ぽち

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〈六〉

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 前かがみになって(なぜか高橋さんも前屈みにつきあってくれた)商店街を早足で通り抜けマンションにたどり着いた。たいした距離でもないのにふたりともぜえぜえはあはあ息を切らしている。
 学生時代からお住まいだというマンションの居室は古いけれども落ち着いている。広めのダイニングルームというかリビングルームに二人がけのソファ、そして壁一面の本棚に目が奪われる。しかし、今の私に高橋さんの蔵書チェックをしているゆとりなどないのであった。

「何が、ありました?」

 ダウンジャケットをコート掛けに預けてからソファに隣り合って座り、高橋さんは私の手を取った。
 いいづらい。ものすごくいいづらい。

「あの、その、ええっと、替えの下着を忘れてきちゃったです……」
「どこに」
「自宅に……」

 高橋さんは瞬き二回分フリーズし、

「よかった。盗まれたりとか、事件に巻き込まれたりとか、そういうのでなくてほんとに、よかった……」

 ソファの背もたれにぐったりと体を預けた。正直、そんなに心配してもらえるとは思っていなかったので驚いたというか、戸惑う。

「すみません、ご心配をおかけして……。上着ダウンジャケットですし、ちゃんと前とめれば見えないというか……」
「これから電車に乗ってあの乗客数日本一のターミナルを経由して私鉄に乗り換えてまた乗り換えて、とにかくたくさん電車に乗るんですよね」
「ええ、まあ」
「あの乳首ぽちのまま」
「や、上着ちゃんと着れば見えませんし、見た目がこんななんで、めったに痴漢にも遭いませんし――」
「俺、厭なんです」

 ちゃんと下着つけてない女が。
 そりゃそうだ、普通そうだ。

「たとえ気づかなくても、俺以外の誰かがぽちしてる鈴芽さんといっしょにいるっていうのが耐えられない」
「あの、ずっと乳首勃起したままじゃないと思いますし――」
「ぼっ――」

 高橋さんは真っ赤になり、背もたれから体を起こしたがそのまま前に上体を倒し膝に片肘をつき背中を丸めた。ロダンの超有名な彫刻「考える人」みたいなポーズだ。

「分かりました。――では、対策を練りましょう」

 大好きなとても知的な表情でうっかりするとうっとりしてしまうが議題はぽっちり透け乳首対策だ。

「ええっと、――出るときからその、ノーブラだったわけではありませんよね」
「それはもう。ただ、荷物を減らしたくてスポーツブラというか、ジム用の下着を着て出ました」
「なるほど」
「汗をかいたのでそのまま着るのは抵抗があって……迷ったんですけど……」
「じゃあ、洗濯しましょう。都合のいいことにうちには洗濯機があります」
「ええっと?」
「すぐ乾かない、それは確かなんですが俺にもうひとつ提案があります。だからまず洗濯しちゃいましょう」

 押し切られ、ジム用の下着だけでなく、タオルやウェアも洗濯することになった。
 というか今、ごんごんまわっている。
 そしてテーブルの上に、レトロな和調デザインのロゴがプリントされたビニール袋が載っている。

さらし……?」
「ええ、晒です」

 聞けばキッチンで出汁をしたり、皿を拭いたりするのに高橋さんは晒を使うという。
 なんか、古風だ。

「丈夫だし安いし、使い勝手がいいんですよ。カットしてけっこう使いましたが、もともと十メートル入りなのでまだそこそこ残っていると思うんです」
「なるほど」
「この晒を巻けばその、ブラジャー代わりになると考えました」
「お祭りで晒を巻いている女の人、見たことあります。かっこいいですよね」
「そうです、あれです。――じゃあ、後ろ向いて上半身だけでいいんで、脱いでください」
「はい?」

 高橋さんが「当然俺がやりますが」みたいな顔で袋から取り出した晒を手にしている。
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