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もしかして。
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もしかすると、あの家はその老夫婦の生活を引き継いでいるのではないかと思ったのだ。
(まさか……ねぇ……)
そんなことはない、と首を振る道子。
だが、あのカウンターが脳裏に浮かび、また疑い始めていた。
「……いろいろ教えてくれてありがとう。このキャベツ、いただくわ」
「まいど!」
店主の明るい声に背中を押されるようにして、道子は商店街をあとにした。
手提げ袋の中でキャベツが揺れるたび、八百屋の店主の言葉が胸の中で反響する。
(25歩しか歩けない人もいたのかしら……うちが25回しかスマホを触れないように……)
そんなことを考えながら歩き、道子は玄関を開けた。
すると、部屋の中から康夫がひょこっと顔を出したのだ。
手には湯呑みがある。
「あぁ、帰ったか。野菜買ってきたのか?」
「えぇ。立派なキャベツですよ。今日はお好み焼きにしましょうか」
「いいな。そういえば昔、大阪に旅行に行ったっけ」
「粉もん、たくさん食べましたね。懐かしいですねぇ」
道子はエプロンをつけながら、笑みを浮かべる。
そしてコンロに火をつけ、キャベツを刻み始めた。
「……そういえば、八百屋の店主さんがこの部屋に住んでいた方の話をしてくれましたよ」
「前に住んでた人か?」
「えぇ。とっても仲のいいご夫婦だったそうで……ちょっと不思議な話も聞きましたよ」
「不思議な話?」
「えぇ」
道子は、八百屋の店主から聞いた話を康夫にした。
包丁の音がリズムを刻むように響くなか、道子の声が静かに重なっていく。
「……『25』って言ってたのか?」
「そうなんです。偶然なんでしょうかねぇ……」
「うーむ……」
康夫は考え込むように、見上げる。
そして、しばらく唸ったあと、ぽつりとこう言ったのだ。
「……もし、その『25』の数字をこの部屋が引き継いでいたとしたら、いったい何を伝えたいんだ?」
「え?」
「いや、その『25』っていう数字に何か意味があるから、この部屋は数を数えるんだろう? 一体、何を伝えたいんだろうか」
「……」
道子は、お好み焼きのタネを作りながら康夫の言葉を考えた。
たしかに、何か意味がないとこんな奇妙な仕掛けがある必要がないのだ。
「……『大切にするものを考える』とかですかね?」
「考える?」
「今日一日っていうのは、24時間って決まってますよね? そのなかで、ずっとスマホを見て過ごすより、目の前にいる人や出来事を大切にしたほうがいい……みたいな」
「……まるで説教じゃないか」
「ふふ。まぁ、時代が進化すると見失うものもありますよね」
冗談めかして笑いながらも、道子の声には説得力があった。
時代についていくのに必死ななか、その流れに飲まれてしまってはいけないのだ。
「……ちょっと、スマホの使い方を考えようかな」
「あら。いいんですよ? 毎日の株価やニュースを見るくらい」
「いや。たまにはこういうのもいいんじゃないか?」
そう言うと康夫はスマホのカメラを起動し、エプロン姿の道子をパシャリと撮った。
「思えば……雄介の写真はいっぱいあるけど、夫婦の写真ってないな」
「……どちらかがカメラマンになってしまいますからねぇ」
「なら俺は、一日25回しか触れない1回を、道子と思い出を残すことに使おう」
「あらあら」
道子は頬を染め、照れくさそうに笑った。
康夫は画面を確認し、満足げにうなずく。
写真の中で笑う道子を見て、長年連れ添った相手の笑顔をまっすぐに見つめたのは……本当に久しぶりだったのだ。
「……悪くないな」
「もう、照れちゃって」
「いや、本気で言ってるんだ」
照れ隠しのように康夫は咳ばらいをし、スマホをテーブルに置いた。
