四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

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Chapter1

3:星よ!星よ!

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 あれから五年近く経っていましたが、機械は何も変わっていないように見えました。
 大きさは学校のプールの半分くらい――ちょっと判りにくいですかね? 形はさっき言ったように周りにローラーが縦に並んで取付けらた箱です。ここにフィルムを引っ掛けるんでしょうか? 周りを回ってみましたが、やはり穴が二つ開いています。ばーちゃんが入れたんだから、今の僕でも大丈夫でしょう。

 僕は腰を屈めると、穴を覗き込みました。委員長も僕の横に来て覗きました。
「ここに入ったの? なんでまたこんな――」
 委員長はそれ以上言葉を続けませんでした。
 僕とばーちゃんが昔見たのと同じ事が起きました。四角い穴の向こうは真っ暗な世界。そこに出口の四角い穴がぽつんと開いている。その周りがちかちかと輝きだしたのです。
「これが――星」
 僕はカメラを構えました。
「暗すぎて撮れないんじゃないの?」
「いや、カメラのライトで照らして正体を見てやろうと思うんだ。プラスチックの欠片か光る虫か――」
 委員長は穴の中と僕を交互に見ました。そんなものであるはずがない。そう、その目は語っていました。僕もそう思います。でも――
「ほら、触れるんだ」
 僕は穴に手を入れて、近くの暗闇をペちぺちと叩きました。それからライトを点けてみました。入口付近の黒が後退し、そこには金属製の床が現れました。
「……ここを這って行ったの?」
「途中までね。中は上も下も一定間隔で溝があって昔の僕には危なかったんだ。多分そこに詰まってる何かが光ってるんじゃないかな?」
 委員長は皆さん大人気な、そんなわけねーだろっていう唇の片端だけを上げる笑いを浮かべましたが、お先にどうぞ、と横にどきました。お先に、とは後から来るという意味だろうか、来るとしても、そうか、僕が後からってのは無いかな、と僕は穴に滑り込みました。

 前に入った時は興奮していてやたらとすげーを連発していた僕ですが、今度は落ち着いています。カメラのライトを点け、あたりをぐるりと照らします。
 機械の壁が見えます。溝の底を映すと結構浅いことがわかりました。埃やプラスチック片が積もっています。
「やっぱりゴミだ」
 僕が呟くと、どれどれと意外にも近い所から声がしました。声の方にライトを向けると委員長が腹這いになって僕と並んでいました。上を見たり下を見たりとせわしなく顔を動かしています。僕は溝の底からプラスチック片をつまみあげました。
「ほら、こいつが正体さ」
 委員長はしばらく黙って、僕の目を見つめていた後、溜息をついて頭を振りました。
「ライトを消してみて」
 僕はカメラのライトを消します。
 プラスチック片は光りません。手の角度を変えたり、左右に大きく振ったりしました。まったく光りません。委員長の手が僕の肩を叩きました。

 星が近寄ってきていました。

 皆さんがどうかは知りませんが、僕は夜、空をじっと眺めていると、星が少しづつ動いてこっちに近寄ってきているような感じがして少し怖いのです。この時の怖さはそれの比ではありません。星は本当に動いていました。瞬き、回転しています。僕は委員長の肩を叩き、後ろを振り返りました。戦略的撤退――そう思った僕は思わず、へ? と声を上げました。

 入って来た穴は、ずっと遠くにあったのです。

 僕達が入ってから二分も経ってません。
 というか、あの遠さじゃ、機械の大きさと合ってないんです。委員長が服をグイグイ引っ張ってきました。
「で、出口も遠くなってく!」
 委員長の手から震えが伝わってきましたが、僕も心臓がドキドキからドッドッに変わっておりまして、さてどうしよう? と言ってもどうしようもないぞこりゃ、とぐるぐる考えていました。と、その時、カメラを掴んでいるのを思い出しました。そうだ、ライトを点ければ、怪談のお約束なら――
「きゃあっ!」
 委員長が悲鳴を上げ、僕に飛びついてきました。
「ななな、なにこれ!? なにが、どうなって――」
 ライトは点きました。でも、最悪でした。

