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ほかにもいた。
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翌朝―――
窓から陽の光が畳に差し込み、二人は目を覚ました。
軽く感じる足に、ぱっと立ち上がる。
「……動ける!」
「よかったぁ……」
2人は顔を見合せ、にやりと笑った。
そして、裕也は水を飲むためキッチンに行き、紗月はトイレへと向かう。
そのあいだ、『25』にリセットされたカウンターは、カチッ、カチッと小気味よく数字を減らしていった。
だが、そんなことに気もかけない2人は、もうひとつの和室で着替えをし洗面所で歯を磨く。
そのとき、裕也がようやくカウンターに目をやったのだ。
「ちょ、紗月! カウンターが残り『5』しかないんだけど!?」
裕也の叫びに、カウンターのことを思い出した紗月は慌てて自分の数字を確認した。
「うそ……! 夢じゃなかったの!? ……って、私もあと『8』!?」
「仕事のカバン取って! 俺、玄関まで行ったらアウトになる!」
「私もギリなんだけど!?」
2人は言い合いしながらも、残り歩数を計算しながら慎重に部屋を移動する。
1歩進むたびにカチッと数字が減り、そのたびに心臓まで縮むような感覚になった。
「カバン、はい!」
「サンキュ! 紗月もほら、日傘!」
「ありがと!」
互いに必要なものを手渡し合いながら玄関まで行くと、カウンターの数字はお互いに残『2』となっていたのだ。
「やば……玄関出たら、もう帰ってこれないよ……」
ため息を漏らす紗月に、裕也も困ったような息を吐く。
そして―――
「だな……。もう今日はホテルに泊まるか……」
動けなくなることを危惧し、裕也は紗月に提案した。
すると紗月はうなずき、スマホで周辺のホテルを検索する。
「んー……ビジホはいっぱいみたい……。駅からちょっと離れたとこならツインが空いてるけど……一泊2万円……」
「2万!?」
「どーする? 押さえるしかないと思うけど……」
2人は一瞬、躊躇した。
『2万円』といえば、家賃の2か月分にあたる金額だ。
それだけあれば、いい外食もできるし、コスメだってゲームだって買える。
「……うーん……高いけど、帰ってきて動けないのは困るじゃん?」
「……だな。紗月、押さえてくれる?」
「オッケ」
紗月はスマホで手続きをし、2人は家を出た。
カウンターの残は、2人ともに『1』だ。
「なんか、家に帰れないってねぇ……」
「まぁ……。でも格安物件だしなぁ……」
「ね、ほかにないの?」
「あったとしても、暮らすのは数か月だよ? 次は引っ越し費用、払わなくちゃいけないよ?」
「うっ……」
そんな会話をしながら、裕也と紗月は階段を降りていく。
出勤までの足取りは、どこか軽いが妙に早足だ。
「とりあえず、仕事終わってからホテルで相談しよ」
「了解」
2人は駅前で軽く手を振り、それぞれの職場へと向かった。
そして昼休み―――
裕也は会社近くの弁当屋で昼ご飯を買い、帰り道でスマホを耳にあてた。
電話をかけた相手は―――賃貸会社の『サンライズ不動産』だ。
「あ、もしもしー? 私、三浦と申しまして、先日賃貸契約を―――あ、そうですそうです。えっと、ちょっと怪現象?みたいなことってあったりするのかなーと……」
不動産会社の人は、裕也の突然の問いにもかかわらず、丁寧に受け答えをしてくれた。
だが―――
「―――『事故物件とかではない』……と」
『左様にございます。報告義務があるため、そういった物件であれば事前に説明をいたします。ですが、三浦さまのお部屋があるアパートで事故物件となるような出来事は発生しておりません』
「あー……そうですよね。すみません、変なことを聞いて……」
そう言って裕也は電話を切ろうとした。
ところが、不動産会社の人が思いもよらない言葉を漏らしたのだ。
