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Chapter3
7:落書き・対決4
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落書きが笑いながら僕達の方にゆっくりと体を進ませます。バスの突撃で潰された腕は、ぺたんこになっただけのようで、ぱりぱりと軽めの音をたてながら、アスファルトから浮き上がり、徐々に立体化して元に戻っていきます。
やはり物理的な攻撃は、ダメージゼロのようです。
僕達と並走しながらヤンさんが窓を開けて、大丈夫か、と聞いてきました。
僕は必死に頷くも、遅れてきた怖さなのか、緊張が解けた所為なのか、足ががくがくとしてきて転びそうになりました。
委員長がさっと僕の肩に手を回してくれ、お礼を言おうとした時、乾いたパンッという音が耳に響きました。
ヤンさんが窓を閉じてバックのスピードを速めます。
ばーちゃんがもう片方の肩に手を回してくれ、余裕ができた僕は音の方を見ました。
ひっくり返った車の上で、片膝をついたカニさんが拳銃を構えています。パンッと再び鋭い音が響くと同時に銃を構えた両手が小刻みに揺れます。と、続けてパンッパンッと音が連続しました。映像を確認すると、田中さん達が落書きの後ろで道路に扇状に拡がって銃を撃っていまして、ヒョウモンさんは、うわっ、こっち弾飛んでこないよね? とずっと擦れた声で実況をしていました。
ちなみに後日談ですが、カニさんが、この映像が警察内部のあれやこれやで証拠として役立ったらしく、随分助かった、と言っていました。ヒョウモンさんは刑事の方々に高級寿司やら熟成ステーキやらに連れて行ってもらったらしく、余は今となっては満足じゃ、と言ってはおりましたが、彼女、決してこの回を再見しないんですよね。
銃弾もやっぱり効果が無いようで、見ようによっては可愛いと思える動きで、落書きは、はて? と首を傾げると、再び笑いながら動き続け、遂にその両足が下水から出てきました。女性の艶めかしい足――の絵が張り付いた嫌な物体がアスファルトの上を滑るように動いています。
察するに、まだ足を『地面から離して歩く』段階ではなかったのでしょう。そこまで行っていたなら、僕達がこの後どうなっていたかは想像したくないです。
雨が強くなり、ごろごろと雷が鳴りだしました。
僕は振り返るとバスにもっと下がるように手を振ります。またも間抜けな『バックします』が雷雨と笑い声の中響きました。
カニさんが走ってきました。
「どうするんだ!? まだ、あれはやらんのか!」
「下に逃げ込まれたら駄目なんです! こっちにおびき寄せて挟み撃ちにして、一気に短時間で決着をつけます! 刑事さんを何人かこっちに呼んでください。でかいので後ろからやってもらいます!!!」
カニさんは頷くとスマホを取り出そうとして、うわっ逃げろ、と僕の手を引っ張りました。
振り返ると、落書きがビックリするような速さで滑るようにこちらに向かってきました。髪の毛ができあがりつつある水たまりを切り裂き、しぶきを上げながら迫ってきます。
とっさに横に転がると、今まで僕達がいた場所に真っ黒いつむじ風みたいな毛の柱が湧き上がりました。僕とは反対側に転がったカニさんが、年寄りにはキツイとブツブツ言いながら立ち上がりスマホを耳に当てました。遠くで小さくピリリと音が聞こえました。どうやら向こうにも連絡が行ったようです。
僕はバスの所まで走りました。
「監督さん、あちらの細い道はいかがでしょうか!」
雨でぐしゃぐしゃになった髪の毛のオジョーさんが、バスの後方の路地を指差しています。見れば、そこはここと同じくらいの道の広さです。
僕は、そこでいきましょう、と叫びます。
