『Make the King Cry』《メイク・ザ・キング・クライ》  ──王者に涙を

NAYUTA

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狼煙をあげろ2

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すでにスパーリングの体はなしていない。

まるでタイトルマッチの再戦のような熱量が、リング全体を支配していた。

ミットが鳴るたびに響く重低音。

踏み込む足の軋み。

湿り気を帯びた吐息の応酬。

三崎が前脚で軸を作り、鋭いローキックを放つ。

鷹城はそれを脛で受け止めた。

骨と骨がぶつかる鈍い音が響き、わずかに鷹城の顔が歪む。それでも怯まない。

間髪入れずに踏み込んできた三崎のミドルキックを掻い潜り、鷹城が腰を落としてタックルに入る。

反応した三崎が瞬時に身体を捻り、組み技へと移行。

二人の筋肉がぶつかり合い、ロープ際へと押し合いながら移動する。

「はぁっ……!」

一瞬の隙を突いて、鷹城が裏投げに近い形で三崎の身体を浮かせた。

空気が割れ、三崎の背中がマットに叩きつけられる。

だが、三崎は即座に体を捻り、起き上がるより早く足を払って鷹城の体勢を崩す。

すかさず腕を掴み、関節技に持ち込む。

「まだまだ!」

低く唸るように、鷹城が腕力でそれを持ち上げ、三崎ごと跳ね上がるように立ち上がる。

持ち上げられた三崎の目が見開かれた瞬間、鷹城の膝がその腹を撃ち抜いた。

リングの外では誰も声を出さない。

ただ息を飲み、二人の一挙手一投足を見つめていた。

三崎は膝を受けながらも笑っていた。

腹筋を固め、よろめきもせず、右のフックを返す。

その拳が鷹城の頬をかすめ、赤い飛沫が宙に散った。

――止められない。

――もう誰にも、止められない。

スパーリングという建前は、とうに霧散していた。

これは“試合”だ。

互いの誇りと信念と、心の奥底に燻っていた執着の火を燃やし尽くす、たった一度の再戦。

ロープ際で再び組み合う。

汗と汗、皮膚と皮膚が擦れ合い、気迫が閃光のように弾ける。

どちらが倒れてもおかしくない。

どちらも、譲る気などなかった。

「なあ、鷹城さん。あんた、もっとやれるだろ? まだ底を見てない。もっと俺を楽しませてくれよ」

リング中央、両者の間には、張り詰めた静寂が流れていた。

汗が滴り落ちる音すら、マットに吸い込まれていくようだ。

鷹城は、汗に濡れた前髪の奥からその目を光らせた。

ぐらつく膝を無理やり支え、前へと一歩踏み出す。

その足音が、観客席の誰かの心臓を撃ったかのように、空気が一瞬震えた。

「……ああ。楽しませてやるさ。……こんなガキ一人に、これ以上好き勝手やられてたまるか」

その声は、枯れかけていてもなお、王者の誇りを宿していた。

三崎の目が見開かれ、次の瞬間、笑い声がこぼれた。

「……そうだよ、それでこそ!」

観客席がどよめいた。

「……っすげえ、なんだこの空気……!」

解説席のマイクが、震えるような声を拾った。

「たかが公開スパー……いや、違う。これはもう、完全に“試合”だ。リングに立つ二人の闘志が、観客の心を完全に持っていってる……!」

控えめに設けられたスパーリングイベントの客席からは、歓声と拍手が自然と湧き上がっていた。

いつのまにか立ち上がって拳を振り上げる者、涙ぐむ者までいる。

三崎が鋭い右ストレートを放つ。

それを受け止めた鷹城が、返すように肘打ちを叩き込む。

汗が飛び、マットを踏み鳴らす音が観客の鼓動とシンクロする。

場内が静まり返る中、二人の動きは限界の中で続いていた。

鷹城の左ロー。

三崎のフック。

互いの拳と足が交差するたび、肌と肌がぶつかり、呼吸と鼓動が交錯する。

──限界を超えたその先に、なお、魂が燃えていた。

三崎のカウンターの膝蹴りが、わずかに鷹城の動きを止める。

そこに間髪入れず決められたジャーマンスープレックス。

美しい弧を描いてマットに叩きつけられた鷹城の背中に、会場が一斉に息を呑んだ。

カウントが始まる。

「ワン……ツー……スリー!」

終了のゴングが鳴った。

勝者は三崎 陸翔。

だが、誰もが知っていた。

今、このリングで“勝敗”は、もはや主題ではなかったことを。

どちらも膝をつき、肩で息をしながら、濡れた額から滴る汗をぬぐおうともしない。

全身から湯気のような熱気が立ちのぼる。

鷹城の胸は荒く波打ち、三崎も眉根を寄せながらも微かに笑っていた。

勝者の拳が挙げられるが、それを祝福する以上に、会場の空気は、互いの「すべてを出し尽くした姿」に酔っていた。

──これは、ただのスパーリングではなかった。

──これは、かつての王者と、新たな時代を担う者の、誇りを賭けた“本気の闘い”だった。

“復帰のPVなんて要らない”

“もう一度ゼロから始めるための台詞も、いらない”

この場で、鷹城は叫ばずとも証明した。

“まだ、終わっていない”と。

「いい目をしてるじゃないですか、鷹城さん」

試合後、リングを降りる直前。

三崎がそっと囁いた。

その声には、どこか穏やかで、かつての憧れに向けた誠実な敬意と、今この瞬間に対する揺るがぬ評価が滲んでいた。

鷹城は何も返さなかった。

ただ、肩で息をしながら、小さく頷いた。

“今はまだ、言葉はいらない”。

やるべきことはわかっている。歩くべき道も、ようやく見えた。

ただしそれは、かつての“王者の道”ではない。

もっと泥くさく、もっと険しく。

けれど、確かに自分の足で、再び歩き出せると信じられる道だった。

──こうして、王は再び、地を踏みしめた。

そしてその傍らに立つのは、かつての“憧れ”であり、“打ち破られた相手”であり、“再生を願う者”。

名を、三崎 陸翔という。

やがてこの二人がどんな未来を創るのか、誰にもまだわからない。

だが、この夜を目撃した誰もが、それを“始まり”と呼んだ。

そして、興奮冷めやらぬ観客席に向かって、リングアナウンサーが絶叫する。

「――本日、鷹城大牙、復活の狼煙を上げましたッ! そして、若きスター・三崎陸翔! 二人の未来に、これからもご注目くださいッ!」

天井のライトが、二人の背を照らしていた。

一歩も譲らぬまま、互いの背を預けるようにリングを後にする姿が、スクリーンに映し出される。

誰もが思った。

ここに、物語が始まったのだ、と。



















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