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5thアクシデント 逃げたいのは、何から…?
喫煙仲間の認識
しおりを挟む(俺、なに佐藤に怒鳴ってるんだろ……)
煙草の煙を吐き出すための息が、途中から後悔の溜め息に変わる。
桜庭さんとの間にあった、あの出来事。
思い出したくもないので、周囲にそれを勘付かれないようにしなくてはいけないと。
そうは思っているのだ。
でも、全然上手くいかないのが現状。
佐藤には疑いの目を向けられるし、きっと宮地は、俺が桜庭さんに抱かれたことを見抜いているだろう。
読めなさそうに見えて、ものすごく分かりやすい。
前に、宮地がそう言っていたくらいだから。
思えば今まで、他人に何かを隠そうと思ったことなんてなかったな。
自分のことを語るほど誰かと関係を深めることもなかったし、そんなことをする必要もないと思ってた。
普通ではない性への価値観も言う必要がないから言っていないだけで、バレたらバレたで別に構わないというのが自分の気持ち。
そう考えると、隠そうとしていない分、確かに俺は分かりやすいんだろう。
そして、そんな自由奔放な性格がこういう時に痛手として返ってくるわけだ。
とはいえ嫌なもんは嫌だし、トラウマになってるもんは仕方ないじゃないか。
それを顔や態度に出さないようにするって、どうやったら上手くできるもんなんだろう。
ある意味仕事以上の壁にぶち当たり、鬱屈とした気持ちを持て余す俺は、すがるように煙草を深く吸い込む。
「お、噂のラッキーボーイじゃん。」
状況的に、どう考えても俺にかけられたとしか思えない言葉。
そちらに顔を向けると、俺の方へ近寄ってくる女性がいた。
営業事務の田村さんだ。
今となってはこうして喫煙室で一緒になった時に軽く話すくらいだが、入社したての頃は、先輩である彼女から指導を受けることも多かった。
「隣、失礼ー。」
俺の答えなど聞かず、彼女はどっかりと隣の椅子に腰かけた。
「おちょくりに来たんですか?」
面白がられているのは口調だけで分かったので、刺々しく言って横目に彼女を睨んでやる。
「まあまあ、そんなに怒らないの。」
田村さんは鷹揚に笑って、煙草に火をつけた。
「すごい勢いで広がってるわよ、あんたの異動の話。意外と抜け目ないのね~。」
自分の眉間にしわが寄るのが分かる。
何も知らない人間にこう言われるならまだしも、田村さんにこう言われるのは些か不愉快だ。
「それ、本気で言ってるんですか? 俺がいつ、桜庭さんに取り入ってました?」
「うふふ。あたしは、抜け目ないのが誰かなんてはっきりと言ってないわよ? いいように教育されちゃって、ご愁傷様~。」
田村さんは喉の奥で笑い声を殺して、肩を震わせている。
やっぱり、分かってて煽りやがったな。
他人事だからって、楽しそうにしやがって。
俺は思わず舌を打つ。
俺が桜庭さんに取り入っていたわけじゃなく、桜庭さんが俺をいいように使っていただけ。
声をかけてくるのはもっぱら桜庭さんの方からで、俺は挨拶と仕事以外ではほとんど彼に声をかけたことなどない。
仕事の話が多いフロアならともかく、雑談が多い喫煙室では、俺と桜庭さんが互いに持つ関心の差が如実に表れていた。
そういうわけで、田村さんを始めとする喫煙者の多くは、俺たちの関係がかなり一方的であることを知っている。
当然、今回俺に浮上した異動話が桜庭さんの横暴という側面を持っていることも、すでに察しているようだ。
喫煙室に入った時、俺に集まった視線の多数に同情的な色が見受けられたのはそういうこと。
今だって、俺の反応を見た他の人間が、それはもう複雑そうな表情で煙草を吸っている。
「上を目指すなら自分の能力もそうだけど、使える手駒を育てとかないとね。桜庭さんはそこのところ、えげつないくらいに狡猾だわ。特に、あんたみたいに目立たないようにあえて爪を隠してる子なんて、腹に抱えておくジョーカーにはもってこいだったでしょうよ。」
「腹に抱えられたつもりはないんですが?」
「現実はそうとしか見えないって話よ。佐藤君はどうしても目立っちゃうから、引き抜くとなると敵が多い。そういう意味では、あんたがターゲットになるのは必然でしょうねー。桜庭さんの手伝いなんて、五割くらいの力で手抜きしときゃよかったのに。」
「………」
「それができれば苦労してないって顔ね。あんたの欠点ってそこよ? やらないならまず仕事自体を引き受けないし、逆にやるならとことんになっちゃう。どんな形であれ、あんたに〝分かりました〟って言わせれば勝ち確定。しかもあんたって、ちょっと難易度が高めっていうか、厄介な仕事の方がすんなり引き受けてくれるんだから、こんな便利な駒もいないわよー。」
「うぅ…っ」
「文句や注文ばっかの相手にぐうの音も言わせないものを突き付けるのって、爽快よねー。」
「……はぁ。」
話を聞くほどに頭痛がしてくるようで、俺は眉間を押さえた。
はいはい。
ようは、俺の自業自得だって言いたいんですね。
悪かったな、細かい調整ができなくて。
中途半端に手を抜いて気持ち悪さを残すくらいなら、最初から手をつけない方がいい。
他人にああだこうだと横槍を入れられるのも面倒だし、それなら文句を言わせないレベルのサポートをするなり、他が下手に口を出せない面倒な案件を持っていればいい。
それの何が悪いってんだ。
俺は俺の性分に合う方法で仕事をしてきたし、その結果それなりに平穏な立ち位置を築いていたはずだ。
桜庭さんがこんな手にさえ出なければ、この平穏が崩れることはなかったと自信を持って言える。
「あー…。どうにか逃げる方法って、ないもんですかね。」
思わず本音が。
「えー? あんた、あの桜庭さんからのオファーを断るとか、何様のつもりなわけ?」
間髪入れずに突き刺さる、言葉の刃。
勝手に、体が震えてしまった。
「―――って、大体の人は思うわよ?」
俺が横目に視線を向けたタイミングで、田村さんはにやりと口の端を吊り上げた。
「……そろそろ、フロアに戻ります。」
彼女の相手も疲れてきたので、俺はこの場からの撤退を試みて席を立った。
「あー、そうそう。ぶっちゃけちゃうけど、あたし、他の女子からのおつかいで話を聞きに来たのよ。がめつい子はあんたに狙いを定めてるから、そっちも頑張ってね~。」
この野郎。
最後に爆弾をぶち込んでくるんじゃねぇよ。
さすがに先輩相手に暴言は吐けず、俺は口を真一文字に引き結んで喫煙室を後にした。
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