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3 てっぺんの侵入者
しおりを挟むバドが久々に人間の姿を目にしてからしばらくして、ある晴れた日にバドは窓にコツンコツンと何かが当たる音がして、窓に近寄った。
「え、人間……?」
なんと窓の向こうにある高い木の上に、人間の男が一人、太い枝に座っていた。
この塔と同じくらいに高い木だ。一瞬それが自分と同じ魔物の類ではないかと思いドキリとした。
男は何度も何か小石のようなものを投げては、窓に当て、こちらに合図を送っている。
魔物であれば小石で合図を送るなど、そんな面倒なことなどしないだろう。やはりあれは人間だ!
バドは思わず窓にぺったりと顔がつくほど近寄って凝視した。
なるほど木に登ったか。
あの位置なら自分の姿を捉えることはできるだろう。ちょっと遠いから会話は難しいかもしれないな。
それにしても健康で逞しそうな若い男。うーん、とても美味そう!精気が欲しい!
よだれを垂らしながら窓にへばりつき凝視していると、男はバドに気が付き手を振った。
手を振ってくれた男に目を輝かせながら振り返すも、それ以外何もできないことに落胆して肩を落とした。
ここで念力とか使えたらいいのだが、なんせ下級悪魔。下級も下級。しかもコウモリにもなれないへなちょこ淫魔だから、そういうこともできない。
もしバドがコウモリにでもなれたら、こんなところからはすぐに脱出できていたのだが。
ただぼーっと男を眺めていると、男はさらに上の枝によじ登り、ロープを結きはじめた。
え、まさか?まさかそのロープでこっちこようとかしないよね!?なんだか嫌な予感がし、バドはあたふたした。
……しかし予感的中。その、まさかだった。
男は勢いをつけなんと振り子のようにロープをぶらさがったまま、足から窓に突撃してきたのだ。
「ふぎゃっ」
バドは変な悲鳴をあげ慌てて窓から離れた。
窓はドバンっという大きな音をたてたあとミシミシと揺れ、バドはその衝撃に驚きビクリと身を震わせた。
恐る恐る目を開けてみると……窓は壊れていなかった。窓を触って確認するが、窓はヒビ一つ負っていない。
それもそのはず。
クソ魔導士がバドを外に出さないよう、魔術だろうが打撃だろうが一切を遮断する壊れない完全防御の無敵の窓を作ったのだ。
あんな生身の人間の突撃なんかで壊れるはずもない。
窓をさすりながらがっかりしていると……って、がっかりしている場合じゃない!! と気がついた。
肝心の人間は?!
バドは急いで窓に顔をくっつけて下を見た。
人は……落ちていないように見える。
あれ?と思って外を見回すと、なんと窓の横に出っ張った変な形のガーゴイルになんとか掴まっていた。
バドはホッと胸をなでおろした。
「おい、大丈夫か」
バドは椅子によじ登り、窓の上にある通気口を開け、そこから声をかけると、男はびっくりした顔でこちらを見た。
「だ、大丈夫だ。体は打ったがそこまで痛くはない」
「そうか、なら良い。お前、そのロープ離すなよ。もどれなくなる」
バドは男が持っているロープを離さないよう忠告した。外からも窓は開けられないから、部屋に入れてやることはできない。あれがなくなると、あの男はこの塔から降りられずに身投げするしかなくなる。
そう伝えると男は、慌てて持っていたロープを手に巻きつけた。
本当に危なっかしい男だなあ。
「な、なあおい、お前、淫魔って本当か」
男は自己紹介もなく、唐突にバドに質問をぶつける。
「お前、急に突撃してきて『おい淫魔か』はないだろう」
ムッとしてそう言い返すと、急に男はガーゴイルに掴まり落ちないよう体勢を整えてから、丁寧に膝をおった。
「これは失礼を。私は東の砦にて騎士をしておりますブライズと申します」
こいつ騎士か! しかも若そう! 精力ありそう~!
バドは堪らなくなって思わず舌舐めずりをした。しかし気取られて逃げられたら終わりなので、よだれが出そうな口をぎゅっと引き締める。
「へ、へえ。ちゃんとした挨拶もできるじゃないか。木の上になんかいるからどこかの猿かと思った」
それを聞いて男は怒りもせず、はははと笑っていた。
「あなたのことを聞いても宜しいですか」
ブライズが丁寧にバドに問いかけたので、バドも機嫌よく答えた。
「おれはバドだ。お前の言うとおり淫魔だ。ずっとこの塔に住んでいる」
「やっぱり淫魔か!」
ブライズの力の入った返しに、
こいつもしかして討伐とか言い出さないだろうなと、ちょっと心配になった。
「バドさん、俺を部屋に入れてくれません?」
「……バドでいい。会って早々部屋にいれろとは馴れ馴れしいな。来ていきなり討伐されるとか嫌だぞ」
「討伐なんて! いや、ちょっと淫魔に興味ありありで。ははは」
恥ずかしそうにブライズが顔を赤くして笑う。
……あーそう、そっち!? エロ目的ってこと?
