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それは単純で特別な(2)
しおりを挟む食べ終わって片付けも済むと、先に部屋に戻っていた英司に呼ばれた。
「なんですか?」
「これ、美味しそうだったから買ってきた。食べようぜ」
持ってきた紙袋から取り出したのはせんべいだった。
甘いものが得意ではないらしい英司は、お菓子を持ってきては千秋に与える。が、ひたすら与えられて一人で食べるというのは、嬉しいと同時に少し申し訳ないと思っていたのだ。
「一緒に食べますよね」
「ん?ああ、一緒に食べようと思って持ってきた」
「俺、お茶入れてきます」
キッチンですぐさまお茶を入れて持ってきて、さっきと同じように向かい側に座ろうとしたら、「こっち」と手招きされる。
隣に座れってことだよな……。なんだか妙に照れくさい雰囲気だが、ここで行かなかったら恥ずかしがってると思われる。
大人しく隣に座ると、横からぎゅううと抱きしめられた。
「わ、なんですかっ、いきなり!」
頭も抱えられて力一杯に抱きしめられるので、少し苦しい。ぐいぐいと離れようとしようにも、全然逃げられない。
「んー手招きしたら大人しくこっちに来ちゃう千秋ちゃんかわいいなって」
「なっ…てか!千秋ちゃんって、やめてくださいよ」
「いいだろ、別に」
……大人しく従ったら従ったで、結局何か言われてしまうんじゃないか。
満足したのか英司がようやく離れると、千秋はほっと息をついた。
……いきなりこういうことしないでほしい。死ぬかと思った。いや、許可とってきても困るけど。
英司はせんべいを食べ始めると、これうまいな、と機嫌良さげに笑った。
「たしかにおいしいですね、これ」
「今度また買ってこよ」
英司がそう言ったところで、会話が止まる。
……あれ、今割といい感じに会話できてたと思うんだけど。
また変な態度をとってしまったのかと思って、横の英司をちらりと盗み見ると、こちらを見ず「千秋」と呼ばれ慌てて前に向き直った。
「なんですか」
「恵理子はあいつ違うからな、ただの同じ学科のやつ」
「えっ……また急になんですか、俺そんなこと」
そこに触れるとは思わなかった。弁解するように言われ、とっさに気にしてないふりをする。
「いや、さっき泣きそうになってたからさ」
……嘘だろ。
さっきというのは、家の前で恵理子と英司が話していたときのことだろう。
そんな顔していたか?いや、絶対普通の表情だったって。
「や、でもわかってますし。別に大丈夫です」
「……ちょっと待て、千秋。やっぱりちゃんと説明させて」
がしっと両肩を掴まれる。
その勢いに千秋は圧倒されて、コクリと頷くしかできなかった。
英司はまず、千秋と同じ大学の医学科に在籍していることを話した。
「だと思ってました」
「俺の母親が病院の院長なんだよ」
飲んでいたお茶を吹き出すかと思った。
「院長って…あの、すごい偉い人ですよね」
「まあ、そうだな」
そんなすごい人がお母さんだったとは知らなかった。
「うちが医者一族なのもあって貴重な本とか資料があるから、恵理子には色々と面倒かける代わりに、そういうの貸してる。あいつ、ありえないほど勉強好きなんだ」
「す、すごいですね……。でも面倒かけるって」
「いや、俺食べるの忘れるからな」
「はあ!?それしょっちゅうなんですか?」
「いや、たまにだけ。学校で倒れたら恵理子に叩き起こしてもらう」
信じられない。それこそいつか本当に体調を崩してしまう。というかなんで今の今までピンピンできてるんだ。ていうか、医者目指すのにそんな感じでいいのか!?
……でも、まあ恵理子との関係はよくわかった。別に最初から問いただしてやろうだなんて思っていなかったけど、モヤモヤはだいぶ薄れた。
それは、実際の関係がどうだとかよりも、英司が丁寧に説明してくれたからだ。
「で、もう変な風に誤解してないよな?なんか思うことがあったら言ってくれよ」
「……はい」
どうやら英司は、千秋が中学の卒業式のことを誤解していたこともあり、だいぶ気にしたようだ。
英司は英司なりに千秋を気にかけてくれている。
それは、誤解が解ける前からだったけど、改めて思うとこの人はずっと俺を大事にしてくれていた。
そういえば、恵理子が感づいてるっぽいことを言っていたのは、とりあえず言う必要はないだろう。そう思ったのは、なんとなく、恵理子は変わっているけど悪い人だとは思えなかったからだ。
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