9 / 10
平凡姫と勃たないエルフ(異世界)
4
しおりを挟む
夫婦になって初めての夜を迎え、妻のエリシアは頬を赤らめていた。
今から始まる行為に恥ずかしさを覚えているのだろう。
だがそんなものは始まらない。
彼女には申し訳ないが、発情しないのだ。
今さら種族を変えた所でウィーガンが欲情する訳がない。
そう考えて、安心して家族も送り出したのだから。
人の住まう村や町を抜ける最中、風に乗った良からぬ噂が流れてきた。
妻となる少女が王族と血が繋がっていないのではないか、と。
祖父母と両親はその噂に憤っていたが、どうせ子を残すこともないのだから血筋なんてどうでも良かろうとウィーガンは呆れていた。どうせ二度目の婚姻なのだ。相手が誰であっても良かった。
寝所に一つだけ用意されていた大きなベッドへと横たわり、まぶたを閉じる。横に並ぶ少女からは微かに女の香りがした。柔らかな甘い香りではない。発情した、男を誘うための濃い香りだ。一般的に男はこの香りに惑わされるようだが、ウィーガンは強い香りが苦手だった。エルフの嫌う人工的な香りよりも苦手で、とてもではないが欲情する気など起きやしない。
これから相手が諦めるまで続くのか、と嫌気が差す。
けれど香りくらい我慢しろ、これが自分の役目なのだと言い聞かせ、鼻を塞ぐように枕へと顔を押しつける。そしてゆっくりと眠りの世界へと身を落とすのだった。
ウィーガンが目を覚ましたのは朝日が差し込んだ頃ーーではなく、エリシアの香りが一気に濃くなったからだ。
むせかえるような甘い香りが部屋を覆い尽くし、思わず眉をしかめる。なぜこんなに強くなったのだろう。元妻の時はこんなことはなかったはずだ。
ウィーガンは原因を確かめるため、うっすらと目を開けた。そして欲情したエリシアの姿を目にしてしまった。
ベッドから少し離れた場所にタオルを敷き、こちらへと股を向けて自身の手でつぼみを遠慮なく犯していくのだ。
「はっ、はっっあああんっ」
嬌声と共に水音がくちゅくちゅと部屋に響く。
ウィーガンが先に寝てしまったものだから、朝から用意していたそうというのだろう。
可哀想な娘だ。
同情を覚えたウィーガンは寝返りをして、欲情するエリシアに背を向けた。
同じベッドの上ではなく、離れた場所で盛っているのがせめてもの救いだった。
さすがに二度寝することは出来ず、ウィーガンの昂ぶりを求めて発情する妻の嬌声といやらしい水音を聞き続けた。
けれどそれは突然止んだ。
耳をそば立てればエリシアは物音を立て、そしてどこかへと立ち去った。
さすがに疲れたのだろう。
無理に襲いはしないようだ。
どうあれ、やっと眠れるとまぶたを閉じた。
それからどれくらいが経った頃だろうか。
やっと睡眠の世界へと片足を突っ込んだ時、ウィーガンの隣でシャボンの香りがふわっと舞った。
エリシアが風呂から帰ってきたのだろう。
悔しさを噛みしめながら、疲れた身体を休めるのだろうか。
再び同情を覚えたウィーガンだったが、次の瞬間、とんでもない声が届いた。
「はぁ~すっきりした。よく眠れそうだわ」
気持ちよさそうにそう告げる妻に、思わず目を丸く見開いてしまった。背後ではすやすやと小さな寝息が聞こえてくる。
どうやら先ほどまでの行為はウィーガンを誘うものではなく、ただただ一人で行為に浸っていただけのようだ。
とんでもない相手と結婚してしまったものだ、とウィーガンは頭を抱えそうになった。
けれどこれは彼女が使っていた薬のせいではないか、と考えを正す。
エリシアが何か発情を促すための薬を使っていることにウィーガンは気づいていた。おそらくその作用として、理性のタガが外れてしまったのだろう。そうに違いない。
やや強制的に結論付け、ウィーガンは今度こそ眠りの世界に溺れていった。
目を覚ませば、エリシアはまるで一人で行った行為のことなど忘れたかのように涼しい顔で挨拶をするのだ。
