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4 マリア様
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ロビン殿下が去り、エヴァが温かいお茶で私をなぐさめてくれていた矢先のことだった。
第二側妃マリアの子、オリヴァー王子から内々に文がきた。
”母の具合がこのところ良くないのです。一度、母を診てはもらえないでしょうか”
私は医者ではない。
宮廷医がいるのに、なぜ第三側妃の私に頼むのだろう?
疑問に思ったが、そういえば私に礼にきたマリアの顔はげっそりと痩せていてやけに青白かったのを思い出した。
放っておくと大変なことになるかもしれない。
私は胸騒ぎを覚え、承諾の返事をした。
「来ていただき、感謝します」
マリアの部屋に入るや否や、オリヴァー殿下が私を迎えた。紳士のオリヴァー殿下を見て私は妙に安心した。腹違いであるのに、さきほどのロビン殿下とはえらい差だ。
「こちらです」
案内され奥の寝室に入ると、死人のように固く目を閉ざし、消え入るような息をしているマリアが横たわっていた。見るからに瀕死に近い状態だった。
「どうしてもっと早く医者に診せなかったのです!?」
「診せました何度も!しかし、どの医者も原因がわからないと言うばかりで。どの薬も効かなくて──」
「陛下はご存じなの!?」
オリヴァー殿下は今にも泣きそうな顔でうつむいた。
「父上はもう…母上を諦めています」
そう悔しさを滲ませ、拳を震わせた。
私は、彼が私を呼んだ理由が薄々わかっていた。私の国は薬学研究所を擁しており、かくいう私も病弱な弟のために薬の研究にある程度携わっていた。
外部には公表していないのに。
私のことを一体どこで聞き及んだのか…?
そこは歴史ある名門貴族のひとつ、バーリーグレーン侯爵家の耳がいいのだろう。
「とにかく、まずは診させていただきます。マリア様、失礼いたしますね」
私はまず、マリアに顔を近づけ、息の匂いを嗅いだ。医者は病を診る。病の原因に検討がつかなければ診断できない。
その医師が診断できなかった。これは薬害の可能性がある。
マリアの息からは、熟した洋梨のような匂いがした。
「オリヴァー殿下、マリア様は今日果物を召し上がりましたか?」
「いえ、まったく。もう五日は何も食べていません」
「お飲み物は?」
「これだけ…」
オリヴァー殿下はそう言うと、ポッドに入ったハーブティーのようなものを私に見せた。
「宮廷医師の助手からもらった薬茶です。体にいいからと第一側妃にも勧めているとの話で、母は毎日欠かさず飲んでいました」
私の勘が警報を鳴らす。
「ちょっと拝見しますわ」
薬茶の葉を観察する。ゼンマイのように渦を巻いているトゲトゲした葉。洋梨のような甘い匂い。これは──
毒茶だ。
ひどい、こんな物を助手が勧めたというのか?
毒というのを知らなかったのか?
それとも、悪意をもって…?
私は怒りでひりつく頭を何とか冷やしながらオリヴァー殿下に説明した。
「これは毒茶です。1、2杯程度なら問題ありませんが、飲み続けるうちに内臓を弱らせ死に至らしめることもあります。はるかインダラ皇国の高山でのみ取れる葉です」
「えっ」
私の説明を聞いたオリヴァー殿下から血の気が引いた。
「では母上は、母上はもう」
「いえ、方法はあります」
もう涙を流しているオリヴァー殿下の言葉を私は押し留めた。
「毒抜きをします。うまくいけば助かる可能性はあります」
第二側妃マリアの子、オリヴァー王子から内々に文がきた。
”母の具合がこのところ良くないのです。一度、母を診てはもらえないでしょうか”
私は医者ではない。
宮廷医がいるのに、なぜ第三側妃の私に頼むのだろう?
疑問に思ったが、そういえば私に礼にきたマリアの顔はげっそりと痩せていてやけに青白かったのを思い出した。
放っておくと大変なことになるかもしれない。
私は胸騒ぎを覚え、承諾の返事をした。
「来ていただき、感謝します」
マリアの部屋に入るや否や、オリヴァー殿下が私を迎えた。紳士のオリヴァー殿下を見て私は妙に安心した。腹違いであるのに、さきほどのロビン殿下とはえらい差だ。
「こちらです」
案内され奥の寝室に入ると、死人のように固く目を閉ざし、消え入るような息をしているマリアが横たわっていた。見るからに瀕死に近い状態だった。
「どうしてもっと早く医者に診せなかったのです!?」
「診せました何度も!しかし、どの医者も原因がわからないと言うばかりで。どの薬も効かなくて──」
「陛下はご存じなの!?」
オリヴァー殿下は今にも泣きそうな顔でうつむいた。
「父上はもう…母上を諦めています」
そう悔しさを滲ませ、拳を震わせた。
私は、彼が私を呼んだ理由が薄々わかっていた。私の国は薬学研究所を擁しており、かくいう私も病弱な弟のために薬の研究にある程度携わっていた。
外部には公表していないのに。
私のことを一体どこで聞き及んだのか…?
そこは歴史ある名門貴族のひとつ、バーリーグレーン侯爵家の耳がいいのだろう。
「とにかく、まずは診させていただきます。マリア様、失礼いたしますね」
私はまず、マリアに顔を近づけ、息の匂いを嗅いだ。医者は病を診る。病の原因に検討がつかなければ診断できない。
その医師が診断できなかった。これは薬害の可能性がある。
マリアの息からは、熟した洋梨のような匂いがした。
「オリヴァー殿下、マリア様は今日果物を召し上がりましたか?」
「いえ、まったく。もう五日は何も食べていません」
「お飲み物は?」
「これだけ…」
オリヴァー殿下はそう言うと、ポッドに入ったハーブティーのようなものを私に見せた。
「宮廷医師の助手からもらった薬茶です。体にいいからと第一側妃にも勧めているとの話で、母は毎日欠かさず飲んでいました」
私の勘が警報を鳴らす。
「ちょっと拝見しますわ」
薬茶の葉を観察する。ゼンマイのように渦を巻いているトゲトゲした葉。洋梨のような甘い匂い。これは──
毒茶だ。
ひどい、こんな物を助手が勧めたというのか?
毒というのを知らなかったのか?
それとも、悪意をもって…?
私は怒りでひりつく頭を何とか冷やしながらオリヴァー殿下に説明した。
「これは毒茶です。1、2杯程度なら問題ありませんが、飲み続けるうちに内臓を弱らせ死に至らしめることもあります。はるかインダラ皇国の高山でのみ取れる葉です」
「えっ」
私の説明を聞いたオリヴァー殿下から血の気が引いた。
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