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手を繋いでしまいました
②
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気分が悪い。仕事をする気にもなれず、今日は休みにしようと表札へ手を伸ばす。
「あんた昨日の……」
声をかけられて横を見ると、こちらへと歩いてきている緒深さんと目が合った。明るい場所で見ると、顔色が悪いことがはっきりと分かる。
どこかミステリアスな雰囲気の彼は俺の前で立ち止まると、手に持たれた表札へと視線を落とした。
「もう閉めるのか」
「……体調が悪くて」
その言葉に釣られるように、次は俺のことを見てくる緒深さん。
流れる水滴に気がついたのか、微かに眉を寄せた。雰囲気は冷たく感じるけれど、緒深さんはきっと優しい人なんだと思う。そうじゃなければ、昨日会ったばかりの他人を心配するような表情なんて浮かべられないだろう。
「家ここら辺なんですか?」
「ああ。あんたは花屋なんだな」
「俺の店なんです。花が好きで。緒深さんは花はお好きですか?」
「……わからない」
意外な答えに首を傾げる。立ち話もなんだと思い中に入るように進めると、彼は小さく首を横に振った。
「俺が入ったら花を枯らしてしまうだろう」
フローズンの人は常に身体から冷気を発生させているのだと思い出す。確かに、寒さに弱い花が冷気に当てられてしまえば、たちまち枯れてしまう。
たった一言だけで彼が苦労してきたのだとわかる。フローズンでなければ、もっと生きやすかったはずだ。
「この花の名前を知っていますか」
赤や薄ピンクの花弁をつけた小さな花を手に取って見せる。俺の好きな花だ。
「撫子っていうんです」
差し出してみる。そうすると、緒深さんが一歩後ろへと下がった。まるで、花を守るような動作。
(やっぱり優しい人なんだな)
思わず撫子を持っていない方の手で緒深さんの手に触れる。先程まで周辺を冷やしていた空気が一気に俺へと流れ込んできて、感じていた熱さが消えていく。
同時に、緒深さんの体温がほんのりと上昇するのがわかった。少しだけど顔色も良くなった気がする。
「大丈夫ですよ」
もう一度、撫子を彼の目の前に差し出すと、恐る恐るという風に指先がフリルのような花弁に触れる。指を離すとまるで踊るように花が揺れて、同時に緒深さんが安堵の表情を浮かべたのがわかった。
アイスとフローズンは共依存の関係だ。だから、俺が触れていれば緒深さんはなにも気にせずに花に触れることができる。
「……初めて花に触れた」
感動したように震える低く艶やかな声が鼓膜を揺らす。緒深さんの発した、たった一言に、彼の人生のすべてが詰められている気がして悲しくなった。
「この花は純愛という花言葉を持っているんです。俺が一番好きな花なんですよ」
薔薇や百合のように派手ではない。素朴で、雑草に間違われてしまいそうな程に小さな花だ。でも、芯があってとても強い。俺もこんな風に強く可憐に生きてきたいと思える。
「純愛か。俺は誰かを愛することすら叶わない」
人生を諦めたような悲しい言葉に胸が締め付けられる。
「そんなことないですよ。きっと素敵な人に出会えます。って、会ったばかりで、浮気されてるやつの言葉なんて信じられないと思うんですけど……」
眉を垂れさせてわざとらしく笑って見せる。緒深さんの心が少しでいいから軽くなればいいと思ったんだ。それに、辛いことばかりの人生じゃないのだと自分に言い聞かせたかったのかもしれない。
「そうかもな」
大きくてひんやりとした手が、くしゃりと俺の無造作髪を撫でた。驚いたけれど、やけに心地良く感じられて目を細める。不思議な人だ。ぶっきらぼうで冷たいのに、とても温かい。繋いでいる手や、あと数ミリ動けば当たりそうな肩に、少しの焦れったさと緊張が産まれていく。
息苦しさはない。緒深さんに触れていると自然とうつむいていた顔が上を向く。そうして顔を上げた先には、穏やかな温かさを含んだ漆黒の瞳。
「中入ります?」
もう一度尋ねてみた。
「……手を、繋いでいてくれるなら」
「もちろん。俺も繋いでいたい」
きっと、この場面を哲治が見たら浮気だと怒るのだろう。
(……もしかしたら、怒ることさえしてくれないのかもしれない)