バドは眉を開いた。そしてこの猿のように身軽で素直なブライズという男に興味が湧いた。
……ふーん、なんだかちょっとかわいいじゃないか。
「ちょっとここに手を出せるか」
バドが唯一開けることができる通気口から手を伸ばすと、ブライズもロープを離さないように注意しながら、ガーゴイルによじ登って通気口に手を差し伸べる。
「すまないな。いろいろあって窓はこれしか開かないんだ。よいしょっと」
バドは椅子を踏み外さないようにしながら、伸ばされた手を掴む。
ブライズの手は、すべすべとしているが、掌はゴツゴツとした男らしい手だ。久々に人間らしい生身の手に触れて、バドは感触を愉しむようにすこし撫で擦るように指を動かし、彼の手を握った。
汗をかいたのか少し湿ったブライズの手。そこから少しだけ精気を頂いた。
「んんん!」
ああ、これこれ。やっぱり美味い! 生の精気だ! ああ直接口から味わいたい!
久々の人間からの精気に恍惚とし、顔が上気するのが自分でもわかる。
————そしてこの味。まさかのまさか!
「……ブライズ、お前、童貞か」
「…………!!」
「あ! ブライズ!!」
ブライズはびっくりしたのか手を思わず引っ込め、その勢いでガーゴイルから転げ落ちそうになり、バドは慌てて声をあげてしまった。
今は部屋に入ることはできないが、ダンジョンをちゃんと攻略すれば自分に会えることを彼に伝えると、ブライズから迷宮は苦手だから、何かヒントはないかと聞いてきた。
迷宮にがてかぁ。そっかー。
ヒント!ヒントね。
「ここを作った魔導士の家に行けば、何かヒントがあるかもしれない」
自分だって階下には行ったことがないんだ。ダンジョン攻略のヒントなんて知るわけない。
でもここを作った魔導士の家に行けば何かあるかもしれないぞと、そう考えた。
クソ魔導士の名前は覚えていないが、何度も精気を奪いに行ったので家は覚えている。ここからもそんなに遠くない。
ブライズに家の場所を教えてやると、絶対に攻略してバドに会うぞとかわいいことを言ってくれた。
ああ、早くこいつの精気を食いたい。
その日の夜、思わぬ来訪者でちょっとテンションが上がったバドは、その来訪者であるブライズの夢に行ってみることにした。
本当にいいやつなのかどうかも見極めなくてはならない。
人間ってやつはたまに騙してひどいことをする奴もいるからな。夢を見るとだいたい人となりというものがわかるもんだ。
今日吸った精気の匂いを辿り、バドはブライズの夢に渡った。
ブライズはぐっすり眠っているようで、思惑通り夢を見ていた。
家族の夢のようだ。
ひどく長閑な景色の中で人々が戯れている。
ああ、ブライズの家族らしい、よく似た目鼻立ちのは兄妹らが笑っている。
父親や母親、妹たち、善人そうな笑顔は、今日会ったブライズの雰囲気と重なった。
さてどこで精気を奪う状況にもっていってやろうかと、このほのぼの家族を眺めていると、いきなり暗雲が立ちこめはじめた。
周囲はあっという間に暗くなり、巨大な黒い雲が次第に恐ろしいモンスターに変化すると、優しく穏やかだった光景はあっという間に無残な世界へと移り変わった。黒い巨大なモンスターに、抵抗することもできず家族は次々に襲われ、酷い最期を迎えていく。
————気がつくと彼は真っ暗な中ひとりぼっちで立っていた。
これはたぶん比喩的な表現として夢に現れているのだろうと思うが、彼が家族を喪ったことは事実なんだろう。
自分は淫魔だからこういうところで慰めるなんて、ちゃんちゃらおかしいが……なんとなく今日会った鷹揚で朗らかな彼が目に浮かび、そっと頭上から頭を撫でた。
ずっと1人で塔にいる自分と、家族を喪ったひとりぼっちのブライズ。
なんとなく同情しちゃったのかな。まあ早く童貞卒業したいなら早く来いよな。
バドはチュッと夢の中のブライズにキスをすると、その夢から立ち去った。
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