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8 王妃様
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外国から嫁いできた王妃は13年前に亡くなった。レンバッハ王家では珍しく相思相愛の恋愛結婚だったそうだ。
仲睦まじい夫婦だったが、なかなか子に恵まれず、側妃を二人迎えることになった。
数年後、待望の王妃懐妊の知らせが王宮を駆け巡る。だがそんな王妃に不運が襲う。ある日原因不明の病に倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだ。妊娠半年目の子を宿したまま。
王妃の死から陛下は以前の笑顔を忘れた。
ある昼下がり、私は陛下に呼び出された。
「マリアを助けてくれたそうだな」
毒抜きの件をマリアかオリヴァー殿下に聞き及んだのだろう。
「私は何も。持参していた薬が効いてくれたようです」
私の謙遜に陛下は小さくうなずき、私に言った。
「そなたに見せたいものがある。着いてくるがいい」
私は陛下に連れられて、地下室の階段を降りていった。
人気がなくひっそりとした空間だ。
ここに一体何があるのだろう?
階段を下り切った場所に厳重に閉じられた扉がある。陛下は扉の鍵を外し、中に入った。
「こちらだ」
陛下に促され後を追った私の目の前に、棺が現れた。蓋に百合の彫刻が施された美しい棺だった。
陛下は棺の小窓を開いた。陛下が小窓の中を見るよう私に合図した。
私はそっと中を覗き込んだ。
「──っ!」
私は悲鳴が出そうになるのを無理やり飲み込んだ。
女性のミイラだった。
「王妃だ」
陛下はぽつりと言った。
「13年前に亡くなった。死因は不明だ」
私は混乱気味の頭から何とか質問を引っ張り出した。
「13年も経っているのに美しいですわ…ミイラ化の施術をされたのですか?」
王妃の体は全体的に細くなってしまっているが、その肌は弾力を感じるほど潤いが残ったままだった。
「そうだ。アザー王国の職人を呼び寄せ、防腐処理をしてもらった」
アザー王国とは古代から王族の遺体をミイラ化させ、埋葬する習慣があった。
「何かわからないか?死因が何か」
陛下はまっすぐに私を見据えて言った。
なぜ私に王妃のミイラを見せたのか?
きっと死因を知りたいのだろう。
医者が見放したマリアを私が救ったように。
私は王妃の顔をじっと観察した。すると王妃の口元に黒い斑点がたくさん見受けられた。
カビでなければこれは。
「あくまで推測ですが…」
私は前置きをして話し始めた。
「王妃様の口元に黒い斑点が見えます。これはマ素という毒物を摂取すると現れる中毒疹に似ています。マ素はこの大陸では取れません。しかも、死後数日経ってから斑点が現れると言われています。そのため医師が見分けるのも非常に困難です」
陛下は私の話に真剣に耳を傾けるうちに辛そうに顔を歪めた。
「医師は誰一人、王妃の病を診断できなかった。王妃は毒殺された可能性があるということか?」
「はい」
即答した私に、陛下は脱力したようだった。
「一体誰に──」
見当はついているのかもしれない。だが13年も前のことだ。証拠を見つけるのもまた困難だろう。
「王妃よ…気付くのが遅くなってすまなかった…」
そう言って陛下は、棺に顔を埋めた。
陛下はいまだ王妃に囚われている。
愛していたのだろう。心から。
私は陛下の妃として今ここにいるが、不思議と嫉妬は感じなかった。
ここまで一途に想ってもらえるなんて王妃様は幸せだったろう。
その最愛の人に先立たれた陛下の悲しみはどんなに深かったことか…
そう思うと胸がひどく傷んだ。
ミイラを見たショックも相まってもらい泣きを始めた私に気づき、陛下は意外なほど力強い腕で私を包んだ。
「王妃が死んだのは私のせいではないかと、ずっと思っていたのだ」
「え?」
私は驚いて陛下を見上げた。
「私は王妃の顔を見るたびに、そなたとの子を早く見たいと言っていた。しばらく子ができなかったことが心労となって、せっかく懐妊したのに病に倒れたのではないかと。だがそなたのおかげで気持ちに区切りがついた。感謝する」
そう言って、涙に抗うようにしばらく私を抱きしめていた。
辛かったのだ陛下は。
ずっと自分を責め続けて。
笑顔も忘れ、気力も失った。
陛下の辛さが少しでも癒えますように。
私は祈りながら、陛下の腕の中で目を閉じた。
その夜、私は陛下の夜に召された。
仲睦まじい夫婦だったが、なかなか子に恵まれず、側妃を二人迎えることになった。
数年後、待望の王妃懐妊の知らせが王宮を駆け巡る。だがそんな王妃に不運が襲う。ある日原因不明の病に倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだ。妊娠半年目の子を宿したまま。
王妃の死から陛下は以前の笑顔を忘れた。
ある昼下がり、私は陛下に呼び出された。
「マリアを助けてくれたそうだな」
毒抜きの件をマリアかオリヴァー殿下に聞き及んだのだろう。
「私は何も。持参していた薬が効いてくれたようです」
私の謙遜に陛下は小さくうなずき、私に言った。
「そなたに見せたいものがある。着いてくるがいい」
私は陛下に連れられて、地下室の階段を降りていった。
人気がなくひっそりとした空間だ。
ここに一体何があるのだろう?
