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5 故郷へ…
母の名は
しおりを挟む「これだけの麦に麦粉、岩塩まで……」
「凄いでしょ?うちの旦那なの」
夫自慢をするサリューテは倉庫に満ちた乾物の山に驚愕するジョムへドヤ顔を向けるが、当然彼女は何もしていないのでアウディーは眉間に皺を寄せる。
「サリューテよ、あの下郎に避妊魔術を解いてもらおうか?」
「旦那様も嫌なクセに。とにかく、麦と塩は何とかなるわね。どうせならパンにして増やせば良かったのに」
「パンも増やせるのですか!?」
「足が早いからやりたくはないが、な。麦も先に粉を使え」
サリューテはパンを増やせと言うが、アウディーが増やしていたのは堅パンであり、保存が利く物だ。それでも長く置けば湿気たりして味は落ちるので、街に立ち寄った際は必ず買い直していた。
「放逐させたお家には悪く思いますが、この街にとっては救世主でございます」
「凄いでしょ?うちの旦那なの」
「褒めても乾物しか増やさんぞ。後サリューテは孕ませる、覚悟しろ。まずは酒場で薄パンを焼かせに行くぞ」
酒場とは昨日アウディーが汗水垂らして造った大型建築である。正しくは娼館であり、1階は待合酒場であるのだが、まだ娼館は開業しておらず、空いた厨房と帰る場所をなくした女達を有効利用するために仕事を与える事となった。
娼館通りには荷馬車が並び、古物商経由の職員の手で家具が運ばれている。物珍しさに人々が集まって廃墟街だった通りは活気に満ちていた。既に屋台まで発生し、勝手に食い物の匂いを漂わせている。
「お、領主様。これはどうも。ナウゼンさんの下請けでやらせてもらってます」
「領主はこちらだ。リシュテンベルク家当主、サリューテ・リシュテンベルク様である。畏れ。領主様、こちらは…………」
家財運びを指揮していた男はジョムに向かって頭を下げるがジョムは補佐官としての仕事をこなす。誰が領主で、どこの誰なのか。放った声は正面の男以外にも向けられていた。
「リシュテンベルク…様……」「前のご領主様のお名前だね…」「ワシ、知っとるぞ。お披露目見たぞぃ」「あンたのはヒルデカンド様のご成婚式でしょうが」
「あは、それ、私のお母さん」
「どうやらお母上も美人だったようだな」
「生きてても抱かせないから」
外野の声に反応したサリューテは少し顔を赤らめて、アウディーには棘を刺す。あまり外にいると野次馬が集まってしまうので、荷運びさせていた兵士達に道を作らせ建屋に入った。それでも建屋を覗く者はいるが、排除する程でもない。
「旦那、ここは女連れで来る場所じゃありませんよ」「まだベッドも揃ってませんしね」
「厨房が空いてるだろうから薄パンを焼いてもらおうと思ってな」
「おや、そっちの仕事なんて久しぶりだね」「この中で薄パンも焼けねぇ女はいねぇよなぁ?」「焼けらぁ!」
「頼もしいな。ならこれ全部使って焼いてくれ」
「「「え?」」」
兵士3人が担いで来た袋は1つが約10kdあり、勢いの良かった女達は言葉を失った。
「旦那様、お巫山戯はおよしよ。今夜からしばらくは店の横の奴等が腹空かせると思うんだ。外じゃ良い匂いさせてやがるし、せめてパンくらい食わせてやらないとね」
「新しい領主様って聞こえたけど……」「知った口聞くじゃないか」「まあ、悪くないね」
同じ巣に住むホールベア。同じ匂いを感じたのだろう。女達の警戒心が薄れたように感じる。兵士が粉袋を厨房に運ぶと後は女達の仕事。粉と少量の塩と水を練り始め、丸く伸した傍から竈に投げ込まれた。
「我々には出来ぬ仕事ですな」
「男手はもう要らないよ!ほら外出てって」
手に粉を付けた女が男達を外へ押し出す。兵士にジョム、更にはアウディーまで厨房を追い出された。
「俺もか?俺は焼けるのだが」
「旦那は他の仕事を頼むよ」「伸し棒より硬いので、お願い」
「伸し棒の方が長いでしょ」
「ご領主様、焼けるのかい?」
領主はパン焼きに巻き込まれた。
kd:カー ディガ。1dを1000倍したもの。1dは地球で約1g。
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