55 / 59
11.指輪に秘められた想い
055
しおりを挟む
ステンドグラス美術館に到着すると、駐車場にはすでにたくさんの車が駐車していた。
開館時間は午前九時。今はまだ開館して間もない時間だ。この様子だと、このあとも続々と来館者が訪れるだろう。
わたしたちは車を降りると、まず駐車場から建物を一望した。
十九世紀のイギリス、ヴィクトリア朝の建築をモチーフにしてデザインされた建物は、赤レンガの鮮やかな色が緑のなかで一際映え、ここだけ異国の雰囲気を醸し出している。
「素敵な建物だね。ここに来るの、すごく楽しみにしてたんだ。テレビやスマホの画面越しには見てたけど、実際目の前にすると感動が増すよ。なんでこういうデザインになったの?」
「十九世紀に作られたステンドグラスが数多く展示されているんだ。たとえば実際にイギリスの教会に飾られていたものとかね。だからその時代に合わせたんだよ」
「そんな貴重なステンドグラスなら、手に入れるの、かなり大変じゃなかったの?」
「作品の多くは亡くなった深見家のじいさんのコレクションなんだよ。ずっとじいさんの別荘に保管してあったんだけど、いつかみんなが見られるように飾ってほしいと言われていたんだ」
「遺言?」
「そんな大げさなものでもないけど。俺が子どもの頃、じいさんにそれを見せてもらったことがあって、ちらっとそんなことを言ってたんだ」
航が照れくさそうに小さく笑う。
ああ、そうか。航は何年も前からこのときを待ち望んできたんだ。ひとつの目標として。
「航はすごいね。立派に仕事を成し遂げてる。こうしてここにいられるのは航の活躍のおかげなんだね」
「それは違うよ。俺だけががんばったわけじゃないから。プロジェクトのメンバーや建設業の人たち、そのほかにも大勢がこの仕事にかかわっているんだよ」
わたしは航のこういう謙虚なところも好きだ。尊敬する上司や先輩のもとで日々成長させてもらっていると常々言っている。けれど深見一族の人間だからこそ感じるプレッシャーに打ち勝つため、わたしはもちろん、会社の人たちの知らないところでも、たくさんの苦労と努力をしているに違いない。
「ここに連れてきてくれてありがとう。テレビの情報番組で知ったんだけど、この場所は深見家の別荘跡地なんだってね。もしかして、おじい様の別荘があったところ?」
「うん。ここは俺にとって唯一楽しい思い出のある場所……。じいさんは俺にやさしかったから」
「え?」
「今は普通に話せるけど、昔は親父が怖かった。勉強にスポーツに習いごと。高校まで全部親父の命令でやらされて、俺のやりたいことはなにひとつ許されなかったから」
「そうだったんだ。航がそんな話をしてくれるの、初めてだね」
多くの教育を受けてきたことは知っていたけれど、航がどんな気持ちでいたかなんて考えたことがなかった。恵まれた環境、大きな期待をかけられて育った航がむしろうらやましいと思っていた。
「でも今は親に感謝してる」
航は誇らしく語る。短い言葉にこれまでの苦労や達成感を重ねているのかもしれない。
不思議だなあ。航と知り合ってもう六年になるのに、航の新しい一面を知ることになるなんて。
まだまだあるのかな。結婚して家族になったら、また違う航を見ることができるのだろうか。
開館時間は午前九時。今はまだ開館して間もない時間だ。この様子だと、このあとも続々と来館者が訪れるだろう。
わたしたちは車を降りると、まず駐車場から建物を一望した。
十九世紀のイギリス、ヴィクトリア朝の建築をモチーフにしてデザインされた建物は、赤レンガの鮮やかな色が緑のなかで一際映え、ここだけ異国の雰囲気を醸し出している。
「素敵な建物だね。ここに来るの、すごく楽しみにしてたんだ。テレビやスマホの画面越しには見てたけど、実際目の前にすると感動が増すよ。なんでこういうデザインになったの?」
「十九世紀に作られたステンドグラスが数多く展示されているんだ。たとえば実際にイギリスの教会に飾られていたものとかね。だからその時代に合わせたんだよ」
「そんな貴重なステンドグラスなら、手に入れるの、かなり大変じゃなかったの?」
「作品の多くは亡くなった深見家のじいさんのコレクションなんだよ。ずっとじいさんの別荘に保管してあったんだけど、いつかみんなが見られるように飾ってほしいと言われていたんだ」
「遺言?」
「そんな大げさなものでもないけど。俺が子どもの頃、じいさんにそれを見せてもらったことがあって、ちらっとそんなことを言ってたんだ」
航が照れくさそうに小さく笑う。
ああ、そうか。航は何年も前からこのときを待ち望んできたんだ。ひとつの目標として。
「航はすごいね。立派に仕事を成し遂げてる。こうしてここにいられるのは航の活躍のおかげなんだね」
「それは違うよ。俺だけががんばったわけじゃないから。プロジェクトのメンバーや建設業の人たち、そのほかにも大勢がこの仕事にかかわっているんだよ」
わたしは航のこういう謙虚なところも好きだ。尊敬する上司や先輩のもとで日々成長させてもらっていると常々言っている。けれど深見一族の人間だからこそ感じるプレッシャーに打ち勝つため、わたしはもちろん、会社の人たちの知らないところでも、たくさんの苦労と努力をしているに違いない。
「ここに連れてきてくれてありがとう。テレビの情報番組で知ったんだけど、この場所は深見家の別荘跡地なんだってね。もしかして、おじい様の別荘があったところ?」
「うん。ここは俺にとって唯一楽しい思い出のある場所……。じいさんは俺にやさしかったから」
「え?」
「今は普通に話せるけど、昔は親父が怖かった。勉強にスポーツに習いごと。高校まで全部親父の命令でやらされて、俺のやりたいことはなにひとつ許されなかったから」
「そうだったんだ。航がそんな話をしてくれるの、初めてだね」
多くの教育を受けてきたことは知っていたけれど、航がどんな気持ちでいたかなんて考えたことがなかった。恵まれた環境、大きな期待をかけられて育った航がむしろうらやましいと思っていた。
「でも今は親に感謝してる」
航は誇らしく語る。短い言葉にこれまでの苦労や達成感を重ねているのかもしれない。
不思議だなあ。航と知り合ってもう六年になるのに、航の新しい一面を知ることになるなんて。
まだまだあるのかな。結婚して家族になったら、また違う航を見ることができるのだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
美しき造船王は愛の海に彼女を誘う
花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長
『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。
ノースサイド出身のセレブリティ
×
☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員
名取フラワーズの社員だが、理由があって
伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。
恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が
花屋の女性の夢を応援し始めた。
最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる