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Chapter4
4:つなもよいが、つぎはちきんをたのむ
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僕が乗ったのは、もしかしたら畳一畳よりも小さいかもしれない木の船でした。
色は白。
とはいえペンキで塗った白ではなくて、脱色された白で、よくよく見れば隙間もたくさん空いていて、今沈んでもおかしくはないのですが、水が入ってくることは無く、靄をかき分け結構な速さで進みました。
僕に背を向けている人物は、ヤンさんの言う通り性別は判らなかったです。ボロボロの真っ黒いマントみたいな物を羽織っていて、頭には海賊映画でみるような帽子が乗っています。
船を操る櫓とかは無いようで、ただただ座っている僕とその人物だけで、会話もなく、僕は一応カメラを回しました。ですが、録画時間や時計が表示されません。ああ、これは撮れないやつだ、と僕は思いながらもカメラを回し続けました。
やがて靄がするすると晴れて、船が狭いコンクリートの水路を進んでいるのが判りました。見上げると、数メートル上に鉄柵が見えます。どこだろうか? と色々見廻しますがヒントが見つからない。とはいえ、空を見るに夜が明けつつあると判りました。ならば、電柱の標識を見れば、住所から居場所が大体判るはずです。
船の速度が落ちました。
目の前にコンクリートでできた船着場が現れました。ピカピカに光ったステンレスの手摺まであります。船はそこに、ぬるりと停まりました。
僕は船着き場に飛び降りました。少し凹んだところに、鉄製の梯子が上に伸びています。僕が梯子を登り始めると、船は再びぬるりと発進してしまいました。
帰りは、またここに来ればいいのだろうか? それとも別の方法を見つけなければならないのだろうか? 色々と考えるうちに、手がアスファルトを掴み、僕は体を一気に持ち上げ、道路に転がり出ました。
ああ、とすぐに自分の居場所がわかります。図書館姉さんとオジョーさん初遭遇のため池から二、三百メートル西の大通り、目の前のコンビニの左側の道路を進むと、異次元交差点です。
さて、『助けたいから船に乗った』わけですが、具体的にこれから何をやればいいのでしょうか?
僕は自分が完全にノープランなのに今更気づきました。
僕は辺りを見廻します。まあ、そうじゃないかと思ってましたが、今いるのは普通の町ではありません。コンビニの入り口まで行ってみますが、入口が開かず、中を覗いても誰もおりません。車も一台も通りません。ゴミ捨て場に網をかけたゴミがあるのに、ヤンさんがぼやいていた烏の群れもおりません。
僕は道路の真ん中に立ってみました。初めての経験です。消えた信号灯に、ずっと続く道路。ちょっと寝転がって道路に頬擦りしたい衝動に駆られましたが、それはすぐに消えました。
夜明けだと思っていました。
ですが、よく見れば赤黒い雲は、ずっとそのままの色です。動くこともありません。そして、そこにぼんやりと光の輪が浮かんできたのです。輪は所々薄かったですが、欠けることなく、綺麗な丸でした。そして、その真ん中から一筋の光が射しているのです。
僕はそこを目指して走り始めました。
僕は立ち止まると、振り返りました。最初はビルの間を走り抜けた時だったので、反射した音かと思いました。だけども、今は公園を横切っている最中です。土の上の足音と、アスファルトの上の足音はまったく違います。
そして、確かに足音は複数聞こえたのです。
住宅街の真ん中の公園は、風すらありませんからブランコや何かが軋んだ音であるはずがありません。
僕は屈むと、息を殺して近くの植え込みまで行き、道路を覗こうとして……直前で止め、地面に手をつけて植え込みの下から道路を伺いました。一見すると、何もない、しんとした道路に見えました。だけども、更に見続けると、さっと電柱の影から何かが飛び出しました。思わず、うおっと声が出てしまいました。
手があって足があって、体があって頭があります。足には靴が、体には服が、頭には髪があります。ですが、それだけ。それだけなんです。『あの屋敷』の凶暴なマネキン人形が、一番近いと思うんですが、材質はどうしたってプラスチックには見えません。工場で作られた既製品にも見えません。
固まりかけの金属に指を入れてねじったような表面が、とろとろと動きながら回っています。まるで体の表面に嵐が吹いているような、さざ波っぷりです。
わからないですよね?
