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看守に恋をした令嬢は悪役令嬢に仕立てあげられた(異世界・悪役令嬢)

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 王城の地下には罪人を収容する地下監獄が存在する。
 犯罪が横行するこの国、ギルハザード王国で看守長を務めるのはわずか20歳の男だった。
 なんでも過去にいくつもの闇ギルドを一夜にして潰した英雄らしい。

 そんな英雄がなぜこんな陽の当たらない場所で看守なんて仕事をしているのか。
 まだ幼いアリアには分からなかった。

 けれど服越しにもわかるほどに張った大胸筋と腕の太さ、そして何より背中に背負った大きな棒が彼の強さを物語っていた。

 第一印象は怖い人。
 多くの罪人を管理している人にそんなことを思ってしまうのは失礼なことであると、アリア自身も自覚していた。
 けれど年の近い他の御令嬢方と比較しても背の低い彼女にとって、ガタイのいい看守はそれだけで畏怖の対象になり得るのだった。

 けれど一令嬢として、王子の婚約者としてそんなことを気取らせないように気丈に振る舞った。といっても仕事中の彼に、スカートを摘まんで軽く礼をするだけだが。
 その日は地下監獄の見学が目的で、看守長や他の看守たちの話を聞くつもりなんてなかった。実際、アリアと看守は言葉など交わさなかった。けれどアリアは帽子を取って小さく頭を下げる男の、炎のように真っ赤に染まった瞳に捕らわれてしまったのだ。

 それが、幼い頃から王子の婚約者であり続けたアリアの初恋だった。
 けれどアリアにとってこの恋は当然のように叶うはずのないもの。だから彼女はその想いに蓋をした。誰にも知られないように、心の奥底に眠らせたのだ。
 時折、あの瞳を思い出しては胸を締め付けられる。
 あの瞳に自分だけを捕らえていただけたならば、と欲が溢れそうになる度に、アリアはその想いをいっそう心の深層に縛りつけたのだった。そして自分は王子の婚約者なのだと、他のことに惑わされないようにと勉学に励むようになっていった。


 アリアと王子はそれからまもなく慣例に従い、国営の学園へと入学を果たした。
 3年間の在学を終え、卒業式後2~3カ月を開けて正式な婚姻を結ぶ。それさえ終えてしまえばこんな感情を抱き続けることもない。アリアは安心して、以前よりも勉学に没頭していった。

 その一方で王子はといえば、学園に入学してからアリアとは別の女性にうつつを抜かし始めたのである。その女性の名前はリリア。平民の出でありながら『癒しの力』と呼ばれる特別な力を持っており、貴族や付き添いの者以外は入学が難しいとされる学園に特別枠での入学を果たした少女でもあった。

 そんな少女との交流を持つのは決して悪いことではない。
 むしろまだ力の制御が出来ていないリリアの存在は近い将来、無視できないものとなるだろう。
 今から親切にしておくのは、将来国を担う者として当然の判断とも言えるだろう。

 だからアリアも彼らの動向を見守った。
 2人で出かけ始めた時には『些か入れ込みすぎではないか』『周りの目をもう少し気にした方がよいのではないか』と助言をした程度。それだけで抑えていたのだ。

 けれど2人の行動は次第に『友人関係』と言うにはあまりにグレーな物が増えていった。
 王子の手は当たり前のようにリリアの腰へと伸びるようになり、リリアは心を許すかのように王子の肩へとしなだれかかる。

 まるで恋人だ。
 アリアという婚約者がありながら、彼らは周りの目も気にすることはない。それどころかいつの間にかリリアは王子の隣にいるのが当たり前で、いなければ王子が騒ぎ立てるまでになっていた。

 さすがにそれは問題があると、アリアは王子にしばしの時間をもらい、訴えた。
 けれど王子は全くもって聞く耳を持たなかった。
 それどころか「お前は実につまらない女だ。嫉妬するならもう少し可愛くねだってみたらどうなのだ」とアリアを嘲笑した。
 そして王子のファーストネームを呼び捨てにしながらやって来たリリアと腕を組み、その場を後にした。


 それからというもの、王子は婚約者の役目も放棄するようになった。
 学園での行事とはいえ、学園祭の夜会では通常、婚約者がいる者はその相手と踊ることが決まっている。婚約者に許されれば他の相手と踊ることも出来るがそんなことは極稀のこと。

