115 / 160
第19章 シエロ殺処分
第113話 競走馬の悲しき現実
しおりを挟む
「競馬馬ってのは年間大体七千頭余りが生まれる。だがな、この中で生を全うする奴はほんの一握りもいねえ。一割だって生き残れるかどうかわからねえ。能力のないやつ、調教に従わないやつ、それにどんな名馬でも病気やケガをしたやつはすぐに殺処分だ。結局ほとんどの競馬馬は馬肉になっちまうのよ」
「シエロも肉にするの? そして売られて誰かに食べられるの?」
一同は沈黙した。僕らを睨みつける空さんの冷たい目が僕には痛い。
「いや、だからさ。だからよ。俺たちシェアトはそんな馬を一頭でも減らそうとな」
ゴウさんがなだめるように言う。だがそれは苦しい良い訳のように聞こえた。空さんはゴウさんにギロリと視線を向ける。
「でもシエロは殺すんだ」
「すまん、今ここにはシエロを買い取る持ち合わせも、飯代をかぶる余裕もねえ」
ムネさんはうなだれた。こんなムネさんを見るのは初めてだ。ゴウさんは慌てた様子だった。
「いやいいんだって、ムネさんは悪くねえって」
「すまん……」
それでも空さんの追及は止まない。空さんの声は静かで冷たいくせに灼熱の怒りで震えていた。
「他の馬たちを守るためにシエロを犠牲にする。そういうことなんだ。九十九頭の羊のために一頭の羊をいけにえに差し出すのね。そして次はどの馬をいけにえに捧げるの?」
「何と言われても仕方ない。今の俺たちの力ではシエロを処分するしかねえんだ。俺の力不足だ。すまん」
「絶対殺させないから」
空さんはシエロの手綱を持ってUターンしようとする。僕たちは慌てた。
「おいおいおいおい、何しようってんだ空」
「空さん一体何を!」
「まてまて、落ち着け、いいから落ち着いて、なっ」
僕は考えた。このままだと気のたかぶった空さんはシエロともども失踪するかも知れない。それは最悪の事態に思えた。それに、もしかすると空さんなら新しい何かを僕たちに授けてくれるかもしれない。理由はないがそんな気もした。イチかバチか空さんに賭けてみたい。この情熱があればきっと空さんなら。
僕は空さんとムネさんゴウさんの間に立つ。
「あのっ、あと数日でいいので空さんに任せてみませんか?」
「なんだって」
「ひろ君?」
ムネさんと空さんが驚いて僕の方を向く。
「そんなことして意味あんのか?」
ゴウさんの鋭い指摘にもめげず僕は続けた。
「意味はないかもしれません。それでもやらせてくれませんか。これから数日の餌代は僕が支払います」
ムネさんが僕をにらむ。が、それはいつもの鬼瓦のような形相とは違っていた。
「わかった」
ムネさんの声は力なかった。
「お前らに任す」
僕と空さんは安どの溜息を吐いた。
「五日間やる。精々あがいてこい。ただし、五日過ぎたらすぐにでもシエロは処分だ。判ったな」
「はいっ!」
僕は勢いよく答え空さんと目を合わせた。空さんはまだ緊張したような、誰も信じていないような表情だった。
【次回】
第114話 裕樹と空の決意
「シエロも肉にするの? そして売られて誰かに食べられるの?」
一同は沈黙した。僕らを睨みつける空さんの冷たい目が僕には痛い。
「いや、だからさ。だからよ。俺たちシェアトはそんな馬を一頭でも減らそうとな」
ゴウさんがなだめるように言う。だがそれは苦しい良い訳のように聞こえた。空さんはゴウさんにギロリと視線を向ける。
「でもシエロは殺すんだ」
「すまん、今ここにはシエロを買い取る持ち合わせも、飯代をかぶる余裕もねえ」
ムネさんはうなだれた。こんなムネさんを見るのは初めてだ。ゴウさんは慌てた様子だった。
「いやいいんだって、ムネさんは悪くねえって」
「すまん……」
それでも空さんの追及は止まない。空さんの声は静かで冷たいくせに灼熱の怒りで震えていた。
「他の馬たちを守るためにシエロを犠牲にする。そういうことなんだ。九十九頭の羊のために一頭の羊をいけにえに差し出すのね。そして次はどの馬をいけにえに捧げるの?」
「何と言われても仕方ない。今の俺たちの力ではシエロを処分するしかねえんだ。俺の力不足だ。すまん」
「絶対殺させないから」
空さんはシエロの手綱を持ってUターンしようとする。僕たちは慌てた。
「おいおいおいおい、何しようってんだ空」
「空さん一体何を!」
「まてまて、落ち着け、いいから落ち着いて、なっ」
僕は考えた。このままだと気のたかぶった空さんはシエロともども失踪するかも知れない。それは最悪の事態に思えた。それに、もしかすると空さんなら新しい何かを僕たちに授けてくれるかもしれない。理由はないがそんな気もした。イチかバチか空さんに賭けてみたい。この情熱があればきっと空さんなら。
僕は空さんとムネさんゴウさんの間に立つ。
「あのっ、あと数日でいいので空さんに任せてみませんか?」
「なんだって」
「ひろ君?」
ムネさんと空さんが驚いて僕の方を向く。
「そんなことして意味あんのか?」
ゴウさんの鋭い指摘にもめげず僕は続けた。
「意味はないかもしれません。それでもやらせてくれませんか。これから数日の餌代は僕が支払います」
ムネさんが僕をにらむ。が、それはいつもの鬼瓦のような形相とは違っていた。
「わかった」
ムネさんの声は力なかった。
「お前らに任す」
僕と空さんは安どの溜息を吐いた。
「五日間やる。精々あがいてこい。ただし、五日過ぎたらすぐにでもシエロは処分だ。判ったな」
「はいっ!」
僕は勢いよく答え空さんと目を合わせた。空さんはまだ緊張したような、誰も信じていないような表情だった。
【次回】
第114話 裕樹と空の決意
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる