【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした

夏見ナイ

文字の大きさ
47 / 65

第47話 鍛冶師の来訪と鉱石の囁き

しおりを挟む
『暁の剣』という過去の亡霊を、完全に葬り去ってから、数ヶ月の月日が流れた。
俺たちの『安らぎの庭』には、絵に描いたような、穏やかで、満ち足りた時間が流れていた。

朝は、エリナが魔法でふっくらと焼き上げた『紫怨イモ』のパンと、畑で採れた新鮮な野菜のスープで始まる。
昼は、エリナと二人で、森の生態系を記録した『植物図鑑』の、新しいページを埋めるための探検に出かけたり、あるいは、ログハウスの増築や、新しい家具作りに精を出したりした。
夜は、暖炉の火を囲み、バッカスから取り寄せた、外の世界の書物を読みふける。フェンは、俺たちの足元で、満足げに腹を出して眠っている。

それは、完璧な、理想のスローライフだった。
何の脅威もなく、誰にも邪魔されない、永遠に続くかのような、安らぎの日々。

「……むう」
そんな、ある日の午後。
俺は、新しく作った作業場で、腕を組み、唸っていた。
目の前には、バッカスから手に入れた、『ドワーフの秘伝鍛冶技術書』という、分厚い本が広げられている。

本には、金属を自在に加工し、魔法の力を宿した武具を作り上げるための、驚くべき技術の数々が、記されていた。
俺は、この知識を元に、自分のDIYスキルを、木工から、鍛冶へと、ステップアップさせようと、試みていたのだ。

だが、すぐに、壁にぶち当たった。
『凍てつく銅』や、森で見つけた、その他の未知の鉱石。それらは、あまりにも、特殊すぎた。
俺が作った、石化粘土の炉では、十分に、高温を保つことができず、鉱石を、完全に、溶かしきれない。黒鉄木の金槌では、精巧な加工を、施すことができない。

「くそっ、やっぱり、本物の『鍛冶場(フォージ)』と、ドワーフが使うような、専門の道具がないと、これ以上のものは、作れないか……」

俺は、悔しげに、ため息をついた。
この楽園で、唯一、手に入らないもの。それは、失われた、古代の技術だった。

そんな、俺の、モノづくりへの渇望を、嘲笑うかのように。
その『音』は、突然、森の静寂を、破った。

ゴォン! ゴォン!

腹の底に響くような、重い、地響き。
そして、巨大な岩でも、砕いているかのような、断続的な、轟音。
その音は、俺たちが、まだ、あまり、足を踏み入れていない、拠点の、北東の、岩石地帯から、聞こえてくるようだった。

「なんだ、今の音は!?」
リビングで、ハーブの調合をしていたエリナが、驚いて、駆け寄ってくる。
足元で、うたた寝をしていたフェンも、飛び起き、危険を察知して、低く、唸り始めた。

「……地震か? いや、違うな。何か、規則性がある」
俺は、耳を澄ませた。
音は、一定の、リズムを刻んでいる。まるで、誰かが、巨大なハンマーでも、振るっているかのようだ。

「……まさか、また、侵入者か?」
「ですが、警報結界は、反応しておりません。あれは、敵意や、殺意を持つ者にしか、反応しませんから……」

だとすれば、一体、何者だ?
俺たちは、顔を見合わせ、頷くと、音のする方角へと、調査に向かうことにした。

岩石地帯へと、足を踏み入れると、轟音は、さらに、大きくなる。
やがて、開けた、巨大な岩盤の前に、たどり着いた俺たちは、その、音の主を、発見した。

そこにいたのは、一人の、男だった。
背は低いが、その体は、まるで、岩塊から、削り出したかのように、筋骨隆々としている。編み込まれた、豊かな髭は、胸元まで達し、その顔には、長年の、苦労と、頑固さが、深く、刻まれていた。
ドワーフだ。
物語でしか、聞いたことのない、伝説の、鍛冶種族。

彼は、その、身の丈ほどもある、巨大な、鋼のハンマーを、軽々と、振りかぶり、目の前の、岩盤に、何度も、何度も、叩きつけていた。
ゴォン!という、轟音と共に、岩盤が、砕け、火花が散る。
その姿は、あまりにも、常軌を逸しており、鬼気迫るものがあった。

「……おい」
俺が、声をかける。
だが、ドワーフは、作業に、没頭しており、俺たちの存在に、気づく様子もない。

「おいって、言ってるんだ!」
俺が、もう一度、声を張り上げると、彼は、ようやく、手を止め、ぎろり、と、こちらを、睨みつけた。

「……ああん? なんじゃ、小僧。わしの、邪魔をするでないわ」
その声は、岩が擦れるような、嗄れた声だった。彼の瞳には、明らかな、不機嫌と、警戒の色が、浮かんでいる。