 それでも王子はきっとすぐにリリアの元に行ってしまうだろう。

 例え王子が婚約者にドレスを贈るという役目さえ放棄したとしても、1曲目のダンスを踊る役目は果たさねばならないと考えていた。そして一人で舞踏会に足を踏み入れたアリアは信じられない光景を目にした

 そこには王子と手を取って、会場の真ん中で踊るリリアの姿があったのである。
 まだ正式に舞踏会が始まってもいないのにはしたない行為である。けれどその行動を誰が止める訳でもない。むしろお似合いの2人よね、なんて聞こえるように口にするのだ。なにせ踊っているのは次期国王と特別な力を持った少女。しかもその少女は婚約者よりも深い寵愛を受けているのだ。会場入り口付近で立ち尽くす、見捨てられたご令嬢側に付くよりも賢い選択と言えるだろう。
 周りの学生達は将来有望な2人に気に入られようと、小声で、けれどもアリアに聞こえるように彼女へ対する侮蔑の言葉を吐き捨てた。

 何も知らない癖に……。
 悔しくてたまらないのに、この会場には誰一人としてアリアの味方などいなかった。皆、自分の利害しか考えていないのだ。
 周りの貴族に何を言われようと、アリアはダンスが終わるまでその場に居続けた。

 けれど音楽が止まった後、王子によって投げつけられた言葉はアリアを絶望へと突き落とした。

「自分で用意したドレスを着てまでやってくるとは、恥さらしもいいところだな」――と。

 その言葉にアリアの中の何かがプツンと切れた。そしてお腹の中で溜まり続けていた真っ黒な感情が沸々と湧き上がる。

 自分はこんなに我慢をしているのに。
 努力をしているのに。
 報われることはなくても構わなかった。けれどなぜ自分がこんな無様な目に遭わなければならないのか。

 崩れ落ちないように唇を噛みしめて、何とか屋敷へと戻ったアリアは父に縋った。
 王子との婚約を解消して欲しい、と。
 けれど王族側から求められた婚約を決定的な証拠もなく、解消することは不可能だと断られてしまった。もちろんアリアの父とて意地悪で言っている訳ではない。
 父として、娘が悔しそうに唇を噛みしめ、涙を瞳一杯に溜めながら縋るように訴えてくればその願いを叶えてやりたいものである。けれど一公爵家と王族では力の差がありすぎて、公爵はあまりにも無力だった。
 だから愛する娘に我慢をしてくれと宥めることしか出来ず、彼もまた悔しそうに顔を歪めることしか出来なかったのだ。


 それからアリアは人形のようになってしまった。
 ただただ自分の役目を果たすだけの操り人形。感情すらも外に出すことはない。
 けれど婚約者である王子はおろか、クラスメイトですらも話しかけることのなくなったアリアの変化に誰も気づくことはなかった。

 ――たった一人、リリアを除いては。

 毎日がつらくて、こんな日常を過ごすくらいなら彼のいる監獄で暮らした方がずっとマシだろう。そんな事を考え始めたアリアに悲劇が訪れた。

 それはとある教室移動の時間のこと。
 一人で教室移動をしていたアリアにリリアは自らぶつかって来たのである。
 それもよりによって階段で。
 わずか三段という比較的低めの場所からではあったが、リリアは背中から落下していったのである。
 そして足を捻ったリリアはアリアに突き落とされたのだと、殺されかけたのだと、まるで悲劇のヒロインにでもなったかのように王子に助けを求めた。

 けれど少し調べればそんな事が嘘だと分かるはずだ。
 そう安心したのもつかの間、リリアへの想いが強すぎる王子は何も調べずにそれを信じ込んだのである。
 もちろんアリアとて必死に抵抗した。けれど聞く耳を持たず、あろうことか王子は自らの私兵を学園まで連れてきて、独断でアリアを牢獄へと入れてしまったのだ。

「信じてください。私は何もしていません!」
 図らずも二度目の訪問となってしまった監獄の中で、アリアは必死に無実を叫んだ。
 けれどそれに反応したのはすでに立ち去った王子の私兵などではなく、あの時の看守長だった。
 監獄に女性や、罪を犯していない者が訪問するのは珍しいことで、アリアの顔を覚えていた看守長はすぐさまアリアの元へと駆け寄った。
 そして牢屋越しにアリアと視線を合わせて問いかけた。

