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第一話『呪われた髪』
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その後は鮮やかな流れで事は終息。酔っ払いは颯爽と現れた警官に取り押さえられた。彼は知らなかったかもしれないけれど、大船駅前には交番があります。法治国家なめるなよ。
わたしとその美人さんも一応は交番に呼ばれたけど、その酔っ払いが前を歩いていた美人さんの肩に無理やりぶつかったという目撃情報もあって、早々に解放してくれるという。
あとは「如月結衣(きさらぎゆい)」というわたしの名前と、大船駅北口近くにある築20年のマンション住所、それに連絡先、あとはわたしの通っている大船高校の名を明かすだけで終わったんだけど──
「申し訳ありません。僕は生まれつき目が悪く、歩くのも遅いんです。ですので、僕がもたもた歩き過ぎたせいで、彼を不快にさせたのかもしれません」
その美人さん──名を「黄昏ほだか」さんは、申し訳なさそうにそう言った。わたしは面を食らっていた。それは多分、警察官も、それに騒ぎを起こした中年男性でさえも。わたしたちの気持ちは一緒だったと思う。
なんだ、この美しい生き物は?
我々一般人は、そんなにも尊い美人に目を奪われ、言葉を失っていた。不思議な空気に包まれて、ついには中年男性自ら非を認め出す始末。分かるよその気持ち。
この容貌は反則的だ。こんな神聖な姿で反省なんかされると、なんだかバチ当たりな気がする。わたしは中年男性にちょっとだけ同情していた。
イケメンは世界を救う──いつか聞いたその話は、本当かもしれない。
交番から解放される頃、空は薄紫色になっていた。人ごみは相変わらずで、帰宅ラッシュやら飲み屋探しのリーマンさんたちが溢れかえっていた。
「わざわざすみません。このたびは、ありがとうございました」
彼は頭を下げてくる。ふわりと揺れた彼の髪から、甘いチョコレートのような匂いが漂ってきた。そして顔を上げた彼の蠱惑的な瞳が、まるでブラックホールみたくわたしの目線全てを吸い込む──
「あの、僕の顔になにかついてますか?」
「あ、いや、なんでもありません!」
「……ふふ、そんなにかしこまらなくても。取って食べたりはしませんよ」
口元に手を当てて微笑むほだかさん。なんだろう、彼になら食べられてもいいかなって、バカみたいなことを思ってしまうわたしだ。
「如月さん、でしたっけ?」
「はい。如月結衣、一応これでも高校生です」
「女性なのに、勇敢なんですね」
「……そんなこともありませんよ。バカ正直っていうか、そのせいで今日もバイトをクビになりましたし」
「そうなんですか?」
「ええ。なんか、許せないんですよね。間違ったことをしている人が」
この性格は警察官だった父親譲りかもしれない。父親は昔から、わたしに「自分が正しいと思うことなら迷うことなく実行しなさい」と言ってくる実直な人だった。その親あって子のわたしは、この通りトラブルメーカーだ。抱え込まなくていい問題を背負い、痛い目ばかりを見ている。
そんな話を、わたしはつらつらとほだかさんに話していた。
「運がないんですよ、わたし」
「そんなことないと思いますよ。如月さんは立派な方です。お父さまも、さぞ鼻が高いことでしょう」
「いえいえ、それこそあり得ない話です。だって、わたしの父は──」
と、そこまで言ったあたりで、咄嗟に口を閉じる。
やってしまった。この話は、ほだかさんにするような話じゃない。それに自分の話ばかりを初対面の人にベラベラと……バカ正直も、ここまでくると病気だ。
「あ、わたし、そろそろ帰らないと! それじゃあほだかさん、今度は気をつけてくださいね!」
取り繕うように笑って、不自然な流れで踵を返すわたし。その場を去る。
失礼だったろうか? でもいいんだ。もうほだかさんと会うこともないだろうし、これ以上彼の貴重な時間を奪うのも忍びない。それに、多分ほだかさんとの出会いは、ハードラック(不運)とダンス(踊る)ってるわたしへ神さまからのプレゼント、そんな気がする。むしろ贅沢過ぎた。
「如月さん!」
去り際、ほだかさんの声が聞こえてきた。
「ありがとうございました!」
いえいえ、とんでもない。わたしは振り返り、会釈だけをして今度こそ本当に帰っていった。
さよなら、黄昏ほだかさん。あなたのことは、一生忘れません。
わたしとその美人さんも一応は交番に呼ばれたけど、その酔っ払いが前を歩いていた美人さんの肩に無理やりぶつかったという目撃情報もあって、早々に解放してくれるという。
あとは「如月結衣(きさらぎゆい)」というわたしの名前と、大船駅北口近くにある築20年のマンション住所、それに連絡先、あとはわたしの通っている大船高校の名を明かすだけで終わったんだけど──
「申し訳ありません。僕は生まれつき目が悪く、歩くのも遅いんです。ですので、僕がもたもた歩き過ぎたせいで、彼を不快にさせたのかもしれません」
その美人さん──名を「黄昏ほだか」さんは、申し訳なさそうにそう言った。わたしは面を食らっていた。それは多分、警察官も、それに騒ぎを起こした中年男性でさえも。わたしたちの気持ちは一緒だったと思う。
なんだ、この美しい生き物は?
