18 / 90
018
しおりを挟む俺は前世でバイクを持っていた。原付だけど昔のツーストのバイクで7.2馬力あり、リミッターも解除してあったから3桁のスピードを出すことができた。
剥き出しの体で風を切る感覚というのは、実際に体験しないと分からない。逆に言えば、俺はバイクで体験済みなので多少のスピードなら問題ないとタカをくくっていたのだ。
しかしそれは大きな間違いだった。渓谷の上をまるで空を飛ぶかのように3桁オーバーのスピードで駆け抜けていくのだ。ジェットコースターなんか目じゃない。
周囲の景色が流れて行くのに目がついていかない。絶叫マシーンなんて足元にも及ばないスリルだろう。
振り落とされずに済んでいるのは身体強化の賜物か。いくら握力に自信があっても、掴まり続けるのは無理だったはずだ。
さらに「全状態異常完全無効」の異能力があるので乗り物酔いなどはしないが、普通なら間違いなくリバースするだろうな。ルーテミス様、ありがとうございます。
30分もかからずに突然森が開けた。草原が広がり、大きな湖が見えてきた。巨大な湖だ。
だが、何だか違和感を感じた。まるで人工的に作られた湖、いや、巨大な池のように感じたのだ。
湖を囲む様に一定の範囲で開けた草原が広がっているのも不思議だ。開拓で切り拓いたわけでもないし、川の流れや地殻変動でできた物でもないような気がする。
今までの森の状態から考えて、湖も草原もあまりに異質なのだ。まるでここら一体だけスポンと切り抜いて作られたような印象だった。
湖と繋がる河口は恐らく数キロはあるだろう。今更だがよく見ると、川の対岸に渡ろうにも、川幅が数百メートルほどに広がっていた。
さすがにどちらも飛び越えるのは無理そうなので、湖のほとりをぐるりと回る形で川下を目指す。
「人間達はこの湖の川下側の畔に住んでいます。森で獲物を狩る者、草木や木の実を集める者、湖で魚を獲る者、色々います。
ここから奥、我々が来た場所の方は森が濃くなるせいか、こちら側の奥へは入って来ません。大型の動物や魔獣達もそれを知っているので、ここより上流側の深い森の中で暮らしています。
この辺に暮らすのはリスやウサギ、狐や狸、せいぜいが鹿くらいで、熊がたまに降りてくるくらいです。魔獣はネズミやウサギ、キツネなどの小動物が変わった低級魔獣がたまに出るくらいですね。」
なるほど、とウォルターの説明に頷いていると神眼さんが仕事を始めた。
「ポルカ湖。昔、隕石が落下したことにより直径30キロほどのクレーターができ、川と繋がって湖になった。
湖の周辺が草原として開けているのは、隕石落下時の衝撃波で樹木が吹き飛ばされたため。
川の流れにより堆積した砂浜もあり、ポルカ村は砂浜付近に作られている。
湖の名前はこの湖を発見した猟師ポルカの名前から取られており、村の名前は湖の名前から付けられた。」
だから人工的な感じがしたのか。偶然とはいえ隕石によって作られたクレーターが湖になり、その周辺が草原になったわけだ。
「衝突した隕石により深い地層の土砂が大量に周囲に撒き散らされたため、場所によっては通常はドワーフが坑道でも掘らない限り採掘できないような、貴重な鉱石が地面に露出したりしている。
またその影響か、他の森とは明らかに違う植生をしており、薬草の産地としても知られている。」
これは興味深い情報だ。薬草の種類と調合の仕方を教えて貰えば、ポーションを調合して作ったということにして売りさばけるかもしれん。
そんなことを考えている間も、ウォルターはとんでもない勢いで走り続けている。今更だが、こんなスピードで走ったら風圧がすごいはずなのに?と疑問に思っていると、またも神眼さん登場。
「ウォルターが風魔法でシールドを展開しています。これにより風圧を直接受けることなく済んでいます。」
ウォルターのおかげだったか。
「ウォルター、風魔法でシールドを展開してくれているようだが、魔力は大丈夫か?」
と尋ねると、
「ご心配には及びません。この状態で一日中走っても大丈夫ですよ。」
と答えが返ってきた。頼りになるなぁ。
ピロン
突然頭の中で効果音が鳴り響く。
収納を意識すると「SMG」「SG」「AR」のフォルダーが点滅していた。カイルさんが武器を送ってくれたのだろう。これは村に着いてから確認しよう。
草原に入ってから20分ほどで物見櫓のような物が見えてきた。櫓の下には柵も見える。大型の動物や魔獣を警戒して見張っているのだろう。
「ウォルター、スピードを落として普通に歩いて。」
ウォルターに指示を出す。スピードを落とし、馬でいう常歩(なみあし)でゆったりと歩かせる。
「ピュイィィィィィィィィィィィィィィィィ!」
突然甲高い音が鳴り響いた。物見櫓の見張りが嚆矢(こうし)を放ったのだろう。俺たちの姿を認めたか。
ビクリと体を震わせたウォルターが慌てた様子で話しかけてくる。
「主!今のは鳥や獣、魔獣の声ではありません!もしや危険なのでは⁈」
「ウォルター、このままあのポツンとある背の高い物の方へ歩いて近づいてくれ。大丈夫だ、心配するな。」
ウォルターを宥めて物見櫓に向かわせる。
「おーーーーい!おーーーーーーい!」
と大声を上げながら櫓に向かって大きく手を振る。櫓まで500m程まで迫った所で大きな声が聞こえた。
「何者かーーー!そこで止まれーーー!」
「ウォルター、ここで止まってくれ。」
そう告げるとピタリと足を止め、地面に伏せた。俺はウォルターから降りると横に立った。収納からリュックを出して、さもたった今肩から降ろしたかのように見せながら足元に置く。
櫓から1人転げ落ちるような勢いで梯子を下りてくる。
