四季怪々 僕らと黒い噂達

島倉大大主

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秋から冬へ・訪問者

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 さてさてさて! まだ助けは来ませんね。
 一応メールは送ったんです。一斉送信でね。
 多分、『あいつら』の所為で電波が悪いんだと思うけど、あの瞬間はちゃんとアンテナが立ってたんですけどねえ……まあ正直言いますと、みんながあの動画を見てくれたかどうかの方が気になるんですよね。いや、うん、寒くて色んな感覚が麻痺してきてると思うんでですが――やべっ、か、噛んだ。あ、違う、寒いんだこれ。

 お―――んんん……………。

 よしっ、うん、まだ大丈夫。体は動くし、指先も感覚はある、と思う。ようやくここまで来ましたからね! あとちょっとで僕が何故冷凍庫の隅に忘れられたアイスみたくなってるのかを説明できるってもん、でですよ。はは、まっずいなこれ、寒いわ……。


 あーっと、委員長を助けてハッピーエンド! 完! ってなことで終わる訳は無くてですね、僕としては委員長にアレを吹き込んだ立浪医師をどうにかしたい、と考えたんです。
 ですが、ばーちゃんが渋い顔をしています。
 委員長も渋い顔をしています。
 勿論僕も判ってはいます。
 立浪医師は具体的には何もしていないんです。ただ、委員長にあの息子さんに会ってみてはどうか、と言っただけなんですね。オジョーさんやヤンさんは、落書きに関わってたんじゃないのかと疑っていますが、証拠の類は一切見つかりません。

 ところが、その週の終わりでしたか、カニさんから電話がかかってきて、今からそっちに行くというのです。落書きの件かい? とばーちゃんが聞くのですが、いやいや、ちょっとしたお客さんを連れていく、とのこと。委員長は僕を見て片眉を上げました。

「ほーら、接触してきたわよ」

 果たして、二十分後に現れたのは委員長の言葉通り、『眼帯を付けた変な人』でした。
「どうも、こんにちは! いやあ、『ぶらりオッサン旅』のメインキャスト及びスタッフ各位に生で会えるとは感激の至りですなあ!」
 あ、めんどくさい人だ、と即座に思いました。ばーちゃんに至っては距離をとっています。おまけに『お前に任せた』と口をパクパクさせています。
 変な人は背が高く、痩せていて、髪は灰色で、ウェーブがかかったのを後ろで束ねています。真っ黒なスーツに真っ赤なネクタイ。そして左目に真っ黒な眼帯です。
 変な人は揉み手でニコニコしながら、腰を深々と折り、でも顔は正面を向いたままなので、一瞬お辞儀と判らず、ええ、はあ、どうもと間抜けな感じで対応してたら委員長に背中をべしっと叩かれました。
「ど、どうも、ユウジロウです。本日は、どのような御用向きで?」
「うっほ! そうでしたそうでした! いやあ、お二人が並んでいるのを見ているだけでニヤニヤが止まらなくてですね、ああ! 気持ちの悪いファンがきやがったな、とか思わんでくださいよ! そちらの委員長さんとは以前病院でお会いしましたが、むふん、お顔が優しくなっておられる。
 やりましたなあ、オッサンさん! あれを倒したようで!」

 オッサンさん、にツッコみたいところですが、それよりも、この人は行き逢い神を知っている、ということに僕は驚き、ちょっと後ろに下がりました。あんた、一体――と月並みな台詞を漏れかけるのを、変な人は素早く名刺を差し出して止めてくれました。
 えーっと、ちょっと頭回んないんで、名前の公開、許可取れなかったらピーッで!
「……真木悟郎。有限会社、真木商店代表取締役? 社長さんですか?」
 真木さんは片手を胸に当て、うやうやしく一礼をしました。ずっと後ろにいたカニさんが、そろそろお茶飲ませてくんない? とばーちゃんに声をかけました。

「真木さん、この『特殊管理産業廃棄物の処理及び保管』というのは、何ですか?」
 名刺を眺めていた委員長の言葉に、僕はゴミ処理じゃないの? と言いますと、真木さんと委員長が二人揃って首を盛大にぶんぶんと振りました。
「確か――『特別管理産業廃棄物』って言葉あったと思う。でも、これは『特殊』」
「そうなんですよ、いや委員長さんはお目が高い!」
 テレビショッピングが始まりそうだな、とばーちゃんが苦笑いしました。
 真木さんは、ここだけの話ですが――と声を小さくしました。
「僕は『処理と保管』をやっているのですよ。いつか君達に取材に来てほしいんですよねえ。
 ま、一応国の機密に関わる話なんで、ネットに載せるのには色々手間がかかるとは思うのですが」
 僕と委員長とばーちゃんとカニさんが真顔になりました。
「海外には結構な数の業者や施設があるのですが、日本では今まで一部の寺社仏閣が行っておりましてね、民間人は僕が初めて……まあ、公式な話ではってことですけどね。もぐりや好事家でそういう連中はうじゃうじゃいるのですよ。
 あれ? まだ判ってません? 
 僕は所謂、『呪われた物品』みたいな『特殊産業廃棄物』を扱う人間なんですよ」
 僕は口を開いたり閉じたりした後、OKと言いました。
「いきなりなので、面食らいましたが、まあ、そういう人たちもいるんですね。それで、僕達にどんなご用でしょうか?」
 真木さんは僕をじっと見た後、急に姿勢を正しました。

