25縛りの家

すずなり。

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発見。

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そして朝―――
カーテンの隙間から差し込む光が白いシーツを柔らかく照らしたとき、枕もとのスマホがアラームを鳴らした。

ピピピピピピ……

裕也が手探りで画面をタップし、静寂が戻る。

「……おはよ」
「んー……おはよ……」

まだ眠たげな声を交わしながら、2人は同時に天井を見上げた。
今日から本格的にあの家での生活が始まるのだ。

「……仕事が終わったら、買い物して帰るから」

紗月はゆっくりと身体を起こし、髪をさっとひとつにまとめた。
続くようにして裕也も身体を起こし、伸びをする。

「俺もできることしてみる」
「ん」

支度を済ませ、ホテルをあとにした2人は会社へと向かった。
そして夜になり、先に帰宅したのは―――裕也だ。
玄関扉に鍵を差し込みながら、予定を整理する。

「今日はどんぶりにするって紗月が言ってたな。とりあえずキッチンにキャスター付きの椅子を置こうか」

そして玄関を開けた裕也は、ひょこっと顔だけ中に入れてカウンターを見た。
数字はリセットされており、2つとも『25』になっている。

「大股で入れば、ちょっとは歩数の節約できるか……?」

そう考えた裕也は、玄関に入る前に靴を脱いだ。
そして靴を手に持ち、大きく足を踏み入れたのだ。

……カチッ

「おー……いつもならここで2歩使うとこだけど、1歩で済んだな」

『24』となったカウンターを横目で見ながら、裕也は玄関に靴を落とす。
そして、手をぐっと伸ばしてキャスター付きの椅子を引き寄せた。

「―――っと、これでしばらく歩数を使わずに済むな」

裕也はそのまま椅子に腰を下ろし、器用に壁を蹴りながら奥の和室へと向かった。
そこで座ったまま着替えをするが、ここで新たな問題が発覚する。

「……ズボンって……脱ぐとき床に下りないと無理じゃね?」

そう、座ったままで脱ぐことができないズボン。
一度床に下り、そして片足ずつ上げて脱いだとすると、その歩数は―――『3』歩ほど必要だろう。

「いやー……ここにきて3歩の消費はキツイ。何かいい方法ないかな……」

裕也は、思いつく限りのことを考えた。

「壁に足を押し当てて、おしりを浮かせて脱ぐ? いや、椅子にキャスターがついてるから踏ん張れないな。天井にぶら下がって脱ぐとか……俺、そんな器用なことできたっけ……?」

どれも現実的ではないと思いながら顎に手を添えて悩んでいると、ふと自分の脚がどこかに乗っていることに気がついた。
それは、椅子とキャスターのあいだにある脚だ。

「……これ、うまく使えないか?」

裕也は試しに、椅子の脚にかかとを乗せたまま体を少しずらしてみた。
そして、ズボンを下におろすとキャスター部分がちょうどストッパーのように引っかかり、うまい具合に片足が抜けたのだ。

「おぉ!? きたきたきた!」

そのまま反対側の足も慎重に抜き取り、なんとか立ち上がらずに脱ぐことに成功した裕也は、心の中でガッツポーズを決める。

「ふぅ……これで着替え問題はクリアだな……!」

こうしてなんとか着替えができた裕也は、また壁を蹴って隣のリビングに向かった。
そして、次なる問題を考え始める。

「この椅子が1脚しかないから、紗月が帰ってきたら俺は動くことができないだろ? ……っていうことは―――」

裕也はおもむろに壁を蹴り、キッチンへと向かった。
そこでゴミ袋を1枚取り、カウンターを確認する。

「……よし、『24』のままだ」

ゴミ袋を取った裕也は、自身がよく座るであろう場所に、ひょいと投げた。

「これでゴミは袋に入れることができるな。あとは何が必要なんだろ」

うなりながら考えていると、ガチャッと玄関の扉が開いた。
振り返るとそこに、先ほどの裕也と同じように顔だけ覗き込んでる紗月の姿がある。

「お、おかえりー」
「ただいま。……あ、うちキャスター付きの椅子って1脚しかないんじゃない?」

紗月は玄関の外で靴を脱ぎ、パンプスを手で持って大股で一歩、家の中に入ってきた。

「そうなんだよ。俺もそれに気づいた。明日にでも買いに行ってくる」
「ん」
「とりあえずこの椅子わたすからさ、ちょっと待ってて」

裕也はゴミ袋を置いた部屋に行き、慎重に椅子から下りる。
そしてその椅子を、紗月のほうに押し転がしたのだ。

「あー……っ、ちょっと足りなかったみたい、ごめん」

互いに手を伸ばしても届きそうにない位置で止まってしまった椅子。
紗月は軽くため息を漏らし、もう1歩踏み出した。

「いいよ、まだ距離感とかわかんないだろうし」

紗月は椅子に腰を下ろすと、カウンターに目線をやった。
彼女の今の残は『23』だ。
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