『前にお住いの方も同じような問い合わせをされましたが……何かあるんですか?』
その言葉に、裕也はハッとした。
前に住んでいた人も、同じ『25歩縛り』にあっていたのではないかと考えたのだ。
「ちょ、その話、詳しく教えてください……!」
『詳しく……と、申されましても……』
「前の方はどうしたんですか!? 解約して出ていったんですか!?」
裕也は、前に住んでいた人が取った行動と同じことをしようと考えた。
だが―――
『いえ、満了までそのお部屋で過ごされましたよ? 』
「えっ……?」
『その方は1年のご契約でしたが、家賃がお安くなっているので留まることを選ぶとおっしゃいまして……』
担当者の言葉に、裕也は頭の中で計算をした。
もう一度引っ越しをするとなると、数十万はかかる。
それにくわえて、月数万円のアパートに住むとなると、それなりの金額になるだろう。
(……買う予定の新居に引っ越すためのお金もいる。紗月が気に入ってたソファーもテーブルも買いたいし、家電も買い足さないといけないものがいくつかある。余剰金として計算できるのは、おそらく30万円くらい。それを引っ越しに使うか、新居に使うか……)
『どうされますか?』
スマホの向こうから聞こえた不動産会社の人の声に、裕也は迷うことなくこう答えた。
「契約続行で! このまま住みます!!」
『また、なにかご不明なことがございましたら、ご連絡くださいませ。失礼いたします』
電話を切ると同時に、出た深いため息。
そして裕也は、紗月にメッセージを送った。
『さっき管理会社に電話した。夜、ホテルで話すね』
裕也は送信ボタンを押し、スマホをポケットにしまった。
昼の喧騒に混じって響く工事の音が、なぜか心をざわつかせる。
「前の人は、どうやってあの家で暮らしたんだろう……」
弁当の袋を持ち直し、裕也はとぼとぼと歩き出した。
頭の中では、ホテルでの紗月の反応が何度もシミュレーションされる。
「怒る……だろうなー……。でも欲しいもの買えるし……」
もう一度、引っ越しすることはできない。
裕也は自分なりに対策を考え、紗月を説得すべく午後の仕事に打ち込んだのだった。
窓から陽の光が畳に差し込み、二人は目を覚ました。
軽く感じる足に、ぱっと立ち上がる。
「……動ける!」
「よかったぁ……」
2人は顔を見合せ、にやりと笑った。
そして、裕也は水を飲むためキッチンに行き、紗月はトイレへと向かう。
そのあいだ、『25』にリセットされたカウンターは、カチッ、カチッと小気味よく数字を減らしていった。
だが、そんなことに気もかけない2人は、もうひとつの和室で着替えをし洗面所で歯を磨く。
そのとき、裕也がようやくカウンターに目をやったのだ。
「ちょ、紗月! カウンターが残り『5』しかないんだけど!?」
裕也の叫びに、カウンターのことを思い出した紗月は慌てて自分の数字を確認した。
「うそ……! 夢じゃなかったの!? ……って、私もあと『8』!?」
「仕事のカバン取って! 俺、玄関まで行ったらアウトになる!」
「私もギリなんだけど!?」
2人は言い合いしながらも、残り歩数を計算しながら慎重に部屋を移動する。
1歩進むたびにカチッと数字が減り、そのたびに心臓まで縮むような感覚になった。
「カバン、はい!」
「サンキュ! 紗月もほら、日傘!」
「ありがと!」
互いに必要なものを手渡し合いながら玄関まで行くと、カウンターの数字はお互いに残『2』となっていたのだ。
「やば……玄関出たら、もう帰ってこれないよ……」
ため息を漏らす紗月に、裕也も困ったような息を吐く。
そして―――
「だな……。もう今日はホテルに泊まるか……」
動けなくなることを危惧し、裕也は紗月に提案した。
すると紗月はうなずき、スマホで周辺のホテルを検索する。
「んー……ビジホはいっぱいみたい……。駅からちょっと離れたとこならツインが空いてるけど……一泊2万円……」
「2万!?」
「どーする? 押さえるしかないと思うけど……」
2人は一瞬、躊躇した。