「邪魔、って言われてもな。ここは、俺の庭なんだが」
「庭じゃと? ふん、こんな、呪われた岩山が、庭なものか。さっさと、失せろ。でなければ、その、ひょろっこい体を、ハンマーの、錆にしてくれるぞ」

話が、全く、通じそうにない。
絵に描いたような、頑固で、無愛想な、ドワーフだった。

俺が、どうしたものかと、考えていると、隣にいたエリナが、一歩、前に出た。
「失礼ですが、あなたは、ドワーフの方ですわね? なぜ、このような、危険な森に、お一人で?」

エリナの、気品ある姿と、その、尖った耳を、認めた瞬間、ドワーフの、険しい表情が、わずかに、揺らいだ。
「……エルフ、だと……? なぜ、エルフが、このような、場所に……」

彼が、戸惑っている、その時だった。
ぐらり、と。
彼の、屈強な体が、大きく、よろめいた。

「うぐっ……!」
彼は、片膝をつき、胸を押さえて、苦しげに、呻いた。
その体からは、魔瘴の森の、呪いに、長時間、晒された者特有の、黒ずんだ、疲労の色が、見て取れた。魔道具で、毒気は、防いでいるようだが、継続的な、呪いの影響までは、防ぎきれないらしい。

「おい、大丈夫か!?」
俺は、咄嗟に、彼に、駆け寄った。

「……触るな、人間……! わしは、まだ……」
彼は、強がって、俺の手を、払いのけようとするが、その体には、もう、力が入っていなかった。

「頑固だな、おっさん」
俺は、ため息をつくと、懐から、いつもの、緑色の軟膏を、取り出し、彼の、額に、有無を言わさず、塗りたくってやった。

「な、何をする……! ……ん?」
ドワーフは、一瞬、抵抗したが、すぐに、自分の体に、起こった、信じられない変化に、気づいた。
呪いによって、鉛のように、重かった体が、急速に、軽くなっていく。蝕まれていた、生命力が、内側から、湧き上がってくるのを感じた。

「……な、なんじゃ、この薬は……。わしの、体の、呪いが……消えていく……?」
彼は、自分の、両手を見つめ、呆然と、呟いた。

「言ったろ。ここは、俺の庭だ、と」
俺は、そんな彼に、改めて、向き直った。
「あんたこそ、ここで、何をしてるんだ? そんなに、岩盤を、叩き壊して、何か、探してるのか?」

俺の問いに、ドワーフは、しばらく、黙っていたが、やがて、観念したように、重い口を、開いた。
「……わしは、グレン。グレン・アイアンハンマー。しがない、鍛冶師じゃ」
「わしは、探しておる。この、世界の、どこかに眠るという、伝説の、神の金属……『オリハルコン』を、な。わしの、生涯の、夢は、その、オリハルコンを使って、神々が、作ったという、伝説の武具を、この手で、超えること……。そして、古い文献に、この森に、その、鉱脈が、あると、記されておったのじゃ」

オリハルコン。
伝説上の、金属。
彼の、目的は、あまりにも、壮大で、ロマンに、満ち溢れていた。

俺は、彼の、その、燃えるような、職人の魂に、少しだけ、敬意を、抱いた。
そして、にやりと、悪戯っぽく、笑った。

「……残念だが、オリハルコンが、ここにあるかは、知らんな」
グレンの顔に、失望の色が、浮かぶ。
だが、俺は、続けた。

「だが、オリハルコンよりも、面白い鉱石なら、この庭には、いくらでも、転がってるぜ?」

俺は、腰に差していた、道具袋から、先日、採掘したばかりの、『凍てつく銅』のかけらを、取り出して、彼の目の前に、見せた。

その、鉱石を見た瞬間。
ドワーフ、グレンの、目が、今まで、見たこともないほど、大きく、見開かれた。
その瞳には、子供のような、純粋な、好奇心と、鍛冶師としての、抑えきれない、興奮の光が、宿っていた。

「……こ、この、鉱石は……なんじゃ……!? この、冷気と、魔力の、奔流は……!?」

「まあ、立ち話も、なんだ。うちに来いよ。もっと、面白いものを、たくさん、見せてやる。それに、とびきり、美味い酒も、あるぜ?」

俺は、呆然とする、頑固な、鍛冶師に、手を差し伸べた。
新しい、仲間(に、なるかもしれない)との、出会い。
それは、俺の、モノづくり魂を、さらに、熱く、燃え上がらせる、予感がした。

俺たちの、楽園に、また、一人、新しい、風が、吹き込もうとしていた。
その風は、きっと、俺たちの、創造の炎を、さらに、高く、燃え上がらせてくれるだろう。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?

