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1 新天地は食事が美味い
捨てた名を再び使う
しおりを挟む─これは、命運なのか?─
寝かせたままで使用したので汚れが着くのは仕方がない。立たせていても靴裏は汚れるのだ。それは良い。貴族と気付かなかったのはそれだけ動揺していたからか?服を見れば平民とは違う事に気付けたハズだ。それよりも、カリバーン家だ。なぜ伯爵家がここに…。
─野盗に捕らえられていたのだったな…─
「あ、助かっ…た、の…?」
刺されている時から意識のあった女は、自らの体に異変が起きた事に気付いて言葉を放つ。悔しいが、これは迂闊な自分への戒めとしなければならない。
「服が汚れます。お立ちになられるなら手をお貸ししましょう」
「もう、汚れていましてよ…」
私の手を取り立ち上がる女性に再び【±】を施すと、背後の汚れが消滅した。女性もそれに気付き、自らの腰や背部を触って確かめる。
「まあ…」
「お一人で戻る事は出来ましょうか」
「一人で戻っては旦那様に叱られてしまいますわ。貴方のお母様にも、ね」
「ご無沙汰しております」
「大きくなられて…って、今話すべきではありませんわね。血が流れてフラ付きますの。お手を頂いても?」
傷は消えたが腹を裂かれていた方だ。気丈に振舞っていても真面に歩くのは難しい、か。私は伯爵夫人を手を取り、仮住まいしていると言うサンストン家の別邸へ同行した。
カリバーン家はサンストン家の寄親で、数年に一度、寄親側から各寄子達の領を巡る視察の旅の途中である、とカリバーン家当主カリバーン伯爵は言う。
「アーレ、いや、アウメンターレと呼ぶべきだな。家内を救い賜うて感謝の言葉も無い」
「感謝の意、ありがたく頂戴致します」
「視察中故すぐには礼を出せぬが、必ずや満足出来る物を贈ろうぞ」
「いえ、物は戴けぬ理由がございまして…」
「何と?」
「旦那様」
「どうした」
「アウメンターレの姿をご覧になって?」
「家が…いやそれはあるまい。ならば…」
「家をお出になられましたのかと。そうね?」
「お察しの通りにございます。ですので物を贈られても私めの所には届きません。父の手を煩わせても恥ずかしく思いますれば、お言葉とお気持ちだけで十分にございます」
「そうか。腰を落ち着けたら文を寄越せ。そちらに贈ろう」
これ以上は断れないな。ありがたく謝礼を受ける事にした。
「所で、アウメンターレ。貴方に聞きたい事があるのだけど」
「はい、奥様」
夫人は私が東から来た事を理解して、途中であった事を聞いた。遠回しにしているが、私は当事者でもある。強情な当主様にメイド風情がいつまでも隠し事等出来ないだろう。私は自ら口を割った。
「妻だけでなく娘も救ったと言うのか!?」
「ああっ!何と言う!神とアウメンターレに感謝をっ!!」
「メイドには私の事を隠すよう命じております。何卒寛大なご配慮をお願い致します」
「瑣末事。ヨーク、すぐに迎えを出せっ」「は、旦那様」
メイドに出した指示が無駄になったな。夫人が襲われ、令嬢が攫われ、当主様も相当心を痛めておいでだろう。令嬢が戻るまでは幾分掛かると思うが、まずはお休み頂くため、私は退出を願い出た。
「今日は泊まってらして。おもてなしも出来ないけれど」
「ご面倒をお掛け致します訳には参りません」
「問題無い。娘が戻るまで居て構わん。アウメンターレ、そなたに追っ手があるのなら私が払ってくれようぞ」
─追っ手の事まで?いや、予想は、出来る…出来るか?─
ただ家を出されただけなら国境を越えてもせいぜい首都であるブリクストンで暮らすだろう。さらに足を伸ばす理由があるとするならば…と当主様は言葉を続けた。表情に出ていたか。まだまだ私も未熟である。追っ手の事は気に掛けぬ事にしてもらい、一室を世話された。
令嬢を乗せた早馬車は4日後に帰って来た。馬車2台を使った急行だったそうだ。再会に涙する伯爵一家は娘の支度が整うと、揃って私の宛てがわれている客室を訪れた。普通は逆で、私が呼び出されるのだが。
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