四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

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Chapter2

10:七月三十日、あの日の朝

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 さて……そんなこんなで七月中旬、『あの屋敷』に関わった僕達は、ある刑事さんを交えてすったもんだの挙句何とか解決します。
 それから一週間。じりじりと日々攻撃力を増してくる暑さに防戦一方の僕達でしたが、七月三十日、前日の夕立の所為で、夜が涼しくてとても爽やかな『あの日の朝』が訪れます。今になってみれば、あの夕立ですら、仕組まれた物のように思えます。

 僕はあの日気持ちよく目が覚めました。そして、朝ご飯を食べている最中に、突発的に撮影に行くことに決めたんです。あの時はそれがとてもいい思い付きに感じられました。もし僕が行くまいと思っても、委員長かオジョーさんからお誘いがかかったようにも思います。
 ともかく七月三十日、『あの日の朝』はいつもの橋の上で撮影を始めたんです。メンバーは僕と委員長とオジョーさん。緊急招集に撃てば響くように応えてくれたのは、あの時は嬉しかったです。ちなみにネタは『用水路に蠢く影』の続きですね。数日前に再度目撃情報が届いたのです。
 僕達は、移動中に雑談をちょっと撮って、あとは行き逢い神の情報交換をやりました。ですが、僕もオジョーさんもめぼしい情報は無し。委員長も長い溜息をつくだけです。
 まあ、今から行く場所の裏手が神社だから、情報収集の後、ちょっとお参りしていこうと思うんだけど、いい? と聞かれ僕はそりゃ勿論、と答えました。

 この答も僕は後に激しく後悔することになりました。


「はい! えー、暑いです! 蒸し風呂だぞ、これぇ! で、やって参りましたここですが、再び蠢くナントカが目撃されたらしいんですなあ。ああ、くそっ、汗でベタベタする。熱中症で倒れるんじゃねーの、これ? 
 あ、はい、進行させますよ。このドブちゃんに猫でしたっけ? 犬でしたっけ? こう、ぐっと引きずり込まれるのを見ちゃったというメールが来ましてですね、いやあ、この町どうなって――あ、すいません、オジョーさん、何を持っているんでしょうか?」
「はい、私の予想では、この一連の騒ぎは下水道に特化した体に成長した大型のワニの仕業! 本来ならば猛獣用の麻酔弾等を用意したいところですが、日本ではそうもいかないのです!」
 しばしの沈黙の後、カメラ外から委員長が声を出しました。
「で、ステッキ?」
 はい! とオジョーさんは汗を垂らしながらゴツイ銀色の握りのついたステッキを頬ずりしながらニッコリしました。
「スタンガンや催涙スプレーを考えましたが、こちらは警察さんに職務質問を受けてしまう可能性があります! ワニを相手にする場合は距離を取ることが肝心と考え、傘では強度不足、ということはシャベルかステッキ。しかるに攻撃力と優雅さのうち優雅さを取るならステッキだろう、とお姉さまが!」
 あいつの助言かよ、という委員長のぼやきに後日撮りましたキンジョーさんのWピース画像が挿入され、場面転換です。

 僕達三人がしゃがみ込んでいるのは、町の外れにある、F神社が上にある山の裏手です。
 山自体は小高い丘みたいなものですが、裏側は崖のようにえぐれていまして、そこに古びたビルがひしめき合っております。
 陽射しは建物に遮られて昼だというのに薄暗く、山と建物に囲まれているからムシムシする。僕も委員長もオジョーさんも汗まみれです。
 さて、そんな場所ですので、道は一車線しかないのですが、どこもキッチリ舗装されておりまして、道の端のドブは好都合な事にコンクリートの蓋が無い所が何ヶ所かありました。幅は二十センチくらいでしょうか、手が届く深さで、底に薄く泥が積もっています。
 顔を近づけると、何か変な匂いがしました。
 何の匂いだろ、これ? という僕の問いに、委員長も鼻をひくひくさせ、首を捻ると、まあドブみたいな臭いってやつだな、と言いました。
 それは、そうだけど……なんか生臭いのが強いような――と僕が主張したところで、オジョーさんが監督さん! と大声を上げました。
 見れば少し先の道の反対側のドブの前で手招きをしております。僕と委員長が駆けつけると、ご覧なさいな、とやや貴族っぽい喋り方でステッキでドブの中を指します。
 ここに来て新しいキャラづけか、と委員長。
 てへっと頬を染めるオジョーさん。
 ああ、またコメント欄が萌えと草で埋め尽くされるな、と僕。

 オジョーさんが指した場所もやはり蓋が外れておりました。外された蓋は見当たりません。そして底の泥には細い溝がうねうねとカーブしながらたくさんついていました。
 委員長がいつから持っていたのか、細い小枝で、底の泥をいじり始めました。
「……深くはないな。これ、蛇の這った跡じゃない? ワニなら足跡がつくし、こんな細いドブを移動できないでしょ」
 オジョーさんが、えーっと声を出しました。
 委員長が何で残念そうなんだよ、とツッコみます。
 オジョーさんは、だって大きいワニが出てくる映画が大好きでーとぶちぶち言っています。
 そういや、この時テロップで予告した『オジョーさんのお薦め映画』まだやってませんね。皆さんのコメント通り、やらない方が幸せな予感がします。
「……つっても、犬や猫を食べちゃう蛇にしては細いよな……」
 委員長は首を捻っています。
 見れば溝と同じくらいの太さと深さの線を泥に指で描いているのでした。
 成程、となればこの溝は一体何だろう? もしや――でっかいミミズ?

 委員長とオジョーさんが、ばっとドブから飛び離れました。
 僕は良い顔の二人を下からあおりで撮ると、カメラを持って立ち上がりました。

 目の前にフェンスでぐるりと囲まれた大きな建物がありました。
 看板の類はありません。
 太く錆びついたチェーンが門替わりなのか、テキトーにかけられています。
 その向こうの駐車場は舗装されているのですが、あの不思議空間の駐車場と違って雑草が生い茂っていました。
 夏休みの昼で繁華街から遠いこの辺り、その中でも生活音の類が全く無いので、かなりのひっそりですが、時々何かが軋む音が微かに聞こえてくるような気がします。
 これぞ『ザ・廃墟!』ってやつです。
 しかしよく見ると雑草は所々折れ曲がったり、踏みしだかれたりしており、奥にある建物の玄関付近は草もゴミも無く綺麗に見えます。窓を塞ぐ板も新しい物に見えます。

 ここは、なんの建物なんですかね、と僕が呟くとオジョーさんがポンと手を打ちました。
「スケート場です! 私が小学生の頃までは営業していたんですけども、お金の問題でつぶれちゃったと母から聞きました」
 ふうん、と委員長はドブと廃スケート場を交互に見ました。
「……ここの中、その犬猫を食べちゃう動物の巣なんじゃないの?」
 僕は、かもしれないなあ、と同意しまして、突撃しますかと呟きました。
 オジョーさんがチェーンに付けられた『私有地』という看板を指差してふるふると首を振ります。
 まあ、ですよね、と僕。
 しかし委員長はぐりっと目を上に向けると、カメラ止めろと言いながら靴を脱いで駐車場に投げ込もうと振りかぶりました。
 僕とオジョーさんがいやいやいや、と止めに入ります。

 まずいですよ! とオジョーさんが番組半分本気半分の口調で委員長を羽交い絞めにしつつ、僕はいかんぞ委員長と言いながら脇をくすぐりました。
 うひひ、やめんか、うひひひと僕達が面白シーンを撮っている――その時、カランと音がしました。

 僕はカメラを構えたまま、反射的にその音の方を向きました。
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