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石工
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平伏してまで僕への感謝の意を示したミブリに、ヒャクの態度は明らかに柔らかくなっていた。
そこからさらに五十を数える日が過ぎる頃ともなれば、ミブリが来ると、薫り高い野草を煎じた茶を出して迎えるようにまでなったんだ。
そしてミブリも、
「今、親方のところで石工として修業してるんだ。親方は厳しいけど、最近、仕事が増えてきてて人手が欲しいってことで、俺も大事にしてもらえてるんだぜ。稼ぎも増えてきてよ。残ってた借金ももう返せそうなんだ。
今の借金を返し終わったら、街の中に家を借りようと思う。てか、小さな家だったら、俺、自分で作れるんだ。だからよ、俺とお前の家を作ってよ、そこで一緒に暮らさないか? 絶対、俺が幸せにしてやる……!」
まっすぐにヒャクを見詰めて、そう言い切った。
その姿は、ここに初めて顔を出した時の、
<痛々しい勘違いした小僧>
のそれではなかった。まだまだ若造ではあるものの、いっぱしの<男の貌>になっていただろうな。
そんなミブリに、クレイの姿をした僕も、悪い気はしていなかった。ヒアカの姿になった時も、少しざわつくような感じもありながらも、『絶対に許さん』とまでは思わない。
『幸せにしなかったら、承知しないぞ』
とは、思うけどな。
だから、夜、ミブリが帰ってから僕は言ったんだ。
「ヒャク……お前は、人間の女としては少しばかり嫁き遅れてるかもしれないが、それでも十分にいい女だと思う。生贄としてここに来た時のお前を覚えている者も減ったろう。何より、今のお前を見てあの時の生贄の小娘と気付く者もいまい。
だからな、ヒャク。もしお前さえよければ、街に戻ってもいいんだぞ。ミブリと添い遂げるかどうかは話が別だとしてもな」
丁寧に、ゆっくりと、諭すような僕の言葉を、ヒャクは、少し目を伏せて聞いていた。
だけどそれには応えず、
「風呂に、入ります……」
そう言って、すっかり元々そこにそうしてあったかのように馴染んだ温泉に浸かった。ヒャクのその姿も、華やかな色香を放つ<女盛り>のそれになっていた。だからこそ、ここで一人朽ちていくのもどうかと思うんだ。
人間の街も、かつての干ばつを思い起こさせるものは何一つ残っていない。しかもこれからさらに栄えていくのが僕には分かる。山の麓に作られた方の祠に参る人間こそはそれなりにいるとはいえ、そちらには今も<お百度参り>をする者さえいるとはいえ、わざわざこの洞にまで参る人間もミブリくらいになった。
そうだ。人間にとって<竜神>はその程度の存在になったんだ。<生贄>なんてものに拘る必要ももうない。
ヒャク……
お前はもう、ただの人間の女として、自分の幸せを求めてもいいんだぞ……
そこからさらに五十を数える日が過ぎる頃ともなれば、ミブリが来ると、薫り高い野草を煎じた茶を出して迎えるようにまでなったんだ。
そしてミブリも、
「今、親方のところで石工として修業してるんだ。親方は厳しいけど、最近、仕事が増えてきてて人手が欲しいってことで、俺も大事にしてもらえてるんだぜ。稼ぎも増えてきてよ。残ってた借金ももう返せそうなんだ。
今の借金を返し終わったら、街の中に家を借りようと思う。てか、小さな家だったら、俺、自分で作れるんだ。だからよ、俺とお前の家を作ってよ、そこで一緒に暮らさないか? 絶対、俺が幸せにしてやる……!」
まっすぐにヒャクを見詰めて、そう言い切った。
その姿は、ここに初めて顔を出した時の、
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のそれではなかった。まだまだ若造ではあるものの、いっぱしの<男の貌>になっていただろうな。
そんなミブリに、クレイの姿をした僕も、悪い気はしていなかった。ヒアカの姿になった時も、少しざわつくような感じもありながらも、『絶対に許さん』とまでは思わない。
『幸せにしなかったら、承知しないぞ』
とは、思うけどな。
だから、夜、ミブリが帰ってから僕は言ったんだ。
「ヒャク……お前は、人間の女としては少しばかり嫁き遅れてるかもしれないが、それでも十分にいい女だと思う。生贄としてここに来た時のお前を覚えている者も減ったろう。何より、今のお前を見てあの時の生贄の小娘と気付く者もいまい。
だからな、ヒャク。もしお前さえよければ、街に戻ってもいいんだぞ。ミブリと添い遂げるかどうかは話が別だとしてもな」
丁寧に、ゆっくりと、諭すような僕の言葉を、ヒャクは、少し目を伏せて聞いていた。
だけどそれには応えず、
「風呂に、入ります……」
そう言って、すっかり元々そこにそうしてあったかのように馴染んだ温泉に浸かった。ヒャクのその姿も、華やかな色香を放つ<女盛り>のそれになっていた。だからこそ、ここで一人朽ちていくのもどうかと思うんだ。
人間の街も、かつての干ばつを思い起こさせるものは何一つ残っていない。しかもこれからさらに栄えていくのが僕には分かる。山の麓に作られた方の祠に参る人間こそはそれなりにいるとはいえ、そちらには今も<お百度参り>をする者さえいるとはいえ、わざわざこの洞にまで参る人間もミブリくらいになった。
そうだ。人間にとって<竜神>はその程度の存在になったんだ。<生贄>なんてものに拘る必要ももうない。
ヒャク……
お前はもう、ただの人間の女として、自分の幸せを求めてもいいんだぞ……
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