 真っ暗、いや、真っ黒なんです。ライトに照らされたのは僕達二人の体だけ。周りは真っ黒。そこに星が浮かびグルグル動いている。
 委員長がまた声を上げます。手足をばたばたと前に後ろに振っています。思わず『ナニガエルだよ、それ』と呟いてしまいました。すかさずツッコミが頭に飛んできました。
「ば、こんな状況で、おま、この、ばっ」
 あまりの慌てっぷりに僕は落ち着いてしまいました。それで、ゆっくりと胡坐をかいてみると、なんとかけてしまった。委員長が動くの止め、辺りを見回してから、ゆっくりと腕や足を回しました。
「……あたしたち、さっきまで這ってたのよね?」
「うーむ、そう記憶してるね。参ったな、こりゃ」
「オッサン、落ち着きすぎ……とはいえ、どうしようね、これ」
 いやいや、委員長の落ち着きっぷりも中々の物でした。腕を組んで上やら下を眺めていましたが、そのうち僕と同じく胡坐をかきました。
「一応聞いておくけど、今何が見えてる?」
「上も下も暗黒空間。そこに星が動き回ってる。星の数はいっぱい」
「……同じか。二人揃って酸欠になってるにしても、同じ幻覚は見ないよね。しかもこれ、あたしが見てる夢ってわけでもなさそうだし」
 委員長は自分の頬をつねり、頷いてから僕にデコピンをしました。べちりと鈍い音がして、僕はカメラを自分に向けました。
「地味に痛いです。皆さん、見ましたか、これぞ暴力の世界ですよ」
 今度は委員長にカメラを向けます。
「どうですか、委員長、圧倒的な暴力で男をねじ伏せた感想は――」
 委員長が胸を逸らせて、まあまあの気分、と言ったところで僕は委員長の手をひっぱりました。委員長の肩越しにこちらに飛んでくる物が見えたんです。

「なに、あれ?」
 委員長の質問に僕は頭を振り、どうしたら良いか判らないのでとりあえずカメラを向けました。
 それはもやもやした光るものでした。『深海魚っぽい縄跳び』と委員長は後日言ってましたが、合ってるような間違ってるような。まあともかくそれは僕達めがけてぐんぐん向こうから飛んできます。
「手!」
 委員長の悲鳴が僕の耳に刺さります。モニター越しにもそれが大きな開いた手のような形になるのが見えました。と、それはパーからチョキへ、しかも細いチョキへと形を変え、瞬間、僕の手に強い衝撃が襲ってきました。
 僕達二人はギャーギャー言いながら真っ黒の中をぶんぶん振り回され、あっと思ったらアスファルトが目の前に迫ってきていました。とっさにカメラがぶつからないように肘を曲げ、そのまま着地。

 僕は気がついたら箱の穴から上半身を『ところてん』みたく出していたんです。じんじんする腕そのままに、僕は箱から体を抜きました。委員長! と声をかけると、暗闇からぬっと手が出てきます。
「おえっ……あー、だーめだー、目が回る。手ぇ引っ張って。マジ無理」
 僕は痺れる両手で委員長の手を握り、引っ張り出しました。その場にぺたんと座った委員長は、瞬きを繰り返して唸っていました。
「……だ、だいじょぶーとか聞かなーでね。聞いたらマージぶっ殺、おえっ、から……」
 弱々しく毒づき、頭を振る委員長はさておき、僕は今でてきた穴に顔を近づけました。委員長がズボンの裾を強く引っ張って叫びました。
「やややめなって!」
「元に戻ってる」
 委員長は、は? と言った後、ゆっくりと立ち上がり、ちらっと覗くと、またしゃがみ込みました。
「……はいはい、良かった良かった。ちなみに星は?」
 僕は頭を振りました。
「いや、もう見えないな」
「……でしょうね」
 僕は委員長を見ました。彼女は僕が持っているカメラを指差しました。
「そこに凄い勢いで入ったわよ」
「……ああ、それで、吹っ飛ばされたのか」
 僕はカメラを持ち上げ、上に下にと観察しました。レンズどころか胴体にもかすり傷一つ付いていないように見えました。

 異常なしでしたよ? ……外側はね。
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