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本気
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「えっ? あ、いえ、ですから気を使わなくても」
「ううん、そうじゃないよ。先ほども言った通り、私も私と巡りたいと思ってくれるような人と行けたらいいなと思っていたんだ。それだけじゃない。本当はね、私は真っ先に君に声をかけたかった」
「僕にですか? どうして」
「だって君はその……ほら、昔馴染みでしょう? 気兼ねなく接することができるし、何より利益がどうとか家柄がどうだとか裏があるのかもなんてことを考えずにすむ。普段はそれでもいいんだけれど、祭りの間は視察の方に集中したいからね。だからエリオットに頼みたかったんだけれど、君は優しいだろう? 断り切れずに無理をさせてしまうんじゃないかと思うと気が引けて……」
「そんなことないです! 何でも言い付けてください! 僕にとって、ユフィ様に関することより大事な用事なんてないです!」
思わず起立して身を乗り出したエリオットに、ユフィが苦笑する。エリオットは赤面すると、慌てて席に座り直した。
――つい正直な言葉が……! どうしよう、変に思われたかな?
「それはつまり、案内を引き受けてもらえるということでいいのかな」
「っ、はい! 僕でよろしければ……!」
エリオットは姿勢を正すと、一も二もなく頷いた。
途端に、心臓がばくばくと高鳴り始める。ユフィと祭りに出向くことが決定した。夢か幻でも見ているのだろうか。約束をした、という実感はあるのに、妙に現実味に欠けている。
「本当? いいんだね? ああ、よかった……これまで以上に楽しみだ、今から夜も眠れなくなるかもしれない」
「それは僕の台詞です! 僕、ちゃんとお役目を果たせるように頑張ります!」
意気込むエリオットに、「そんなに気を張らないで」とユフィが笑うけれど、そういうわけにはいかない。必ずやユフィの視察を有意義なものにしてみせるのだ。
気になる店や区画はあるか、街の何が知りたいのか、祭り限定の菓子が美味しいだとか――そんな話をしているうちに、気づけば日は傾き始めていた。日が暮れるまで時間はあるが、馬車の最終便の出発が迫っている。
結局長居をしてしまったことに申し訳なさを抱きつつ、エリオットはユフィとともに席を立った。
「お忙しい中なのに、今日は本当にありがとうございました。お菓子もお茶も美味しかったです」
ローブを羽織り、余ったお菓子入りのバスケットを抱えたエリオットが扉に手をかけると、ユフィはゆっくりと首を横に振る。
「ううん、私にとってもエリオットと過ごす時間以上に大切なものはないよ。引き留めたのも菓子を用意したのも私なのだから気にしないで。では、祭り当日はよろしくね。具体的なお話はまた今度来た時にでも――おや」
くす、と笑ったユフィは、その指先でエリオットの口の端についた菓子屑をつまみあげた。
「あ……す、すみません。お菓子が美味しくて、その……え」
エリオットが自身の幼稚さに頬を染めると同時に、ユフィがその菓子屑をぺろりと舐めとった。
「夢中になって食べてくれたということだよね? そんなに気に入ってもらえただなんて嬉しいな……エリオット?」
きょとん、と目を丸くしたユフィを見ていられなくなり、エリオットはそのまま視線を彷徨わせた。
――違う違う、気にしてるのは僕だけ! 小さい子供にやるのと同じようなものなんだろうから……!