「一体何をしでかしたんです?」
 惚れた相手にそんなことを聞かれたのが悲しくて、何より自分があまりにも無力で、アリアはポロポロと泣き出してしまった。海のように澄んだ青い瞳から次々とあふれ出す涙に看守は焦ってポケットからハンカチを取り出す。けれどアイロンがかかっていないどころか、いつ入れたかも覚えていないハンカチはしわくちゃだった。
 こんな物を貴族のご令嬢に渡すわけにはいかない。けれど儚く泣き崩れる少女を放置しておくことなんて出来なかった。
 だから無礼者と叩き落されることを承知で、牢の中の少女に両手を伸ばした。けれどそれが叶うことはなかった。鉄の柵が、罪人として収容されている事実が邪魔をしたのだ。

 だから看守にはアリアが泣き止むまで待つことしか出来なかった。
 ずっとしゃがんでいる彼に申しわけがなくて、泣き止みたいのだけれど泣き止むことの出来ないアリアはすみません、すみません、と何度も謝罪の言葉を繰り返した。
 そんな少女に看守は何かしてあげたくなり、唯一柵の間から通る手を令嬢の頭に伸ばし、彼女の頭を撫でた。

「俺が悪かった。だから泣き止んでくれよ、な?」
 それにはアリアの顔は真っ赤になって、泣くどころではない。
 涙は引っ込んで、目の前の出来事が信じられないとばかりに瞬きを繰り返す。

「おお、泣き止んだか! 良かった、良かった。……それでどうしたんだ? 何か悪さをした、ってわけじゃねえんだろ? まぁ言いたくなかったら無理に聞かねぇけど」
 柔らかに笑ったかと思えば、訝しそうに顔を顰める。
 自分のために表情をコロコロと変えてくれるのが嬉しくて、何よりもたった一度しか会ったことのなかった看守が自分の無罪を信じてくれたのが嬉しかった。だからアリアは看守にこれまでのことを打ち明けた。

 誰にも言えるはずもなかった自分の悔しさまでも。

「冤罪じゃねぇか! そういうのを防ぐために宮廷魔導師がいるんだろう! 奴らは何していたんだ!」

 看守はアリアのことを思って声を荒げた。
 そんな彼に王子が一人で決行したのだと告げると、信じられないとばかりに目を丸く見開いて、呆けたような表情を浮かべた。


「これから家族に迷惑がかかるだろうことを想像すると王子のことは許せませんが、私自身はこれで良かったと思っています」
「監獄に収容されるのが、か?」
「はい。私はもう、耐えられませんでしたから。こうならずとも遠からず王子の婚約者であり続けること、それになにより他人に嘲笑われることに限界を迎えていたはずですから」

 これでいいのだ、と悲し気に笑うアリアに看守は奥歯を噛みしめた。
 そして「俺がどうにかしてやる!」と言いかけたその時、一人分の足音が監獄に響いた。

 カツカツと一定のリズムを刻んでアリアの牢の目の前にやって来たのは一人の兵士だった。
 国王陛下がアリアが地下監獄に収容されているとの話を聞き、臨時の審問会を開くことにしたのだという。
 ここで解放ではなく、審問会なのはリリアが特別な力を持っているからなのだろう。
 こうなった背景を考えると少しだけ悲しく思えてきたアリアだったが、彼女は何もしていないのだ。だからこれがキッカケで無罪放免。釈放されるはずだ、とそう思っていた。

 ――けれど魔道具を使った審問会で下された結果は有罪。
 アリアは特別な、王城から少し離れたところにポツンと建てられた塔の上の牢屋へと入れられることとなった。

 もちろんそれはあまりにもおかしなことで、看守は怒り出した。

 けれどもうアリアに反抗する意思はなかった。

 彼女は魔道具が操作されていること、そして審問員が買収されていることを理解したのだ。

 アリアは王子とリリアが結ばれるための悪役に仕立てられたのである。

「そんなのって、そんなのってないだろう」
 あまりの理不尽に看守はやるせない思いを監獄の壁にぶつけた。
 けれどアリアはそれだけで救われたように思えた。

「でも私は幸せだわ。初めて好きになった人がこうして私のために怒ってくれるんですもの」
 アリアは光の灯らなくなった瞳で笑いかけた。
 唯一愛した、目の前の男に。


「好き? あんたが俺を?」
 自分の言葉に戸惑う看守の姿が愛おしくて、アリアは思いの丈を彼へとぶつけることにした。

「一目惚れなんですよ。5年前あなたを見た時から1日たりとも忘れたことはありませんでした」

 アリアは一世一代の告白した。
 けれどそれは牢屋越しで、相手に手すら届かない。

 けれどそれはあくまでアリアにとってのこと。
 看守の腰には、ご飯を運んできた時に開ける用の鍵がかかっている。
 看守は看守としての権限を利用して、鍵を開けて牢の中へと入った。そして小さく震える少女を抱きしめる。