窓の外では夕方の風がやわらかくカーテンを揺らし、台所にはオレンジの光が差し込んだのだった。
(まさか……ねぇ……)
そんなことはない、と首を振る道子。
だが、あのカウンターが脳裏に浮かび、また疑い始めていた。
「……いろいろ教えてくれてありがとう。このキャベツ、いただくわ」
「まいど!」
店主の明るい声に背中を押されるようにして、道子は商店街をあとにした。
手提げ袋の中でキャベツが揺れるたび、八百屋の店主の言葉が胸の中で反響する。
(25歩しか歩けない人もいたのかしら……うちが25回しかスマホを触れないように……)
そんなことを考えながら歩き、道子は玄関を開けた。
すると、部屋の中から康夫がひょこっと顔を出したのだ。
手には湯呑みがある。
「あぁ、帰ったか。野菜買ってきたのか?」
「えぇ。立派なキャベツですよ。今日はお好み焼きにしましょうか」
「いいな。そういえば昔、大阪に旅行に行ったっけ」
「粉もん、たくさん食べましたね。懐かしいですねぇ」
道子はエプロンをつけながら、笑みを浮かべる。
そしてコンロに火をつけ、キャベツを刻み始めた。
「……そういえば、八百屋の店主さんがこの部屋に住んでいた方の話をしてくれましたよ」
「前に住んでた人か?」
「えぇ。とっても仲のいいご夫婦だったそうで……ちょっと不思議な話も聞きましたよ」
「不思議な話?」
「えぇ」
道子は、八百屋の店主から聞いた話を康夫にした。
包丁の音がリズムを刻むように響くなか、道子の声が静かに重なっていく。
「……『25』って言ってたのか?」
「そうなんです。偶然なんでしょうかねぇ……」
「うーむ……」
康夫は考え込むように、見上げる。
そして、しばらく唸ったあと、ぽつりとこう言ったのだ。
「……もし、その『25』の数字をこの部屋が引き継いでいたとしたら、いったい何を伝えたいんだ?」
「え?」
「いや、その『25』っていう数字に何か意味があるから、この部屋は数を数えるんだろう? 一体、何を伝えたいんだろうか」
「……」
道子は、お好み焼きのタネを作りながら康夫の言葉を考えた。
たしかに、何か意味がないとこんな奇妙な仕掛けがある必要がないのだ。
「……『大切にするものを考える』とかですかね?」
「考える?」
「今日一日っていうのは、24時間って決まってますよね? そのなかで、ずっとスマホを見て過ごすより、目の前にいる人や出来事を大切にしたほうがいい……みたいな」
「……まるで説教じゃないか」
「ふふ。まぁ、時代が進化すると見失うものもありますよね」
冗談めかして笑いながらも、道子の声には説得力があった。
時代についていくのに必死ななか、その流れに飲まれてしまってはいけないのだ。
「……ちょっと、スマホの使い方を考えようかな」
「あら。いいんですよ? 毎日の株価やニュースを見るくらい」
「いや。たまにはこういうのもいいんじゃないか?」
そう言うと康夫はスマホのカメラを起動し、エプロン姿の道子をパシャリと撮った。
「思えば……雄介の写真はいっぱいあるけど、夫婦の写真ってないな」
「……どちらかがカメラマンになってしまいますからねぇ」
「なら俺は、一日25回しか触れない1回を、道子と思い出を残すことに使おう」
「あらあら」
道子は頬を染め、照れくさそうに笑った。
康夫は画面を確認し、満足げにうなずく。
写真の中で笑う道子を見て、長年連れ添った相手の笑顔をまっすぐに見つめたのは……本当に久しぶりだったのだ。
「……悪くないな」
「もう、照れちゃって」
「いや、本気で言ってるんだ」
照れ隠しのように康夫は咳ばらいをし、スマホをテーブルに置いた。
窓の外では夕方の風がやわらかくカーテンを揺らし、台所にはオレンジの光が差し込んだのだった。
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