他に選択肢もねえしな、と委員長がすでに装備を背負っています。
路地の向こうから傘をさしたキンジョーさんと、軍手をはめた、ぐしょぬれの百合ちゃん先生が走ってきました。
どうですか、と僕が聞くと、百合ちゃん先生は親指を立てました。
「でかいのは設置完了だ。下水管理局のやつがいたから、手伝わせて水道管に繋いで、エンジンかけて今沸かしてる。後は――あれ、移動しづらいぞ。キャスター式だから」
僕は路地の向こうで細かく震えるゴツイ四角い機械を見ました。落書きに比べると、あまりにも小さくて心細く感じました。
とはいえ、値段は八十万近くすると聞きました。
八十万を信じず、何を信じるというのか! と僕は叫ぶも委員長にうるせえよ、とドツかれました。
ともかく、とことんやるだけ、それしかないのです。
「あいつをこの路地におびき寄せます。キンジョーさんとかりん先生はバスの影に隠れていて、後から来る刑事さん達と合流してください」
「おう、俺とオジョーで上からいくぜ。いいな?」
ヤンさんはそう言うと、オジョーさんとハイタッチして路地の奥に走っていきました。
カニさんとばーちゃんが装備を背負って僕と委員長、百合ちゃん先生と並びます。
「重いなあ、これ。で、どうやっておびき寄せるんだ?」
カニさんの質問に、僕は誰かナイフを持っていませんか? と聞きました。
百合ちゃん先生が、刃物は禁止だ、バカタレと言いました。
でも、先生、と反論しようとする僕に、百合ちゃん先生はズボンをまくって脛をむき出しにします。
「あたしを餌にしろ!」
おおーっと、ばーちゃんが言いながら小さく拍手をしました。
一方、委員長はしゃがむと、百合ちゃん先生の脛を見て、蚊ですか? と言いました。
うむ、と百合ちゃん先生は頷くと、脛をぼりぼりと掻きました。塞がっていたかさぶたから血が滲んできました。
「いやあ、うち熱帯魚飼ってるから蚊取り線香焚けなくてさ、夏休みは嫌だよねえ」
がはは、と笑う百合ちゃん先生。
結婚する気ないんですね、先生! と元気よく言う委員長。
凹む百合ちゃん先生。
「ヒットした! コントはそこまでにしろ!」
張りつめたカニさんの言葉。それが終わらないうちに、細長い指の大きな手が路地を挟むビルの二階辺りにべしゃりと現われ、ずぞぞっと大きな音と共に、落書きが路地の入口に現われ、前屈みになると、にたりと笑いました。
この時、ヒョウモンさんは僕達が罠を張った路地を挟む右側のビルの屋上にいました。そこから俯瞰で撮影していたので、あの豪雨にもかかわらず落書きの動きは皆さんご存知のようにはっきりと判ったのです。
僕はここでヘッドセットカメラを起動したのですが、動きの所為かブレが激しいんですよね。そこが臨場感抜群とコメント欄に書き込みがありましたが。
まるで、でかいナメクジだな。しかも色の趣味が悪い、とはヒョウモンさんの名ブツブツです。
落書きは頭を左右に振りながら、ゆっくりと路地に入ってきました。
「どうなってますの?」
声にカメラが振り向くと、オジョーさんが中腰で後ろに立っています。
ヒョウモンさんはビルの縁から一歩下がると指で下を指し、カメラを向かいのビルに向けます。
ヤンさんが寝転がって、ビルの下を覗き込もうとしていました。
オジョーさんはヒョウモンさんがいた場所にしゃがみ込み、トリガーに指をかけました。
「い、今の気分は?」
場にそぐわない、という書き込みは多々ありました。ヒョウモンさん本人もそれは認めています。その上で、あそこは聞くべきだった。そして、それが次のオジョーさんの行動に繋がった、と僕は思うのです。
現にオジョーさんは、ヒョウモンさんに凄く感謝しておりまして、この前も高級スゥイーツを食べに連れ回し、自宅にも呼んで手製のケーキをふるまったと聞きます。
うん、ヒョウモンさんが最近太った原因これだな!
