束縛フィアンセと今日も甘いひとときを

さとう涼

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7.マリッジブルーに悲しく揺れる

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「指輪はサイズ直しをしてもらってるところ。来週には仕あがる予定だよ」

 航が機転を利かせ、うまい具合に取り繕った。
 元はと言えばその指輪が発端だった。指輪をマンションに忘れさえしなければ、わたしはなにも知らずに、この場で笑っていられたのかな。
 それとも、そんなことは関係なく、ふたりの関係は崩れていったのだろうか。

「航ったら。肝心なときになにをやってるのかしら。指輪のサイズはちゃんとリサーチしておかないとだめじゃない」

 ねえ美織さん、と同意を求められ、返答に困った。
 サイズはぴったりだった。以前、母の誕生日プレゼントのネックレスを買うために一緒にジュエリーショップに行ったことがあった。母へのプレゼントを選びながら、つい指輪に目がいってしまい、店員さんから試しにつけてみませんかと言われ、はめたことがあったのだ。たぶんそのときのサイズを覚えていたのだろう。

「結婚指輪を作るときは気をつけてちょうだいね、航」
「わかってるよ」
「まあ、結婚式はもう少し先になると思うから、まだ時間はあるんだけど」
「それで式のことなんだけど、俺たちは半年後の十一月ぐらいにと思っているんだけど、どうかな? あとは親父のスケジュール次第なんだ」

 航が具体的な話を切り出した。
 いったいどんな気持ちでそんなことを聞いているのだろう。本当にわたしと結婚したいと思っているのだろうか。
 今のわたしは疑心暗鬼。半年後に結婚式を挙げることも考えられない。

「十一月か……。その時期の週末はなかなか難しいな。すでにいくつか予定が入ってるよ」

 航のお父様が困ったように言った。

「十二月はもっと難しいよな。企業パーティーなんかの招待も多いだろうし。……ってことは、年内は難しいか」

 航が渋い顔をして、ひとりごとのように言っていた。
 わたしは安堵しながらそれを聞いていた。少なくとも年内でないのなら、考える時間を持てる。

「航、そんなふうに深刻に考えなくてもいいじゃない。来年のあったかい時季にやるっていうのもいいと思うわよ」
「……それはまあ、そうだな」

 お母様の助言もあり、日取りについては改めて航とわたしで話し合うことになった。お父様が、来年なら逆に日程を調整すると言ってくださり、その話はひとまず保留ということに。
 するとお母様がおずおずとわたしに尋ねた。

「あのね、美織さん。美織さんの希望を聞いてからと思ったんだけど……。挙式は教会式かしら? それとも白無垢で神前?」
「それはまだ決めていなくて。お母様に相談しようと思っていたんです」

 迷っていたので相談しようと思っていたのは本当。なのでそう言ってみると、お母様が遠慮がちに言った。

「美織さん、サムシングフォーって知ってる?」
「結婚式で花嫁が身に着けると幸せになるという四つのアイテムですよね。欧米のおまじないみたいなもの……でしたよね?」

 サムシングオールド(なにか古いもの)、サムシングニュー(なにか新しいもの)、サムシングブルー(なにか青いもの)、サムシングボロー(なにか借りたもの)。これら四つのアイテムをサムシングフォーという。
 聞いたことはあったけれど、自分の結婚式で取り入れることまでは考えていなかった。

「ええ、そうよ。それでね、もしよかったら、これをもらってくださらないかしら」

 そう言って差し出されたのは、小さなジュエリーボックス。ブラックのベルベット調のもので、開かれたなかを見るとパールのイヤリングが収められている。シンプルなデザインに大粒のパールが上品に輝いていた。

「きれい……」
「サムシングオールドよ。わたしは教会で挙げたんだけど、そのときに着けたものなの。これを美織さんに譲りたいと思っているんだけど」
「いいんですか?」
「もちろんよ」
「ありがとうございます。ほんとに……ほんとにうれしいです」
「美織さんのウェディングドレス姿、楽しみにしてるわ」

 お母様の心遣いに感動し、涙が滲んだ。
 航の家はカトリックで、航も小さい頃、日曜日はミサに行っていたと聞いたことがある。
 リゾート地やホテルにある結婚式専用のチャペルばかり想像していたけれど、教会で式を挙げるという選択肢もあったんだ。

「素敵ね。お母さんも美織のウェディングドレス、楽しみにしてるから」
「ということは、お父さんもがんばらないとな、バージンロード」

 両親の言葉がやさしく胸に響く。
 でもこんな状況で本当に受け取っていいのだろうか。
 今のわたしは、雫さんの言っていたことが本当だったらと考えてしまい、結婚すら迷いはじめている。こんな気持ちで結婚の準備を進めていいのか、ためらう自分がいた。
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