漫画のつくりかた

右左山桃

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本編

13 【悟史視点】誕生日・2

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 なに、なに勝手なことしてやがる。
 俺にだってプライドはある。
 啖呵たんかを切って家を飛び出した手前、苦労なんて知られたくなかった。
 何があったって、どっかでのたれ死んだって絶対に助けは借りないって、俺のあの覚悟はなんだったんだよ。
 怒りで拳がわなないて、どうにかなりそうだった。

「あんた気づかなかったの、父さんと母さん、凄いあんたのこと心配してたんだよ」
「そうだとしても、アイツにゃなんも関係ねーだろ!!」
「あんたも父さんも母さんも、つーかうちの家族ってみんな頑固だからね。もう誰も一歩も引かない状況で、あんたが出て行くことになったでしょ。第三者が介入して、あたしは良かったと思ったけどね」

 亜季の話はこうだった。
 俺が出て行った後、ピヨ子は川内家を訪れて、さっそく俺が住んでいる場所を暴露したらしい。

『でもサトちゃん戦ってます。絶対に、絶対に来ないでください』

 何度も何度も念を押して、万が一押しかけようものなら、今度こそ俺が誰にもわからないぐらい遠くへ行ってしまうと泣きながら訴えたらしい。
 俺の次にとる行動は想像できるのに、なんで軽率に話すんだか……。
 ピヨ子の必死の説得に、両親は暫く様子を見ることに決めた。
 今すぐピヨ子の首根っこを掴んで怒鳴り散らしたい気持ちをなんとか抑え、俺は亜季の話に耳を傾ける。
 それからも、週1ペースでピヨ子はうちに足を運んだらしい。

「父さんと母さん、段々日菜子ちゃんからあんたの話を聞くのが楽しみになってったよ」

 それは俄かに信じがたかった。
 あんなに険悪な喧嘩を毎日のようにしてたのに?
 いったい、どんな顔をして俺の話を聞いてたんだか。

「あの子、本当にあんたの良いとこ見つけるの上手いからさ、自分の子供褒められて、嬉しくない親なんていないし」

 亜季は話し出した。
 ピヨ子は誇らしげに言う。

『サトちゃん凄いんですよ。絶対に弱音を吐かないんです。いつも夢に向かって一生懸命です。夢を叶える人って、やっぱり強い信念がありますよね、かっこいいですよね』

 親父も誇らしげに言う。

『そりゃ、俺の子だからな』

 まったく都合のいい親父。
 母さんは手を頬に当てて、溜息混じりに言う。

『でも仕事きついんでしょ? 体を壊さないか私はやっぱり心配だわ』

 漫画家にネガティブなイメージばっかり持ってる。母さんは、そーゆーとこがうざったかったな。
 そんな両親に、ピヨ子はピッと背筋を伸ばす。

『あんまり無理をしないように、日菜子も気を使いますから!』

 そうしたかと思うと、ふわふわと微笑んで言った。

『お母さんの手料理を食べさせてあげたいですよね。今度作り方教えてくださいね』

 そうやって両親の心をほどいていったのだという。
 決して会いに行かないでと申し訳なさそうに懇願しながら。

『いつか絶対、サトちゃんは帰ってきてくれます。ひとつ、ハードルを越えたら必ず会いに来てくれます』

 そう言ったという。

『サトちゃん、毎日のように自分の作品を否定されて、すごく辛そうです』

 一番辛かった時期。
 何を描いて持っていっても作品全てがボツにされ、否定の言葉を聞かされ続けた時期。
 自分が何を描けばいいのか、何をすればいいのかわからなくなって。
 こうしろ、ああしろ、という言葉を全て鵜呑みにしたら自分の作品が何も残らなくなる気がして……。
 目の前に広がる闇に、気持ちが飲まれそうだった。

「父さんは何でも良いから何か力になりたいって、こんな時に助け合えるのが家族じゃないのかって。家を飛び出して行きそうだった。必死で止めたけどね。母さんは、悟史はいつも人の意見に反発するから、担当についた人に楯突いていないか心配してた。だからあんたが否定され続けてもじっと耐えて、何とか現状から抜け出そうと必死で足掻いてるって聞いて、声も出さずに泣いてたよ」

 胸が初めて痛んだ。
 俺は子供で。
 どれほど両親を心配させていたか、愛されていたか。
 解っていない筈は無かったのに。
 何を言われてもカッとなって、口答えばかりしていた。
 両親は俺のことを何ひとつわかってくれないと思っていたけど。
 俺も両親の言うことに何ひとつ耳を貸さなかった気がする。

『ついにっ……ついに、サトちゃんの努力が報われる時が来ましたっ!』

 連載が決定した時は、俺の知らないところで、ケーキを買ってみんなでお祝いをしていたらしい。
 亜季もしゃぁないな、という感じでシャンパンを開けて飲んでやったと言った。

 馬鹿か。
 なんだそれ。
 知らなかった。
 全然、知らなかった。

 月刊誌が出た日に、ピヨ子はさっそく買って川内家に届けたらしい。

『気が向いたらでいいです。読んで欲しいです。サトちゃん頑張ってますから』

 しかし、会社の帰りに父さんが買ってきたので二冊になって、亜季が手土産に買って家に帰ったから三冊になって「あれは家族全員で爆笑したよ」と亜季は言った。
 俺は奥歯を強く噛んで、せりあがってくるガラにもない感情をなんとかコントロールしようとした。
 今さら、素直になんかなれない。
 いつものように憎まれ口を叩いて、調子を取り戻したくて亜季を睨んだ。

「けど、どんなに心配だったって言われたって、近くに住むよう誘導されて、ずっと監視され続けていたのは面白くないからな!」
「あら、それは違うわよ」

 亜季は反発する風もなく、キョトンとした顔でさらりと言った。

「だって日菜子ちゃんだもの。あんたにそばにいて欲しかったのは」

 家を出て行くと言った時のピヨ子は手に負えなかった。
 泣きながらどこにも行かないでと何度も懇願された。
 出て行くことが決まった日、住む場所は毎日通える距離にしてくれないと学校を辞めて一緒に住まなきゃいけなくなるよとまで言って脅してきた。鼻で笑い飛ばしたけど。
 俺も仕事の手伝いをしてくれる人が欲しかったし、ピヨ子は期待以上の働きで応えてくれたから、ピヨ子に家の場所を公言しないことを条件に、今のアパートに住居を構えた。

「あんたが遠くに行かずにあそこに住んで、あたしらが場所を知れたのは、あくまで結果論だからね」

 俺の怒りは当に通り過ぎていた。

「日菜子ちゃんが、純粋にあんたとずっと一緒にいたかったのが基盤にあって、こうして離れていても繋がっていられたのは、その上での副産物だから」

 残ったのは、複雑な感情。

「あの子、あんたのこと、異常なほど好きだよ?」
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