櫓の上では1人が弓を引き絞りこちらに狙いをつけ、もう1人はいつでも引けるように矢を番えて待機している。この距離で当てる自信があるのか。優秀な弓師だな。
櫓から下りてきた人物は柵を乗り越えると勢いよく走ってくる。が、やはりいつでも矢を射れるように弓を手にしている。
あら、ポルカ村の人たち、めっちゃ有能?いや、有能な人が見張りに選ばれてる?いずれにせよ、かなりの腕前なのは間違いないだろう。
見張りはそのまま10m程まで近づいてきた。いや、せっかく弓を持ってるんだから、もう少し距離を取ろうよ。
「お主、何者か?一体どうやってこの村まで来た?お主が乗ってきたのはもしや魔獣ではないのか?」
キツい口調ながらもこちらを下に見るような感じではない。俺たちが向こう岸からやってきたのが信じられないという口ぶりだ。
「私は猟師です。行方不明の父を探しながら上流側からやってきました。物見櫓があるという事は、ここには町か村があるのでしょうか?できれば一晩厄介になりたいのですが。」
俺は落ち着いて話しかける。
「上流側から来ただと?ありえん話だ。上流側の森へは、我がポルカ村を通らなければ行く事は叶わぬ。
川イルカを使って川を遡ろうにも、ここから上流は流れが急で不可能だ。もう一度聞く。お主は何処からどうやってここへ来た?」
ふむ、このポルカ村が辺境、フロントラインという事か。
「私は物心ついた時から父と2人で森で暮らしていました。
いえ、このウォルターと3人で、ですね。
父は狩りの最中にまだ小さかったウォルターを森で見つけ、育ててきたと言っていました。ウォルターは私にとって兄弟のようなもので、物心ついた頃からずっと一緒に育ってきました。
母は私を産んですぐに死んだと聞かされました。顔も覚えていません。
ずっと3人で暮らしていたのですが、父が狩りの最中に足を滑らせて川へ落ち、そのまま帰ってきませんでした。父の姿を探しながら、川下へと山を下ってここまでやって来ました。
街や村に降りる事があったら使う物だ、と父に教えられていた銅貨と銀貨という物を持って来ました。もしかしたら命を永らえた父が流れ着いてお世話になっているかもしれません。どうか村に入らせてください。」
深々と頭を下げる。あ、もう1人きた。50m程離れた所から狙ってる。良い連携だな。
「お前の話、すぐに信じてやる事はできぬ。上流側の森は雷神様の森だ。雷神様がお認めになった者以外は森に入る事は許されぬ。
もし許しなく森に立ち入り森の恵みを手にすれば、神罰が下り稲妻に焼かれると言われている。そんな森で育ったなど、到底信じられぬ。」
雷神?稲妻?あれ、これ、もしかしたら上手いこと言いくるめられるかも。
「もしかすると父は雷神様のお許しを得た狩人だったのかもしれません。
その証拠に、稲妻を操って狩りをしていました。これが父の形見の狩りの道具です。川に落ちる寸前に私に投げてよこしました。
使い方は父が生前に教えてもらっています。」
そう言いながらレミントンM870MCSブリーチャーを見せる。
ショートバレルのショットガンをぶっ放せば、とんでもない大きな音と派手なマズルフラッシュ(発火炎)が出るはずだ。銃を見たことのないこの世界の人間なら誤魔化せるはずだ。
「見たこともない道具だ。魔道具か?これで稲妻を放てると?」
男が聞いてくる。あ、馬が三頭も走ってきた。結構な長さの槍を持ってるな。ちと厄介だ。
「主、どうしますか?こいつらを蹴散らして村を一気に突っ切りますか?」
ウォルターから念話が来た。
「ダメだよウォルター。これからは人間と仲良くしないと。俺だって人間なんだし、人間の仲間だって欲しいからさ。」
「私は主さえ一緒にいてくれればそれで良いのですが」
泣かせるじゃねえか。
「ありがとうウォルター。でも、今朝も言っただろ?人間は獲ってから時間を置いた肉しか食べられない。
それに、肉以外にも色々な物を食べないと生きて行けないんだ。沢山の人と仲間になって、獲った獲物をあげる代わりに俺が欲しい物をもらったりする必要があるんだよ。」
「主と共に生きられるのなら、生きる場所は気にしません。」
「俺もだよウォルター。もう少しこの人間達と話をするからね。」
ウォルターと話している間に馬に乗った槍持ちが一人近づいてきて、俺と話をしていた見張りと話を始めた。残る2人はゆっくりと森側へ馬を回す。こちらの逃げ道を塞ぐつもりだろう。逃げる気なんか無いのに。
10
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!
霜月雹花
ファンタジー
神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。
神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。
書籍8巻11月24日発売します。
漫画版2巻まで発売中。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~
甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって?
そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。
「元」面倒くさがりの異世界無双
空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。
「カイ=マールス」と。
よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる