修復術師のパーティメイク――『詐欺術師』と呼ばれて追放された先で出会ったのは、王都で俺にしか治せない天才魔術師でした――

紅葉 紅羽

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第六章『主なき聖剣』

第五百六十五話『追われる者たち』

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 魔物となってしまった代償とでもいうべきか、行動を共にする者が息絶えても魔兵隊から声が上がることはない。ただ、その視線だけは崩れ落ちた死体の方へと寄せられていた。

「集団で敵を殲滅するって設計上、同族の死を無視できない。アールの言った通りね」

 亡骸を中心にして形成された魔兵隊の輪を見つめ、一つ関門を乗り越えたことにリリスは安堵の息を吐く。作戦を成功させるために普段とは違う魔術の使い方をしているから、やはりいつもと違う緊張感はあったという事なのだろう。

「問題はこの後どう動いてくるかだよね。ボクたちがやったってことに気づくのか、それとも突き止められずに普通の体制に戻るのか。もし後者ならリリスにはもう一発撃ち抜いてもらわないといけなくなるけど――」

「上等よ、何回だってぶち抜いてあげる。今ので感覚は大体覚えたから」

 ツバキの懸念にむしろ笑みを返し、リリスは掌の上で小さな氷の弓矢を作り上げる。ツバキの眼が一瞬見開かれ、少し硬かった表情がほころんだ。

 こういう所がリリスの天才たる所以なのだと、もう何度目かも分からないようなことを俺は改めて気づかされる。本人は引き出しが少ないとか言っているが、いろんな手ほどきを受けた今となってはその評価は百八十度覆っていると言っていいだろう。何をやるにしても魔力を操る感覚がずば抜けているのだ。

「でも、お披露目の機会はもう少し先になりそうね。魔物と混じったと言っても上空の敵に気づけないほど馬鹿になったわけじゃないみたい」

 アールもかくやとばかりの不遜な笑みを浮かべ、いつの間にか作り上げた氷の棒でリリスは下を指し示す。その言葉通り、魔兵隊は俺たちの事を穴が空くほどに見つめていた。

 だが、遥か上空に佇む俺たちに対して仕掛けてくる様子はない。それが魔兵隊なりの慎重さなのか空を飛ぶだけの力がないのかは分からないが、とりあえずリスクなしで敵の頭数を減らせたことに間違いはなさそうだ。

 このまま殲滅にかかれば数分とかからずに一掃できるだろうが、それだけが狙いなら初撃でもっと派手にやってしまえばそれで終わる話だ。普段のやり方を曲げてまで一匹だけの撃破にとどめたのは、そうすることで得られる大きなリターンがあるからに他ならない。

「……来ました。自分たちから見て後方、複数の足音が迫ってきてます」

 しばらく拮抗状態が続いたのち、耳に手を当てたスピリオがその到来を真っ先に感じ取る。複数人の感覚を繋ぎ合わせることで生み出される超感覚はリリスにも引けを取らない索敵能力を生み、俺たちのエースにかかる負担の軽減に繋がっていた。

「ずいぶん離れたところからでもやって来るんだね。魔兵隊しか持ってない共感覚の類でもあるのかな?」

「案外血の匂いを嗅ぎつけてるだけかもしれないわよ。いかにもその手の魔物とごちゃ混ぜにしてそうだし」

 その増援が予定調和であることも相まって、リリスたちの雰囲気は実にリラックスしたものだ。ここまで予想外は何もなく、至って順調に作戦は進んでいる。

 気がかりなことがあるとすれば魔兵隊の知能が未だに読み切れないところぐらいだろうか。俺たちの作戦に気づいていないのなら話が早くてありがたいが、そうでないなら少し話は面倒になってくる。とは言っても踏むべき手順が一つ二つ増えるだけで、最終的にたどり着く結末は変わらないだろうけどな。

 スピリオの気づきからしばらくして、魔兵隊の集団が別の通りから合流してくる。やはり同類の死に勘付いてここまでやってきたらしく、まず真っ先に地面に転がる死体を見下ろしていた。

 顔を近づけたり離したりしながらしばらくそれを観察した後、先にいた魔兵隊に促されるようにしてその視線が上へと誘導される。それで初めて増援たちは俺たちの存在を認識し、この死体を生み出した敵だと理解したようだった。

「一応これで準備は完了……か?」

「大分注目してるみたいだし、そう考えていいんじゃないかしら。そろそろ次の段階に行ってもいいと思うわよ」

 リリスが答えると同時、俺たちの周りを吹いていた風が勢いを増す。俺たちを魔兵隊の脅威から遠ざけてくれる風の球体は、アールの作戦を成功するうえで最も重要なものだ。

 この技術があるから実行に踏み切れたと言っても過言じゃないし、実際空を飛ぶ魔術なんてほとんどないようなものだからな。空中に移動するだけなら転移魔術でもできるが、宙に浮いた状態で自由に動き回るとなるとその難易度は大きく変わってくるわけで。

