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1stアクシデント 年下だからと甘く見りゃ……
〝試してみる?〟
しおりを挟む「―――で? 俺は、お前にフォローを頼んだ覚えなんざないんだけど?」
店員が置いていったビールを呷り、俺は目の前に座る宮地を睨みつける。
宮地に引きずられて会社へ戻り、三十分ほど書類整理に付き合わされ、その上居酒屋にまで連行されて今。
そろそろ、腹の奥でこらえている不満をぶちまけてもいい頃合いだろう。
「だって、あのままだと美希ちゃん、多分先輩の家までついてってましたよ?」
ビールを片手に枝豆を頬張りながら、宮地は視線を虚空へと向けて語る。
「オレ、先輩の隣の席なんでよく捕まってたんですけど……美希ちゃん、相当先輩にお熱でしたからねー。さっきの先輩のあしらいも、胸キュンポイントを押されただけで、マイナス方面にはとんと響いてないって感じでしたよ。」
「うえ…っ。マジで?」
割とはっきり、恋愛対象外だと言い切ったつもりだったんだけど……
「はい。冷たくされるのが好きなタイプなんでしょうねー。まあ、ああいうタイプは自分がときめければ誰でもいい可能性もありますから、テキトーにそういうカフェを案内しときました。もしかしたら、今頃行ってるかもしれませんね。」
「なんで、お前がそこまでするわけ?」
「オレだって、美希ちゃんにかなり絡まれてたんですよ? 顔を合わせれば、先輩の好みを聞き出してくれってもう…。というわけで、美希ちゃんの興味が先輩から逸れてくれれば、オレにとってもいい厄介払いになるんです。いっそ、先輩が美希ちゃんといい感じにならないかなーとも思ったんですけど。」
「よせよせ、ありえないから。」
考えただけで発狂しそうだ。
俺は、迷わず首を横に振る。
「恋愛なんて無価値なもん、誰がするかっての。」
「おおー、言い切りましたね。」
「当然。俺はこの見た目のせいで、それなりにえぐいもんを見てきてんだよ。」
「あー…。こう言っちゃあれですけど、なんとなく分かります。」
「そうかい。」
気分が悪い。
俺は残っていたビールを一気に飲み干し、次の一杯を注文するためにタッチパネルを操作する。
「恋愛なんて、所詮は性欲の延長線にある錯覚なわけだろ。性欲さえ満たせればいいなら、間違いが起こらないライトな関係で済ませておけばいいんだよ。俺は、そこに感情なんて持ち込まない。」
「なんか今……ものすごいぶっちゃけ論を聞いた気がします。」
「どう思われようと結構。どうせ、実際の俺がそうじゃなくても、この見た目じゃ噂が独り歩きするんだからよ。」
「まあ……そうかもしれないですけど。」
宮地は俺の発言を否定はしない。
それはきっと、こいつ自身も俺の噂を耳にしているからなんだろう。
俺を居酒屋に引きずり込んで、この話の流れを作ったのは宮地の方だ。
気を悪くしたんならさっさと帰れ。
俺は悪くない。
何か考え込むように黙る宮地に構わず、俺は届いた新しいビールを飲みながら、適当なつまみを口にする。
「恋愛が無価値、かあ…。分かるような、ピンとこないような、そんな感じですねー。」
次に口を開いた宮地が告げたのは、そんな言葉だった。
「ほう? そんなことはないって言わないんだな。」
学生時代はこう言うと、大抵はそう否定されたもんだが。
勝手なイメージで宮地なら人並みに恋愛をしているんだろうと思っていた俺は、自分の予測が外れたことに少なからず驚いていた。
「言わないってか、言えないんですよね。オレ、好きって感情がいまいち分かんなくて。」
唐揚げを口に放り込んだ宮地は、そのまま箸を唇にくわえながら難しげに眉を寄せた。
「オレってこういう性格なんで、自分で言うのもあれですけどモテるんですよ。今まで何回も告白されたけど、オレとしては今の関係で満足してたわけで、その先の関係とか言われてもよく分かんなくてー。」
「ああ……そういうタイプ。」
「です。」
宮地の話を聞き、俺は納得する。
別に珍しくもない。
今まで関係を持ってきたセフレの中にも、たまにいたタイプだ。
そして、大体こういう奴は……
「あーでも、恋愛が性欲の延長線にある錯覚っていう意見には同意ですかねー。付き合えないなら一回だけ抱いてくれとか、好みのタイプだから試させてくれとか、最終的に体の関係を求めてくる子は多かったですもん。」