いや、あれは、口で表現できる物じゃないんです。
それが四つん這いでかさかさと道路を歩き回っています。と、通りの向こうから同じものですが、ちょっと胴が長い奴が走ってきます。そいつは二本足で、体の軸が定まらないのか、コツツーンコツツーンと走ってくるのです。
連中は一体何なのか? 勿論、友好的な存在には一ミリも見えません。僕は後ろにゆっくりと下がると、覚悟を決めてダッシュしました。瞬く間に公園は後ろに吹き飛んで行き、住宅街の道に走り込みます。
この道はキンジョーさんが通っている大学の裏手で、大学前通りに繋がっていますが、うねうねと一軒一軒の住宅に配慮したかのように道がカーブするのです。連中が直線で追ってきたら、たちまち追いつかれます。現に、さわさわカツカツともう隠す気もない勢いで、ついでに言えばさっきの数倍の規模で足音は追ってくるのです。
僕はカーブを曲がらずに庭に飛び込み、生垣をかき分け、塀を乗り越え、子供が乗る四輪車を蹴っ飛ばし、青いボールに躓きそうになり、巻いてないホースに足を取られて悪態をつきながら走り続けました。後ろの足音はもう、バッバッと強烈に飛び跳ねる音に変わっています。
と、足元ががくりと揺らぎました。
塀を乗り越える為に、足をかけた花壇が斜めに傾ぎ、僕は塀に飛びつくも、顎を強く打ってしまいます。がつっと強く口が閉じられ、舌を噛んでしまったような錯覚、どっかが痛いんですけど、どこかが判らない不安感が路面に転がった僕に纏わりつきます。
まずい、早く進まないと連中が、と思った時に、目の前の家の植え込みが揺れました。
と、ちりんと金属的なとても涼しい音が耳に響きました。
本当にすぐ傍まで、囲むように四方から迫ってきていた連中の足音がぴたりと止まりました。
ちりんちりんと金属を爪で弾くような音。と、フーギルルルシャーッ! と猫が唸って喧嘩している音が耳に入りました。すぐに続く豚のような鳴き声。物が倒れ、ガラスが割れる音。
ざーっと波が引くような音と共に、連中の気配が消えていきます。
はよう、はしれ。
僕はぎくりと体を震わせました。声が――いや、聞こえてない。これは口笛の時と同じく、頭の中に滲み出てくる言葉。でも、あの時みたいな不快感は無い……。
はよう、はしれ。
再びせっつかれ、僕は立ちあがると、多分それが後ろにいるであろう塀にゆっくりとお辞儀をしまして、走りだしました。足が少し痛みましたが、それもすぐに収まりました。
つなもよいが、つぎはちきんをたのむ。
僕としばらく並走していたそれは、確かにそう僕に語りかけてくれました。
色は白。
とはいえペンキで塗った白ではなくて、脱色された白で、よくよく見れば隙間もたくさん空いていて、今沈んでもおかしくはないのですが、水が入ってくることは無く、靄をかき分け結構な速さで進みました。
僕に背を向けている人物は、ヤンさんの言う通り性別は判らなかったです。ボロボロの真っ黒いマントみたいな物を羽織っていて、頭には海賊映画でみるような帽子が乗っています。
船を操る櫓とかは無いようで、ただただ座っている僕とその人物だけで、会話もなく、僕は一応カメラを回しました。ですが、録画時間や時計が表示されません。ああ、これは撮れないやつだ、と僕は思いながらもカメラを回し続けました。
やがて靄がするすると晴れて、船が狭いコンクリートの水路を進んでいるのが判りました。見上げると、数メートル上に鉄柵が見えます。どこだろうか? と色々見廻しますがヒントが見つからない。とはいえ、空を見るに夜が明けつつあると判りました。ならば、電柱の標識を見れば、住所から居場所が大体判るはずです。
船の速度が落ちました。
目の前にコンクリートでできた船着場が現れました。ピカピカに光ったステンレスの手摺まであります。船はそこに、ぬるりと停まりました。
僕は船着き場に飛び降りました。少し凹んだところに、鉄製の梯子が上に伸びています。僕が梯子を登り始めると、船は再びぬるりと発進してしまいました。
帰りは、またここに来ればいいのだろうか? それとも別の方法を見つけなければならないのだろうか? 色々と考えるうちに、手がアスファルトを掴み、僕は体を一気に持ち上げ、道路に転がり出ました。
ああ、とすぐに自分の居場所がわかります。図書館姉さんとオジョーさん初遭遇のため池から二、三百メートル西の大通り、目の前のコンビニの左側の道路を進むと、異次元交差点です。
さて、『助けたいから船に乗った』わけですが、具体的にこれから何をやればいいのでしょうか?
