に食わなかったらしい。蒼汰くん以外の男の子とふたりきりでしゃべるなと言って、行動を制限するほどだった。

「志摩さん、彼は日比谷航といって、わたしの婚約者なんです」
「婚約者……。あっ、そうなんだ」

 なんとも微妙な空気に気まずくなる。少しの間があり、航がようやく声を発した。

「美織、戻るぞ」
「えっ、ちょっと! あ、あの、それじゃあ志摩さん、失礼します」

 わたしのことなんておかまいなしに、航がさっさと歩き出すので、わたしは大慌て。それでも志摩さんはいつものように、「またね」と愛想よく言ってくれ、心からほっとした。
 志摩さんにはあとでちゃんと謝ろう。そう思いながら、航のあとを追った。
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