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平凡姫と勃たないエルフ(異世界)
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「はぁっ」
エリシアが朝の風呂へ向かう時間。
たった半刻にも満たないその時間だけ、ウィーガンは気を抜くことが許される。
エリシアとの婚姻は人族が思うようなものではない。
エルフ族にとってこの婚姻は、人族を排他する意味がある。
エルフは多種族、特に人族との交流を嫌っているのだ。
獣の血を引くビーストや、人と見た目が似ていても性質はエルフと似ているドワーフ族とならまだいい。
けれど人族は違う。
文明を発達させるためなら簡単に木を切り、汚れた油を綺麗な海へと垂れ流す。数百年ほど人族の長との話し合いを続けてきたが、一向に改善が見えない。何度となく長を替え、言葉を変えて、それでも全く進歩をしようとはしない人族。他の種族とは寿命だってまるで違う。エルフと比べればわずか1/10ほどしか生きることはない。エルフにとっては赤子同然の彼らがその場凌ぎに紡ぐ言葉は愚かで浅ましいものばかり。
エルフ族はそんな無意味な交渉に終止符を打ちたかった。
完全な形で人族を突き放す方法ーーそれがウィーガンとエリシアの婚姻だった。
『子を成し、交流を密にするため』
そう掲げておきながら、エルフ側は子を成すつもりなど全くなかった。
結婚だけ済ませて妻を抱かなければいい、と。
一度でも抱いてしまえば子が出来ない理由をエルフ側に押しつけられてしまうかもしれない。だからウィーガンが人族の婿に選ばれた。
性欲の薄いと言われるエルフでも100~200歳までの子どもは人並みには発情するものだ。この期間に子を成すエルフも多い。子が子を産むのだ。そして村全体で新たな子を育てる。250歳を越えた辺りから性欲が徐々に落ち着きを見せ、350歳を迎える頃にはほとんどのエルフが欲情しなくなる。
けれどウィーガンは産まれてこの方、一度も性的欲情をしたことがなかった。
エルフ族長の息子として、幼い頃に婚約者をあてがわれた。非常に顔が整っており、胸は二つほど小さな粒がついただけのなだらかなものだった。弓の腕も非常に優れており、炊事の腕も口うるさいウィーガンの祖父母の舌をも唸らせるもの。
エルフ女性でもっとも美しく、非の打ち所のない彼女とは、ウィーガンが150歳を迎えた春に夫婦となった。
そこから100年間の夫婦生活を送り、そして正式に婚姻を破棄した。
自信があった彼女は発情すらしてもらえないことに精神を病んだのだ。そこに追い打ちとなるように、一向に子を成す様子のない彼女に苛立ちを覚えた祖父母から嫌がらせを受けるようになった。彼女の両親も娘を責め、不出来な娘の頭を地面に擦りつけるように謝罪をした。
妻であった女性はウィーガンの屋敷を去り、妻の居場所は空白となった。元妻に罪悪感さえ覚えていたウィーガンは去り際、少しばかりの金を渡した。それが彼女の名誉を傷つけることになると理解はしていた。けれどそれが必要になる日が近いことをウィーガンは知っていたのだ。
理由はどうあれ、元エルフ族長を怒らせればこの村どころかエルフの村に居場所はない。
どんなに他種族を嫌悪していようが、エルフの住まう場所以外で生きていくしかないのだ。
一つの家族を追い込んでしまったことを後悔したウィーガンは、これから独り身生活を送るものだと考えていた。
けれど優秀な彼の子を誰もが望んだ。
元妻が去った翌日からウィーガンの元には様々なタイプのエルフ女性が送られるようになった。
『誰でもいいから子を孕ませろ』
それがエルフの長である父からの命令だった。
彼はウィーガンの兄ではなく、次男であるウィーガンに族長を任せたいと考えていたのだ。
ウィーガンの優秀さを幼少期から目の当たりにしている兄すらもウィーガンすらが適任だと考えていた。だからこそエルフ一美しい娘を弟に譲り、子が産まれるのを待ったのだ。
子がいなければ一人前のエルフとして見られない。
離縁を果たした弟へあてがう女を探し回り、そして絶望した。
ウィーガンを発情させられる娘はたった一人もいなかったのだから。
ウィーガンが300歳を迎えた春、彼の兄は正式に次期族長の座を獲得した。
それから20年の時が経ち、人族との婚姻の話が持ち上がった。子を成さないという条件ならウィーガンが適役だ、と提案したのは兄だった。そして見事、人族との交流を断った暁には弟を次期族長として、例外的に認めて欲しいとも。
兄は弟が族長となることを諦めていなかったのだ。
こうしてウィーガンはエリシアとの婚姻を結ぶこととなった。
元から祖父母・両親・兄弟揃って人族には良い印象を持っていない。結婚式だって散々なものだった。
けれどウィーガンにはどうでも良かった。
ただエルフに利用されるエリシアを元妻に重ね、同情の念を抱いた。