その時、僕達の目の前には路地の両壁に肩をベタベタとくっつけては引き剥しながら、落書きが迫りつつありました。
やはり物理的な攻撃は、ダメージゼロのようです。
僕達と並走しながらヤンさんが窓を開けて、大丈夫か、と聞いてきました。
僕は必死に頷くも、遅れてきた怖さなのか、緊張が解けた所為なのか、足ががくがくとしてきて転びそうになりました。
委員長がさっと僕の肩に手を回してくれ、お礼を言おうとした時、乾いたパンッという音が耳に響きました。
ヤンさんが窓を閉じてバックのスピードを速めます。
ばーちゃんがもう片方の肩に手を回してくれ、余裕ができた僕は音の方を見ました。
ひっくり返った車の上で、片膝をついたカニさんが拳銃を構えています。パンッと再び鋭い音が響くと同時に銃を構えた両手が小刻みに揺れます。と、続けてパンッパンッと音が連続しました。映像を確認すると、田中さん達が落書きの後ろで道路に扇状に拡がって銃を撃っていまして、ヒョウモンさんは、うわっ、こっち弾飛んでこないよね? とずっと擦れた声で実況をしていました。
ちなみに後日談ですが、カニさんが、この映像が警察内部のあれやこれやで証拠として役立ったらしく、随分助かった、と言っていました。ヒョウモンさんは刑事の方々に高級寿司やら熟成ステーキやらに連れて行ってもらったらしく、余は今となっては満足じゃ、と言ってはおりましたが、彼女、決してこの回を再見しないんですよね。
銃弾もやっぱり効果が無いようで、見ようによっては可愛いと思える動きで、落書きは、はて? と首を傾げると、再び笑いながら動き続け、遂にその両足が下水から出てきました。女性の艶めかしい足――の絵が張り付いた嫌な物体がアスファルトの上を滑るように動いています。
察するに、まだ足を『地面から離して歩く』段階ではなかったのでしょう。そこまで行っていたなら、僕達がこの後どうなっていたかは想像したくないです。
雨が強くなり、ごろごろと雷が鳴りだしました。
僕は振り返るとバスにもっと下がるように手を振ります。またも間抜けな『バックします』が雷雨と笑い声の中響きました。
カニさんが走ってきました。
「どうするんだ!? まだ、あれはやらんのか!」
「下に逃げ込まれたら駄目なんです! こっちにおびき寄せて挟み撃ちにして、一気に短時間で決着をつけます! 刑事さんを何人かこっちに呼んでください。でかいので後ろからやってもらいます!!!」
カニさんは頷くとスマホを取り出そうとして、うわっ逃げろ、と僕の手を引っ張りました。
振り返ると、落書きがビックリするような速さで滑るようにこちらに向かってきました。髪の毛ができあがりつつある水たまりを切り裂き、しぶきを上げながら迫ってきます。
とっさに横に転がると、今まで僕達がいた場所に真っ黒いつむじ風みたいな毛の柱が湧き上がりました。僕とは反対側に転がったカニさんが、年寄りにはキツイとブツブツ言いながら立ち上がりスマホを耳に当てました。遠くで小さくピリリと音が聞こえました。どうやら向こうにも連絡が行ったようです。
僕はバスの所まで走りました。
「監督さん、あちらの細い道はいかがでしょうか!」
雨でぐしゃぐしゃになった髪の毛のオジョーさんが、バスの後方の路地を指差しています。見れば、そこはここと同じくらいの道の広さです。
僕は、そこでいきましょう、と叫びます。
他に選択肢もねえしな、と委員長がすでに装備を背負っています。
路地の向こうから傘をさしたキンジョーさんと、軍手をはめた、ぐしょぬれの百合ちゃん先生が走ってきました。
どうですか、と僕が聞くと、百合ちゃん先生は親指を立てました。
