斯波歩TL短編集

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平凡姫と勃たないエルフ(異世界)

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 夫婦になって初めての夜を迎え、妻のエリシアは頬を赤らめていた。
 今から始まる行為に恥ずかしさを覚えているのだろう。

 だがそんなものは始まらない。
 彼女には申し訳ないが、発情しないのだ。
 今さら種族を変えた所でウィーガンが欲情する訳がない。
 そう考えて、安心して家族も送り出したのだから。
 人の住まう村や町を抜ける最中、風に乗った良からぬ噂が流れてきた。
 妻となる少女が王族と血が繋がっていないのではないか、と。
 祖父母と両親はその噂に憤っていたが、どうせ子を残すこともないのだから血筋なんてどうでも良かろうとウィーガンは呆れていた。どうせ二度目の婚姻なのだ。相手が誰であっても良かった。

 寝所に一つだけ用意されていた大きなベッドへと横たわり、まぶたを閉じる。横に並ぶ少女からは微かに女の香りがした。柔らかな甘い香りではない。発情した、男を誘うための濃い香りだ。一般的に男はこの香りに惑わされるようだが、ウィーガンは強い香りが苦手だった。エルフの嫌う人工的な香りよりも苦手で、とてもではないが欲情する気など起きやしない。
 これから相手が諦めるまで続くのか、と嫌気が差す。
 けれど香りくらい我慢しろ、これが自分の役目なのだと言い聞かせ、鼻を塞ぐように枕へと顔を押しつける。そしてゆっくりと眠りの世界へと身を落とすのだった。


 ウィーガンが目を覚ましたのは朝日が差し込んだ頃ーーではなく、エリシアの香りが一気に濃くなったからだ。
 むせかえるような甘い香りが部屋を覆い尽くし、思わず眉をしかめる。なぜこんなに強くなったのだろう。元妻の時はこんなことはなかったはずだ。
 ウィーガンは原因を確かめるため、うっすらと目を開けた。そして欲情したエリシアの姿を目にしてしまった。
 ベッドから少し離れた場所にタオルを敷き、こちらへと股を向けて自身の手でつぼみを遠慮なく犯していくのだ。

「はっ、はっっあああんっ」
 嬌声と共に水音がくちゅくちゅと部屋に響く。
 ウィーガンが先に寝てしまったものだから、朝から用意していたそうというのだろう。
 可哀想な娘だ。
 同情を覚えたウィーガンは寝返りをして、欲情するエリシアに背を向けた。
 同じベッドの上ではなく、離れた場所で盛っているのがせめてもの救いだった。
 さすがに二度寝することは出来ず、ウィーガンの昂ぶりを求めて発情する妻の嬌声といやらしい水音を聞き続けた。

 けれどそれは突然止んだ。
 耳をそば立てればエリシアは物音を立て、そしてどこかへと立ち去った。

 さすがに疲れたのだろう。
 無理に襲いはしないようだ。

 どうあれ、やっと眠れるとまぶたを閉じた。
 それからどれくらいが経った頃だろうか。
 やっと睡眠の世界へと片足を突っ込んだ時、ウィーガンの隣でシャボンの香りがふわっと舞った。

 エリシアが風呂から帰ってきたのだろう。
 悔しさを噛みしめながら、疲れた身体を休めるのだろうか。
 再び同情を覚えたウィーガンだったが、次の瞬間、とんでもない声が届いた。

「はぁ~すっきりした。よく眠れそうだわ」

 気持ちよさそうにそう告げる妻に、思わず目を丸く見開いてしまった。背後ではすやすやと小さな寝息が聞こえてくる。

 どうやら先ほどまでの行為はウィーガンを誘うものではなく、ただただ一人で行為に浸っていただけのようだ。
 とんでもない相手と結婚してしまったものだ、とウィーガンは頭を抱えそうになった。
 けれどこれは彼女が使っていた薬のせいではないか、と考えを正す。
 エリシアが何か発情を促すための薬を使っていることにウィーガンは気づいていた。おそらくその作用として、理性のタガが外れてしまったのだろう。そうに違いない。

 やや強制的に結論付け、ウィーガンは今度こそ眠りの世界に溺れていった。


 目を覚ませば、エリシアはまるで一人で行った行為のことなど忘れたかのように涼しい顔で挨拶をするのだ。

「おはようございます、ウィーガン様」
 喘ぎ声と全く同じ声帯から発せられるまるで違う声音に、ウィーガンは下半身にドッと血が集まるのを感じた。けれど相変わらず自分のモノは形を変えてはいなかった。

「どうかなさいましたか?」
 一瞬だけ目を見開いたウィーガンに、エリシアは首を傾げる。

 例え形を変えていなかったとしても、この昂ぶりを悟られてはならない。
 エルフ族の代表として派遣された自分は子を成してはならないのだ。そう言い聞かせて、短く息を吐き出した。

「なんでもない」
「そうですか。遅くなってしまいましたが、食事を用意しております。お疲れのようなら部屋に運ばせますが」
「いや、いい」
 声はやや震えていたが、冗談だろ!? と飛び出さなかっただけ上出来だ。
 まさか彼女が一人で快楽に身を溺れさせた数時間後、平然とその部屋で食事を取るような変態とは……。
 すでに換気は済ませたからか、部屋を満たしていた香りのほとんどが消えていた。彼女自身も風呂に入ったおかげか体臭よりもシャボンの香りの方が強い。けれどそれは人族の嗅覚ならほぼ気づかないという話であって、鼻の良いエルフは微かに残った香りですらも感じ取ってしまうのだ。元妻と暮らした家は寝所と食事場所が隣り合っていた。けれどここまで香りが強く残ることはなかった。だから100年も共にいることが出来た。
 だが微かでもあの香りが残った部屋に一日中いれば、自然と夜の濃い香りを思い出すことになるだろう。

「それでは案内いたしますね」
 微笑んだエリシアが先導して歩けば、栗色の髪がふわっと揺れた。夜はあれほど乱れていた髪も綺麗なものだ。思わず手を伸ばしかけ、触れる直前で手を引いた。

「ウィーガン様?」
 アーモンドのような瞳を大きく開き、ウィーガンの顔を覗くエリシア。
 くりっとした瞳に見つめられ、緩みそうな口元を右手で塞いだ。

 どうやら一晩にして彼女に心を掴まれてしまったらしい。
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