「まずは君に会ってみたかった。ここ数か月、僕は国からの依頼でこの町を探っていた。落書きとは三度接触した。だが、逃げられてしまってね」
 委員長が息を飲みました。
「まさか、あれを――回収するつもりだったんですか? ど、どうやって……」
 真木さんはにやりと笑いました。
「郷土史研究会がスケート場にアレを運んだ方法を使って……具体的には大きな四角い平面のものを用意する。まあ、大きな紙ですね。そこに追い込んで入った瞬間に――」
 僕は、あっと声を上げました。
「丸めるんですね! 成程、そうすればあれは出られなくなる! くっそ、こんな簡単な事を思いつかないなんて!」
「ふふ、僕も驚いたよ。彼らを指揮していた清水という女性は、ある意味で天才なんだろうね。大きな紙に血を垂らして落書きを誘い、丸めてから外をビニールでぐるぐる巻きにしたんだ。
 勿論僕は追跡したんだが、結局撒かれてしまった。どうしようかと対策を練るうちに、君達があの大掃除をやってくれてね、一部お偉いさんは文句を言っているが、なに、そういう連中程、忘れるのは早い。僕としては君達にお礼を言いたい。
 本当にありがとう。大袈裟ではなく、あれがあのまま地面から足を離していたなら、この町の人間が相当数犠牲になっていただろう」
 真木さんは深々と頭を下げ、それから声を潜めました。

「実はあの落書き、元々は死期が迫った人に対する精神的ケアを施す超常現象でして」
「……それって、どういう……」
「アパートの壁の中を自在に動き回る絵だったんですよ。寝たきりの人の話し相手になったり、思い出を見せてあげたりするものなんです。だが、それを清水は汚染させたうえで持ち出した……その地域の霊能力者が酷く怒っていてねえ。ブツゾウなんて渾名がついてるのに、アシュラのような顔をしていましたよ!」
「は、はあ……」
 目を白黒させる僕の横で、ばーちゃんが、あっと顔を歪めました。
「あんただろ! あの大掃除を盗撮してネットにあげたのは!」
 真木さんは、さて、知りませんねえと明後日の方を見ています。
 カニさんは、俺は今日何も見ていないし聞いてもいない、と念仏のように唱えています。

「さて、もう一つ。立浪医師に関してです」
 えっ! と僕ら。真木さんは、『普通の笑顔』を浮かべました。
「そちらのカニさん――『辺り』から聞きましたが、なんでも委員長ちゃんに行き逢い神の事を吹き込んだとか? しかも彼、清水麗良との繋がりがあるんですよ。家ぐるみの付き合いで、どうも、彼は清水から脅迫を受けて金を渡していたらしい。
 ま、学生の小遣い程度の微々たるものですがね」
 僕と委員長は顔を見合わせました。どう受け取ったらいいのか判らない情報です。
「おっと、混乱させましたか。
 まあ、つまりは、立浪医師は我々に任せてください、という事です。
 清水麗良経由で落書きと繋がりがあるのなら、アウト。
 仮になくても、委員長ちゃんに行き逢い神の事を教えたという一点で、僕の中でアウトです。
 ファンクラブメンバーとして大いに許せんですな!」

 委員長はふぁんくらぶぅ!? と立ち上がって吃驚しています。いや、うん、実は僕は知っていました。なんかね、夏ぐらいにね、メールが来たのよ。ファンクラブ代表って人から、『オッサンなら彼女を任せられる!』という、すぐに捨てるしかねえだろこのメールってのが……。
 真木さんは両手を擦り合わせると、耳まで裂けんばかりに、にた~と笑いました。
「法律は犯していませんよ、なんて涼しい顔をしているクソ野郎が僕は大好物でしてねえ! 
 え? 何ができるかって? 簡単ですよ。ちょ~……嫌がらせですよ」
 やっぱり、こいつめんどくさいぞ、とばーちゃんが言いました。

 その日以降、真木さんには会っておりません。よって、立浪医師がどんな目に会っていたかは全く知りません。
 僕らは編集作業や、新しい噂の収録、あと……まあ、デート的なあれやこれやで、あっという間に十二月の頭、つまりは今日の朝になるのです。あれからこっち、超常的な現象はすっかり減っていました。それでもばーちゃんはいくら龍が復活したとはいえ、結界自体はまだ修復していないはずだから、気を付けてよく観察してまわるんだ、と僕達に言い続けました。

 それ故に、僕は今ここにいて、でも、多分、みんなに警告は出すことができた、と信じたいのです。
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