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第壱・伍部
ep20 Over the Hybrid Rainbow
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9年前ーーーー
閑静な住宅街にブレーキ音と大きな衝突音が響き渡った。
「え・・・うそ・・・嘘だ・・・!!!玲・・・玲!!!あああ・・・ああああああ・・・・・!!!」
しばらくして悲鳴と慟哭が上がり、群がる野次馬の中に、2人の姉弟の姿があった。
現在・斑鳩シンリョウジョ・昼休憩中
突き刺すような太陽光、ゆらめくアスファルト、涼しくもない風に気怠くなる休日の午後ーーーそんなある日の光景を思い出しながら、いかるはどこを見ることもなく魂が抜けたように空中を眺めていた。
「またこの季節か・・・」
未だに鈍痛のように体にこびりついている衝突音、事故の音、
群がる野次馬たちの言葉が輪郭がぼやけながらもまだ残っている。
「ーーーさん、いかるさん!」
誰かに呼ばれ、いかるの心はあの日から現在へ引き戻された。
「・・・あぁ、大和くんか」
「大丈夫ですか?心ここにあらずでしたけど」
「・・・・・もう夏が来るからな」
「最近暑すぎますもんねー」
「・・・・暑いのは苦手か?」
「前はサマソニとか行ったりして好きだったんですけど、最近暑すぎて」
「・・・・・私もだ」
二人の間にしばしの静寂が訪れた。ふぅっといかるが一息吐くと
「前に私に過去に何かあったか聞いたことがあったな?」
と聞いた。
「えっ、あーそういえば聞いたような・・・」
「自分で聞いといて忘れるな」
「あは、すいません」
「大和くん、キミ今いくつだ?」
「えと、19です」
「・・・・・私には弟がいてね」
「え?!いかるさん兄弟いたんですか?!」
大和は彼女のことをてっきり一人っ子だと思っていた。
「年が離れててね、生きていれば今頃キミくらいの年齢だ」
「えっ・・・あ・・・」
大和は言葉を失った。
今まで暗い気配を感じなかったといえば嘘になるが、そんな事情があるとは思ってもみなかった。
あの火の症状の橘姉弟への思い入れが強かった理由がわかった気がした。
「気を悪くしなくていい。今まで話してなかったしな・・・話したくなったんだ・・・」
急速に、いかるの心は再びあの日へ遡る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「玲、今日分の宿題やった?」
「まだー」
「宿題やってからゲームやるって決めたよね?」
「このボス倒したらやる・・・あークッソ」
「はぁ・・・あんたさぁ・・・そーやって毎回宿題終わらせてないじゃん」
「うるさいなー姉ちゃんやったのかよ」
「あたりまえでしょ」
「じゃあいいじゃん。オレ今ゲームで忙イッテ!!!!あーー!!死んだ!なんで今殴んの?!もう少しで倒せたんだけど!」
「レイ!いい加減にしないとあんたを人体の不思議展に送るよ!」
「ふっざけんなよ!」
「おいどこ行くんだよ!」
「外で頭冷やしてくんの!送れるもんなら送ってみろよバカ姉貴!」
「んだとコラァ!あ!まておい・・・
ま、外暑いししばらくしたら戻ってくるか」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いかるは思い出話を誰かに聞いて欲しい気持ちになっていた。
「弟と喧嘩した時はいつも・・・年の離れた弟だ、私の方が力が強い。私が一発殴って『いい加減にしないと人体の神秘展に送るよ』って言えば大人しくなったんだ」
「うわぁ」
「親が共働きでな・・・夏休みの間、私が弟の面倒をみていたんだ。つってもだいたい毎日喧嘩してたけどな
あの日・・・弟をいつものように叱ったんだ、これで大人しくなると思った。
けど・・・弟にも蓄積があったんだろうな。あいつは逃げ出して・・・しばらく帰ってこなかった」
いかるの声が震えていた。
「私は逃げ出した弟を探しにいった。
近くでブレーキ音と重たい音がした・・・嫌な予感がしたーーーー
私は音のした方へ走った・・・けど・・・私が見た時にはっ・・・もうっ・・・」
「じゃ、じゃあ・・・その・・・えと・・・運転してた奴は」
「バイクを運転していたやつもそのまま柱に突っ込んで死んでいた」
「そんな・・・・」
「結局叱る時の言葉が弟にかけた最期の言葉になった・・・私がもっと・・・ちゃんと・・・・
だから夏になると毎年苦しいんだ」
目に涙を浮かべる今まで見たこともなかった彼女の姿に、大和はどういう言葉をかけたらいいのかわからなかった。
「すまないな・・・で、なんかさっき呼びかけてたな?」
「あ、えと、そろそろ午後の診察時間です」
「あぁ、そうか、そうだな」
午後の診察が始まったーーーー
梁村聖人、並行世界へ行く能力がある。と言っても自分の体はそのまま意識を並行世界の自分と交換することで移動している。
いかるに処置を施されたことで向こう側の自分と意思の疎通が可能になり、自分の意思で並行世界へ出かけていた。
並行世界なので幾つもの“向こう側”があるわけだが、数多いる“自分”の中でなるべく意思の疎通が取れる世界へ行くことにしている。
意思の疎通が取れれば取れるほど並行世界は元の世界と近いということになる。
“向こう側”からすればもう一人の自分から着信が入るような感覚だったり幻聴が聞こえる感覚だったりするようだ。
「そういえば高校が同じ場所にあるってことは・・・」