そうなのだろうけれど、心臓に悪い。そういう目で見てはいけないと分かっているのに、嫌でも意識させられてしまう。
「どうかしたの?」
「あ、の、そそそそういうの、良くないと思います。他の人、特に女の子とかは勘違いしちゃうと思うし」
「そういうの? ……君の口についてたお菓子の欠片を食べたこと?」
どうしてわざわざ言葉に出すんだろう! と顔から火を噴きそうになりながら、エリオットはぶんぶんと何度も頷いた。
「ふふ、大丈夫だよ。エリオットにしかしないよ、こんなこと」
「⁉」
ユフィは首を傾げるようにしてにっこりと笑った。エリオットはどう返事を返したら良いのかもわからない。きっと他意はない。けれど、その美しさと殺し文句に心臓を射抜かれて頭が真っ白になっている。
するとユフィは、ふいにその両眼を眇めて一歩、距離を詰めてきた。
背中にはドア。真正面にユフィ。昼間、迎えに来てくれた時と同じように、追い詰められるような格好になる。
「……エリオットは、先月成人したんだよね」
「……へっ、あ、はい。その節はありがとうございました、急なことだったのに手紙やお菓子を……」
「驚いたんだよ? 毎週のように会っているのに、そんな話は少しも出ていなかったから。私の知らない結婚相手のためかとも思ったけれど、そういうわけではないんだよね?」
エリオットは無意識のうちに息を呑んだ。
――なんだろう、いつもどおりの笑みのはずなのに、ちょっと迫力があるというか……。
もしかすると、何の挨拶もなく届け出たことを不義理だと憤っているのだろうか。確かに、ユフィの時はエリオットも呼んでアウレロイヤ家で行われる儀式に参加させてもらった。エリオットは庶民なので仰々しい儀式は存在しないが、それでも一言連絡すべきだったかもしれない。
「は、い。そ、そうですよね、失礼、でしたよね」
「いや、そういうわけでは」
「ごめんなさい。話すまでのことでもないのかなとも思ってしまって……それと、急なことだったんです。成人の話が出たのは届け出の二日ぐらい前のことで……年頃なのに成人してないのが地区の中で僕だけだと、地区の顔役の方が突然気づいたらしくて」
言い訳がましいだろうか。けれど隠したかったわけではなく、ユフィにとっては興味もないことだろうと一線を引いた結果であることは伝えておきたい。
――けれど、どうして急にこんな話に……?
「話すまでのことでもない、か……そうか、私はまだその程度なのか」
「あの」
「ああいや、怒っているわけではないんだよ。ただ、認識を改めなければなと自戒させられていただけで」
自戒――何か反省しなければならないようなことが今の流れにあっただろうか。
ともかく、ユフィの微笑が和やかさを取り戻したことにほっとする。
エリオットは頭上に疑問符を浮かべつつ曖昧な笑みを返した。
それを見たユフィは軽く眼を瞠り、なぜか、屈みこんでエリオットの耳元に顔を寄せてきた。
ふわり、匂い立つような花の薫りが、する。
「私も、そろそろ本気を出さなければならないようだから」
間近で聞こえた、吐息にも似た掠れ声に硬直したエリオットから、ユフィがゆっくりと身を離す。
どこにくっついていたのか、その手には、萎れた虫食いの木葉がつまみあげられていた。
「襟の内側についていたよ」
うっそりと笑ったユフィが、ふうっ、と手の上の葉を吹く。
それはひらりと舞うように空を泳ぎ、音もなく地面に落ちた。
「ううん、そうじゃないよ。先ほども言った通り、私も私と巡りたいと思ってくれるような人と行けたらいいなと思っていたんだ。それだけじゃない。本当はね、私は真っ先に君に声をかけたかった」
「僕にですか? どうして」
「だって君はその……ほら、昔馴染みでしょう? 気兼ねなく接することができるし、何より利益がどうとか家柄がどうだとか裏があるのかもなんてことを考えずにすむ。普段はそれでもいいんだけれど、祭りの間は視察の方に集中したいからね。だからエリオットに頼みたかったんだけれど、君は優しいだろう? 断り切れずに無理をさせてしまうんじゃないかと思うと気が引けて……」
「そんなことないです! 何でも言い付けてください! 僕にとって、ユフィ様に関することより大事な用事なんてないです!」
思わず起立して身を乗り出したエリオットに、ユフィが苦笑する。エリオットは赤面すると、慌てて席に座り直した。
――つい正直な言葉が……! どうしよう、変に思われたかな?
「それはつまり、案内を引き受けてもらえるということでいいのかな」
「っ、はい! 僕でよろしければ……!」
エリオットは姿勢を正すと、一も二もなく頷いた。
途端に、心臓がばくばくと高鳴り始める。ユフィと祭りに出向くことが決定した。夢か幻でも見ているのだろうか。約束をした、という実感はあるのに、妙に現実味に欠けている。
「本当? いいんだね? ああ、よかった……これまで以上に楽しみだ、今から夜も眠れなくなるかもしれない」
「それは僕の台詞です! 僕、ちゃんとお役目を果たせるように頑張ります!」
意気込むエリオットに、「そんなに気を張らないで」とユフィが笑うけれど、そういうわけにはいかない。必ずやユフィの視察を有意義なものにしてみせるのだ。
気になる店や区画はあるか、街の何が知りたいのか、祭り限定の菓子が美味しいだとか――そんな話をしているうちに、気づけば日は傾き始めていた。日が暮れるまで時間はあるが、馬車の最終便の出発が迫っている。
結局長居をしてしまったことに申し訳なさを抱きつつ、エリオットはユフィとともに席を立った。
「お忙しい中なのに、今日は本当にありがとうございました。お菓子もお茶も美味しかったです」
ローブを羽織り、余ったお菓子入りのバスケットを抱えたエリオットが扉に手をかけると、ユフィはゆっくりと首を横に振る。
「ううん、私にとってもエリオットと過ごす時間以上に大切なものはないよ。引き留めたのも菓子を用意したのも私なのだから気にしないで。では、祭り当日はよろしくね。具体的なお話はまた今度来た時にでも――おや」
くす、と笑ったユフィは、その指先でエリオットの口の端についた菓子屑をつまみあげた。
「あ……す、すみません。お菓子が美味しくて、その……え」
エリオットが自身の幼稚さに頬を染めると同時に、ユフィがその菓子屑をぺろりと舐めとった。
「夢中になって食べてくれたということだよね? そんなに気に入ってもらえただなんて嬉しいな……エリオット?」
きょとん、と目を丸くしたユフィを見ていられなくなり、エリオットはそのまま視線を彷徨わせた。
――違う違う、気にしてるのは僕だけ! 小さい子供にやるのと同じようなものなんだろうから……!