「おはようございます、ウィーガン様」
喘ぎ声と全く同じ声帯から発せられるまるで違う声音に、ウィーガンは下半身にドッと血が集まるのを感じた。けれど相変わらず自分のモノは形を変えてはいなかった。
「どうかなさいましたか?」
一瞬だけ目を見開いたウィーガンに、エリシアは首を傾げる。
例え形を変えていなかったとしても、この昂ぶりを悟られてはならない。
エルフ族の代表として派遣された自分は子を成してはならないのだ。そう言い聞かせて、短く息を吐き出した。
「なんでもない」
「そうですか。遅くなってしまいましたが、食事を用意しております。お疲れのようなら部屋に運ばせますが」
「いや、いい」
声はやや震えていたが、冗談だろ!? と飛び出さなかっただけ上出来だ。
まさか彼女が一人で快楽に身を溺れさせた数時間後、平然とその部屋で食事を取るような変態とは……。
すでに換気は済ませたからか、部屋を満たしていた香りのほとんどが消えていた。彼女自身も風呂に入ったおかげか体臭よりもシャボンの香りの方が強い。けれどそれは人族の嗅覚ならほぼ気づかないという話であって、鼻の良いエルフは微かに残った香りですらも感じ取ってしまうのだ。元妻と暮らした家は寝所と食事場所が隣り合っていた。けれどここまで香りが強く残ることはなかった。だから100年も共にいることが出来た。
だが微かでもあの香りが残った部屋に一日中いれば、自然と夜の濃い香りを思い出すことになるだろう。
「それでは案内いたしますね」
微笑んだエリシアが先導して歩けば、栗色の髪がふわっと揺れた。夜はあれほど乱れていた髪も綺麗なものだ。思わず手を伸ばしかけ、触れる直前で手を引いた。
「ウィーガン様?」
アーモンドのような瞳を大きく開き、ウィーガンの顔を覗くエリシア。
くりっとした瞳に見つめられ、緩みそうな口元を右手で塞いだ。
どうやら一晩にして彼女に心を掴まれてしまったらしい。
今から始まる行為に恥ずかしさを覚えているのだろう。
だがそんなものは始まらない。
彼女には申し訳ないが、発情しないのだ。
今さら種族を変えた所でウィーガンが欲情する訳がない。
そう考えて、安心して家族も送り出したのだから。
人の住まう村や町を抜ける最中、風に乗った良からぬ噂が流れてきた。
妻となる少女が王族と血が繋がっていないのではないか、と。
祖父母と両親はその噂に憤っていたが、どうせ子を残すこともないのだから血筋なんてどうでも良かろうとウィーガンは呆れていた。どうせ二度目の婚姻なのだ。相手が誰であっても良かった。
寝所に一つだけ用意されていた大きなベッドへと横たわり、まぶたを閉じる。横に並ぶ少女からは微かに女の香りがした。柔らかな甘い香りではない。発情した、男を誘うための濃い香りだ。一般的に男はこの香りに惑わされるようだが、ウィーガンは強い香りが苦手だった。エルフの嫌う人工的な香りよりも苦手で、とてもではないが欲情する気など起きやしない。
これから相手が諦めるまで続くのか、と嫌気が差す。
けれど香りくらい我慢しろ、これが自分の役目なのだと言い聞かせ、鼻を塞ぐように枕へと顔を押しつける。そしてゆっくりと眠りの世界へと身を落とすのだった。
ウィーガンが目を覚ましたのは朝日が差し込んだ頃ーーではなく、エリシアの香りが一気に濃くなったからだ。
むせかえるような甘い香りが部屋を覆い尽くし、思わず眉をしかめる。なぜこんなに強くなったのだろう。元妻の時はこんなことはなかったはずだ。
ウィーガンは原因を確かめるため、うっすらと目を開けた。そして欲情したエリシアの姿を目にしてしまった。
ベッドから少し離れた場所にタオルを敷き、こちらへと股を向けて自身の手でつぼみを遠慮なく犯していくのだ。
「はっ、はっっあああんっ」
嬌声と共に水音がくちゅくちゅと部屋に響く。
ウィーガンが先に寝てしまったものだから、朝から用意していたそうというのだろう。