『2万円』といえば、家賃の2か月分にあたる金額だ。
それだけあれば、いい外食もできるし、コスメだってゲームだって買える。
「……うーん……高いけど、帰ってきて動けないのは困るじゃん?」
「……だな。紗月、押さえてくれる?」
「オッケ」
紗月はスマホで手続きをし、2人は家を出た。
カウンターの残は、2人ともに『1』だ。
「なんか、家に帰れないってねぇ……」
「まぁ……。でも格安物件だしなぁ……」
「ね、ほかにないの?」
「あったとしても、暮らすのは数か月だよ? 次は引っ越し費用、払わなくちゃいけないよ?」
「うっ……」
そんな会話をしながら、裕也と紗月は階段を降りていく。
出勤までの足取りは、どこか軽いが妙に早足だ。
「とりあえず、仕事終わってからホテルで相談しよ」
「了解」
2人は駅前で軽く手を振り、それぞれの職場へと向かった。
そして昼休み―――
裕也は会社近くの弁当屋で昼ご飯を買い、帰り道でスマホを耳にあてた。
電話をかけた相手は―――賃貸会社の『サンライズ不動産』だ。
「あ、もしもしー? 私、三浦と申しまして、先日賃貸契約を―――あ、そうですそうです。えっと、ちょっと怪現象?みたいなことってあったりするのかなーと……」
不動産会社の人は、裕也の突然の問いにもかかわらず、丁寧に受け答えをしてくれた。
だが―――
「―――『事故物件とかではない』……と」
『左様にございます。報告義務があるため、そういった物件であれば事前に説明をいたします。ですが、三浦さまのお部屋があるアパートで事故物件となるような出来事は発生しておりません』
「あー……そうですよね。すみません、変なことを聞いて……」
そう言って裕也は電話を切ろうとした。
ところが、不動産会社の人が思いもよらない言葉を漏らしたのだ。
『前にお住いの方も同じような問い合わせをされましたが……何かあるんですか?』
その言葉に、裕也はハッとした。
前に住んでいた人も、同じ『25歩縛り』にあっていたのではないかと考えたのだ。
「ちょ、その話、詳しく教えてください……!」
『詳しく……と、申されましても……』
「前の方はどうしたんですか!? 解約して出ていったんですか!?」
裕也は、前に住んでいた人が取った行動と同じことをしようと考えた。
だが―――
『いえ、満了までそのお部屋で過ごされましたよ? 』
「えっ……?」
『その方は1年のご契約でしたが、家賃がお安くなっているので留まることを選ぶとおっしゃいまして……』
担当者の言葉に、裕也は頭の中で計算をした。
もう一度引っ越しをするとなると、数十万はかかる。
それにくわえて、月数万円のアパートに住むとなると、それなりの金額になるだろう。
(……買う予定の新居に引っ越すためのお金もいる。紗月が気に入ってたソファーもテーブルも買いたいし、家電も買い足さないといけないものがいくつかある。余剰金として計算できるのは、おそらく30万円くらい。それを引っ越しに使うか、新居に使うか……)
『どうされますか?』
スマホの向こうから聞こえた不動産会社の人の声に、裕也は迷うことなくこう答えた。
「契約続行で! このまま住みます!!」
『また、なにかご不明なことがございましたら、ご連絡くださいませ。失礼いたします』
電話を切ると同時に、出た深いため息。
そして裕也は、紗月にメッセージを送った。
『さっき管理会社に電話した。夜、ホテルで話すね』
裕也は送信ボタンを押し、スマホをポケットにしまった。
昼の喧騒に混じって響く工事の音が、なぜか心をざわつかせる。
「前の人は、どうやってあの家で暮らしたんだろう……」
弁当の袋を持ち直し、裕也はとぼとぼと歩き出した。
頭の中では、ホテルでの紗月の反応が何度もシミュレーションされる。
「怒る……だろうなー……。でも欲しいもの買えるし……」
もう一度、引っ越しすることはできない。
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