並行世界へ再び訪れた聖人はあの現代に似つかわしくない大正時代の洋館の建物を探していた。あんな建物はどこの並行世界で立っていても違和感があるかもしれない。あまりに離れすぎていると馴染んでいるのかもしれないが。
「多分この辺だよなー・・・」
しかしそんな建物がある気配もなく、斑鳩シンリョウジョがあるはずの場所にはなんの変哲もない普通のメンタルクリニックがあった。
「んー違うかー・・・ここじゃないのかなー」
聖人があまりにも元の世界と比べ味気のない建物を見回していると、クリニックのドアが開いて中から青年が姿を現した。
「あのー・・・ここに用かな?」
同い年というよりは少し歳が上のようだ。
「あ、えと、ここら辺に洋館みたいな建物ありませんでしたっけ?」
「洋館・・・?さぁ・・・見たことないなーなんて人の家?」
「えーっとぉ家っていうか斑鳩っていう女の人がやってるシンリョウジョっていう」
「・・・君いまなんて?」
「え、斑鳩シンリョウジョ・・・」
斑鳩という苗字を聞いた青年は、怪訝な目つきになって聖人を見つめて言った。
「・・・僕が斑鳩だけど」
9年前ーーーー
閑静な住宅街にブレーキ音と大きな衝突音が響き渡った。
「え・・・うそ・・・嘘だ・・・!!!姉ちゃん・・・姉ちゃん!!!あああ・・・ああああああ・・・・・!!!」
しばらくして悲鳴と慟哭が上がり、群がる野次馬の中に、2人の姉弟の姿があった。
現在
「じゃあ梁村君は別の世界から来たの?」
「は、はい」
「その・・・向こうの世界の僕の能力とやらで?[#「向こうの世界の僕の能力とやらで?」に傍点]」
「・・・・たぶん」
斑鳩と名乗る青年と梁村は近くの喫茶店にいた。
向こう、というか元の世界で会った先生[#「先生」に傍点]は女だったがこっちの世界だと男になっている。
それを言おうとしたが聖人はなんとなく言い出せない空気に飲み込まれていた。
「ふぅーん・・・いやね、最近闇バイトとか物騒でしょ?だから詳しく話を聞こうとしたんだけどさァ・・・」
正面にいる青年のイラつきが机を伝わってくる。
「つくならもうちょっとマシな嘘つこうぜェ?!僕は今課題で忙しい中クリニックでバイトしてるってーのにさぁ!!ったくこれだから最近のガキは楽して稼ごうとしやがる」
「え?バイト?医者じゃないの??」
「19歳で医者になれるやつなんか飛び級か詐欺師しかいないだろ」
「19歳・・・?」
「で?誰の指示でうちを探してたの」
「いやだから俺闇バイトじゃないっすって!」
「闇バイトじゃ無いのとパラレルワールドから来たのとどっちが信じられるかなぁ?」
「なんでその2択しかないんすか!いやパラレルワールドはマジっすから!」
「はぁ・・・やっぱ自分精神科向いてないなー・・・こんな妄想付き合いきれないや自信無くなってきたな・・・いや、もしかして君はあれか?正気のときにクリニックまで来て僕と会うちょっと前に変になってしまったのか?だったら数々の暴言を謝罪するよ。
君は今から私の患者だ、練習台になってもらう」
「えぇ・・・」
「そうと決まれば話を聞きましょうか。で?どうやってこの世界に来るんですか?」
まるで尋問の雰囲気だ、とは言え形はどうあれ話を聞いてくれるなら情報で信じてもらうしかない。
「俺もよくわかんないんですけど向こうでは能力の病気があって、それにかかると電撃攻撃が出来たり時を止めたりすることができるみたいで」
「ふむふむ、その能力の病気・・・能力病と言いましょうかわかりやすく、その能力病は電撃や時間停止などの能力が発現する。そしてそれにかかった君は並行世界を行き来できる様になり・・・そしてここへ来た」
「そうです」
「なかなか面白い世界観ですね。それで小説を書いてみてはどうでしょう?」
「マジなんですって!」
「おっとそうだった、あくまで患者に寄り添わなくちゃあな。じゃあここと並行世界の違いを教えてくれる?」
この人が精神科にいたら毎日患者と喧嘩が絶えないだろうなと聖人は思った。
「えーと・・・まず最寄駅の名前が違います」
「へぇ?」
「こっちでは・・・えーっとなんだったっけ・・・かみ・・・かみ・・・」
「上石神井だね」
「それ!こっちの上石神井駅が俺のとこでは夕柳ヶ丘になってて・・・で、あと元号も違って」
「面白いねェ~令和じゃないんだ。どんな元号?」
「䋝和」
「なに?え?えいわ??」
「こんな字」
「あんま見ない字だなァ・・・令和から逆算してそれっぽくつけたって感じする・・・けど面白いですね!」
なんとかコケにせずに回避出来たぞというような彼の満足顔に腹が立つがとりあえず知ってることを話さないといけないという使命感で聖人は耐えた。
「あと・・・・その・・・先生俺の世界だと女でした」
指を指された青年は心底うんざりと表情を歪めた。
「君さぁ、今思いついたこと片っ端から適当に喋ってるだろ?」
「言おうとしたら先生が闇バイト呼ばわりし始めるから・・・なんで精神科目指してるんすか」
「あと僕先生じゃねぇし!」
ふと、張り詰めていた彼の雰囲気が少し和らいだ。
「・・・・昔ある人を目の前で亡くしてね。そういう人の助けになって・・・自分の傷を癒したいだけなのかもな・・・・ま、こんなことは君には関係ない
けど、君の世界の僕が女だってのは笑いそうになったね。僕の名前は男女どっちでもいける名前だし」
「え、いかるって名前結構珍しくね・・・ないですか?」
「・・・なんだって?」
「あ・・・いや、その、珍しくないかなって」
