こんな私でも、クーデレ幼馴染に「ドキドキしてる」って言わせたい!

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三章 私たち≠友達、恋人

私たち≠友達、恋人.5

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 日が西日になりつつある中、私と夜重はショッピングモールを出て、ぶらぶらと近くの商店街を歩いていた。

 帰路につくためのバス停は駅の敷地の中にある。駅まではここから五分とかからないから、帰ろうと思えば帰れるんだけど…せっかくここまで来たんだから、それはちょっともったいない気がしていた。夜重も帰ろうと言い出さなかったから、同じ気持ちなんだと思う。

「もう一か所くらい、どこかに寄りたいね」と私が何気なく言うと、夜重は無言のままに立ち止まり、じっとカラオケ店の看板を見つめていた。

「夜重、カラオケ行きたいの?」
「行きたいというか…こういうところもアリなのかしら、って思っただけよ」
「それって行きたいってことなんじゃないの?」と私が笑うと、夜重は困ったふうに笑った。

 これはちょっと珍しいことだった。夜重とは十年の付き合いだけど、カラオケに興味を示すようなことなんて一度もなかった。私は頻繁に別の友だちと行くけどね。

「行ってみる?」

 小首を傾げて問えば、夜重は一瞬の間の後、神妙な顔でこくりと頷いた。

「おっけー、じゃ、私に任せてよ!」

 私は夜重の手を引き、すぐに近場のカラオケ店に入った。それから、フリータイムで部屋を取って、適当なドリンクをコップに注いで指定された部屋へと移動する。どうでもいいけど、こういう場所でもコーヒーを選ぶ夜重は、なんだか夜重っぽかった。ちなみに、私はスプライトだ。

 部屋に入れば、夜重は物珍しげに室内を見渡していた。ちょっとだけ警戒している様子が猫っぽくてかわいい。艶のある黒猫だ。

「思ったより、狭いのね」
「まあ、二人しかいないからね。五、六人で来ると広い部屋に通されるよ」
「…へぇ」

 パッドを手に取り、ソファに腰を下ろす。さて、何を歌おうかなぁ、なんて考えていると、寄ってきた夜重が私の肩にかけていたシャツを回収し、それをハンガーにかけた。スマートな動きに、「…ありがと」と呟きが無意識にこぼれる。

 その後、対面に座った夜重は落ち着かない様子で室内を見まわし、同じような広告が流れ続けているディスプレイをじっと眺めていた。「先に歌う?」と私が尋ねれば、夜重は、「えっ!?」とこっちがびっくりしてしまうほどのリアクションを見せた。

「い、いいわ、私は…先に祈里が歌って」
「そう?んー…あ、そっか、そうだよね、初めてって緊張するよね」
「…変な言い方しないで」

 変な言い方って、なにが、と不思議に思いつつも、夜重の言葉の一つ一つに反応してたら会話にならないから、スルー。

 さて、私はというと、可愛めの適当な曲をチョイス。私の声だとちょっと音域が高いけど、頑張ればなんとかなる。

 イントロが流れ始めると、夜重は驚いた様子でスピーカーを見上げた。

「音に慣れるまでドキドキするよね。少しの間我慢してれば、いつの間にか気にならなくなるよ」
「そ、そういうもの?信じられないのだけれど」
「大丈夫、大丈夫――っと」

 Aメロが始まったので急いでマイクを構える。何度行っても第一声は緊張する。だけど多分、カラオケ初体験の夜重より上手いはずだから、すぐに緊張はほぐれる。

 流れるのは恋の歌。私の世代なら誰だって知っているような歌だけど、こんなに一途に恋をしたことがない私でも、なんだか感情移入しながら歌えるような曲だった。

 誰よりも長く一緒にいたい気持ちとか。

 一番の私を見てほしい気持ちとか。

 特別な関係になりたいと思いつつも、肝心なところで自分からは踏み出せない気持ちとか。

 神様とか運命とかが偶然という名の奇跡を起こして、私たちの『今』を守ったままで『何か』を変えてくれることを期待しているんだ。

(…なんて、ね。ちゃんと人を好きになったことなんてないくせにね)

 本当は、自分でも分かってる。莉音『くん』だって、別に心の底から色々と期待していたわけじゃない。そこまでメルヘンな頭はしてない。ただ、何も変わらない私の青春を変えたかったんだと思う。きっと、いつも背中しか見えてない夜重が慌てちゃうくらいの、何かを。
  

 あっという間に一曲目が終わり、私はふぅっと息を吐く。夜重がいることを忘れてしまうくらい、ぼんやりと歌っていたみたいだった。

「…」

 次の曲は始まらず、また広告が画面に流れ出す。

 まだ歌いたい歌が決まってないのかな、と対面に顔を向ければ、ぼうっとした面持ちで夜重が私を見ていた。

「え、どしたの」

 思わずマジトーンで問いかければ、夜重はハッとした感じで我に返った。

「いえ、その…いつもと、違ったから…」
「いつもと?何が?」

 カラオケは初めてなのに、何を言っているんだこの子は。

「…声」
「へ?」
「だから、声よ」
「あぁ、なるほど」

 そりゃそうだ。オクターブが一つ高いだろうからね。

「変だった?」
「変というわけではなくて…ちょっと、可愛い声だと思っただけよ」

 可愛い。

 私の、声?