階段を下り切った場所に厳重に閉じられた扉がある。陛下は扉の鍵を外し、中に入った。
「こちらだ」
陛下に促され後を追った私の目の前に、棺が現れた。蓋に百合の彫刻が施された美しい棺だった。
陛下は棺の小窓を開いた。陛下が小窓の中を見るよう私に合図した。
私はそっと中を覗き込んだ。
「──っ!」
私は悲鳴が出そうになるのを無理やり飲み込んだ。
女性のミイラだった。
「王妃だ」
陛下はぽつりと言った。
「13年前に亡くなった。死因は不明だ」
私は混乱気味の頭から何とか質問を引っ張り出した。
「13年も経っているのに美しいですわ…ミイラ化の施術をされたのですか?」
王妃の体は全体的に細くなってしまっているが、その肌は弾力を感じるほど潤いが残ったままだった。
「そうだ。アザー王国の職人を呼び寄せ、防腐処理をしてもらった」
アザー王国とは古代から王族の遺体をミイラ化させ、埋葬する習慣があった。
「何かわからないか?死因が何か」
陛下はまっすぐに私を見据えて言った。
なぜ私に王妃のミイラを見せたのか?
きっと死因を知りたいのだろう。
医者が見放したマリアを私が救ったように。
私は王妃の顔をじっと観察した。すると王妃の口元に黒い斑点がたくさん見受けられた。
カビでなければこれは。
「あくまで推測ですが…」
私は前置きをして話し始めた。
「王妃様の口元に黒い斑点が見えます。これはマ素という毒物を摂取すると現れる中毒疹に似ています。マ素はこの大陸では取れません。しかも、死後数日経ってから斑点が現れると言われています。そのため医師が見分けるのも非常に困難です」
陛下は私の話に真剣に耳を傾けるうちに辛そうに顔を歪めた。
「医師は誰一人、王妃の病を診断できなかった。王妃は毒殺された可能性があるということか?」
「はい」
即答した私に、陛下は脱力したようだった。
「一体誰に──」
見当はついているのかもしれない。だが13年も前のことだ。証拠を見つけるのもまた困難だろう。
「王妃よ…気付くのが遅くなってすまなかった…」
そう言って陛下は、棺に顔を埋めた。
陛下はいまだ王妃に囚われている。
愛していたのだろう。心から。
私は陛下の妃として今ここにいるが、不思議と嫉妬は感じなかった。
ここまで一途に想ってもらえるなんて王妃様は幸せだったろう。
その最愛の人に先立たれた陛下の悲しみはどんなに深かったことか…
そう思うと胸がひどく傷んだ。
ミイラを見たショックも相まってもらい泣きを始めた私に気づき、陛下は意外なほど力強い腕で私を包んだ。
「王妃が死んだのは私のせいではないかと、ずっと思っていたのだ」
「え?」
私は驚いて陛下を見上げた。
「私は王妃の顔を見るたびに、そなたとの子を早く見たいと言っていた。しばらく子ができなかったことが心労となって、せっかく懐妊したのに病に倒れたのではないかと。だがそなたのおかげで気持ちに区切りがついた。感謝する」
そう言って、涙に抗うようにしばらく私を抱きしめていた。
辛かったのだ陛下は。
ずっと自分を責め続けて。
笑顔も忘れ、気力も失った。
陛下の辛さが少しでも癒えますように。
私は祈りながら、陛下の腕の中で目を閉じた。
その夜、私は陛下の夜に召された。
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