「違うその前だ、今なんて名前言った?」
「え?いかる・・・さんです・・・よね?」
「・・・僕の名前は玲だ。そしてそのいかるという名前は9年前に死んだ姉の名前だ」
「え?!」
「なんでお前が死んだ姉さんの名前を・・・・いや・・・おおかた9年前の記事でも指示役に見せられたんだろ・・・」
「そんなわけないじゃないですか!そもそもお兄さんの名前今知ったんすよ?!」
「・・・・・あーあもう休憩時間終わっちゃうじゃないか
ま、君が犯罪者だろうとただ単に頭がおかしかろうと怪しいことに変わりはない。後者であることを祈るし気が向いたら通報しとくぜ」
「いい加減にしてくださいよ!!!」
「おっと」
聖人は思わず店内中に叫んでしまった。
「さっきから黙って聞いてたら犯罪者とか頭がおかしいとか・・・お前の姉ちゃんはもっと優しかったぞ!ってか、お前の姉ちゃんの力でこっちの世界と行き来できるようになったんだからな!!!」
「姉さんは死んだ!!!もういない!!!!!」玲は思わず聖人の胸ぐらを机越しに掴んだ。「どこの誰ともしらねぇガキが人の記憶土足で踏んづけてくんじゃねぇよ、目の前で家族を失った事あんのか!?なぁ!?!?!?」
聖人の怒りを遥かに上回る玲の怒号が、店内に静寂をもたらした。
「え・・・あ・・・ご・・・ごめんな・・・・さ・・・・」
聖人は気を緩めたら失禁してしまいそうだった。
「・・・・・姉さんは死んだ。俺が殺したんだ」
玲は無意識に握りしめていた右の拳をゆっくりとほどいていき、同時に殴る寸前だったことを自覚した。
「殺した・・・って・・・」
「・・・・よくある事故さ・・・僕が無警戒で道路に飛び出してね・・・危うくバイクに轢かれるとこだったのを姉ちゃんが・・・・俺を突き放したと同時に・・・」
「お・・・オレ・・・そんなこと・・・知らなくて・・・ごめん・・・なさい」
「・・・・・そろそろ午後からの仕事だ。君も帰りたまえ」
「はい・・・」
「もしまた僕を訪ねてくるなら」玲は涙を浮かべながら真っ直ぐな眼差しを聖人に向けていた。「姉さんの僕との思い出話を聞かせてくれ」
「じ、じゃあ・・・信じてくれるんですね・・・!」
「姉さんが生きている世界を信じたい・・・それだけだよ」
玲は二人分の会計をして喫茶店を出て行った。
夕凪高校ーーー
生徒たちはすっかり半袖になり、長い休みがもうすぐそこに迫っていた。
「へー・・・哲ちゃんそんなことに巻き込まれてたんだ」
「あの時以来特に何もないけど」
止まった時を感知出来る小野田哲春と並行世界を行き来出来るようになった梁村聖人は互いが能力を持ったもの同士という接点が出来てから、以前よりもつるむ事が増えた。
「こういう能力の人結構いんのかな」
「わかんね。時間停止マン(故・立里アズマの事)に渡された海外のお土産(洛丸のこと)食べたら俺どーなっちゃうんだろ」
「今の哲ちゃんが食べたらそれこそ好き放題時間止めれんじゃね」
「あんまいい気分しないけどな」
「・・・てかあれからまた向こうの世界行ったんだけど」
「マジ?!よく行けんな・・・怖くない?」
「戻り方わかっからな!こっちと違うとこ気になってたし」
「まぁ・・・」
「でさ、やっぱあの変な館もあるのか気になって探したんだけど」
「先生いた?」
「・・・なくてさ」
「え?なかったの?」
「うん、普通の建物だった。メンタルクリニックだった」
「へぇ、斑鳩先生もいなかったの?」
「それが・・・あの先生の弟って人がそこでバイトしてて」
「へー弟いたんだ。じゃあ先生はいなかったんだ」
「9年前に亡くなってたみたい」
「え・・・まじ?」
午後の授業を知らせるチャイムが鳴った。
斑鳩シンリョウジョ
陽が傾き、診察の終了時間が近づいてきた。本日の診察も残すところ一人、梁村聖人だ。
「梁村くんどうぞー」
大和に呼ばれ、彼が入ってきた。
「おや」
聖人の後に哲春も入ってきた。
「君も再診していくか?」
「いや、俺は付き添いっす」
「付き添い?」
「さっき聖くんと向こうの世界に行った時の話をしてたんですけど・・・」
「・・・あれからまた行ったのか?」
「えっと・・・2回くらい・・・まずかった・・・っすかね」
「あまりやたらと行くな。記憶が定かじゃなくなっていくぞ」
「すいません」
「まあいい、向こうに行って何をしていた?」
「えと・・・この館を探してみたんですけど」
「向こうの私と会ったか。どうだった?」
「それが・・・館はなくて・・・」
聖人は何やら言い淀んでいる。
「どうした?」
「その・・・先生・・・あっちだと死んじゃってて・・・」
「・・・・・ほう」
「けど、先生の弟って人がいて」
「!待て」
別次元の自分の死にそれほど心を乱されなかったいかるだったが、弟と聞いた瞬間思わず聖人に顔を近づけた。
「名前は・・・なんだ・・・?レイ・・・じゃ・・・なかったか・・・?」
「・・・・・・はい。それで・・・9年前に・・・その・・・」
「・・・向こうの世界では私がバイクに轢かれて・・・死んでいたんだな?」
「・・・・・・みたいです」
「そうか・・・」
いかるは、弟を失った日の事を思い浮かべていた。
「せめて犯人が生きていればまだ自分のせいにしなくて済んだ
けどやっぱり目を離した私のせいだ
そして誰のせいにしても弟は帰って来ない
そんな思いがずっとあった
そうか・・・生きていたか・・・向こうの世界では・・・」
いかるの声の震えが増していた。
「玲はなんか・・・言っていたか?」
「姉さんが死んだのは俺のせいだ・・・って」
「そんなことない!!!
