だから人間は嫌いなんだ……!

京衛武百十

文字の大きさ
96 / 100

石工

しおりを挟む
平伏してまで僕への感謝の意を示したミブリに、ヒャクの態度は明らかに柔らかくなっていた。

そこからさらに五十を数える日が過ぎる頃ともなれば、ミブリが来ると、薫り高い野草を煎じた茶を出して迎えるようにまでなったんだ。

そしてミブリも、

「今、親方のところで石工いしくとして修業してるんだ。親方は厳しいけど、最近、仕事が増えてきてて人手が欲しいってことで、俺も大事にしてもらえてるんだぜ。稼ぎも増えてきてよ。残ってた借金ももう返せそうなんだ。

今の借金を返し終わったら、街の中に家を借りようと思う。てか、小さな家だったら、俺、自分で作れるんだ。だからよ、俺とお前の家を作ってよ、そこで一緒に暮らさないか? 絶対、俺が幸せにしてやる……!」

まっすぐにヒャクを見詰めて、そう言い切った。

その姿は、ここに初めて顔を出した時の、

<痛々しい勘違いした小僧>

のそれではなかった。まだまだ若造ではあるものの、いっぱしの<男のかお>になっていただろうな。

そんなミブリに、クレイの姿をした僕も、悪い気はしていなかった。ヒアカの姿になった時も、少しざわつくような感じもありながらも、『絶対に許さん』とまでは思わない。

『幸せにしなかったら、承知しないぞ』

とは、思うけどな。

だから、夜、ミブリが帰ってから僕は言ったんだ。

「ヒャク……お前は、人間の女としては少しばかりき遅れてるかもしれないが、それでも十分にいい女だと思う。生贄としてここに来た時のお前を覚えている者も減ったろう。何より、今のお前を見てあの時の生贄の小娘と気付く者もいまい。

だからな、ヒャク。もしお前さえよければ、街に戻ってもいいんだぞ。ミブリと添い遂げるかどうかは話が別だとしてもな」

丁寧に、ゆっくりと、諭すような僕の言葉を、ヒャクは、少し目を伏せて聞いていた。

だけどそれには応えず、

「風呂に、入ります……」

そう言って、すっかり元々そこにそうしてあったかのように馴染んだ温泉に浸かった。ヒャクのその姿も、華やかな色香を放つ<女盛り>のそれになっていた。だからこそ、ここで一人朽ちていくのもどうかと思うんだ。

人間の街も、かつての干ばつを思い起こさせるものは何一つ残っていない。しかもこれからさらに栄えていくのが僕には分かる。山の麓に作られた方の祠に参る人間こそはそれなりにいるとはいえ、そちらには今も<お百度参り>をする者さえいるとはいえ、わざわざこの洞にまで参る人間もミブリくらいになった。

そうだ。人間にとって<竜神>はその程度の存在になったんだ。<生贄>なんてものに拘る必要ももうない。

ヒャク……

お前はもう、ただの人間の女として、自分の幸せを求めてもいいんだぞ……

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...