四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

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Chapter2

2:緑の道

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「はい、皆さん、どうもこんにちは。『オッサン』こと、ユウジロウです。
 えー、凄い事を聞いてしまってちょっと今動揺していますね。さ、落ち着け自分……。
 さて! 本日は『追いかけてくる口笛』です。
 ヒョウモンさんを恐怖のどん底に陥れた謎の現象でして、こう、道を歩いていたら、口笛が聞こえてくる。その曲はどこかで聞いた事があるが、どこでも聞いた事もない曲らしいです。
 なんのこっちゃ。
 で、それが移動しても、ずっと変わらない大きさで聞こえ続ける。走っても歩いても匍匐前進でも――まあ、ともかく聞こえ続けるんですな。
 で、必死に逃げてると、いつの間にか聞こえなくなっている、という妖怪じみた話です。
 ヒョウモンさんを始め、勇敢にも後ろを振り返った人の中には、電柱の陰に何かの影を見たとか見ないとか!
 で、どうも最近体験をしたって人が増えておりまして、あー、怖いなー、まずいんじゃないかなーって思ってたら……ねえ、ヤンさん」
「おう、ちっと早急にどうかしなきゃヤバいんじゃねって相談がオッサンのクラスに寄せられたんだけど、あ、勿論警察には通報済みでよ、まあ、なんつーか……」
 オジョーさんがスマホをカメラの近くに持っていき、写真を表示させました。
「警察さんとか行政さんの行動は中々早いです。この噂、結構有名ですからね」

 それは図書館等に張り出される不審者情報の紙です。本放送で色々モザイクかけたのは察してください。
 内容としましては、『五月二十六日 午後三時ごろ 〇〇町路上 性別不明・痩せ形 電柱の後ろから手が伸びてきて、服を掴まれて引っ張られた』みたいな?
 委員長が、とうとう物理的なのがきやがった、と溜息をつきました。
「警察は不審者として捜索している、ってことでしょうか?」
 オジョーさんの言葉にヤンさんが首を捻る。
「どうだかなあ。これ系の警告でよ、『性別不明』って役に立たなくね? 年齢はともかく性別は普通書くんじゃねーの?」
「……つまり警察も相手は人間じゃないかも、って思ってると?」
 僕の質問にヤンさんは眉をしかめただけです。委員長は肩を竦めました。
「まあ、それでも、何かしらに対して警戒を行政がしているってのは大きいと思うわ」
 ヤンさんは苦虫を噛み潰したように小さく言いました。
「それが嫌っつーか、気持ち悪いんだがなあ」

 まとめノートに挟んであった『口笛』と余白に書かれた地図には、すでに幾つかの赤い星や線が書き込んでありました。
 ばーちゃん、地図が残ってたらアップしといて。
 で、地図を皆さんが見ているという前提で解説しますと、星印は明確に判っている遭遇場所、線は追いかけ回された区域です。確かここら辺という不明瞭な体験談に関しては薄く鉛筆で点線を書き込むのみにしてあります。それぞれの横には判明している場合は日付や時刻も書いてあります。
 オジョーさんと委員長は顔の角度を変えたり地図を回したりしながら地図を眺め、昨日追加された新しい目撃情報を書き込みました。
「……なんか共通項っつーの? なくね?」
 熱い烏龍茶を飲みながら、ヤンさんが顎を撫でました。剃ったばかりの髭が早くも伸び始めているらしく、小さなさりさりという音がしました。
 委員長も顎を撫でました。しゅるしゅると絹のような音に、なんかこう――うわっエロイな、と思ってみたり。
 あ、今の無しで。
 ばーちゃん、今のコメント絶対カットで!

「本当に見事にバラバラだな。時間も夜中から明け方までバラエティ豊かだ」
 委員長の言葉にオジョーさんも、ホントですわねえ、と溜息をつきました。
「むしろ昼間の方が多いなんて……あ、お天気はどうなんでしょうか?」
 僕はまとめノートの口笛のページを開きました。
「天気は不明が多いですね。ただ、雨の日の報告が三件あります。五月に入ってからは雨の日は少ないから、晴れの日も雨の日もってとこじゃないですか。
 ちなみに人数も関係ないみたいです。親と一緒に聞いた、とか、近くを歩いてたサラリーマンとか子供とかもあれ? みたいな顔をしてた、とかが数件あります」
「あれだ、神社とか寺とか、そういうオカルト系の共通点は?」
 オジョーさんがうーむむむと下唇を突き出して渋い顔をします。委員長のうわっブサイクという呟きに、オジョーさんがゆっくりとした右ストレートで応えました。
「それも――うーん、確かに寺社仏閣、墓地等の近くや前でも起きてますが、それ以外の所の方が多いような……」