 あの時抱きしめることは出来なかった分、強くけれども優しく。


 いくら冤罪とはいえ、塔の外には他に見張りがいて、ここから出すことは叶わない。
 けれどこうして抱き合うことは出来るのだ。

 互いの熱を感じながら、看守は毎日可哀想な少女を慰めた。そして日を追うごとに彼らの距離は近づいていく。
 初めは抱き合うだけ。唇を合わせるだけ。
 けれど2人の思いが成長するごとに、舌を交えるようになり、いつしか身体さえ交えるようになっていった。

 牢の冷たい空気に触れながら、お互いの熱を感じ合う。
 看守の太い指がアリアの蕾を刺激すれば彼女の華は嬉しそうに蜜を零す。そして顔を見せた華は看守の熱い熱を浴びるのだ。
 初めはアリアの小さな華を気遣って、ゆっくりと優しく抱いていた看守もやがて高ぶる想いを小さなアリアへと向けていく。
 下に待機している看守に声など聞こえるはずもないのに「声、聞こえるかもな」なんて看守が囁くものだから、いつだってアリアは声を漏らさないようにと看守の首に白魚のように真っ白な腕を回す。すると自然とアリアの小さな喘ぎは看守の耳元でのみ奏でられる。
 美しいこの歌を誰にも聞かせやしない。
 あっ……とアリアが看守のモノを咥えて果てる度に、彼女への愛と独占欲は看守の中で強くなっていった。


 アリアが特別塔に収容されてから半年が経った頃。
 リリアとの結婚に目処が立った王子が悪役令嬢となったアリアを嘲笑いにきたのである。

 自分が捨てたあの少女はさぞかし惨めに牢にへたりこんでいるだろう。
 自分が幸せになるための踏み台となった彼女を存分に見下してやろう。
 そんなゲスなことを考えて、塔の上へと足を運んだのだ。

 けれど王子が目にしたアリアは半年前とは比べものにならないほど艶やかで、一目見ただけで男としての本能が彼女を孕ませたいと告げていた。
 けれどそこに入れたのは王子で、罪人に仕立て上げたからには出せる訳もない。ましてや抱くなんてそんなこと……。

 王子は自分の行いに後悔しながらも、過ぎたことを悔やんでも仕方ないと塔から降りたらアリアのことを全て忘れることにした。
 そして二度と塔には訪れない、と長い階段を下っている最中に心に決めていたのだ。

 けれど忘れることなど出来るはずがなかった。
 ふとした瞬間、それは愛した女性の隣にいる時でさえも脳裏に浮かぶようになったのだ。

 そして王子は毎日何度となく情欲に駆られるようになった。醜い欲望を自らの手に吐き出しては慰める。惨めだと自分でも思うのに、日に日に欲望は強くなっていく。いよいよ王子はあの塔へと再び足を運ぶことを決意した。

 そして二度目の訪問でも言葉を交わすことはなかった。
 ただただアリアを見下ろすだけ。まるで目に焼き付けるかのように。

 そして王子は塔を降りて真っ先に自室に向かった。

 誰も入れるな、ときつく申し付けてからいつものように自ら処理をした。記憶の中のアリアの中を自分の子種で満たすことを想像して果てれば、いつも以上の快感が押し寄せる。けれどそれに比例して、虚無感も高まっていく。けれどその感覚をもう一度味わいたくて、王子は再び塔へと足を運ぶのだった。

 王子が定期的に足を運ぶようになったことで、看守は王子を警戒するようになった。

 看守は王子の欲に気付いていたのだ。
 同じ女に溺れる男として気付かない訳がなかった。
 だからこそ、王子の付け入る隙を与えてやるつもりなど毛頭ない。

 看守は高ぶる想いに枷を付け、身体の交わりを避けるようになった。
 けれどいくら唇で愛を確かめても、アリアはもう満足できなくなっていた。

「今日もダメ、かしら?」
 手を出してくれなくなった看守に上目使いでおねだりをするアリアは可愛らしくも妖艶で、看守とて自らの手でぐちゃぐちゃにして啼かせてやりたかった。