名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」 「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」 「それは貴様が無能だからだ!」 「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」 「黙れ、とっととここから消えるがいい!」  それは突然の出来事だった。  SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。  そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。 「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」 「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」 「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」  ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。  その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。 「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」

才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!

にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。 そう、ノエールは転生者だったのだ。 そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

A級パーティーを追放された黒魔導士、拾ってくれた低級パーティーを成功へと導く~この男、魔力は極小だが戦闘勘が異次元の鋭さだった~

名無し
ファンタジー
「モンド、ここから消えろ。てめえはもうパーティーに必要ねえ!」 「……え? ゴート、理由だけでも聴かせてくれ」 「黒魔導士のくせに魔力がゴミクズだからだ!」 「確かに俺の魔力はゴミ同然だが、その分を戦闘勘の鋭さで補ってきたつもりだ。それで何度も助けてやったことを忘れたのか……?」 「うるせえ、とっとと消えろ! あと、お前について悪い噂も流しておいてやったからな。役立たずの寄生虫ってよ!」 「くっ……」  問答無用でA級パーティーを追放されてしまったモンド。  彼は極小の魔力しか持たない黒魔導士だったが、持ち前の戦闘勘によってパーティーを支えてきた。しかし、地味であるがゆえに貢献を認められることは最後までなかった。  さらに悪い噂を流されたことで、冒険者としての道を諦めかけたモンドだったが、悪評高い最下級パーティーに拾われ、彼らを成功に導くことで自分の居場所や高い名声を得るようになっていく。 「魔力は低かったが、あの動きは只者ではなかった! 寄生虫なんて呼ばれてたのが信じられん……」 「地味に見えるけど、やってることはどう考えても尋常じゃなかった。こんな達人を追放するとかありえねえだろ……」 「方向性は意外ですが、これほどまでに優れた黒魔導士がいるとは……」  拾われたパーティーでその高い能力を絶賛されるモンド。  これは、様々な事情を抱える低級パーティーを、最高の戦闘勘を持つモンドが成功に導いていく物語である……。

14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク 普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。 だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。 洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。 ------ この子のおかげで作家デビューできました ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが

ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム 前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した 記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた 村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた 私は捨てられたので村をすてる

神様、ありがとう! 2度目の人生は破滅経験者として

たぬきち25番
ファンタジー
流されるままに生きたノルン伯爵家の領主レオナルドは貢いだ女性に捨てられ、領政に失敗、全てを失い26年の生涯を自らの手で終えたはずだった。 だが――気が付くと時間が巻き戻っていた。 一度目では騙されて振られた。 さらに自分の力不足で全てを失った。 だが過去を知っている今、もうみじめな思いはしたくない。 ※他サイト様にも公開しております。 ※※皆様、ありがとう! HOTランキング1位に!!読んで下さって本当にありがとうございます!!※※ ※※皆様、ありがとう! 完結ランキング(ファンタジー・SF部門)1位に!!読んで下さって本当にありがとうございます!!※※

ゴミ鑑定だと追放された元研究者、神眼と植物知識で異世界最高の商会を立ち上げます

黒崎隼人
ファンタジー
元植物学の研究者、相川慧(あいかわ けい)が転生して得たのは【素材鑑定】スキル。――しかし、その効果は素材の名前しか分からず「ゴミ鑑定」と蔑まれる日々。所属ギルド「紅蓮の牙」では、ギルドマスターの息子・ダリオに無能と罵られ、ついには濡れ衣を着せられて追放されてしまう。 だが、それは全ての始まりだった! 誰にも理解されなかったゴミスキルは、慧の知識と経験によって【神眼鑑定】へと進化! それは、素材に隠された真の効果や、奇跡の組み合わせ(レシピ)すら見抜く超チートスキルだったのだ! 捨てられていたガラクタ素材から伝説級ポーションを錬金し、瞬く間に大金持ちに! 慕ってくれる仲間と大商会を立ち上げ、追放された男が、今、圧倒的な知識と生産力で成り上がる! 一方、慧を追い出した元ギルドは、偽物の薬草のせいで自滅の道をたどり……? 無能と蔑まれた生産職の、痛快無比なざまぁ&成り上がりファンタジー、ここに開幕!

処理中です...