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5 故郷へ…
文化の違い
しおりを挟む老閣下の作らせた馬車は、座り心地はとても良いのだが、小さく作られているため脚を伸ばせないのが苦痛であった。アウディーは走って向かう提案を二つ返事で了承し、サリューテを担いで走り出した。
「馬車に乗るならやはり広さよな」
「3人が限界だよね。それにしても……」
背中の声が言い淀む。自分から言うまで待つのが男と言うモノだ。
「聞いてよ」
「聞いてるよ?」
「何で旦那様じゃなくて私が貴族になっちゃうのさ」
「それはお前の親が治めていた領だからだ。家が復興するとして、赤の他人が領主になっては亡くなった祖先も浮かばれんよ」
「そう言うのよく分かんないし」
「だろうな。けどこれで椅子に座って金を稼げるぞ?」
「それは嬉しい。こき使いたくはないけどね」
「こき使わないように働かせてやれ。領民は、自分達がちゃんと食えれば文句は言わない。領主は税を取り、危機に備える。領の蓄えを貯めておく場所代が領の運営費となり、残った物が領主の懐に入る。簡単だろ?」
「税かぁ…」
「まずは出入りの確認からだな。紙と現実では違う事も多くある。閣下の目の届かぬ所でピンハネしてる奴もいるだろうし、な」
「確かにねー。とにかく、荷が重いわ」
「軽い軽い。神輿が軽過ぎて跳ね上がるぞ」
「やめっ、飛ぶなっ」
サリューテを背にしたアウディーは軽口を叩いて跳び上がる。彼女のか弱い双肩に伸し掛る重荷を振り払うかのように。
待ち合わせの村に先着し、村長に話をして適当に待たせてもらう。領主様が来ると聞いた村人達は大慌てだが、自領の領主でもないのだから普通にしていれば良いのだ。食料も寝床も自分達で賄えるので、精々馬の世話が出来れば良い。アウディーは言ったが村民は話を聞かなかった。
「毎回ワタワタしているのか?」
「何度も来られては困りますがね。お貴族様が来られたら、持て成すのが長生きの秘訣なのですよ」
見た目まだ年寄りには見えない村長は答える。前の村長は持て成しが足りなかったのかも知れない。
「行きには寄らなかったのか?」
「お貴族様の馬車は速いので、村を1つ飛ばしで寄るんですよ。ここは王都の1つ手前ですから行きには止まりますが、帰りにはほとんど止まらないんでさ」
「だろう?村には入らず横を通るだけだろうし、持て成しは要らないと思うが」
「お貴族様の考えは分かりませんからね」
流石に王領の民をいたぶる貴族は居ないと思うアウディーだが、自分の息子を殺す無能も居るのが貴族。準備ぞ堅き。古い教訓を思い出した。
─貴族とは、まるで嵐か大水のようではないか─
せっかくの準備を無駄にするのは忍びないが、村から出て、側道への分かれ道の前で待つ事にした。この後も同じ道で帰る貴族はいるハズなので、準備したモノはそちらで使ってもらおうと考えた。
「道なんて何本もないんだしさ、お爺ちゃん達より先に帰った貴族だっているんじゃないの?」
「いや、俺達が最初に帰るんだと思う。貴族ってな、長居するんだよ」
「旦那様も女の家に長居するもんね」
「理由は違うがな」
サッテロス家が早々に王都を立ったのはリシュテンベルク家を領に迎えるためであり、サリューテに会わなければ少なくとも30日は滞在していた事だろう。その間に何度か謁見したり王都でしか出来ない仕事をする。貴族としての仕事を放棄してでもリシュテンベルク家の復興は大事であるのだ。王命でもあるし、何事にも変えられない。
「馬車が見えて来たよ」
「そうだな」
謙虚な佇まいの馬車が見え、分かれ道の手前で合流すると、やはり村には入らず側道に逸れた。
「何か、悪いコトしちゃったかな」
「平気ですよ。この道を通る貴族は多いですから」
馭者席に乗せてもらったサリューテに馭者は平気だと返す。
「旦那様…」
「お前がそうならなければ良いんだ」
馬車の横を走るような速度で歩くアウディーの言葉に、馭者は不思議そうな顔をした。彼女が貴族になる日はまだ先のようである。
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