 だが自らの欲を出すことは、王子がアリアを奪う隙を与えることにもつながる。だからこそ看守は自らの欲を我慢してでも、奉仕を尽くした。アリアの胸の頂きを捩じって、吸って虐めては彼女を快楽へ誘う。不満げに頬を膨らます彼女を抱きしめて、頭を撫でれば聞き分けのいいアリアはそれ以上強請ることはなかった。

 だが看守にも一つだけ心配があった。
 それは一体いつまでこの我慢を続けなければいけないのか。
 王子は我慢をすることでますます妖艶さを増していくアリアにどっぷりと溺れていた。

 それはリリアとの婚姻を結んでからも変わらなかった。
 使用人達からの噂で、2人は初夜で繋がることは出来なかったと耳にした時には背筋がゾッとした。

 そこまで入れ込んでいるのか、と。看守はますます警戒を強めた。
 その一方で初夜だけでなく、何度も試してもやはり気乗りしない王子に王族やリリアは違和感を持ち始めた。

 場所を変えてみたり、リリアのネグリジェの露出度を高めて見たり雰囲気づくりに努めたが失敗。最後の頼みだと魔術師に作らせた媚薬すらも効果を発揮することはなかった。

『リリアに気がなくなったのだろうか』
 何も知らない彼らはそう考えた。
 けれど第一王子しか子どもがいない国王にとって、気乗りしないから跡取りを残すことが出来ないだと困るのだ。

 だから何人もの、系統の違う女を揃えては王子の夜の世話にあてがった。けれどやはり王子はどの女性も抱くことは出来なかった。

「不能になってしまったのではないか」
 いつしか城の至るところでそんなことを囁かれるようになれば、自然と王子の耳にもその屈辱的な噂は入ってくる。

 王子自身、こうなってしまった理由は分かっているのだ。
 目の前の女をアリアだと思い込もうとしたところで、結局中に入る前には違いに気付いてしまう。その繰り返しだ。
 どうすれば子を残せるかなんて、王子にわかるはずもなかった。

 そして王子は時間の合間を縫っては塔へと足を運ぶ。
 そこだけが唯一の王子の癒しの場所だったのだ。

 けれどこうもひと月に何度も塔に足を運べば周りにだってバレるもので、何かあるのではないかと気付いたリリアは塔の前の看守に訪問回数を尋ねて呆然とした。

 王子が塔を訪問し始めてから2年と少し。
 その間に彼は30回以上もこの塔を訪問していたのだ。
 しかも決まって帰りは早足なのだ、と看守によって追加情報をもたらされれば、この塔に、アリアに何かがあるのは確実である。この塔こそが原因であると確信したリリアはその日のうちに国王と王妃にそのことを伝えた。そして彼らと結託してアリアを辺境の地へと飛ばすことを決意する。その際、看守長が責任を持ってアリアを監視すると名乗り出た。国王達は、看守長を外へ出してしまっていいのだろうかと迷ったが、あまりに遠く離れた辺境の地に、彼以外名乗り出てくる者はいなかったのだ。

 こうしてアリアと看守は知り合いどころか、人すらもほとんどいない辺境の地に飛ばされることとなった。その地は周りの森に魔物が多数出現することで有名で、か弱い令嬢には逃亡は不可能だろうと判断され、牢屋にすら入れられていない。

「私は本当に『用なし』なんでしょうね」
 罪人と、わざわざ特別な牢に3年近く入れておきながらあまりにも杜撰すぎはしないかとアリアは思わずため息を漏らした。

「けどいいじゃねえか。これでようやく人目を気にせずあんたを抱ける」
「看守さん……」
「その名前、もう止めねえか? ここではもう俺は看守じゃない。ただのエレンだ」
「ならエレン様も私のこと、名前で呼んでくれますか?」
「ああ、もちろんだ。アリア。これから何度だって呼んでやるよ。手始めにベッドの中で……な。塔の時ほど気は使ってやれねえかもしれないけどな」
「私だって我慢してきたのですから……エレン様の好きにしてください」

 手入れの全くされていない小屋の小さなベッドの上に揃って倒れ込む。そして息もつかせぬほどにエレンはアリアの身体を責め続けた。

 弾いただけでぷっくりと膨らんでしまう胸の頂きも。
 指でなぞっただけで痙攣してしまう背中も。
 そしてずっとこの日を待ちわびていたとばかりに蜜を垂らして、エレンの熱を欲している蕾も。

 アリアが満足できるように、エレンは2年半もの期間我慢し続けた己の思いを一晩中ぶつけ続けた。何度目か果てた後からピストンを繰り返すたび、アリアの中からクチュクチュと卑猥な音が漏れ聞こえる。

