束縛フィアンセと今日も甘いひとときを

さとう涼

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6.束縛のキスマーク

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 いつクッキーの件を切り出そうかとタイミングを計っていると、航がお腹をさすりながら、「腹いっぱい」とつぶやいた。
 今日はたけのこの炊き込みごはんを三膳も食べていた。それだけ食べればお腹は苦しくなるだろう。

「そんなにお腹がいっぱいなら、クッキーは入らないね」
「クッキー? ああ、あれか。あとで食おうかな。美織も食べるだろう?」
「わたしも食べていいの?」
「おふたりでどうぞって言ってたし」
「えっ? わたしも?」
「昨日、雫にもらったんだよ。二次会のときのお詫びって言ってた。あいつなりに気にしてるんだな」

 えっ、つまり昨日、雫さんに会ったの?

「雫さんをこの部屋にあげたの?」

 まさかとは思うのだけれど、念のため聞いてみた。

「昼休みに会社に来たんだよ。最初、近くに行く用事があるからマンションに届けに行きたいって言われたんだけど、残業で遅くなるからだめだって断ったんだ。そしたら会社に行くからって」

「へえ……」
「なんだよ?」
「帰るのが遅くなかったら、部屋にあげてたのかなって。このマンションの場所も知ってるみたいだし、これまでもそういうことがあったってこと?」
「あのなあ、部屋にあげるわけないだろう。場所は蒼汰にでも聞いたんだろう。俺は教えた覚えはない。そもそも、あのクッキーはこの間のお礼なんだし、変に勘ぐるなよ」

 動揺する様子はないけれど、どうしてもモヤモヤが残る。
 マンションの場所は、本当に蒼汰くんに聞いたのかもしれない。どちらにしてもマンション名と最寄り駅さえ知っていれば、インターネットの検索でも場所を調べることは可能だろう。
 だとしても、ひとり暮らしの男性の住むマンションにわざわざ届けに行こうとしていたなんて、怪しく思えてしまうのは当然じゃないだろうか。
 ましてや雫さんは航に特別な感情を持っているのだ。航は気づいていないのか、そのフリをしているのかはわからないけれど。

「まあいいけど。航が部屋に女の子を連れ込むわけないもんね」
「あたり前だろう。美織に合鍵を渡してるのに、そんなことするかよ」

 クッキーは、あとでふたりで頂くことにした。とりあえず、航のお腹が落ち着くまで。
 その間、食器のあと片づけをして、シンクの掃除もする。
 対面キッチンなので、シンクの前に立つとリビングが見える。航はソファで経済誌を読んでいた。
 だけど様子がおかしい。眉間に皺を寄せている。

「どうかした?」
「これなんだけど……」

 航が立ち上がり、読んでいた経済誌をわたしのところに持ってくるので覗いてみると、航のお父様が写っている。インタビュー記事のようだった。
 有名企業の役員ともなると、経済誌や新聞、インターネット配信用記事のインタビューの依頼がよくあるそうだ。写真つきで媒体に記事が載るのはそう珍しいことではない。

 その経済誌には一流企業創業者一族の娘婿の立場としての経営論のほか、家族のことにもだいぶ詳しく触れていて、かなり砕けた内容だった。
 ファミリー企業の場合、外部から経営陣が登用されることによって企業にいい影響を与えると聞いたことがある。
 たとえば婿養子のように親族関係という固い絆の場合、それがより顕著にあらわれるらしい。そのため興味深い記事だった。

 だけど記事を読み進めてみて、航が不機嫌そうな顔をした理由がわかった。

「航のことも書いてある。『小さい頃の長男は内気でおとなしく、また甘えんぼうで、母親のそばを片時も離れない』……ん? ええ!? 航ってそうだったの!?」
「別に四六時中母親にべったりってわけじゃないよ。仕事やつき合いであんまり家にいない人だったから」

 航がちょっとさみしそうな声になる。

「だからお母様がいるときにたくさん甘えていたんだね」

 まだ子どもだったんだもん。無理もないよね。

「それは……そうなんだけど。でもしょうがないだろう。親父は俺に対して厳しかったし、姉貴も我儘で暴君だったから、頼れるのが母親しかいなかったんだよ。おまけに弟まで姉貴の遺伝子を引き継いでるもんだから、間に挟まれた俺は居心地が悪かったんだ」
「航も人に圧倒されることがあるんだあ。でも甘えんぼうってところは今も変わってないよね。へえ、そうなんだあ。子どもの頃から甘えんぼうだったのかあ」
「うるさい!」
「怒んないでよ。本当のことじゃない。航はふたりきりになると──」
「美織! それ以上言ったら、あとで足腰立たないようにしてやるからな」

 えー、下ネタに走るってどうなの? そんなに恥ずかしがることないのに。
 うれしいんだけどな。わたしとふたりだけのときに見せる穏やかでリラックスした顔とか、甘い言葉のささやきとか。そのたびに胸がきゅんとなって、航のことをやさしく包み込んで、もっともっと愛したいって思う。

「事前に記事の内容を確認できなかったの?」
「子どものときのエピソードだからな。これだって親父の秘書が気を使って、俺のところに持ってきてくれたんだ。いつもはそこまでしないのに、『申し訳ありません』って」
「今の航を知っているからこその『申し訳ありません』なんだろうね」

 硬派で格好いいイメージで通っているだろうから。ふたりきりじゃないときは、そんな感じだもん。

「でもそれだけお父様にはかわいらしく映ってたってことじゃない? 愛されてる証拠だよ」
「気色悪いこと言うな」

 航は口を尖らせ、目をそらした。たぶん照れているのだろう。
 わたしには惜しみなく愛情をそそいでくれるのに、自分の家族のことになると途端にクールになるんだから。
 とても自立心が強い人だから、航らしいといえばそうなのだけれど。

 すると航は唐突に話題を変えた。

「クッキーでも食うか」
「自分に都合が悪いからって話をそらさないでよ」
「そらしてるわけじゃないよ。最初からその予定だったんだから」
「はいはい、わかりました」

 この話題を引っ張るのもかわいそうなので、これくらいで勘弁してあげるとするか。
 本当はこんな遅い時間に甘いものを食べるのは罪悪感を覚えるけれど、甘いものが大好きなので誘惑にはいつも勝てない。
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