浮気相手の姿を見ても未だに断ち切れない心がざわついている。いっそ、時間を巻き戻せたのなら、絶対に哲治と関わったりなんてしなかったのに。
「あんた昨日の……」
声をかけられて横を見ると、こちらへと歩いてきている緒深さんと目が合った。明るい場所で見ると、顔色が悪いことがはっきりと分かる。
どこかミステリアスな雰囲気の彼は俺の前で立ち止まると、手に持たれた表札へと視線を落とした。
「もう閉めるのか」
「……体調が悪くて」
その言葉に釣られるように、次は俺のことを見てくる緒深さん。
流れる水滴に気がついたのか、微かに眉を寄せた。雰囲気は冷たく感じるけれど、緒深さんはきっと優しい人なんだと思う。そうじゃなければ、昨日会ったばかりの他人を心配するような表情なんて浮かべられないだろう。
「家ここら辺なんですか?」
「ああ。あんたは花屋なんだな」
「俺の店なんです。花が好きで。緒深さんは花はお好きですか?」
「……わからない」
意外な答えに首を傾げる。立ち話もなんだと思い中に入るように進めると、彼は小さく首を横に振った。
「俺が入ったら花を枯らしてしまうだろう」
フローズンの人は常に身体から冷気を発生させているのだと思い出す。確かに、寒さに弱い花が冷気に当てられてしまえば、たちまち枯れてしまう。
たった一言だけで彼が苦労してきたのだとわかる。フローズンでなければ、もっと生きやすかったはずだ。
「この花の名前を知っていますか」
赤や薄ピンクの花弁をつけた小さな花を手に取って見せる。俺の好きな花だ。
「撫子っていうんです」
差し出してみる。そうすると、緒深さんが一歩後ろへと下がった。まるで、花を守るような動作。
(やっぱり優しい人なんだな)
思わず撫子を持っていない方の手で緒深さんの手に触れる。先程まで周辺を冷やしていた空気が一気に俺へと流れ込んできて、感じていた熱さが消えていく。
同時に、緒深さんの体温がほんのりと上昇するのがわかった。少しだけど顔色も良くなった気がする。
「大丈夫ですよ」
もう一度、撫子を彼の目の前に差し出すと、恐る恐るという風に指先がフリルのような花弁に触れる。指を離すとまるで踊るように花が揺れて、同時に緒深さんが安堵の表情を浮かべたのがわかった。
アイスとフローズンは共依存の関係だ。だから、俺が触れていれば緒深さんはなにも気にせずに花に触れることができる。
「……初めて花に触れた」
感動したように震える低く艶やかな声が鼓膜を揺らす。緒深さんの発した、たった一言に、彼の人生のすべてが詰められている気がして悲しくなった。
「この花は純愛という花言葉を持っているんです。俺が一番好きな花なんですよ」
薔薇や百合のように派手ではない。素朴で、雑草に間違われてしまいそうな程に小さな花だ。でも、芯があってとても強い。俺もこんな風に強く可憐に生きてきたいと思える。
「純愛か。俺は誰かを愛することすら叶わない」
人生を諦めたような悲しい言葉に胸が締め付けられる。
「そんなことないですよ。きっと素敵な人に出会えます。って、会ったばかりで、浮気されてるやつの言葉なんて信じられないと思うんですけど……」
眉を垂れさせてわざとらしく笑って見せる。緒深さんの心が少しでいいから軽くなればいいと思ったんだ。それに、辛いことばかりの人生じゃないのだと自分に言い聞かせたかったのかもしれない。
「そうかもな」
大きくてひんやりとした手が、くしゃりと俺の無造作髪を撫でた。驚いたけれど、やけに心地良く感じられて目を細める。不思議な人だ。ぶっきらぼうで冷たいのに、とても温かい。繋いでいる手や、あと数ミリ動けば当たりそうな肩に、少しの焦れったさと緊張が産まれていく。
息苦しさはない。緒深さんに触れていると自然とうつむいていた顔が上を向く。そうして顔を上げた先には、穏やかな温かさを含んだ漆黒の瞳。
「中入ります?」
もう一度尋ねてみた。
「……手を、繋いでいてくれるなら」
「もちろん。俺も繋いでいたい」
きっと、この場面を哲治が見たら浮気だと怒るのだろう。
(……もしかしたら、怒ることさえしてくれないのかもしれない)
浮気相手の姿を見ても未だに断ち切れない心がざわついている。いっそ、時間を巻き戻せたのなら、絶対に哲治と関わったりなんてしなかったのに。
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