「でかいのは設置完了だ。下水管理局のやつがいたから、手伝わせて水道管に繋いで、エンジンかけて今沸かしてる。後は――あれ、移動しづらいぞ。キャスター式だから」
僕は路地の向こうで細かく震えるゴツイ四角い機械を見ました。落書きに比べると、あまりにも小さくて心細く感じました。
とはいえ、値段は八十万近くすると聞きました。
八十万を信じず、何を信じるというのか! と僕は叫ぶも委員長にうるせえよ、とドツかれました。
ともかく、とことんやるだけ、それしかないのです。
「あいつをこの路地におびき寄せます。キンジョーさんとかりん先生はバスの影に隠れていて、後から来る刑事さん達と合流してください」
「おう、俺とオジョーで上からいくぜ。いいな?」
ヤンさんはそう言うと、オジョーさんとハイタッチして路地の奥に走っていきました。
カニさんとばーちゃんが装備を背負って僕と委員長、百合ちゃん先生と並びます。
「重いなあ、これ。で、どうやっておびき寄せるんだ?」
カニさんの質問に、僕は誰かナイフを持っていませんか? と聞きました。
百合ちゃん先生が、刃物は禁止だ、バカタレと言いました。
でも、先生、と反論しようとする僕に、百合ちゃん先生はズボンをまくって脛をむき出しにします。
「あたしを餌にしろ!」
おおーっと、ばーちゃんが言いながら小さく拍手をしました。
一方、委員長はしゃがむと、百合ちゃん先生の脛を見て、蚊ですか? と言いました。
うむ、と百合ちゃん先生は頷くと、脛をぼりぼりと掻きました。塞がっていたかさぶたから血が滲んできました。
「いやあ、うち熱帯魚飼ってるから蚊取り線香焚けなくてさ、夏休みは嫌だよねえ」
がはは、と笑う百合ちゃん先生。
結婚する気ないんですね、先生! と元気よく言う委員長。
凹む百合ちゃん先生。
「ヒットした! コントはそこまでにしろ!」
張りつめたカニさんの言葉。それが終わらないうちに、細長い指の大きな手が路地を挟むビルの二階辺りにべしゃりと現われ、ずぞぞっと大きな音と共に、落書きが路地の入口に現われ、前屈みになると、にたりと笑いました。
この時、ヒョウモンさんは僕達が罠を張った路地を挟む右側のビルの屋上にいました。そこから俯瞰で撮影していたので、あの豪雨にもかかわらず落書きの動きは皆さんご存知のようにはっきりと判ったのです。
僕はここでヘッドセットカメラを起動したのですが、動きの所為かブレが激しいんですよね。そこが臨場感抜群とコメント欄に書き込みがありましたが。
まるで、でかいナメクジだな。しかも色の趣味が悪い、とはヒョウモンさんの名ブツブツです。
落書きは頭を左右に振りながら、ゆっくりと路地に入ってきました。
「どうなってますの?」
声にカメラが振り向くと、オジョーさんが中腰で後ろに立っています。
ヒョウモンさんはビルの縁から一歩下がると指で下を指し、カメラを向かいのビルに向けます。
ヤンさんが寝転がって、ビルの下を覗き込もうとしていました。
オジョーさんはヒョウモンさんがいた場所にしゃがみ込み、トリガーに指をかけました。
「い、今の気分は?」
場にそぐわない、という書き込みは多々ありました。ヒョウモンさん本人もそれは認めています。その上で、あそこは聞くべきだった。そして、それが次のオジョーさんの行動に繋がった、と僕は思うのです。
現にオジョーさんは、ヒョウモンさんに凄く感謝しておりまして、この前も高級スゥイーツを食べに連れ回し、自宅にも呼んで手製のケーキをふるまったと聞きます。
うん、ヒョウモンさんが最近太った原因これだな!
その時、僕達の目の前には路地の両壁に肩をベタベタとくっつけては引き剥しながら、落書きが迫りつつありました。
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