僕は自分が完全にノープランなのに今更気づきました。
僕は辺りを見廻します。まあ、そうじゃないかと思ってましたが、今いるのは普通の町ではありません。コンビニの入り口まで行ってみますが、入口が開かず、中を覗いても誰もおりません。車も一台も通りません。ゴミ捨て場に網をかけたゴミがあるのに、ヤンさんがぼやいていた烏の群れもおりません。
僕は道路の真ん中に立ってみました。初めての経験です。消えた信号灯に、ずっと続く道路。ちょっと寝転がって道路に頬擦りしたい衝動に駆られましたが、それはすぐに消えました。
夜明けだと思っていました。
ですが、よく見れば赤黒い雲は、ずっとそのままの色です。動くこともありません。そして、そこにぼんやりと光の輪が浮かんできたのです。輪は所々薄かったですが、欠けることなく、綺麗な丸でした。そして、その真ん中から一筋の光が射しているのです。
僕はそこを目指して走り始めました。
僕は立ち止まると、振り返りました。最初はビルの間を走り抜けた時だったので、反射した音かと思いました。だけども、今は公園を横切っている最中です。土の上の足音と、アスファルトの上の足音はまったく違います。
そして、確かに足音は複数聞こえたのです。
住宅街の真ん中の公園は、風すらありませんからブランコや何かが軋んだ音であるはずがありません。
僕は屈むと、息を殺して近くの植え込みまで行き、道路を覗こうとして……直前で止め、地面に手をつけて植え込みの下から道路を伺いました。一見すると、何もない、しんとした道路に見えました。だけども、更に見続けると、さっと電柱の影から何かが飛び出しました。思わず、うおっと声が出てしまいました。
手があって足があって、体があって頭があります。足には靴が、体には服が、頭には髪があります。ですが、それだけ。それだけなんです。『あの屋敷』の凶暴なマネキン人形が、一番近いと思うんですが、材質はどうしたってプラスチックには見えません。工場で作られた既製品にも見えません。
固まりかけの金属に指を入れてねじったような表面が、とろとろと動きながら回っています。まるで体の表面に嵐が吹いているような、さざ波っぷりです。
わからないですよね?
いや、あれは、口で表現できる物じゃないんです。
それが四つん這いでかさかさと道路を歩き回っています。と、通りの向こうから同じものですが、ちょっと胴が長い奴が走ってきます。そいつは二本足で、体の軸が定まらないのか、コツツーンコツツーンと走ってくるのです。
連中は一体何なのか? 勿論、友好的な存在には一ミリも見えません。僕は後ろにゆっくりと下がると、覚悟を決めてダッシュしました。瞬く間に公園は後ろに吹き飛んで行き、住宅街の道に走り込みます。
この道はキンジョーさんが通っている大学の裏手で、大学前通りに繋がっていますが、うねうねと一軒一軒の住宅に配慮したかのように道がカーブするのです。連中が直線で追ってきたら、たちまち追いつかれます。現に、さわさわカツカツともう隠す気もない勢いで、ついでに言えばさっきの数倍の規模で足音は追ってくるのです。
僕はカーブを曲がらずに庭に飛び込み、生垣をかき分け、塀を乗り越え、子供が乗る四輪車を蹴っ飛ばし、青いボールに躓きそうになり、巻いてないホースに足を取られて悪態をつきながら走り続けました。後ろの足音はもう、バッバッと強烈に飛び跳ねる音に変わっています。
と、足元ががくりと揺らぎました。
塀を乗り越える為に、足をかけた花壇が斜めに傾ぎ、僕は塀に飛びつくも、顎を強く打ってしまいます。がつっと強く口が閉じられ、舌を噛んでしまったような錯覚、どっかが痛いんですけど、どこかが判らない不安感が路面に転がった僕に纏わりつきます。
まずい、早く進まないと連中が、と思った時に、目の前の家の植え込みが揺れました。
と、ちりんと金属的なとても涼しい音が耳に響きました。
本当にすぐ傍まで、囲むように四方から迫ってきていた連中の足音がぴたりと止まりました。
ちりんちりんと金属を爪で弾くような音。と、フーギルルルシャーッ! と猫が唸って喧嘩している音が耳に入りました。すぐに続く豚のような鳴き声。物が倒れ、ガラスが割れる音。
ざーっと波が引くような音と共に、連中の気配が消えていきます。
はよう、はしれ。
僕はぎくりと体を震わせました。声が――いや、聞こえてない。これは口笛の時と同じく、頭の中に滲み出てくる言葉。でも、あの時みたいな不快感は無い……。
はよう、はしれ。
再びせっつかれ、僕は立ちあがると、多分それが後ろにいるであろう塀にゆっくりとお辞儀をしまして、走りだしました。足が少し痛みましたが、それもすぐに収まりました。
つなもよいが、つぎはちきんをたのむ。
僕としばらく並走していたそれは、確かにそう僕に語りかけてくれました。
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