花屋の鈍感少年は溺愛神官の求愛に気づけない

澪尽

文字の大きさ
6 / 29

鈍感なエリオット

しおりを挟む
「ああ。ここの従神官やうちの使用人も、祭日中はそこかしこに駆り出されて、私を連れ歩く余裕がないんだ。一人で出歩けないわけではないけれど、街は広い。地図は頭に入っているんだけれどね、実際に歩いてみると目印にも気づけなかったりする。普段は馬車での移動がほとんどだから……迷わず効率的に見て回れるかどうか」
「それはそれは……」

 日頃から余裕と自信に溢れたユフィ。彼がそのような弱音を吐いたことが、エリオットにとっては相当に意外だった。

 ――そんなに不安がらずとも、すぐ見つかりそうなものだけれど。

 アウレロイヤ家や街中にある教会の伝手を頼れば一瞬な気がする。それともお忍びゆえにおおっぴらには募集をかけられないのか。そうだとしても、この祭殿にもアウレロイヤ家にも口の堅い出入りの商人や配達人がいるだろうし、使用人が無理ならその親戚筋から探せば一人や二人簡単に決まりそうなものだ。

 ――それにしても羨ましいな、ユフィ様とお祭りを巡れるだなんて。

 ただの市民でしかないエリオットは、厳粛に儀式をこなすユフィを遠目に眺めることしかできない。自分だったらどこを案内するだろう。一度ぐらいはシェリーズに来てほしい気もする。ああ、いつユフィが訪れても問題ないよう、祭日中は例年以上に掃除とディスプレイに気を配らなくては。

「きっとすぐに見つかりますよ! 使用人がだめなら、その親戚はどうでしょう。メイドには小さな領地を持つ貴族家の方とか、商人上がりの家の出の方もいらっしゃいましたし」
「それも難しいんだ。アウレロイヤとその近郊を上げての行事だろう、どこも忙しくて人手が足りないほどらしくて」
「あ……では学生とか、仕事を抜けても大丈夫そうな、街の顔役やその家族とか」
「だめだった、地区長らも全滅」
「全滅……!」

 ユフィが首を横に振るのを見て、なかなかに重大な事態であるらしいことをようやく思い知らされる。
 どれもこれも試した後なのだろう、その顏には僅かに憔悴が滲んでいる。考えてみれば、エリオットが思いつくようなことをそれより遥かに優秀なユフィが試行しないわけがない。その上で困り果てているのだ。

 ――それにしても皆、結構融通が利かないんだな……相手は神官様でアウレロイヤ家の直系なのに。

 あるいは欲が無いのだろうか。例えば今後のコネクションのために家業を二の次にしてでも案内役を買って出るとか、あるいは娘を案内役にして玉の輿を狙うだとか、強かな町人は真っ先に思いつきそうなものだが。
 そんな話が舞い込むことなどないエリオットからすると、本当に羨ましくてもったいないなと思ってしまう。ただユフィと一緒に祭りに参加できるというだけでも、その後の人生の全てを投げ出してしまえるほど身に余る光栄に違いなかった。

 ――誰かいたかなあ……ああ、ジンなら街にも詳しいし、三軒隣のおじいちゃんは教会で学者をしてたぐらい凄いひとだったっけ。

「……その視察に出る日程はもう決まってらっしゃいますか?」
「! ああ、うん! 五日目の夕暮れから夜にかけてだよ」

 五日目は、祭りの後半に行われるランタンイベントの初日だ。確かにどこも忙しい上に、既に友人や家族との参加が決定している者も多いだろう。
 にわかに普段の明るさを取り戻したユフィが何かを期待する眼差しを向けてくることにも気づかず、エリオットは思案を続ける。

「案内人は、頭が良くないといけませんよね……? それと、年齢も上の方がいいのかな、きっと街の歴史とか色々なことを知っているし、あとは護衛のために力も強い方が」
「い、いや! 全くこだわりはないんだよ、雰囲気を人々と同じ目線で見たいというのが一番で……ともかく道案内をお願いできれば十分なんだ」

 そこまで間口を広げても見つからなかったのかと、エリオットは眼を丸くした。それだけ祭りの運営から離れられない、身分の高い関係者が多いのか。ともかく、道案内ができればよいのならばあてはたくさんある。
 エリオットが力強く頷くと、ユフィが僅かに身を乗り出した。

「わかりました、ユフィ様さえよろしければ、僕の方でも誰かいないか探してみます。例えばたまにお話していた隣の家のジンは配達屋で道に詳しいし、腕っぷしも強いので庶民ですが頼りになると思うんです」
「うん! ……、うん…………?」

 ユフィは頷きを返してくれたが、すぐに思考停止したように両目をぱちくりさせる。何かを言いたそうな顔で言葉を探しているのが気になる。その肩がしゅんと落ちたような気がした。

「あの、やっぱり差し出がましかった、ですか?」
「い、いや! エリオットが力になってくれてとても嬉しいよ。……でも、そうか、君の周囲の人たちか……すぐにでも言い含めておかないと……」
「?」

