ここから先は立入禁止!~年下ワンコに翻弄されてます~

うみくも

文字の大きさ
40 / 71
5thアクシデント 逃げたいのは、何から…?

喫煙仲間の認識

しおりを挟む

(俺、なに佐藤に怒鳴ってるんだろ……)


 煙草の煙を吐き出すための息が、途中から後悔の溜め息に変わる。


 さくらさんとの間にあった、あの出来事。


 思い出したくもないので、周囲にそれを勘付かれないようにしなくてはいけないと。
 そうは思っているのだ。


 でも、全然上手くいかないのが現状。


 佐藤には疑いの目を向けられるし、きっと宮地は、俺が桜庭さんに抱かれたことを見抜いているだろう。


 読めなさそうに見えて、ものすごく分かりやすい。


 前に、宮地がそう言っていたくらいだから。


 思えば今まで、他人に何かを隠そうと思ったことなんてなかったな。


 自分のことを語るほど誰かと関係を深めることもなかったし、そんなことをする必要もないと思ってた。


 普通ではない性への価値観も言う必要がないから言っていないだけで、バレたらバレたで別に構わないというのが自分の気持ち。


 そう考えると、隠そうとしていない分、確かに俺は分かりやすいんだろう。


 そして、そんな自由奔放な性格がこういう時に痛手として返ってくるわけだ。


 とはいえ嫌なもんは嫌だし、トラウマになってるもんは仕方ないじゃないか。


 それを顔や態度に出さないようにするって、どうやったら上手くできるもんなんだろう。


 ある意味仕事以上の壁にぶち当たり、鬱屈うっくつとした気持ちを持て余す俺は、すがるように煙草を深く吸い込む。


「お、うわさのラッキーボーイじゃん。」


 状況的に、どう考えても俺にかけられたとしか思えない言葉。


 そちらに顔を向けると、俺の方へ近寄ってくる女性がいた。
 営業事務の田村さんだ。


 今となってはこうして喫煙室で一緒になった時に軽く話すくらいだが、入社したての頃は、先輩である彼女から指導を受けることも多かった。


「隣、失礼ー。」


 俺の答えなど聞かず、彼女はどっかりと隣の椅子に腰かけた。


「おちょくりに来たんですか?」


 面白がられているのは口調だけで分かったので、刺々とげとげしく言って横目に彼女を睨んでやる。


「まあまあ、そんなに怒らないの。」


 田村さんは鷹揚おうように笑って、煙草に火をつけた。


「すごい勢いで広がってるわよ、あんたの異動の話。意外と抜け目ないのね~。」


 自分のけんにしわが寄るのが分かる。


 何も知らない人間にこう言われるならまだしも、田村さんにこう言われるのはいささか不愉快だ。


「それ、本気で言ってるんですか? 俺がいつ、桜庭さんに取り入ってました?」


「うふふ。あたしは、抜け目ないのが誰かなんてはっきりと言ってないわよ? いいように教育されちゃって、ご愁傷様~。」


 田村さんは喉の奥で笑い声を殺して、肩を震わせている。


 やっぱり、分かってて煽りやがったな。
 他人事だからって、楽しそうにしやがって。


 俺は思わず舌を打つ。


 俺が桜庭さんに取り入っていたわけじゃなく、桜庭さんが俺をいいように使っていただけ。


 声をかけてくるのはもっぱら桜庭さんの方からで、俺は挨拶と仕事以外ではほとんど彼に声をかけたことなどない。


 仕事の話が多いフロアならともかく、雑談が多い喫煙室では、俺と桜庭さんが互いに持つ関心の差が如実に表れていた。


 そういうわけで、田村さんを始めとする喫煙者の多くは、俺たちの関係がかなり一方的であることを知っている。


 当然、今回俺に浮上した異動話が桜庭さんの横暴という側面を持っていることも、すでに察しているようだ。


 喫煙室に入った時、俺に集まった視線の多数に同情的な色が見受けられたのはそういうこと。


 今だって、俺の反応を見た他の人間が、それはもう複雑そうな表情で煙草を吸っている。


「上を目指すなら自分の能力もそうだけど、使える手駒を育てとかないとね。桜庭さんはそこのところ、えげつないくらいに狡猾こうかつだわ。特に、あんたみたいに目立たないようにあえて爪を隠してる子なんて、腹に抱えておくジョーカーにはもってこいだったでしょうよ。」