 僕はカメラに向かって、手詰まりです、しかーし、と言いながら鞄からもう一個デジカメを出しました。ちなみに背後ではスローで右ストレートを食らって吹っ飛ぶ小芝居を委員長とオジョーさんが続けていました。
「実はここ数日、委員長と目撃情報のあった場所を撮影してまいりました! 
 さ、これに証拠が映っているのか、いないのか? 
 映っていなかったら、我々はこの町を虱潰しに歩くのか!? こうご期待!」
 今、さらっと恐ろしいこと言いやがったぞ、この小学生っとヤンさんが笑いました。
 二機目のデジカメの後ろに、現在撮影中のデジカメを置き、二機目のモニターで調査映像を再生し始めます。この時の映像、ちゃんと撮れてたんですけどね、ばーちゃんが魚眼風にしようって言いだして、試しにやってみたらうまくいかなくて、結局静止画で魚眼風。
 まあ、面白い感じに仕上がったから良いんですけど、この後の展開との落差が凄すぎて……。

 まあ、そのギャップが好評な回なんですけども。

 さて、取材映像ですが、最初は真面目かつ緊張感あふれる会話を僕と委員長はしておるのですが、まあ、小学生ですし、放課後ですし、小腹も減っていましたし、なんかフツーにおしゃべりしながらアイスとか食べて散歩している映像になっちゃってました。
 ヤンさんが、なんでデートの様子を見せつけられなくちゃなんねーの? とこぼすに至り、ぎゃーっと言いながら委員長が停止ボタンを押して終了です。
 赤くなった委員長が、マジぜってーぶっ殺すぞこのヤンキーとぎゃいぎゃい言うのを、オジョーさんがすげー嬉しそうな、巻貝の這った跡みたいなネットリとした笑顔で見ていたのが印象的でした。勿論この部分は本編ではカットです。この後しばらく委員長が僕に対してつっけんどんな感じになってたのは、きっとこれが原因です。
 しょーがねえな、あのヤンキーは!
「えーっと……皆さん、何かお気づきの点はありますでしょうか」
 カメラに何度か視線を送りながらの委員長の委員長らしい聞き方。
 ヤンさんは眉間にしわを寄せてもう一回見直しています。
 オジョーさんが首を捻っています。
「繁華街にゴルフ場横、住宅街、本当に節操がないというか、いい加減というか……まさかランダムなんでしょうか?」
 僕は、いやそれは――と言葉が続きませんでした。口笛が『いつの間にか』聞こえていて、それがずっと追いかけてくるが、『いつの間にか』聞こえなくなってる。場所も時間もバラバラで、聞こえる対象も子供だけじゃなく大人も聞いている。

「……なんか、同じような車ばっかり映ってるな」

 ヤンさんがモニターをつつきながら呟きます。僕はそうですか? と動画を巻き戻しました。
 僕と委員長の斜め後ろを白いバンがゆっくりと走っていますが、ウィンカーを出すと右折していきます。
「これですか?」
 うーん、とヤンさんは動画を何度か巻き戻していますが、他に白いバンが映っている箇所が見つけられませんでした。
「……悪ぃ、気のせいだ。ところで、この緑色のは何だ?」
 ヤンさんがモニターをつつきながら言いました。委員長がモニターに顔を近づけます。
「ああ……それは、あれですよ、この町って確か観光の名所を――」
 オジョーさんがあっ! と叫んでタブレットを取り出すとネットを検索し始めました。

「ほら、これですよ! この町は観光の名所をサイクリングロードで繋いで、『名所を自転車で巡ろう!』というのをやってるんです! ほら、この地図!」

 HPには名所を巡るサイクリングロードが地図上に緑色に表示されていました。僕と委員長は額を突き合わせると、口笛の地図とHPの地図を見比べます。
 僕達は顔を見合わせました。委員長がさっと顔を引きながら、頷きました。

 サイクリングロードに口笛の地図は完全に重なっていたのです。
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