彼女も壊れてしまうのだろうか。
式で結婚の許しを乞うた後、ウィーガンは『哀れな少女が早く解放されますように』と神に祈りを捧げた。
エリシアが朝の風呂へ向かう時間。
たった半刻にも満たないその時間だけ、ウィーガンは気を抜くことが許される。
エリシアとの婚姻は人族が思うようなものではない。
エルフ族にとってこの婚姻は、人族を排他する意味がある。
エルフは多種族、特に人族との交流を嫌っているのだ。
獣の血を引くビーストや、人と見た目が似ていても性質はエルフと似ているドワーフ族とならまだいい。
けれど人族は違う。
文明を発達させるためなら簡単に木を切り、汚れた油を綺麗な海へと垂れ流す。数百年ほど人族の長との話し合いを続けてきたが、一向に改善が見えない。何度となく長を替え、言葉を変えて、それでも全く進歩をしようとはしない人族。他の種族とは寿命だってまるで違う。エルフと比べればわずか1/10ほどしか生きることはない。エルフにとっては赤子同然の彼らがその場凌ぎに紡ぐ言葉は愚かで浅ましいものばかり。
エルフ族はそんな無意味な交渉に終止符を打ちたかった。
完全な形で人族を突き放す方法ーーそれがウィーガンとエリシアの婚姻だった。
『子を成し、交流を密にするため』
そう掲げておきながら、エルフ側は子を成すつもりなど全くなかった。
結婚だけ済ませて妻を抱かなければいい、と。
一度でも抱いてしまえば子が出来ない理由をエルフ側に押しつけられてしまうかもしれない。だからウィーガンが人族の婿に選ばれた。
性欲の薄いと言われるエルフでも100~200歳までの子どもは人並みには発情するものだ。この期間に子を成すエルフも多い。子が子を産むのだ。そして村全体で新たな子を育てる。250歳を越えた辺りから性欲が徐々に落ち着きを見せ、350歳を迎える頃にはほとんどのエルフが欲情しなくなる。
けれどウィーガンは産まれてこの方、一度も性的欲情をしたことがなかった。
エルフ族長の息子として、幼い頃に婚約者をあてがわれた。非常に顔が整っており、胸は二つほど小さな粒がついただけのなだらかなものだった。弓の腕も非常に優れており、炊事の腕も口うるさいウィーガンの祖父母の舌をも唸らせるもの。
エルフ女性でもっとも美しく、非の打ち所のない彼女とは、ウィーガンが150歳を迎えた春に夫婦となった。
そこから100年間の夫婦生活を送り、そして正式に婚姻を破棄した。
自信があった彼女は発情すらしてもらえないことに精神を病んだのだ。そこに追い打ちとなるように、一向に子を成す様子のない彼女に苛立ちを覚えた祖父母から嫌がらせを受けるようになった。彼女の両親も娘を責め、不出来な娘の頭を地面に擦りつけるように謝罪をした。
妻であった女性はウィーガンの屋敷を去り、妻の居場所は空白となった。元妻に罪悪感さえ覚えていたウィーガンは去り際、少しばかりの金を渡した。それが彼女の名誉を傷つけることになると理解はしていた。けれどそれが必要になる日が近いことをウィーガンは知っていたのだ。
理由はどうあれ、元エルフ族長を怒らせればこの村どころかエルフの村に居場所はない。
どんなに他種族を嫌悪していようが、エルフの住まう場所以外で生きていくしかないのだ。
一つの家族を追い込んでしまったことを後悔したウィーガンは、これから独り身生活を送るものだと考えていた。
けれど優秀な彼の子を誰もが望んだ。
元妻が去った翌日からウィーガンの元には様々なタイプのエルフ女性が送られるようになった。
『誰でもいいから子を孕ませろ』
それがエルフの長である父からの命令だった。
彼はウィーガンの兄ではなく、次男であるウィーガンに族長を任せたいと考えていたのだ。
ウィーガンの優秀さを幼少期から目の当たりにしている兄すらもウィーガンすらが適任だと考えていた。だからこそエルフ一美しい娘を弟に譲り、子が産まれるのを待ったのだ。
子がいなければ一人前のエルフとして見られない。
離縁を果たした弟へあてがう女を探し回り、そして絶望した。
ウィーガンを発情させられる娘はたった一人もいなかったのだから。
ウィーガンが300歳を迎えた春、彼の兄は正式に次期族長の座を獲得した。
それから20年の時が経ち、人族との婚姻の話が持ち上がった。子を成さないという条件ならウィーガンが適役だ、と提案したのは兄だった。そして見事、人族との交流を断った暁には弟を次期族長として、例外的に認めて欲しいとも。
兄は弟が族長となることを諦めていなかったのだ。
こうしてウィーガンはエリシアとの婚姻を結ぶこととなった。
元から祖父母・両親・兄弟揃って人族には良い印象を持っていない。結婚式だって散々なものだった。
けれどウィーガンにはどうでも良かった。
ただエルフに利用されるエリシアを元妻に重ね、同情の念を抱いた。
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