私がっ・・・私があいつを叱ったからっ・・・」
いかるの目から大粒の涙が落ち、床で跳ねた。
「それと・・・2人での思い出話を聞かせてほしいって・・・」
「聞かせる・・・?」いかるはなんとか整えながら顔を上げた。
「また俺が向こうに行かなくちゃいけないんですけど」
「・・・私の話を記憶して向こうまで持っていけるか?」
「そんな長くなければ・・・」
「君の記憶力をあてにしていないわけじゃないが・・・不安だな」
人に対して割と無神経なのはあの弟にしてこの姉ありといった感じだ。
「玲と・・・話ができれば・・・」
泣きそうになりながら歯を食いしばるいかるを見て、大和が口を開いた。
「・・・・いかるさんが梁村くんの意識に入れば行けるんじゃないですか?」
「えっ!?入る?!」
突拍子もない閃きに思えるが、日頃のいかるの処置を見れば出来ないことはないように思える。しかし当のいかるは困惑していた。
「この前言ってたじゃないですか。梁村くんの脳を見てる時に無数のパネルが出てきてるって
だから梁村くんが扉を開けていれば映像として向こうの世界が見えるんじゃないですか?」
「それはそうかもしれないが・・・梁村くんが意識を保っていられるのかどうか・・・」
「先生、俺・・・先生の弟にすごい怒られたんです。目の前で家族失ったことあるのかって。だから・・・せめてもの俺なりの気持ちっていうか・・・」
「う、うん・・・でも・・・いざとなったら梁村君の人格を・・・少し壊してしまうかもしれない」
「善は急げです・・・やりましょう」
「・・・・・・すまない。あまり時間はかけないようにする」
いかるは聖人の頭に指を突き立てたまま意識を集中させた。
向こうの世界・クリニック前
斑鳩玲の前に意識が非常に朦朧としている梁村聖人が現れた。
「・・・・お前やっぱ通報するわ」
「まぁ・・・ってぇ・・・マァ・・・」
「今度はなんだ?ゾンビが流行ってる世界から来たのか?」
「待ってください!」
「急にまともになるな!」
「今お姉さん連れてきてる!」
「どこに」
「えと・・・なんか・・・魂・・・的な?」
「はぁ・・・信じたくなった僕が馬鹿だったよ。もう君に用はない」
「待てよ!しょうがないだろ意識しか飛ばせないんだから!」
「じゃあなんだ?君が姉さんの言葉を伝えるのか?」
「今からそれをするから!」
「僕はイタコなんてのは信じちゃいない。適当にそれっぽいこと言うんだろ?」
「”玲、いい加減にしないとあんたを人体の不思議展に送るよ”」
「えっ・・・」
梁村を通していかるが言った言葉は、玲にとって怖くも懐かしい一言だった。
「ね・・・姉ちゃんが怒る時のセリフだ・・・嘘だ・・・そんな・・・」
玲の中で、封印していたいかるとの思い出が蘇ってきた。
「ごめんなさいっ・・・お姉ちゃん死なせちゃってっ・・・俺がっ・・・俺がっ・・・」
「”ううん、私の方こそっ・・・私がっ・・・私が叱ったからっ”」
「違うよ!俺が言う事を聞かなかったからっ」
「”あまりもう時間がないから今伝えたい事だけを伝えるから聞いて”」
「うんっ・・・」
「”背、大きくなったね、よかったね”」
「うんっ・・・・うんっ・・・」
「”お父さんとお母さんによろしく言っといてね。私もこっちでこれから言いに行くから”」
「うんっ・・・・・」
「”もし会えたら久しぶりに由比ヶ浜行こう”」
「う“ん”っ“・・・」
「“生きていてくれてありがとう”」
「ーーーーーーっ・・・・・」
玲は人目も憚らず泣いた。長いこと枯れていた涙と感情が湧いて、彼の心を優しく包んでいった。
「姉ちゃん!」
「”なに?“」
「彼氏できた?」
「”・・・・今度紹介する”」
「そっか、楽しみにしてる」
いかるの声を伝えていた聖人の意識が切れた。
「・・・・・・あれ?うわっ!えっ!?」
意識を取り戻した聖人が見たのは、目の前で号泣する年上の青年だった。
「えっ・・・ちょ、えっと誰か知らないですけど大丈夫ですか!?」
「あ・・・あぁ・・・あああぁぁぁぁあ」
「ええええぇ・・・・ちょ、お兄さん大丈夫?![#「!」は縦中横]こ、交番行く?!」
いかると聖人が向こうの世界から帰ってきた。いかるは数年分の涙を流した感覚だった。
「玲大きくなってた・・・よかった・・・梁村くんは大丈夫・・・?」
「・・・はい・・・なんとか」
「そっか・・・ありがとう梁村くん、大和くんも」
「い、いや僕はなにも」
「大和くんが策を講じてくれたおかげだ。それと小野田哲春くん」
「はっはい!」
「彼を、梁村くんを家まで送ってってくれ。今はまだ大丈夫だろうが相当脳に疲労が溜まっているはずだ。帰っている途中で気を失うかもしれない。タクシー代だ、持っていけ」
「わ、わかりました!」哲春は万札をゲットした。
夜ーーーいかるはひとり安らぎの中にいた。
この世界では死んでしまった弟が違う世界で生きていてくれた。それがなによりも嬉しかったし許しをもらえた気がした。
「奇跡って起こせるんだな・・・知らなかった」
いかるは実家へ行く準備を始めた。
「麗麗に会ったらあいつどんな顔するかな」
閑静な住宅街にブレーキ音と大きな衝突音が響き渡った。
「え・・・うそ・・・嘘だ・・・!!!玲・・・玲!!!あああ・・・ああああああ・・・・・!!!」
しばらくして悲鳴と慟哭が上がり、群がる野次馬の中に、2人の姉弟の姿があった。