 ユフィが口にすることは、たまによくわからない。きっとエリオットの辿り着けない、何手も先を読んでいるのだろう。

「きっとみんな喜んで手を上げますよ、すぐに見つかります。候補が多くて選べなくなっちゃうかも」
「……そうかな、既にたくさん断られているから、自信がないな」
「ほんとう、お祭りの日って大変なんですね。でもユフィ様のお願いなのに……不思議というか……正直なところ声をかけられた方たちが羨ましいです。僕だったら絶対に断らないのに」

 ユフィが軽く眼を瞠るのを見て、ああ余計なことまで口走ってしまった、と気づいた。心の底からの思いだったけれど、本人を前に恨みがましい言い方になってしまったかもしれない。
 そんな大それたこと望んではいない。このまでは優しいユフィは。

「あの、エリオット、君は五日目にもう予定が入っている? もしやそのジンという男と遊びに行くとか、それともシェリーズは忙しいのかな」

 ユフィがこちらの顔色を窺うように問いかけてくる。エリオットはやっぱり、と内心で頭を抱えた。
 彼は優しく誠実な人だ。誰でもいい、と言いながらその対象にエリオットがいなかったことは事実だけれど、頼りにならないと判断されてしまうのも当然のことだ。そこに異論なんてない。だというのに、未練がましい言い方をして気に病ませてしまったかもしれない。

「ご、ごめんなさい! そういうつもりで言ったんじゃないんです。あの、本当にユフィ様とお祭りに行ける人が羨ましいなって、それだけで。もっと適任がいると思いますし……」
「そっか、やはり君も色々と忙しいんだね」
「あ、いえ。お花の飾りはお祭りの前日までに終えてしまいますし、あとは軒先でお花を売るだけなんです。それも期間中はハンナ姉さんが姪っ子たちを連れて帰ってくるから、僕はそのお守りついでに出かけたりするぐらいで」

 狼狽えるあまり全てを正直に話すと、ユフィが困ったように目を伏せた。

「そうか……そうだよね……」
「……えと、何がでしょうか?」
「ああ、いや。その、ごめん……それだけ余裕があっても、私の案内はしたくないのだな、って考えたら寂しくなってしまって」
「……えっ⁉」
「いや、いいんだ! 女々しいことを言ってごめんね、エリオットは優しいから、さっきの羨ましいというのも私を哀れんでお世辞を言ってくれただけだったんだろう? あはは、出来ることなら私も、私と一緒に行きたいと言ってくれる人と回れたら嬉しいなと思ったんだけど、恥ずかしいな。早とちりで勘違いしてすまない」
「! 違います、お世辞なんかじゃありません! 本当に羨ましいなとは思っていますが、僕では力不足だろうから! 僕の方こそ、誘われるのを待つような言い方になってしまってすみません。気を遣わせてしまいましたよね、僕なら大丈夫ですから」

 エリオットは余すところなく本心を打ち明けた。少しみじめな気もするけれど、ユフィが変に気に病まずに済むならそれでいい。 
 思惑通り、ユフィはほっと普段の穏やかな笑みを取り戻す。良かったと安心する反面、やはり気を遣わせていただけなのだと複雑な気分になった、が。

「よかった。それでは、私と祭りを出歩くのが嫌というわけではないんだね? 遠慮しているだけだと」
「はい。嫌だなんてありえません。遠慮というのも違って、僕じゃいけないのは分かっていますから、身の程を弁えているだけというか……」
「…………」

 ユフィはふいに口と閉ざすと、何かを思案するように視線を彷徨わせた。

「本当に嫌でないならだけれど……エリオット、君に案内役をお願いできないかな?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

黒髪黒目が希少な異世界で神使になって、四人の王様から求愛されました。

篠崎笙
BL
突然異世界に召喚された普通の高校生、中条麗人。そこでは黒目黒髪は神の使いとされ、大事にされる。自分が召喚された理由もわからないまま、異世界のもめごとを何とかしようと四つの国を巡り、行く先々でフラグを立てまくり、四人の王から求愛され、最後はどこかの王とくっつく話。  ※東の王と南の王ENDのみ。「選択のとき/誰と帰る?」から分岐。

攻略対象に転生した俺が何故か溺愛されています

東院さち
BL
サイラスが前世を思い出したのは義姉となったプリメリアと出会った時だった。この世界は妹が前世遊んでいた乙女ゲームの世界で、自分が攻略対象だと気付いたサイラスは、プリメリアが悪役令嬢として悲惨な結末を迎えることを思い出す。プリメリアを助けるために、サイラスは行動を起こす。 一人目の攻略対象者は王太子アルフォンス。彼と婚約するとプリメリアは断罪されてしまう。プリメリアの代わりにアルフォンスを守り、傷を負ったサイラスは何とか回避できたと思っていた。 ところが、サイラスと乙女ゲームのヒロインが入学する直前になってプリメリアを婚約者にとアルフォンスの父である国王から話が持ち上がる。 サイラスはゲームの強制力からプリメリアを救い出すために、アルフォンスの婚約者となる。 そして、学園が始まる。ゲームの結末は、断罪か、追放か、それとも解放か。サイラスの戦いが始まる。と、思いきやアルフォンスの様子がおかしい。ヒロインはどこにいるかわからないし、アルフォンスは何かとサイラスの側によってくる。他の攻略対象者も巻き込んだ学園生活が始まった。

白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。 ※個人ブログにも投稿済みです。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

処理中です...