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第14章 正体とその愛を知る
6 月桂樹の木と化した
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信じがたい言葉の響きに顔を上げて振り返る。
嘘だっと叫んだ。
「嘘をつくなっ!!」
「嘘じゃない」
「へベは死んだんだっ!! これ以上オレたちを弄ぶなっ!!」
あの日――アポロンに呼び出されて、その執務室で抱かれていたあの時刻。
ヘラクレスを日頃から妬むエウリュステウスに騙され、呼び出され、媚薬をもられ、辱められ、それでも死に物狂いで逃げ出したへベは、身を守るために小川の傍らで樹木化の術を発動したのだ。
樹木化した木の精霊族は木の中で永遠に眠り、元には戻らない。
「エウリュステウスはへベをいたぶり、逃げるへベをウサギ狩りでもするかのように陰湿に追いつめ、へベは確かに、河の神の力を借りて駆けつけたヘラクレスの手も間に合わず、自らの名誉と命を守るためにも月桂樹の木と化した」
「ほら、みろっ、死んでるじゃないかっ!!」
「そうだ。ヘラクレスが冥府でハデスにへベの蘇りの術を真っ先に願い出た時、ハデスが難を示したのはそこだ。木と同化した木の精霊族の魂は元には戻せない」
「やっぱり…そう…じゃないか…っ…」
今さら突きつけないでくれと怒りとともに悲しみが増す。
どんなに怖かっただろうかと。
何度も思い浮かべては泣いた。
死を自ら選ぶほどの苦痛だったのだ。
守ってやれなかった。
どれほど後悔の念にさいなまれたか。
エウリュステウスを許せるはずがない。
ヘラクレスは自分の代わりに殺したのだ。
「純粋な木の精霊族だったらな…たとえ冥府の王の力を持ってしても無理だっただろう。それが分かれ目となった」
(えっ…)
どういう意味だと顔を上げて相手の顔を凝視した。
青灰色の時と同じように真摯に見つめる、水色の瞳がそこにあった。
「へベは捨て子だったな?」
「そ、そうだ…けど…」
河の神である父親がある日拾ってきたのだ。
赤子が流されてきたと。
それからは仲のよい兄弟のように共に過ごし、年頃になってアルファの自分とオメガのへベでお似合いじゃないかと父親に勧められて、互いに好意を抱いていたから婚姻した。
「へベは半分オリュンポス神族の血を引いていた」
「う、うそだ…」
「嘘じゃない。つい最近だ、君が眠りについている時に判明した。へベはヘラの子だった」
「!!」
それこそ嘘だと、震える唇から漏れ出た。
半分が神族で半分が精霊族であったとしても、盲目的にゼウスを愛するヘラの子であるはずがない。
「ハデスに問い詰められて、ヘラの雲の門の番人の一人エウノミアがへベの母親であることを認めた。オメガの発情期に、通りかかったガンマ族であるヘラに情けをもらい、子を身籠もったが、ゼウスの怒りが怖くて河に流したと」
「そ、そんな…」
「ヘラもまたエウノミアの涙の告白と自分と同じ百合の花に似たアザがへベの背中にあったことをハデスから告げられると、自らの子として素直に認めた」
「ヘラが…」
「そうだ。ヘラクレス憎しでオリュンポスの勝利よりも私怨に走った、あのヘラが…だ」
「ほんと…なのか…」
本当にへベが生きているのかと目で問いかけると、わずかに首を縦に振られた。
嘘だっと叫んだ。
「嘘をつくなっ!!」
「嘘じゃない」
「へベは死んだんだっ!! これ以上オレたちを弄ぶなっ!!」
あの日――アポロンに呼び出されて、その執務室で抱かれていたあの時刻。
ヘラクレスを日頃から妬むエウリュステウスに騙され、呼び出され、媚薬をもられ、辱められ、それでも死に物狂いで逃げ出したへベは、身を守るために小川の傍らで樹木化の術を発動したのだ。
樹木化した木の精霊族は木の中で永遠に眠り、元には戻らない。
「エウリュステウスはへベをいたぶり、逃げるへベをウサギ狩りでもするかのように陰湿に追いつめ、へベは確かに、河の神の力を借りて駆けつけたヘラクレスの手も間に合わず、自らの名誉と命を守るためにも月桂樹の木と化した」
「ほら、みろっ、死んでるじゃないかっ!!」
「そうだ。ヘラクレスが冥府でハデスにへベの蘇りの術を真っ先に願い出た時、ハデスが難を示したのはそこだ。木と同化した木の精霊族の魂は元には戻せない」
「やっぱり…そう…じゃないか…っ…」
今さら突きつけないでくれと怒りとともに悲しみが増す。
どんなに怖かっただろうかと。
何度も思い浮かべては泣いた。
死を自ら選ぶほどの苦痛だったのだ。
守ってやれなかった。
どれほど後悔の念にさいなまれたか。
エウリュステウスを許せるはずがない。
ヘラクレスは自分の代わりに殺したのだ。
「純粋な木の精霊族だったらな…たとえ冥府の王の力を持ってしても無理だっただろう。それが分かれ目となった」
(えっ…)
どういう意味だと顔を上げて相手の顔を凝視した。
青灰色の時と同じように真摯に見つめる、水色の瞳がそこにあった。
「へベは捨て子だったな?」
「そ、そうだ…けど…」
河の神である父親がある日拾ってきたのだ。
赤子が流されてきたと。
それからは仲のよい兄弟のように共に過ごし、年頃になってアルファの自分とオメガのへベでお似合いじゃないかと父親に勧められて、互いに好意を抱いていたから婚姻した。
「へベは半分オリュンポス神族の血を引いていた」
「う、うそだ…」
「嘘じゃない。つい最近だ、君が眠りについている時に判明した。へベはヘラの子だった」
「!!」
それこそ嘘だと、震える唇から漏れ出た。
半分が神族で半分が精霊族であったとしても、盲目的にゼウスを愛するヘラの子であるはずがない。
「ハデスに問い詰められて、ヘラの雲の門の番人の一人エウノミアがへベの母親であることを認めた。オメガの発情期に、通りかかったガンマ族であるヘラに情けをもらい、子を身籠もったが、ゼウスの怒りが怖くて河に流したと」
「そ、そんな…」
「ヘラもまたエウノミアの涙の告白と自分と同じ百合の花に似たアザがへベの背中にあったことをハデスから告げられると、自らの子として素直に認めた」
「ヘラが…」
「そうだ。ヘラクレス憎しでオリュンポスの勝利よりも私怨に走った、あのヘラが…だ」
「ほんと…なのか…」
本当にへベが生きているのかと目で問いかけると、わずかに首を縦に振られた。
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