「腹に抱えられたつもりはないんですが?」


「現実はそうとしか見えないって話よ。佐藤君はどうしても目立っちゃうから、引き抜くとなると敵が多い。そういう意味では、あんたがターゲットになるのは必然でしょうねー。桜庭さんの手伝いなんて、五割くらいの力で手抜きしときゃよかったのに。」


「………」


「それができれば苦労してないって顔ね。あんたの欠点ってそこよ? やらないならまず仕事自体を引き受けないし、逆にやるならとことんになっちゃう。どんな形であれ、あんたに〝分かりました〟って言わせれば勝ち確定。しかもあんたって、ちょっと難易度が高めっていうか、厄介な仕事の方がすんなり引き受けてくれるんだから、こんな便利な駒もいないわよー。」


「うぅ…っ」


「文句や注文ばっかの相手にぐうの音も言わせないものを突き付けるのって、爽快よねー。」


「……はぁ。」


 話を聞くほどに頭痛がしてくるようで、俺はけんを押さえた。


 はいはい。
 ようは、俺の自業自得だって言いたいんですね。
 悪かったな、細かい調整ができなくて。


 中途半端に手を抜いて気持ち悪さを残すくらいなら、最初から手をつけない方がいい。


 他人にああだこうだと横槍を入れられるのも面倒だし、それなら文句を言わせないレベルのサポートをするなり、他が下手に口を出せない面倒な案件を持っていればいい。


 それの何が悪いってんだ。


 俺は俺の性分に合う方法で仕事をしてきたし、その結果それなりに平穏な立ち位置を築いていたはずだ。


 桜庭さんがこんな手にさえ出なければ、この平穏が崩れることはなかったと自信を持って言える。


「あー…。どうにか逃げる方法って、ないもんですかね。」


 思わず本音が。


「えー? あんた、あの桜庭さんからのオファーを断るとか、何様のつもりなわけ?」


 間髪入れずに突き刺さる、言葉のやいば
 勝手に、体が震えてしまった。


「―――って、大体の人は思うわよ?」


 俺が横目に視線を向けたタイミングで、田村さんはにやりと口の端を吊り上げた。


「……そろそろ、フロアに戻ります。」


 彼女の相手も疲れてきたので、俺はこの場からの撤退を試みて席を立った。


「あー、そうそう。ぶっちゃけちゃうけど、あたし、他の女子からのおつかいで話を聞きに来たのよ。がめつい子はあんたに狙いを定めてるから、そっちも頑張ってね~。」


 この野郎。
 最後に爆弾をぶち込んでくるんじゃねぇよ。


 さすがに先輩相手に暴言は吐けず、俺は口を真一文字に引き結んで喫煙室を後にした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【BL】SNSで出会ったイケメンに捕まるまで

久遠院 純
BL
タイトル通りの内容です。 自称平凡モブ顔の主人公が、イケメンに捕まるまでのお話。 他サイトでも公開しています。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。

丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。 イケメン青年×オッサン。 リクエストをくださった棗様に捧げます! 【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。 楽しいリクエストをありがとうございました! ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

fall~獣のような男がぼくに歓びを教える

乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。 強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。 濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。 ※エブリスタで連載していた作品です

忠犬だったはずの後輩が、独占欲を隠さなくなった

ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)  「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」 退職する直前に爪痕を残していった元後輩ワンコは、再会後独占欲を隠さなくて… 商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。 そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。 その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げた。 2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず… 後半甘々です。 すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。

処理中です...