 魔兵隊がどれだけ厄介な相手なのだとしても、その本領を発揮できるのは地上戦での話だ。とつぜん背中から翼が生えてくるわけでもなし、はるか上空に佇む敵を打ち落とす術をアイツらは持ちえない。

 だが、だからと言って俺たちを無視することも不可能だ。魔兵隊が敵を殲滅するための『兵隊』として送り込まれている限り、一度発見した敵を見逃すことは出来ない。視界に俺たちの姿が映り続ける限り、魔兵隊は有効打を持たないまま俺たちを追いかけるしかないのだ。

「よし、それじゃあそろそろ逃げるとしようか。あくまで振り切らない程度に、ね」

「分かってるわよ、見失われたら作戦が台無しだもの。あり得ないぐらいの安全運転で移動することにするわ」

 ツバキが愉しそうに笑い、それに応えてリリスが風の球体に働きかける。軽く右足を動かしただけで風の球体はその意志をくみ取り、俺たち四人をゆっくりと西に運び始めた。
 
 遮蔽物がないため移動効率は高いのだが、元の速度が遅いこともあって魔兵隊は振り切られずに俺たちを追いかけて来る。必要以上に高く浮かび上がったことも俺たちを目立たせるのに一役買ってくれていて、今の所通りにいた魔兵隊は一匹残らずついてきて来た。

 ここまでは順調そのものだが、まだまだ俺たちのやるべきことは終わっていない。帝都の戦況を一度でひっくり返すならば十や二十ではなく、もっと大量の魔兵隊を殲滅しないと話にならないからな。

「このまましばらく流れたところからそれっぽい足音がしますね。弓と矢の準備だけしっかりしておいてください」

 延長されたスピリオの感覚が魔兵隊の足音を拾い上げ、次の標的をリリスへと伝える。それに一度頷きを返すと、リリスの頭上で静かに氷の矢がつがえられた。

 そのままの状態で帝都の上空を漂い、また別の大きな通りへとたどり着く。そこでも魔兵隊が蹂躙したことには変わりないようで、石畳には無数の赤黒いシミが付着していた。

 次の獲物を探して徘徊する中、アイツらが見つけるのは俺たち通って大通りへと流れ込んできた同類たちだ。通りの曲がり角で鉢合わせた魔兵隊は揃って硬直し、しばらくの間不思議そうに顔を突き合わせている。『何故お前たちが』と、そんな幻聴が聞こえてきそうな空気感だ。

「――今ね」

 そんな大きすぎる隙をリリスが見逃すはずもなく、放たれた氷の矢が魔兵隊の頭部を貫通する。驚きに身を固くしたままその体はぐったりと崩れ落ち、また一つ魔兵隊の死体が生み出された。

 それさえうまくいけば、そこからの流れはさっきと同じだ。死体に周囲の魔兵隊が引き付けられ、はるか上空にいる俺たちが敵として認定される。けれども打ち落とすための手立てはなく、何もできないまま俺たちを追いかけ続けるだけの集団がまた完成した。

 この大通り付近にいた魔兵隊たちも引き付けられたことによって集団はさらに大きさを増し、三十を超える魔兵隊が俺たちの事を見つめ続けている。計画は至って順調、アールの予想通りだ。

「なんか不思議な気分ね。冒険者の時はあれほどやっちゃダメって言われてたことをまさか帝国でやることになるなんて思いもしなかったわ」

「ん? ……あー、確かにそれは言えてるかもな」

 少しでも距離を縮めようと俺たちの足元を目指す魔兵隊を見て、リリスはしみじみとそんなことを呟く。その思考に追いつくのに少しだけ時間を要したが、考えてみれば確かにリリスの言う通りだった。

 王都の近くでやったら多分レインに滅茶苦茶どやされるし、噂が広まれば『夜明けの灯』の評判が落ちるのは避けられないだろう。魔兵隊の追跡に共同戦線の面々が巻き込まれたら最後、そいつらの身の安全を俺たちは保障できないわけで――

「……もし運悪くこれに巻き込まれた奴が居たら、その時は俺が全力で土下座しとくよ」

 願わくばそんなことにならないようにと祈りつつも、俺ははっきりと宣言する。――危険度の高い敵を大量に引き連れて移動するのは、『引っ張り行為』と呼ばれる明確な禁止事項なのだから。
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