「そ、そう」

 いつも聞いているものとは違ったから、そんなふうに思うんだろう。そうに決まってる。

「ちょっとよ」と念押ししてくるから、私は気にしてないフリをして、「はいはい」と適当に流し、夜重が曲を入れるのを待っていた。ところが、夜重はどれだけ待っても歌い始める気配はなく、じーっとパッドと睨めっこするばかりだった。

「使い方、分からないの?」
「ええ…」

 簡単だと思うけどね、と考えながら、夜重の隣に移動する。夜重は昔から、きちんと理解してから行動したいタイプだった。行き当たりばったりで動く私とは真反対である。

 でもそれって、二の足踏んでるとも思うんだけどね。

 夜重くらいなんでもできる人なら、急な問題だって対処しちゃうだろうに。

「で、なんの曲を歌いたいの?」
「えっと…」

 夜重が口にしたのは、一昔前の曲の名前だった。流行に乗っかることを重視しない夜重は、自分が本当に良いと思ったものにしかなびかない。そのせいで、ノリが合う人合わない人の境がハッキリしすぎているし、正直、敵も多い。ただ、それすらねじ伏せる――というか、歯牙にもかけず我が道を行くのが蒼井夜重という女だった。

 適当に合わせて、色んな人と友だちになる私とはやっぱりタイプが違う。友だちは多いほうが楽しいよ、と夜重の振る舞いを柔らかくしようと試みたことがあるが、それに対し夜重は、『私には関係ないわね』とあっさり斬り捨てた。

 それを聞いて、いつか、その刃が私との縁も切っちゃうんじゃないかって、心配になったんだよね…。

 そのうち流れ始めたのは、夜重の寡黙なイメージからは想像できない、激しめのロック。まあ、中身をきちんと知っている人なら、夜重っぽいとも思うかもしれない。夜重は、自分の主張が強いタイプだから。

 歌い始める前、ちょっとだけ夜重は緊張している感じだった。だから私は、夜重になだれかかりながら、「気楽に歌いなよ。音痴でも死んだりしないよ」と冗談を口にする。

「音痴なもんですか」

 反抗心に火がついたふうな口ぶりの夜重。負けん気は夜重も強い。

 歌い始めると、私はめちゃくちゃびみょーな気分にさせられた。

(えー…うまぁ…)

 ゆったりとした曲より、激しい曲のほうが難しい気がするものだが、夜重は想像以上に綺麗な声と滑舌とリズム感、音程で言葉を奏でていく。

 普段からカラオケに行き慣れている私のほうが、絶対に歌は上手いと思ったのに、これじゃあそう断言することもできなさそう。

 あと、夜重だって普段の声とは違って、激しい感情が逆巻いているような声だった。ロック調であることも相まって、当然と言えば当然だけど、新鮮な感じがした。あんまり認めたくないけど、かっこいい。

 私は夜重が歌っている間も、ずっとそのオニキスの瞳を盗み見ていた。

 黒々としたガラス玉がディスプレイから放たれる閃光を反射させる度に、その美しさは際立つ。ずっと見ていられる。そんな気すらしていた。

 一曲歌い終えた夜重に拍手を送れば、夜重はちょっと汗ばんだ額を拭ってから、たいしたことないわ、とでも言いたげに髪を後ろに払った。

「上手じゃん、夜重。カラオケ初めてとは思えないよ」
「そうかしら。…まあ、決められたことを正確に守るのは得意なのよ。作業も、問題も、音程もね」
「なんか腹立つなぁ」
「ふふっ、歌なら勝てると思っていたのでしょう?」
「むっ」図星を突かれて、つい私はムキになってしまう。「いいよ。じゃあ、ちゃんと採点機能使って勝負しようよ」
「採点機能?」

 それがカラオケの機能の一つであることを私が説明すると、夜重はなぜか少しだけ楽しそうに口元を綻ばせて私の挑戦を受けた。

「なに、その余裕。自信ある感じ?」
「いえ、別に自信があるわけじゃないわ。ないわけでもないけれど」
「ややこしいなぁ」
「貴方が聞いたのでしょう。私はただ、祈里と点数を競うなんて久しぶりだと…懐かしくなっただけよ」

 たしかに、テストの点数を競えたのは小学校低学年までだったなぁ。

 嫌味か貴様、と口にしかけたが、私はその言葉を飲み込まざるを得なくなった。

 過去を懐かしむ夜重の顔は、カラオケルームという薄暗い一室の中で、ぼんやりと、六等星みたいに弱々しくも優しい光を放っていたからだ。
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