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0 その【恩恵】、酷い物だと人は言う。
まずはどこまで行けるかだ
しおりを挟む「ピッコラ、済まない。今夜の宿は泊まれそうにない。ベルジーネにも謝っておいてくれ」
「もう、会えないの?」
「親父さんに会えていなければ、いずれ」
「会わなくて良いっ」「貸した魔道具返せと伝えろ」「おじさんっ」
店主は冗談が通じるタイプのようだ。礼と、別れを告げて裏口を抜けると、大通りを街の南門へ向かう。この街の南には港町があり、海を渡って隣国へと続いている。北は山を背負って小さな集落しかなく、東西は元我が家の領地で追っ手が来る可能性がある。逃げ延びるならこの道しか無い。
南門を抜けて足並みを速める。街道から望む麦畑は腰高に伸びてはいるが、遠くからでも僕を見付けるくらい容易な事だろう。
─僕、私…やはり俺だろうな─
いつまでも子供の頃の呼び方ではいけないし、貴族めいた呼び方も捨てるべきだ。名前も家も捨てるなら、あるだけ捨ててやろうじゃないか。命を奪わせない為に。
畑が途切れ、街道は二手に分かれる。一方は南に直進。林の中に向かい、もう一つは西へ、広い川があり橋を超える。とにかく身を隠すのが先決と決めて直進した。
─手持ちの所持金全てから、付与された魔法を2つずつ減らせ─
『半金貨から、2つの魔法を減らしました。半金貨から、2つの魔法を減らしました。半金貨から、2つの魔法を減らしました。半金貨から、2つの魔法を減らしました。半金貨から、2つの魔法を減らしました。半金貨から、2つの魔法を減らしました。半金貨から、2つの魔法を減らしました。半金貨から、2つの魔法を減らしました…………
─これは…、融通が利かんっ!─
貨幣1枚ずつ処理をして、頭の中で何度も何度も同じ言葉が繰り返される。周囲に気を張った状態で走り続けているのに集中を邪魔されて敵わん。
…………魔法は消滅しました』
頭の中の声が止まり、指示の仕方が甘かったと反省した。
随分と走らされたが丁度良い。街道から西に逸れて林に入り、川へと向かう。川まで来て、街道から川までの道程で人や獣、そして魔物に遭遇しなかった事にホッとする。林は人が作った物で、林業を生業にする労働者は少なくないし、人が管理している土地であっても獣や魔物は彷徨いているのだ。
だが、ここからは人の手を離れる。川を越えた向こう側は、森。人の管理から離れた土地だ。この中に入ってしまえば侯爵家の兵士でも追う事は出来ない。
─俺も食われてしまうが、な─
自問自答。川に入り、腰まで浸かるとそのまま肩まで腰を落として流れに身を任せる。服が濡れて体が重い。そして冷たい。外套の内側に溜まった空気を頼りに流れて行き、体温を引き換えに距離を稼いだ。獣を使った追跡も躱せる事だろう。
川から上がり、体力の消耗と体の震えで這う事しか出来なくなっていた自分に驚いた。肉体Lv28でもここまで消耗するのか。そして今の落ち着き振りが精神Lv32のおかげかと納得する。何をすべきかが自然と頭に浮かぶ。
─俺の体…、違うな。俺の手の届く範囲から、川の水を1つ減らせ─
その瞬間、髪が乾き、濡れていた服からも気持ち悪さが消えた。
『アウディーの周囲75caから、川の水を1つ減らしました。川の水は消滅しました』
鞄や鞘に侵入していた水も1つとしてくれたのは良かった。全身ビタビタで途切れなく濡れていたからだろう。四つん這いになっていた地面も多少乾いていた。川べりの土手の段差に身を隠すに良さそうな凹みを見付け、休憩を取る。
─俺の周囲1caから、30p間温度を40℃増やせ─
『アウディーの周囲1caから、30p間温度を40℃増やしました』
─暖かい………─
※
ca:センタ アト。1aを1/1000したもの。1aは地球で約1m。
p:ピン。60t。1tは地球で約1秒。
℃:ドシー。氷がお湯になるまでの温度を100等分したもの。
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