現在・斑鳩シンリョウジョ・昼休憩中
突き刺すような太陽光、ゆらめくアスファルト、涼しくもない風に気怠くなる休日の午後ーーーそんなある日の光景を思い出しながら、いかるはどこを見ることもなく魂が抜けたように空中を眺めていた。
「またこの季節か・・・」
未だに鈍痛のように体にこびりついている衝突音、事故の音、
群がる野次馬たちの言葉が輪郭がぼやけながらもまだ残っている。
「ーーーさん、いかるさん!」
誰かに呼ばれ、いかるの心はあの日から現在へ引き戻された。
「・・・あぁ、大和くんか」
「大丈夫ですか?心ここにあらずでしたけど」
「・・・・・もう夏が来るからな」
「最近暑すぎますもんねー」
「・・・・暑いのは苦手か?」
「前はサマソニとか行ったりして好きだったんですけど、最近暑すぎて」
「・・・・・私もだ」
二人の間にしばしの静寂が訪れた。ふぅっといかるが一息吐くと
「前に私に過去に何かあったか聞いたことがあったな?」
と聞いた。
「えっ、あーそういえば聞いたような・・・」
「自分で聞いといて忘れるな」
「あは、すいません」
「大和くん、キミ今いくつだ?」
「えと、19です」
「・・・・・私には弟がいてね」
「え?!いかるさん兄弟いたんですか?!」
大和は彼女のことをてっきり一人っ子だと思っていた。
「年が離れててね、生きていれば今頃キミくらいの年齢だ」
「えっ・・・あ・・・」
大和は言葉を失った。
今まで暗い気配を感じなかったといえば嘘になるが、そんな事情があるとは思ってもみなかった。
あの火の症状の橘姉弟への思い入れが強かった理由がわかった気がした。
「気を悪くしなくていい。今まで話してなかったしな・・・話したくなったんだ・・・」
急速に、いかるの心は再びあの日へ遡る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「玲、今日分の宿題やった?」
「まだー」
「宿題やってからゲームやるって決めたよね?」
「このボス倒したらやる・・・あークッソ」
「はぁ・・・あんたさぁ・・・そーやって毎回宿題終わらせてないじゃん」
「うるさいなー姉ちゃんやったのかよ」
「あたりまえでしょ」
「じゃあいいじゃん。オレ今ゲームで忙イッテ!!!!あーー!!死んだ!なんで今殴んの?!もう少しで倒せたんだけど!」
「レイ!いい加減にしないとあんたを人体の不思議展に送るよ!」
「ふっざけんなよ!」
「おいどこ行くんだよ!」
「外で頭冷やしてくんの!送れるもんなら送ってみろよバカ姉貴!」
「んだとコラァ!あ!まておい・・・
ま、外暑いししばらくしたら戻ってくるか」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いかるは思い出話を誰かに聞いて欲しい気持ちになっていた。
「弟と喧嘩した時はいつも・・・年の離れた弟だ、私の方が力が強い。私が一発殴って『いい加減にしないと人体の神秘展に送るよ』って言えば大人しくなったんだ」
「うわぁ」
「親が共働きでな・・・夏休みの間、私が弟の面倒をみていたんだ。つってもだいたい毎日喧嘩してたけどな
あの日・・・弟をいつものように叱ったんだ、これで大人しくなると思った。
けど・・・弟にも蓄積があったんだろうな。あいつは逃げ出して・・・しばらく帰ってこなかった」
いかるの声が震えていた。
「私は逃げ出した弟を探しにいった。
近くでブレーキ音と重たい音がした・・・嫌な予感がしたーーーー
私は音のした方へ走った・・・けど・・・私が見た時にはっ・・・もうっ・・・」
「じゃ、じゃあ・・・その・・・えと・・・運転してた奴は」
「バイクを運転していたやつもそのまま柱に突っ込んで死んでいた」
「そんな・・・・」
「結局叱る時の言葉が弟にかけた最期の言葉になった・・・私がもっと・・・ちゃんと・・・・
だから夏になると毎年苦しいんだ」
目に涙を浮かべる今まで見たこともなかった彼女の姿に、大和はどういう言葉をかけたらいいのかわからなかった。
「すまないな・・・で、なんかさっき呼びかけてたな?」
「あ、えと、そろそろ午後の診察時間です」
「あぁ、そうか、そうだな」
午後の診察が始まったーーーー
梁村聖人、並行世界へ行く能力がある。と言っても自分の体はそのまま意識を並行世界の自分と交換することで移動している。
いかるに処置を施されたことで向こう側の自分と意思の疎通が可能になり、自分の意思で並行世界へ出かけていた。
並行世界なので幾つもの“向こう側”があるわけだが、数多いる“自分”の中でなるべく意思の疎通が取れる世界へ行くことにしている。
意思の疎通が取れれば取れるほど並行世界は元の世界と近いということになる。
“向こう側”からすればもう一人の自分から着信が入るような感覚だったり幻聴が聞こえる感覚だったりするようだ。
「そういえば高校が同じ場所にあるってことは・・・」
並行世界へ再び訪れた聖人はあの現代に似つかわしくない大正時代の洋館の建物を探していた。あんな建物はどこの並行世界で立っていても違和感があるかもしれない。あまりに離れすぎていると馴染んでいるのかもしれないが。
「多分この辺だよなー・・・」
しかしそんな建物がある気配もなく、斑鳩シンリョウジョがあるはずの場所にはなんの変哲もない普通のメンタルクリニックがあった。