我々一般人は、そんなにも尊い美人に目を奪われ、言葉を失っていた。不思議な空気に包まれて、ついには中年男性自ら非を認め出す始末。分かるよその気持ち。
この容貌は反則的だ。こんな神聖な姿で反省なんかされると、なんだかバチ当たりな気がする。わたしは中年男性にちょっとだけ同情していた。
イケメンは世界を救う──いつか聞いたその話は、本当かもしれない。
交番から解放される頃、空は薄紫色になっていた。人ごみは相変わらずで、帰宅ラッシュやら飲み屋探しのリーマンさんたちが溢れかえっていた。
「わざわざすみません。このたびは、ありがとうございました」
彼は頭を下げてくる。ふわりと揺れた彼の髪から、甘いチョコレートのような匂いが漂ってきた。そして顔を上げた彼の蠱惑的な瞳が、まるでブラックホールみたくわたしの目線全てを吸い込む──
「あの、僕の顔になにかついてますか?」
「あ、いや、なんでもありません!」
「……ふふ、そんなにかしこまらなくても。取って食べたりはしませんよ」
口元に手を当てて微笑むほだかさん。なんだろう、彼になら食べられてもいいかなって、バカみたいなことを思ってしまうわたしだ。
「如月さん、でしたっけ?」
「はい。如月結衣、一応これでも高校生です」
「女性なのに、勇敢なんですね」
「……そんなこともありませんよ。バカ正直っていうか、そのせいで今日もバイトをクビになりましたし」
「そうなんですか?」
「ええ。なんか、許せないんですよね。間違ったことをしている人が」
この性格は警察官だった父親譲りかもしれない。父親は昔から、わたしに「自分が正しいと思うことなら迷うことなく実行しなさい」と言ってくる実直な人だった。その親あって子のわたしは、この通りトラブルメーカーだ。抱え込まなくていい問題を背負い、痛い目ばかりを見ている。
そんな話を、わたしはつらつらとほだかさんに話していた。
「運がないんですよ、わたし」
「そんなことないと思いますよ。如月さんは立派な方です。お父さまも、さぞ鼻が高いことでしょう」
「いえいえ、それこそあり得ない話です。だって、わたしの父は──」
と、そこまで言ったあたりで、咄嗟に口を閉じる。
やってしまった。この話は、ほだかさんにするような話じゃない。それに自分の話ばかりを初対面の人にベラベラと……バカ正直も、ここまでくると病気だ。
「あ、わたし、そろそろ帰らないと! それじゃあほだかさん、今度は気をつけてくださいね!」
取り繕うように笑って、不自然な流れで踵を返すわたし。その場を去る。
失礼だったろうか? でもいいんだ。もうほだかさんと会うこともないだろうし、これ以上彼の貴重な時間を奪うのも忍びない。それに、多分ほだかさんとの出会いは、ハードラック(不運)とダンス(踊る)ってるわたしへ神さまからのプレゼント、そんな気がする。むしろ贅沢過ぎた。
「如月さん!」
去り際、ほだかさんの声が聞こえてきた。
「ありがとうございました!」
いえいえ、とんでもない。わたしは振り返り、会釈だけをして今度こそ本当に帰っていった。
さよなら、黄昏ほだかさん。あなたのことは、一生忘れません。
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