「ふーん。お前のことだから、どうせそういう据え膳は拒否らずに食ってきたんだろ。」
「はい。よく分かりましたねー。」
試しに訊いてみると、案の定宮地は首を縦に振った。
その無邪気な表情といったら、それが不誠実なことだなんて微塵も考えてないと見える。
ある意味、こいつも俺と同類か。
そう思った瞬間、うざいと思っていた宮地への気持ちが少し和らいだ。
「俺も俺で性根が腐ってると思うけど、お前はお前で相当なアホだな。悪食かよ。」
自然と肩から力が抜けたのか、煙草に火をつける俺は宮地に苦笑していた。
「あー、笑った。なーんか変な感じですねぇ。まさか、先輩とこんなぶっちゃけトークをする日が来るなんて。」
「だな。類は友を呼ぶって言うけど、案外本当のことなのかもな。」
煙草のフィルターを介して煙を大きく吸い込むと、口と喉に薄荷が強めにきいた風味と清涼感が染みる。
さっきまでイラついていた気持ちがそれだけで半減するようで、煙を吐き出してすぐにもう一度深くそれを吸い込んだ。
宮地はそんな俺のことを、興味深々といった風に見つめている。
「何?」
「いや…。ぶっちゃけついでに、ちょっと訊いてみたいことがあって。」
「ん?」
なんとなく訊きたいことがあるんだろうなとは察していたので、俺は目だけで先を促した。
「一部じゃ先輩がゲイなんじゃって噂もあるんですけど、それってホントですか?」
「………っ!」
さすがに、その問いは予想してなかった。
びっくりした気道が瞬間的に動きを止め、そのせいで俺は軽くむせることになる。
「お前……随分と直球でぶっこんでくるな……」
「すみません。なんか、こういうことをオブラートに包んで訊いてもなーって思って。」
そりゃ確かに。
一理あるな。
ひりひりと痛む喉を潤すためにビールを飲み込み、俺は何度か深呼吸をした。
そして―――
「近からず遠からず、かな。確かにセフレは男だけど、別に男が好きってわけではないし。」
特に建前など作らず、宮地の質問にストレートに答えた。
「へ? そうなんですか?」
何が意外だったのか知らないが、俺の答えを聞いた宮地はパチパチと目をしばたたかせた。
「アホ。恋愛を無価値だって思ってる俺だぞ? 男ならそういう感情を持てると思うか? 女が相手だと孕ませたとかって面倒が起きかねないから、気楽につるめる男を相手にしてるだけ。」
「ほあー、なるほど。そういう考え方もあるんですね~。」
すとんと俺の考えを受け入れた様子の宮地。
変わった奴だな。
そう思った。
いい機会だから、持論を包み隠さずに言ってそれとなく嫌悪感を煽ってみようと思ったのだが、こいつは俺の考えを変だとは思っていないらしい。
元々守備範囲が広いのか、俺が同性を相手にしているということも、事実の一つとしてしか認識していないようだ。
まあ、恋愛感情が分からないと言っていた手前、自分の中に確固たる恋愛観がないから、否定や嫌悪といった感情を持てないのかもしれない。
というか、さっきから気になってたんだけど……
「なんだよ。そんな、あからさまに興味ありますって顔して。」
「え…っ」
指摘してやると、宮地が少しだけ動揺して自分の頬に手をやった。
〝そんなに分かりやすかったですか?〟
宮地の心の声が、もろに聞こえてくるようだ。
「宮地、お前っていくつだっけ?」
訊ねる。
「えっと……今年で二十四ですけど。」
「ふむ……」
その答えを聞き、俺は考える。
三つ下か。
一応、相手をしてやってもいい年齢の範疇ではあるな。
そういえば、こいつの面倒を見るようになってからちょっと忙しくて、とんと遊んでなかったっけ。
基本的に同じ会社の人間は相手にしない主義だけど、お互いに恋愛を知らない人間どうしだ。
条件を提示すれば、あっさりとした関係で済むだろう。
そして何より、こいつがアホだっていうこともあるので。
「そんなに気になるなら……一回きりって条件で、試してみる?」
煙草の煙がふんわりと靄をかける中、俺は宮地に微笑んでやる。
「……マジですか? オレ、お誘いは断りませんよ?」
宮地の瞳が期待できらりと光る。
それに対して、俺はただ余裕の笑顔を返すだけだった。
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