「んー違うかー・・・ここじゃないのかなー」
聖人があまりにも元の世界と比べ味気のない建物を見回していると、クリニックのドアが開いて中から青年が姿を現した。
「あのー・・・ここに用かな?」
同い年というよりは少し歳が上のようだ。
「あ、えと、ここら辺に洋館みたいな建物ありませんでしたっけ?」
「洋館・・・?さぁ・・・見たことないなーなんて人の家?」
「えーっとぉ家っていうか斑鳩っていう女の人がやってるシンリョウジョっていう」
「・・・君いまなんて?」
「え、斑鳩シンリョウジョ・・・」
斑鳩という苗字を聞いた青年は、怪訝な目つきになって聖人を見つめて言った。
「・・・僕が斑鳩だけど」
9年前ーーーー
閑静な住宅街にブレーキ音と大きな衝突音が響き渡った。
「え・・・うそ・・・嘘だ・・・!!!姉ちゃん・・・姉ちゃん!!!あああ・・・ああああああ・・・・・!!!」
しばらくして悲鳴と慟哭が上がり、群がる野次馬の中に、2人の姉弟の姿があった。
現在
「じゃあ梁村君は別の世界から来たの?」
「は、はい」
「その・・・向こうの世界の僕の能力とやらで?[#「向こうの世界の僕の能力とやらで?」に傍点]」
「・・・・たぶん」
斑鳩と名乗る青年と梁村は近くの喫茶店にいた。
向こう、というか元の世界で会った先生[#「先生」に傍点]は女だったがこっちの世界だと男になっている。
それを言おうとしたが聖人はなんとなく言い出せない空気に飲み込まれていた。
「ふぅーん・・・いやね、最近闇バイトとか物騒でしょ?だから詳しく話を聞こうとしたんだけどさァ・・・」
正面にいる青年のイラつきが机を伝わってくる。
「つくならもうちょっとマシな嘘つこうぜェ?!僕は今課題で忙しい中クリニックでバイトしてるってーのにさぁ!!ったくこれだから最近のガキは楽して稼ごうとしやがる」
「え?バイト?医者じゃないの??」
「19歳で医者になれるやつなんか飛び級か詐欺師しかいないだろ」
「19歳・・・?」
「で?誰の指示でうちを探してたの」
「いやだから俺闇バイトじゃないっすって!」
「闇バイトじゃ無いのとパラレルワールドから来たのとどっちが信じられるかなぁ?」
「なんでその2択しかないんすか!いやパラレルワールドはマジっすから!」
「はぁ・・・やっぱ自分精神科向いてないなー・・・こんな妄想付き合いきれないや自信無くなってきたな・・・いや、もしかして君はあれか?正気のときにクリニックまで来て僕と会うちょっと前に変になってしまったのか?だったら数々の暴言を謝罪するよ。
君は今から私の患者だ、練習台になってもらう」
「えぇ・・・」
「そうと決まれば話を聞きましょうか。で?どうやってこの世界に来るんですか?」
まるで尋問の雰囲気だ、とは言え形はどうあれ話を聞いてくれるなら情報で信じてもらうしかない。
「俺もよくわかんないんですけど向こうでは能力の病気があって、それにかかると電撃攻撃が出来たり時を止めたりすることができるみたいで」
「ふむふむ、その能力の病気・・・能力病と言いましょうかわかりやすく、その能力病は電撃や時間停止などの能力が発現する。そしてそれにかかった君は並行世界を行き来できる様になり・・・そしてここへ来た」
「そうです」
「なかなか面白い世界観ですね。それで小説を書いてみてはどうでしょう?」
「マジなんですって!」
「おっとそうだった、あくまで患者に寄り添わなくちゃあな。じゃあここと並行世界の違いを教えてくれる?」
この人が精神科にいたら毎日患者と喧嘩が絶えないだろうなと聖人は思った。
「えーと・・・まず最寄駅の名前が違います」
「へぇ?」
「こっちでは・・・えーっとなんだったっけ・・・かみ・・・かみ・・・」
「上石神井だね」
「それ!こっちの上石神井駅が俺のとこでは夕柳ヶ丘になってて・・・で、あと元号も違って」
「面白いねェ~令和じゃないんだ。どんな元号?」
「䋝和」
「なに?え?えいわ??」
「こんな字」
「あんま見ない字だなァ・・・令和から逆算してそれっぽくつけたって感じする・・・けど面白いですね!」
なんとかコケにせずに回避出来たぞというような彼の満足顔に腹が立つがとりあえず知ってることを話さないといけないという使命感で聖人は耐えた。
「あと・・・・その・・・先生俺の世界だと女でした」
指を指された青年は心底うんざりと表情を歪めた。
「君さぁ、今思いついたこと片っ端から適当に喋ってるだろ?」
「言おうとしたら先生が闇バイト呼ばわりし始めるから・・・なんで精神科目指してるんすか」
「あと僕先生じゃねぇし!」
ふと、張り詰めていた彼の雰囲気が少し和らいだ。
「・・・・昔ある人を目の前で亡くしてね。そういう人の助けになって・・・自分の傷を癒したいだけなのかもな・・・・ま、こんなことは君には関係ない
けど、君の世界の僕が女だってのは笑いそうになったね。僕の名前は男女どっちでもいける名前だし」
「え、いかるって名前結構珍しくね・・・ないですか?」
「・・・なんだって?」
「あ・・・いや、その、珍しくないかなって」
「違うその前だ、今なんて名前言った?」
「え?いかる・・・さんです・・・よね?」
「・・・僕の名前は玲だ。そしてそのいかるという名前は9年前に死んだ姉の名前だ」
「え?!」
