初夜すら私に触れようとしなかった夫には、知らなかった裏の顔がありました~これって…ヤンデレってヤツですか?

蜜柑マル

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次の日からフェルナンドは、離れと本宅を往復する時私の手を握るようになった。繋ぐ、ではない。まさに握る、である。小さな子どもが迷子にならないようにギュッと手を握る。

やめてくれるよう何度言っても反応がないので、私も諦めることにした。いったい何がしたいのか、フェルナンドの意図がわからず困惑する。たまに、親指で手の甲をスルリと撫でられることがあった。なんだろうと見上げても、フェルナンドの横顔は変わらない。あの結婚式の時のように無表情のままだ。でもその感触が、不思議とイヤだと思えなかった。優しく、宝物を撫でるような、そんな丁寧な仕草だったから。

アマンダもその日以降また見かけることがなくなった。一度フェルナンドに「アマンダ様は、」と聞くと

「おまえが気にすることがなにかあるのか」

とだけ言われその後は触れるのをやめた。突っ掛かってきて、私を嘲る人間を気にしても仕方がない。ただあの時の、ジルコニア夫人とアマンダのやり取りだけは気になった。いったいあれはなんだったのだろう?アマンダは明らかに怯えていたし、あの後現れたリリアさんも侯爵家の…自分が仕えている主人の義理とは言え娘にしていい態度ではなかったように思うのだが。

そんなふうにしながら私とフェルナンドの関係性はなにも変わらず、結婚から半年が過ぎたころ、フェルナンドが離れに一人客人を連れてきた。上品な身なりの、白髪の男性だった。しかし、見た目は若そうに見える。

「今から指輪を作ってもらう」

挨拶も紹介もなくいきなりそう言って、フェルナンドは私の左手を取ると薬指の付け根をスルリと撫でた。いつものように、慈しむように。その感触に心が落ち着かなくなる。

「奥様、はじめまして。わたしはサフィールドと申します。わたしはこの国の人間ではなくて…ちょっと変わったことができるのです」

とニコニコしながら言うと、サフィールドさんはフェルナンドから私の手を離させた。

「あなたはいいですよ、出てください」

「俺もここにいる」

「言われた通りにしますから心配無用です。わたし、見られてると集中できないんですよ…特にあなたは視線だけじゃないので痛くて仕方ないんですよ。それにここが安全だなんて一番あなたがわかっているでしょうが。まったくバカですね。出ていかないなら作りませんよ」

フェルナンドはその言葉にグッ、と詰まったようになると私を一瞥して出ていった。ドアを乱暴にバタン、と閉める。

「大人気ない…あらためまして、サフィールドです。あなたはユリアーナさん。今日はよろしくお願いします」

「ユリアーナです、あの、指輪って、」

サフィールドさんはおどけたような顔になると、

「まったくあの人は、なんにも話してないんですね。ま、話せないか」

と呟き、

「フェルナンド君が、結婚指輪を作りたいそうなんです」

「結婚指輪…」

「ええ。本当は結婚式までに作りたかったらしいんですが、わたし、旅に出ていたものですから。面白いことを噂に聞いて、実際に見に行ってきたんです。その後も、いろいろと回ってきまして」

サフィールドさんはそう言ってニコッとすると、

「今朝帰ってきたばかりなのに拉致られてしまいました。眠くてたまりません」

「申し訳ありません、」

「いいんですよ、悪いのはユリアーナさんではないのですから」

サフィールドさんは私の指に大きさの異なる銀の輪っかをいくつか填めた。

「これだときついかな?」

「そうですね、少しきついかもしれません」

「じゃあ、この大きさがいいね」

決めた輪っかを光沢のある赤い布に載せたサフィールドさんは、聞いたことのない言葉を呟いた。すると、その輪っかがみるみる輝きだし、光沢のある細身のシンプルな指輪になった。

「じゃあ、ユリアーナさん、」

「俺が填める」

ノックもなしに突然入ってきたフェルナンドは、私の手を取ると出来上がったばかりの指輪を薬指に填めた。その顔は満足そうで、…私の指をまたスルリと撫でた。なんで、こんな優しい触れかたをするの。

「あのさぁ…」

「うるさい。俺のも早く作れ」

「えー。キミは必要ないんじゃないの?」

「うるさい!結婚指輪なんだぞ、夫と妻と二人で着けるのが当然だろうが!」

ふーん、と言いながらサフィールドさんは同じ工程を繰り返した。指輪が出来上がると、フェルナンドは私を見て、

「俺にも填めてくれ」

と左手を突きだした。

なんでいちいち拘るんだろう。自分で着けたらいいと思うのだが。これでは指輪の交換みたいだ。私に、「愛を求められても困る」と言ったのに、なぜ私の心を掻き乱すようなことをするのだろう。どうせなら放っておいてくれればいいのに、手に触れたり、会話はなくても必ず食事と移動は一緒にしたり、この人は、いったい何を考えているのだろう?

黙って顔を見上げていると、フェルナンドの瞳に寂しそうな色が揺れた。どうして、そんな目になるの…。

そっとフェルナンドの手を取る。いつものように、ひんやりとした手。支えるために左手に乗せ、手のひらが触れ合うと、フェルナンドの手がピクリと揺れた。もう何なのかわからない。フェルナンドの薬指に、私の指とお揃いの細身の指輪を着ける。

指輪を着けたフェルナンドの瞳が、不意にふ、と嬉しそうな色をのせた。顔は無表情のままなのに。そしてフェルナンドは、愛しそうにその指輪を撫でた。胸の鼓動が激しくなる。なんで、なんでこんな、

「これは契約の指輪だ。これが外れたとき…割れたとき、俺とおまえは離縁をすることになる」

…え?

「ちょっと、何を言い出すの、」

「うるさい。余計なことを言ったら承知しないぞ」

そう言うとフェルナンドは、今度は私を見向きもせずに出ていった。

「…ったく。勝手に連れてきて、お礼も言わず勝手に帰れ、ってか」

そう呟いたサフィールドさんは、意味がわからず呆然とする私を見て、

「ユリアーナさん、あのね、これ」

と懐から緑色の石を取り出した。まあるい、ティースプーンの先くらいの大きさだ。

私にそれを持たせると、サフィールドさんはまた先ほどのように何かを呟いた。

「もし何か困ったことが起きたら…たぶんないとは思うんだけど、もし起きたら、この石を握って『私はここではないどこかに行きたい』って言って。練習、さん、はい」

「え、えと?」

「はい、練習」

「…私は、ここではないどこかに行きたい…?」

「そう。覚えた?」

コクリ、と頷くと、ニコッとしてくれた。

「もしまた会うことがあったら、今度はお茶でも飲もうねぇ」

そう言ってサフィールドさんは、離れから出ていった。詳しい説明もなくよくわからなかったが、キレイな石だったのでハンカチにくるみ、机の引き出しにそっとしまっておくことにした。その後、左手の指輪をそっと見る。離縁のための契約の指輪。でも、そんなことを言われても、あの慈しむようなフェルナンドの指を思い出して、私は指輪を外すことができなかった。
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