可哀想な娘だ。
同情を覚えたウィーガンは寝返りをして、欲情するエリシアに背を向けた。
同じベッドの上ではなく、離れた場所で盛っているのがせめてもの救いだった。
さすがに二度寝することは出来ず、ウィーガンの昂ぶりを求めて発情する妻の嬌声といやらしい水音を聞き続けた。
けれどそれは突然止んだ。
耳をそば立てればエリシアは物音を立て、そしてどこかへと立ち去った。
さすがに疲れたのだろう。
無理に襲いはしないようだ。
どうあれ、やっと眠れるとまぶたを閉じた。
それからどれくらいが経った頃だろうか。
やっと睡眠の世界へと片足を突っ込んだ時、ウィーガンの隣でシャボンの香りがふわっと舞った。
エリシアが風呂から帰ってきたのだろう。
悔しさを噛みしめながら、疲れた身体を休めるのだろうか。
再び同情を覚えたウィーガンだったが、次の瞬間、とんでもない声が届いた。
「はぁ~すっきりした。よく眠れそうだわ」
気持ちよさそうにそう告げる妻に、思わず目を丸く見開いてしまった。背後ではすやすやと小さな寝息が聞こえてくる。
どうやら先ほどまでの行為はウィーガンを誘うものではなく、ただただ一人で行為に浸っていただけのようだ。
とんでもない相手と結婚してしまったものだ、とウィーガンは頭を抱えそうになった。
けれどこれは彼女が使っていた薬のせいではないか、と考えを正す。
エリシアが何か発情を促すための薬を使っていることにウィーガンは気づいていた。おそらくその作用として、理性のタガが外れてしまったのだろう。そうに違いない。
やや強制的に結論付け、ウィーガンは今度こそ眠りの世界に溺れていった。
目を覚ませば、エリシアはまるで一人で行った行為のことなど忘れたかのように涼しい顔で挨拶をするのだ。
「おはようございます、ウィーガン様」
喘ぎ声と全く同じ声帯から発せられるまるで違う声音に、ウィーガンは下半身にドッと血が集まるのを感じた。けれど相変わらず自分のモノは形を変えてはいなかった。
「どうかなさいましたか?」
一瞬だけ目を見開いたウィーガンに、エリシアは首を傾げる。
例え形を変えていなかったとしても、この昂ぶりを悟られてはならない。
エルフ族の代表として派遣された自分は子を成してはならないのだ。そう言い聞かせて、短く息を吐き出した。
「なんでもない」
「そうですか。遅くなってしまいましたが、食事を用意しております。お疲れのようなら部屋に運ばせますが」
「いや、いい」
声はやや震えていたが、冗談だろ!? と飛び出さなかっただけ上出来だ。
まさか彼女が一人で快楽に身を溺れさせた数時間後、平然とその部屋で食事を取るような変態とは……。
すでに換気は済ませたからか、部屋を満たしていた香りのほとんどが消えていた。彼女自身も風呂に入ったおかげか体臭よりもシャボンの香りの方が強い。けれどそれは人族の嗅覚ならほぼ気づかないという話であって、鼻の良いエルフは微かに残った香りですらも感じ取ってしまうのだ。元妻と暮らした家は寝所と食事場所が隣り合っていた。けれどここまで香りが強く残ることはなかった。だから100年も共にいることが出来た。
だが微かでもあの香りが残った部屋に一日中いれば、自然と夜の濃い香りを思い出すことになるだろう。
「それでは案内いたしますね」
微笑んだエリシアが先導して歩けば、栗色の髪がふわっと揺れた。夜はあれほど乱れていた髪も綺麗なものだ。思わず手を伸ばしかけ、触れる直前で手を引いた。
「ウィーガン様?」
アーモンドのような瞳を大きく開き、ウィーガンの顔を覗くエリシア。
くりっとした瞳に見つめられ、緩みそうな口元を右手で塞いだ。
どうやら一晩にして彼女に心を掴まれてしまったらしい。
12
あなたにおすすめの小説
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる