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4 それぞれの自由
人の持つ、畏れ
しおりを挟む謁見の日。アウディーは側仕えにシュンイを借り、控えの間でシュンイの膝枕に埋もれていた。
「私の知る貴方はドラゴンすら煙に変える強者であると思っていましたが」
「…甘えたい時もあるさ。人は人を恐れるモノだ」
「ならば人と見なければ良いのです。相手はツノウサギ、ムーブツリーですよ」
「どちらも見た事ないのだが……」
「見た事のある何かしらを思い浮かべてくださいっ」
「御前に対してツノウサギとは、不敬が過ぎるぞ」
「ほら、アウディー様?ツノウサギが鳴いてますよー?チチューチチュー」
「このっ!我を愚弄するかっ」
「あら。手真似のウサギが見えませんで?勘違いなされたようで申し訳ございません。さあ、ドラゴンを屠った時のようにシャンとなさいませ」
「見た事ないクセに…はぁ……。そちらにも恥ずかしい所を見せた」
「フンッ」
シュンイを放っとくと面倒臭くなりそうなのでソファーに座り直して背筋を伸ばした。アウディーの言葉に勘違い男は鼻を鳴らして離れて行くが、そんな者がいた事に気付かないくらい、アウディーは動揺していたようだ。
─精神Lvがどれだけあっても緊張はするのだな……─
人は権威に弱い生き物である。それが人如きが勝手に作った風習でも、長く伝えられて来た畏れは体の芯に染み込んで消える事はなかった。
控えの間には先程の勘違い男の他に10人程の貴族と、側仕えの使用人が2人か3人付き添って、謁見の誉れを賜わる時を待っている。皆多少なりと緊張した面持ちであるが、一番緊張しているアウディーが何か言える立場にはない。事実、彼は元貴族にて現平民である。飛び抜けた《礼儀作法》で先程の勘違い男は勘違いしたが、勘違い男が名乗っていたら面倒臭い事になったであろう。
「お、アウディーよ。ちゃんと来よったな?」
─なぜ名を呼ぶのかこの年寄りはっ─
「アラグリーラ殿。来なければ不敬となります故」
「まあ何でも良いわ。今日は頼むぞぃ」
帝国でも有名な年寄りが控えの間に現れて、メイドの膝に顔を埋めていた男に気さくな挨拶を交わす。それだけで周りの貴族の顔色が変わる。《察知》しなくても判る程の敵意だ。
「アラグリーラ様、ご準備を」「ほいほい行くぞぃ」
アウディー殿とは呼ばれない。位の高い者の名が呼ばれるからだ。アウディーはスコンブロの後ろに付き、開かれた大扉を潜る。視線は下げ、スコンブロが止まるとその場に止まり片膝を着く。手は軽く拳を握り両腕は下げる。帝国式の礼である。
「スコンブロ・アラグリーラ。皇帝陛下の命により、これなる冒険者アウディーを御身の御前にお連れし申した」
─こりゃあ、一目置かれるな─
スコンブロの口上を聞いてアウディーは首筋に冷や汗が垂れるのを感じた。多少行儀良い語り口にはなっているが、普通の貴族なら首が飛ぶ。それくらいフレンドリーで、短い口上であった。
「表を上げよ」
前にいる年寄りはともかく、アウディーはほんの少しだけ顔を傾ける。《礼儀作法》がそれ以上顔を上げさせなかった。
─ふむ、スキルに支配されたのは初めて…か─
「陛下。この者が以前お伝え申した体の痛みを取る者に御座います」
「ふむ、名は、アウディーと言ったな」
「……アウディーよ、返事をせい」
「は。冒険者アウディーと申します」
「うむ。して、スコンブロの話を聞くに、手で触れるだけで体の痛みを取り除いたと聞いた。それは誠か?」
「……どうしたアウディー、答えんか」
「は。触れずとも、近寄らずとも、問題御座いません」
「そうか。ならばやって見せよ」
「陛下っ、それは危険に御座います!」
─うわ…、公爵でもなきゃ首が飛ぶ事を……─
アウディーは後手後手で答えを返す。だがこれは作法通りであり、上の者、即ち皇帝と直接言葉を交わさない作法である。そして皇帝陛下の言葉を遮った男であるが、これは不敬極まりない。それは皇帝とアラグリーラは前以て話を通してあるからだ。
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