「なんでお前が死んだ姉さんの名前を・・・・いや・・・おおかた9年前の記事でも指示役に見せられたんだろ・・・」
「そんなわけないじゃないですか!そもそもお兄さんの名前今知ったんすよ?!」
「・・・・・あーあもう休憩時間終わっちゃうじゃないか
ま、君が犯罪者だろうとただ単に頭がおかしかろうと怪しいことに変わりはない。後者であることを祈るし気が向いたら通報しとくぜ」
「いい加減にしてくださいよ!!!」
「おっと」
聖人は思わず店内中に叫んでしまった。
「さっきから黙って聞いてたら犯罪者とか頭がおかしいとか・・・お前の姉ちゃんはもっと優しかったぞ!ってか、お前の姉ちゃんの力でこっちの世界と行き来できるようになったんだからな!!!」
「姉さんは死んだ!!!もういない!!!!!」玲は思わず聖人の胸ぐらを机越しに掴んだ。「どこの誰ともしらねぇガキが人の記憶土足で踏んづけてくんじゃねぇよ、目の前で家族を失った事あんのか!?なぁ!?!?!?」
聖人の怒りを遥かに上回る玲の怒号が、店内に静寂をもたらした。
「え・・・あ・・・ご・・・ごめんな・・・・さ・・・・」
聖人は気を緩めたら失禁してしまいそうだった。
「・・・・・姉さんは死んだ。俺が殺したんだ」
玲は無意識に握りしめていた右の拳をゆっくりとほどいていき、同時に殴る寸前だったことを自覚した。
「殺した・・・って・・・」
「・・・・よくある事故さ・・・僕が無警戒で道路に飛び出してね・・・危うくバイクに轢かれるとこだったのを姉ちゃんが・・・・俺を突き放したと同時に・・・」
「お・・・オレ・・・そんなこと・・・知らなくて・・・ごめん・・・なさい」
「・・・・・そろそろ午後からの仕事だ。君も帰りたまえ」
「はい・・・」
「もしまた僕を訪ねてくるなら」玲は涙を浮かべながら真っ直ぐな眼差しを聖人に向けていた。「姉さんの僕との思い出話を聞かせてくれ」
「じ、じゃあ・・・信じてくれるんですね・・・!」
「姉さんが生きている世界を信じたい・・・それだけだよ」
玲は二人分の会計をして喫茶店を出て行った。
夕凪高校ーーー
生徒たちはすっかり半袖になり、長い休みがもうすぐそこに迫っていた。
「へー・・・哲ちゃんそんなことに巻き込まれてたんだ」
「あの時以来特に何もないけど」
止まった時を感知出来る小野田哲春と並行世界を行き来出来るようになった梁村聖人は互いが能力を持ったもの同士という接点が出来てから、以前よりもつるむ事が増えた。
「こういう能力の人結構いんのかな」
「わかんね。時間停止マン(故・立里アズマの事)に渡された海外のお土産(洛丸のこと)食べたら俺どーなっちゃうんだろ」
「今の哲ちゃんが食べたらそれこそ好き放題時間止めれんじゃね」
「あんまいい気分しないけどな」
「・・・てかあれからまた向こうの世界行ったんだけど」
「マジ?!よく行けんな・・・怖くない?」
「戻り方わかっからな!こっちと違うとこ気になってたし」
「まぁ・・・」
「でさ、やっぱあの変な館もあるのか気になって探したんだけど」
「先生いた?」
「・・・なくてさ」
「え?なかったの?」
「うん、普通の建物だった。メンタルクリニックだった」
「へぇ、斑鳩先生もいなかったの?」
「それが・・・あの先生の弟って人がそこでバイトしてて」
「へー弟いたんだ。じゃあ先生はいなかったんだ」
「9年前に亡くなってたみたい」
「え・・・まじ?」
午後の授業を知らせるチャイムが鳴った。
斑鳩シンリョウジョ
陽が傾き、診察の終了時間が近づいてきた。本日の診察も残すところ一人、梁村聖人だ。
「梁村くんどうぞー」
大和に呼ばれ、彼が入ってきた。
「おや」
聖人の後に哲春も入ってきた。
「君も再診していくか?」
「いや、俺は付き添いっす」
「付き添い?」
「さっき聖くんと向こうの世界に行った時の話をしてたんですけど・・・」
「・・・あれからまた行ったのか?」
「えっと・・・2回くらい・・・まずかった・・・っすかね」
「あまりやたらと行くな。記憶が定かじゃなくなっていくぞ」
「すいません」
「まあいい、向こうに行って何をしていた?」
「えと・・・この館を探してみたんですけど」
「向こうの私と会ったか。どうだった?」
「それが・・・館はなくて・・・」
聖人は何やら言い淀んでいる。
「どうした?」
「その・・・先生・・・あっちだと死んじゃってて・・・」
「・・・・・ほう」
「けど、先生の弟って人がいて」
「!待て」
別次元の自分の死にそれほど心を乱されなかったいかるだったが、弟と聞いた瞬間思わず聖人に顔を近づけた。
「名前は・・・なんだ・・・?レイ・・・じゃ・・・なかったか・・・?」
「・・・・・・はい。それで・・・9年前に・・・その・・・」
「・・・向こうの世界では私がバイクに轢かれて・・・死んでいたんだな?」
「・・・・・・みたいです」
「そうか・・・」
いかるは、弟を失った日の事を思い浮かべていた。
「せめて犯人が生きていればまだ自分のせいにしなくて済んだ
けどやっぱり目を離した私のせいだ
そして誰のせいにしても弟は帰って来ない
そんな思いがずっとあった
そうか・・・生きていたか・・・向こうの世界では・・・」
いかるの声の震えが増していた。
「玲はなんか・・・言っていたか?」
「姉さんが死んだのは俺のせいだ・・・って」
「そんなことない!!!