「あんたの音と俺の音、合わさったらこんなにエロくなるんだぜ」
 意識を手放しつつあるアリアの耳元でそう囁けば、彼女はビクッと身体を跳ねさせて完全に意識を手放したのだった。そんなアリアの身体を抱いて、エレンはしみじみと呟いた。

「やっと、幸せになれるんだな……」
 エレンの声が誰かに聞こえることはなかったが、安寧の地を見つけた彼らはその言葉通り、幸せの道を歩き始めることとなる。

 魔獣が多いと噂の森もエレンにかかれば大したものはなく、元々人との交流が好きだった2人はすぐに村人とも仲良くなることが出来た。夜になればあの頃出来なかった分の埋め合わせだとばかりに、お互いを確認するように交わる日々。



 そんな彼らに新たな家族が出来たのは、塔から出て1年が経った日のことだった。



 アリアによく似たもちもちほっぺが特徴の可愛らしい女の子と、エレンによく似た正義感が強い男の子が6歳を迎えようとしていたある日のこと。
 幸せで溢れている4人の元に国からの遣いがやって来た。

 何かあると警戒した2人は子ども達を村人の元へ預けた。
 そして小さな小屋でエレンはアリアの肩を守るように抱き、兵士の話を聞いた。

 すると兵士の口からは驚くべきことが告げられた。

 3年前に国王陛下が崩御し、王子が新たな国王になったこと。
 けれど跡継ぎ問題で新たな王妃様と険悪な関係が続き、国はコントロールを失ったこと。
 荒れた国を立て直すべく立ち上がった前国王の弟が筆頭となり、クーデターを起こしたこと。

 それにより前国王とかつての王子達が犯していた罪が全て明るみになったのだという。
 その罪の中には国王がリリアと結託し、アリアを陥れたこともあったらしい。
 アリアの他にも被害に遭った者は多く、彼らを再び王都に連れ戻しているのだと兵士は語った。

 辺境に飛ばされていたアリアの家族はいち早く王都へ帰還しており、新たな国王から謝罪や慰謝料を頂いた上で新たな地位を賜ったらしい。

「アリア様も王都へお帰りになりませんか? ご家族がお待ちです」

 だからアリアも――と。
 その言葉はありがたいものではある。けれどアリアはフルフルとゆっくり首を横に振った。

 きっと家族は喜んでくれるだろう。
 新国王はきっと腐ったこの国を立て直してくれることだろう。

 だから王都は以前よりもずっと住みやすく変わるのも時間の問題だ。


 けれどアリアはこの場所で暮らしたいのだ。
 愛する夫と2人の子ども。そして自分達を受け入れてくれた優しい村人がいるこの場所で。

 すると兵士は目を見開くと食い下がることもなく「そうですか」とだけ告げた。
 アリアの意図を汲んでくれたのだろうその顔はどこか安心したような表情で、彼もまたこの国を変える一人なのだろう。少なくともきっとあの頃のように誰かを貶める世の中にはならないはずだ。

 可愛い我が子が困らない国になればいいと辺境から願うばかりである。

 王都に帰る兵士にアリアは一通の手紙を託した。
 王都にいる両親と弟に宛てたその手紙には、自分には長年共に居続けてくれた、そしてこれからも共にあり続けてくれる旦那と、彼との間に出来た子どもがいて、彼らと共に幸せに暮らしていることを記した。

 そこに記されていた『エレン=プリジット』の名を見たアリアの家族は娘の安否を心配し、辺境まで彼女を連れ戻そうとした。

「アリア様は幸せそうでした。あの頃よりもずっと……」
 けれど兵士の零したその言葉で彼らの頭は一気に冷静になる。

 自分達が救えなかった笑顔を作ってくれた男と引き離す意味があるのか――と。
 そして冷静な頭で奪還作戦から孫との顔合わせに計画を変更した彼らは、初めてエレン=プリジットと対面を果たした。


 そこに大罪人と呼ばれ、監獄長として地下監獄に収容された男の姿はなかった。いるのはアリアと子ども達に寄り添って笑う体格のいい男だけ。その顔を見て、誰が『大罪人』だと言えるだろう。


 エレンもまたあの国王達が犯した罪の被害者の一人だったのだ。


 けれどそのお陰でエレンはアリアと出会い、そして結ばれた。
 運命の因果としか言いようのない出会いを果たした2人は辺境の地で、優しい人々に囲まれながら今日も今日とて朗らかな笑みを浮かべるのだった。
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