そうなのだろうけれど、心臓に悪い。そういう目で見てはいけないと分かっているのに、嫌でも意識させられてしまう。
「どうかしたの?」
「あ、の、そそそそういうの、良くないと思います。他の人、特に女の子とかは勘違いしちゃうと思うし」
「そういうの? ……君の口についてたお菓子の欠片を食べたこと?」
どうしてわざわざ言葉に出すんだろう! と顔から火を噴きそうになりながら、エリオットはぶんぶんと何度も頷いた。
「ふふ、大丈夫だよ。エリオットにしかしないよ、こんなこと」
「⁉」
ユフィは首を傾げるようにしてにっこりと笑った。エリオットはどう返事を返したら良いのかもわからない。きっと他意はない。けれど、その美しさと殺し文句に心臓を射抜かれて頭が真っ白になっている。
するとユフィは、ふいにその両眼を眇めて一歩、距離を詰めてきた。
背中にはドア。真正面にユフィ。昼間、迎えに来てくれた時と同じように、追い詰められるような格好になる。
「……エリオットは、先月成人したんだよね」
「……へっ、あ、はい。その節はありがとうございました、急なことだったのに手紙やお菓子を……」
「驚いたんだよ? 毎週のように会っているのに、そんな話は少しも出ていなかったから。私の知らない結婚相手のためかとも思ったけれど、そういうわけではないんだよね?」
エリオットは無意識のうちに息を呑んだ。
――なんだろう、いつもどおりの笑みのはずなのに、ちょっと迫力があるというか……。
もしかすると、何の挨拶もなく届け出たことを不義理だと憤っているのだろうか。確かに、ユフィの時はエリオットも呼んでアウレロイヤ家で行われる儀式に参加させてもらった。エリオットは庶民なので仰々しい儀式は存在しないが、それでも一言連絡すべきだったかもしれない。
「は、い。そ、そうですよね、失礼、でしたよね」
「いや、そういうわけでは」
「ごめんなさい。話すまでのことでもないのかなとも思ってしまって……それと、急なことだったんです。成人の話が出たのは届け出の二日ぐらい前のことで……年頃なのに成人してないのが地区の中で僕だけだと、地区の顔役の方が突然気づいたらしくて」
言い訳がましいだろうか。けれど隠したかったわけではなく、ユフィにとっては興味もないことだろうと一線を引いた結果であることは伝えておきたい。
――けれど、どうして急にこんな話に……?
「話すまでのことでもない、か……そうか、私はまだその程度なのか」
「あの」
「ああいや、怒っているわけではないんだよ。ただ、認識を改めなければなと自戒させられていただけで」
自戒――何か反省しなければならないようなことが今の流れにあっただろうか。
ともかく、ユフィの微笑が和やかさを取り戻したことにほっとする。
エリオットは頭上に疑問符を浮かべつつ曖昧な笑みを返した。
それを見たユフィは軽く眼を瞠り、なぜか、屈みこんでエリオットの耳元に顔を寄せてきた。
ふわり、匂い立つような花の薫りが、する。
「私も、そろそろ本気を出さなければならないようだから」
間近で聞こえた、吐息にも似た掠れ声に硬直したエリオットから、ユフィがゆっくりと身を離す。
どこにくっついていたのか、その手には、萎れた虫食いの木葉がつまみあげられていた。
「襟の内側についていたよ」
うっそりと笑ったユフィが、ふうっ、と手の上の葉を吹く。
それはひらりと舞うように空を泳ぎ、音もなく地面に落ちた。
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