私がっ・・・私があいつを叱ったからっ・・・」
いかるの目から大粒の涙が落ち、床で跳ねた。
「それと・・・2人での思い出話を聞かせてほしいって・・・」
「聞かせる・・・?」いかるはなんとか整えながら顔を上げた。
「また俺が向こうに行かなくちゃいけないんですけど」
「・・・私の話を記憶して向こうまで持っていけるか?」
「そんな長くなければ・・・」
「君の記憶力をあてにしていないわけじゃないが・・・不安だな」
人に対して割と無神経なのはあの弟にしてこの姉ありといった感じだ。
「玲と・・・話ができれば・・・」
泣きそうになりながら歯を食いしばるいかるを見て、大和が口を開いた。
「・・・・いかるさんが梁村くんの意識に入れば行けるんじゃないですか?」
「えっ!?入る?!」
突拍子もない閃きに思えるが、日頃のいかるの処置を見れば出来ないことはないように思える。しかし当のいかるは困惑していた。
「この前言ってたじゃないですか。梁村くんの脳を見てる時に無数のパネルが出てきてるって
だから梁村くんが扉を開けていれば映像として向こうの世界が見えるんじゃないですか?」
「それはそうかもしれないが・・・梁村くんが意識を保っていられるのかどうか・・・」
「先生、俺・・・先生の弟にすごい怒られたんです。目の前で家族失ったことあるのかって。だから・・・せめてもの俺なりの気持ちっていうか・・・」
「う、うん・・・でも・・・いざとなったら梁村君の人格を・・・少し壊してしまうかもしれない」
「善は急げです・・・やりましょう」
「・・・・・・すまない。あまり時間はかけないようにする」
いかるは聖人の頭に指を突き立てたまま意識を集中させた。
向こうの世界・クリニック前
斑鳩玲の前に意識が非常に朦朧としている梁村聖人が現れた。
「・・・・お前やっぱ通報するわ」
「まぁ・・・ってぇ・・・マァ・・・」
「今度はなんだ?ゾンビが流行ってる世界から来たのか?」
「待ってください!」
「急にまともになるな!」
「今お姉さん連れてきてる!」
「どこに」
「えと・・・なんか・・・魂・・・的な?」
「はぁ・・・信じたくなった僕が馬鹿だったよ。もう君に用はない」
「待てよ!しょうがないだろ意識しか飛ばせないんだから!」
「じゃあなんだ?君が姉さんの言葉を伝えるのか?」
「今からそれをするから!」
「僕はイタコなんてのは信じちゃいない。適当にそれっぽいこと言うんだろ?」
「”玲、いい加減にしないとあんたを人体の不思議展に送るよ”」
「えっ・・・」
梁村を通していかるが言った言葉は、玲にとって怖くも懐かしい一言だった。
「ね・・・姉ちゃんが怒る時のセリフだ・・・嘘だ・・・そんな・・・」
玲の中で、封印していたいかるとの思い出が蘇ってきた。
「ごめんなさいっ・・・お姉ちゃん死なせちゃってっ・・・俺がっ・・・俺がっ・・・」
「”ううん、私の方こそっ・・・私がっ・・・私が叱ったからっ”」
「違うよ!俺が言う事を聞かなかったからっ」
「”あまりもう時間がないから今伝えたい事だけを伝えるから聞いて”」
「うんっ・・・」
「”背、大きくなったね、よかったね”」
「うんっ・・・・うんっ・・・」
「”お父さんとお母さんによろしく言っといてね。私もこっちでこれから言いに行くから”」
「うんっ・・・・・」
「”もし会えたら久しぶりに由比ヶ浜行こう”」
「う“ん”っ“・・・」
「“生きていてくれてありがとう”」
「ーーーーーーっ・・・・・」
玲は人目も憚らず泣いた。長いこと枯れていた涙と感情が湧いて、彼の心を優しく包んでいった。
「姉ちゃん!」
「”なに?“」
「彼氏できた?」
「”・・・・今度紹介する”」
「そっか、楽しみにしてる」
いかるの声を伝えていた聖人の意識が切れた。
「・・・・・・あれ?うわっ!えっ!?」
意識を取り戻した聖人が見たのは、目の前で号泣する年上の青年だった。
「えっ・・・ちょ、えっと誰か知らないですけど大丈夫ですか!?」
「あ・・・あぁ・・・あああぁぁぁぁあ」
「ええええぇ・・・・ちょ、お兄さん大丈夫?![#「!」は縦中横]こ、交番行く?!」
いかると聖人が向こうの世界から帰ってきた。いかるは数年分の涙を流した感覚だった。
「玲大きくなってた・・・よかった・・・梁村くんは大丈夫・・・?」
「・・・はい・・・なんとか」
「そっか・・・ありがとう梁村くん、大和くんも」
「い、いや僕はなにも」
「大和くんが策を講じてくれたおかげだ。それと小野田哲春くん」
「はっはい!」
「彼を、梁村くんを家まで送ってってくれ。今はまだ大丈夫だろうが相当脳に疲労が溜まっているはずだ。帰っている途中で気を失うかもしれない。タクシー代だ、持っていけ」
「わ、わかりました!」哲春は万札をゲットした。
夜ーーーいかるはひとり安らぎの中にいた。
この世界では死んでしまった弟が違う世界で生きていてくれた。それがなによりも嬉しかったし許しをもらえた気がした。
「奇跡って起こせるんだな・・・知らなかった」
いかるは実家へ行く準備を始めた。
「麗麗に会ったらあいつどんな顔するかな」
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